フライドチキンと海のおと。 -36ページ目

単純に、くやしいくらい面白い

『あたしンち 16巻』
/けらえいこ著



いやーほんっと最高ですよね、これ。
読んだ人が誰しも


「こんな人、いるいる!」


とか、


「こんなクセ、あるある!」


とか、


「これあたしのお母さんがモデルじゃないの!?」


とか言うんですよね。
それがすごい。
本当に読んだ人の心に届いているマンガなんだよね。
みんなの心に刻まれているオモシロ体験とか、
あるあるとか、ホロ苦い恋愛話とか、
そのあたりを見事に掴んでいるのだな、この本は。


で、僕も掴まれっぱなしなのである。
家族構成もタチバナ家と一緒だ。
父、母、姉、僕。
キャラクターもすごくウチと似ている。
でもこんなこと、みんなも思っているんだろな。




そういえば作者のけらえいこさんも、


「あたしンちはけらさんの実体験を描いているんですか?」


とよく読者の方に聞かれると何かのインタビューで言っていた。
それに対してけらさんは、


「そこは内緒にしていた方が面白いと思う」


と答えていた。


ああ、もう、それってすんごいわかる。


いや、比較するのも本当にゴメンナサイなんですけど、
僕もよく読者の方に質問される。
でもね、内緒なのが楽しいんですよねー。





ちなみにこの16巻では、第七話が好きだ。
お母さんのガサツな一コマ。
カレンダーに書いた「ファックス」という文字が、
「ク」と「ス」が混じって「久」になっている。
つまり、「ファッキュー」だ。
その話を聞いたフジノの「パンクだね」というツッコミがいいな。


くやしいくらいオモシロいな。
というか、文章を書く人間にとっては教科書のような本だ。
ニーチェの哲学書くらい勉強になる。

トンネル その2

バスはトンネルに入った。
I君は前方を見たが、出口の光がすごく小さい。
かなり長いトンネルのようだった。
見た感じ、何百メートル。
いや、1キロ近くあったのかもしれない。



車の外は、トンネル特有のオレンジの光。
暗いので、
車内の蛍光灯のあかりで自分の姿が窓ガラスにはっきり映る。




ふと、I君は外を見た。
ガラスの中の自分も、もちろんこっちを見た。


その顔が、目を閉じていた。


最初、I君は違和感に気付かなかった。
しかし、待てよ。
今、自分は、目を閉じた自分を見ている。
目を開いて。



現実を認識した瞬間、I君は悲鳴を上げていた。



「うわあっ! 何やこれ!?」



I君の大声で、車内の全員が飛び起きた。
そして、全員がI君の方を向いた。
もちろん窓ガラスに写っている顔も一斉に振り向いた。


I君は見た。


ガラスに映った顔は、すべて目が閉じられていた。
一人残らず。



バスはトンネルを抜けた。
外のぼんやりした光が車内に入り込んだ。
窓ガラスに映った顔は何事もなく、
メンバーのあどけない、少し驚いたものに戻っていた。





「絶対、ほんとの話なんです」
I君は何度も念押しした。

トンネル その1

「絶対ほんとの話です。見間違いなんかじゃない」




I君はそう前置きし、話してくれた。



I君は中学の頃、サッカー部だった。
そしてI君の学校はサッカー部が強いということで、
大阪ではけっこう有名だったらしい。
他校との練習試合のためにどこかに遠征する、
ということも頻繁にあった。



その日も練習試合だった。
相手校はマイクロバスで山を二つ越えたところにある。
試合には勝ったものの、
かなりの激戦だったゆえ、
運動量の多さにメンバーは疲れきっていた。
顧問の教師もチームメイトも、
帰りの車内では眠りこけていた。
I君もうとうとしかけたが、
バスの大きな揺れをきっかけに目が覚めてしまっていた。


時間は六時過ぎ。
暗くなりかけている。


外は山道だ。
ぼんやりと霞がかっていた。
車内は静まりかえっている。


運転手とI君以外、起きている者はいない。
<つづく>

使い込んでこそ

味が出るもの、がとても好きだ。


例えば、サドルレザーのベルト。
もう同じものを十五年くらい使っている。
しなやかで強いが、
分厚いくせに人間の皮膚のようにやわらかい。


こうなるともう手放せない。


新しいデザインを見つけるとすぐに買ってしまうが、
クローゼットに吊るしてあるのを見てにやけるだけだ。
ジーンズに通すのはいつも同じベルトである。
たまにワックスをひき、ひび割れを防止する。
そういう手入れもまた楽しい。





レッドウイングのエンジニアブーツは二代目を履いている。
初代は高校時代に買い、
ソールを何度も張替えながら徹底的に履きつぶした。
毎日履いてくったくたになり、側面に大きな穴が開き、
どうしようもなくなってご臨終とあいなった。享年十二歳。


二十代半ばで二代目を購入した。
それはかなりマメに手入れして履いているので、
十年以上たった今もかなりきれいだ。
ところどころついた傷が味にはなっているが、
状態としてはあと二十年くらい履けそうである。





昔ながらの竹でできた定規もカバンにしのばせている。
小学校の時、家庭科の先生が持っているのを見て衝撃を受けたのだ。
何年も(ひょっとしたら何十年も)使われ手脂がしみこんだそれは、
ヴィンテージ和家具のように重く黒光りしていた。


たかが竹定規のくせに、骨董品的ド迫力。


もうノドから手が出るくらい欲しくなり、
ごく安価な竹定規をすぐ買った。
それはいつの間にかどこかにやってしまったが、
今も何代目かの竹定規がカバンに「凛」と鎮座している。


ただ、いつもカバンに入れているだけなので、
全然味が出てこないのが残念だ。
意図的に味を出すのは意味がない。
使い込まなければならないのだ。
インタビューで


「こいつが無くなったら僕はもう抜け殻も同然ですよ」


くらいのことはぺらっと言ってしまえるくらい、
この竹定規を育てたいな。

ミルク

Jさんが毎晩、コンビニで買って帰る1リットルパックの牛乳。





朝、冷蔵庫を開けると、必ずコップ1杯分ほど減っている。





牛乳以外、部屋には何も異常はない。