フライドチキンと海のおと。 -42ページ目

となりのXさん その4

異様な光景だった。


みづえ、と書かれたレポート用紙の貼られた巨大な肉塊の前で隣人は正座し、
一人でしゃべり続けていた。

ベージュの開襟シャツと紺色のスラックスという、いつもの格好で。


ラジオはなかった。しかし落語は聞こえる。
奥さんもいない。しかし奥さんの声も聞こえる。


すぐに謎がとけた。
それはすべて隣人一人の声なのだ。
つまり、形態模写である。
隣人の声はパートごとにがらりと変化した。
落語は見事だったし、
「みづえ」らしき人の声は完全に女性のそれだった。


僕は呆気にとられて見入ってしまい、
隣人がこちらに気付いた後もまだ見ていた。
はっ、と気付いた時には遅かった。
隣人はベランダまでゆっくりと歩いてくると、
ガラス越しに僕の目をまっすぐに見た。
唇が動いた。
僕はぞっとした。多分、彼はこう言ったのだ。


(ダレニモ、イイマセンヨネ?)


隣人の細い目はピンポン球くらいに見開かれていた。
「ぶつり」というラジオの切れる音が、
その口から聞こえた。





物件は気に入っていたので、
そんな妙な隣人がいるからといって引っ越すという選択肢は僕達にはなかった。
嫁さんは恐れていたが、特に実害があるわけでもない。
それからも何度か<腹話術的一人痴話喧嘩>が隣から聞こえてきたが、
僕達は気にしないようつとめた。
ある日、隣人は引っ越していった。
小さくなったろうそくの火が消えるように、ごくごくひっそりと。
我が家の郵便受けには小さな紙片が差し込まれていた。
そこには


『どうもすいませんでちた』


と、ミミズののたくったような字で書かれていた。
いずれ引っ越してくるであろう次の隣人は普通の人がいいなあ、
と僕は心の内で静かに祈った。

となりのXさん その3

残念ながら物干しには一枚も服はかかっていない。
というよりも、ベランダには何も物が置かれていない。
僕は湧き上がる好奇心をどうにも押さえられず、
手すりをしっかりと握って安定性を確認すると、
上半身をさらに隣家のベランダに侵入させた。


カーテンは引かれていなかった。
西日に照らされた部屋の中が一気に丸見えになり、
僕はそのさまに息をのんだ。


部屋の中には、家具が一つもなかった。
家具どころか、物が何もない。
本一冊、ペットボトル一本転がっていない。
がらんとしているのだ。
およそ生活臭というものが感じられなかった。


いや。
一つだけあったのだ。壁際に。


我が家に面している方の壁のすぐ前に、
ぼろぼろに錆びたぶら下がり健康器がある。
そしてそこには百キロくらいはありそうな、
牛のものと思しき肉塊がぶら下げられていた。
その肉塊の真ん中辺りに、
A4のレポート用紙がガムテープで貼り付けられていた。


用紙には細い黒のマジックで書かれていた。

「みづえ」と。
<つづく>

となりのXさん その2

変なことはまだある。
どうやらいつもラジオを聴いているようなのだ。
洩れ聞こえてくる音がそこはかとなく地味で、
テレビのそれとは明らかに違う。
それもちょっとローカルな局の、落語とか、
狂言とかを聞いているようなのだ。奥さんと二人で。


そして番組の内容について、
奥さんとしょっちゅう意見が食い違う。


「わたしは今のオチ、……ってな解釈だったと思うわけよ」
「馬鹿だな、今のオチはこういう意味で……。お前わかってないなあ」


そんな会話をよく取り交わしている。
そしてそれはやがて激しい口論に展開し、


「もういい!」


とどちらかが激しく言い放つとラジオがばちりと切られ、静かになる。
いつものことだ。
僕も嫁さんもやれやれ、と思いながらその一部始終を聞くともなく聞いていた。





珍しく体調を崩し、昼過ぎに会社を早退した日のことだ。
ふらふらしながら家に帰り、鍵を使って部屋に入ると、
嫁さんが買い物に出かけていた。
僕は洗濯され、干されているパジャマを取ろうとベランダに向かった。
ふらつく足に活をいれながら、アルミサッシに手をかけた時。


