フライドチキンと海のおと。 -65ページ目
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フライドチキンと。

「ブログ見たよ」

と何人かの友達から声をかけられた。ありがとうございます。

そして「見たよ」のあと、

「『フライドチキンと海のおと。』ってどういう意味?」

と必ず聞かれる。


ええと。意味はありません。

後輩の福田と一緒に考えたんです。

大好きなものを組み合わせただけです。フライドチキン。海のおと。


ええもう、大好きなんです。フライドチキンが。

今日も会社からの帰り道、

「一日よくがんばったねえ」

と自分をいつくしみながらコンビニのフライドチキンを食べた。

うまいんです。ジューシーなんです。

そっけない包み紙にくるまれているもんで、いかにも

「ジャンクフードでござい」

というふうだが、あいつがきちんと皿に盛り付けられ、

それ相応のソース的なものがつるりとかけられていたら、

まあ128円であることをそうそうは見抜かれまい。海原雄山つれてこい。


遠くに、近くに「ざーん、ざーん」と響く夏の海のおとに耳をすましながら、

フライドチキンがほおばれたらなあ。ううん幸せだなあ。


それから、

「『おと』がなんでひらがななの?」

とも聞かれた。

うるさい!意味なんかない!


赤い小人の話 その1

三十数年も生きていたら、今思い出しても

「あれは夢だったんじゃないだろうか?」

と思うような奇妙な出来事のひとつやふたつはある。

その多くは単なる思い過ごしや勘違いであったりすることが、特に日々呆然と生きている僕には多いのだが、そんな僕にも

「これは絶対夢じゃない。こんなことも起こりうるのだ、現実には!」

と思えた出来事を書いてみようと思う。




僕が一人暮らしをして間もない、二十三歳くらいの時の話。


大阪市内の、当時の収入から考えたらちょっと贅沢な八畳の1Kに住んでいた。


築年数もさほど経っていない、白い六階建てマンションの最上階の一室が僕の城であり、心からくつろげる空間だった。



ある休日の午後、僕はベッドに寝そべってテレビのバラエティ番組を見るともなしに見ていた。


ボーッと見はじめて数時間。うつらうつらとしはじめた時だった。




突然、朱色をした何かが視界の端をちょろりと横切った。


僕はびっくりして飛び起き、その朱色を目で追った。

その朱色の何かは目にも止まらぬスピードで、壁に立てかけてある大きな姿見の後ろに駆け込んだ。


肉眼ではほとんど確認できないほどの素早さだったが、ぱっと見た感じで大きさは10センチくらい。

ゴキブリにしてはいくら何でもでかすぎる。

そして神社の鳥居みたいな色をしたネズミなんてのもまた聞いたことがない。



ぞくぞく、と体の中心辺りから身震いがきた。


役に立つとは到底思えなかったがとりあえず殺虫スプレーを片手に持ち、恐る恐る姿見の後ろを覗いてみた。<つづく>




誇れる過去も、夢もないですけれど。

先日のこと。


前の会社の後輩である福田と飲みに行き、
その席で夢の話になった。
夢といっても夜見るやつではないほうのやつだ。
ちなみに僕の子供の頃の夢は、


1位…海賊王
2位…デビルマン(アニメ版)
3位…二枚貝


である。あくまで子供の頃の話だ。

大人になった今は、
「…夢ってありますか?」
そう聞かれ、堂々と胸を張れる夢が、正直ない。
しかして結局、その会の結論としては、
「夢なんてなくても良い」
という方向でなんとなくまとまった。


だってそうじゃありません?


とかく日本には、
「人に誇れる立派な夢を持つことが正解で、それ以外はダメ」
みたいな、前時代的な悪しき考え方が残ってるじゃあありませんか。

でもまあ僕は、そんなもんどうでもいいと思うんですよ。

人にアピールできる夢を持って生きるより、
近くにいる大切な人を愛しながら、
毎日を精一杯生きることに価値があると思えてならないんですよ。


我那覇美奈さんというシンガーが好きで、よく聴いている。
我那覇さんの歌に「ひとつだけ」という曲がある。
その中で、我那覇さんはこう歌っている。


「生きる意味なんてわからない
 誇れる過去も夢もない
 でもひとつ たったひとつ
 明日も空は晴れていて」


…それで十分なんじゃないかねえ。

と、思う。

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