聞こえる。
隣人の会話だ。


奥さんと二人。

ラジオがついている。また落語に突っ込みを入れていた。
僕は、してはいけない、と十分わかっていたはずなのに、
息を潜め、そうっとベランダの手すりから身を乗り出した。
<つづく>

となりのXさん その1

これまでにも何箇所かマンションを替えているが、
あんなにもおかしな隣人にはその後も出会っていない。


その隣人はいつも同じ服を着ていた。
それに気づいたのはうちの嫁さんだった。
いつもベージュの開襟シャツと、紺色のスラックスといういでたちだ。


「隣、ベランダから覗き込んでみたら?」


冗談半分で嫁さんに言ったことがある。
洗濯済みのベージュの開襟シャツと紺色のスラックスが、
ショップのようにずらりと並んでいたら愉快だな、と思ったのだ。
もちろん覗くなんて失礼なことはしなかった。


温和な人だ。小太りで色が白い。銀縁の眼鏡をかけている。
欧米のマンガに出てきそうな、
特徴が誇張されたわかりやすい日本人像、といった印象の男だ。
たまたま出掛けに会うと、


「ああ、こんにちは」


とにっこり笑って挨拶してくれる。愛想がいい。


「愛想がいい人とは思えないけど」


嫁さんは僕の言葉に変な顔で答えた。


「そう? 朝会うと、いっつもニコニコしてるよ」
「わたしが今日、買い物帰りに会った時は無視されたよ。

 虫歯でも痛いんじゃないかってくらい、苦々しい顔してた」
「体調でも悪かったんじゃないか?」
「そうかもね」



そんなやりとりをしてから、一週間くらいのち。


「今日はお隣さん、ご機嫌だったよ」


嫁さんが僕にそう言った。


「こんにちは! って後ろから声かけられて。

 わたし、びっくりしてさ。振り返ったらお隣さんだった」
「へえ。嬉しそうだったってこと?」
「宝くじでも当たったみたいにね」
「変だな。朝会った時はお通夜みたいに暗い顔してたけど」
「その日、何かいいことでもあったんだよ、きっと。お昼においしいものを食べたとか」
「だろうな」
「見るたびに印象が変わるね」
「まったくね」


いずれにしても変な隣人であることだけは間違いない。
しかしその時の印象はそれだけだった。
<つづく>



おもちゃ箱のような博物誌

『アラマタ珍奇館~ブンダーカマーの快楽~』
/荒俣宏著



あやしいもん好きにとって荒俣はかかせない存在だ。
この本にはまた、まあよくこんなもん見つけてきたよ、
という珍品奇品を世界各国から集められている。


ざっと列挙するだけでも、文字を書く自動人形、鳥人の剥製、
ビン詰め写真、三本足のカエル、フランケンシュタインの手付き本、
人間および動物の畸形誌……といった具合で、
見るもの全部が面白いやら気持ち悪いやら珍しいやら。
写真もカラーのものがたくさん載っていてわかりやすいし、
何より荒俣氏が


「ホントにこういうあやしいもんが好きでたまらないんですよね」


という感じで書いているのがいい。
客観的に学術的に書かれたら、こういうモチーフは興ざめだ。
あくまで「物見高い」感じで書かれているほうが面白い。
大事なおもちゃを自慢しているような感じもいい。



僕的に面白かったのが、
「釈迦ヶ嶽(シャカガタケ)等身碑」。
江戸時代に活躍した巨漢力士の実物大の石碑である。
石碑といっても黒い簡素な石柱なのだが、
高さがなんと2.27メートル。
荒俣氏がこの石柱と並んでいる写真が載っているが、
氏の身長、183.5センチでも手を伸ばしてやっと頂を撫でられる程度。
成人男子の平均身長が160センチなかった時代に実在した力士の話である。
なんともワンダーでワクワクする話じゃありません?



ちなみにこの碑は東京都江東区の富岡八幡宮にあるらしい。
お近くの方が羨ましい限りだ。



これを読んでつくづく思ったのだが、
荒俣氏が博物館の冊子を作ったらさぞかし面白いものが出来るだろう。
贅沢な話ですが。