フライドチキンと海のおと。 -34ページ目

因習 前編

友達のNちゃんの車でドライブをしていた時のことだ。
日曜日。天気のいい昼下がりである。
当時住んでいた場所からかなり遠出して、
O県の山道を走っていた。


途中、かなりいかつい神社を見た。
そこは山道に面していた。
神社、という言葉からは想像もつかないくらい大きくて、
なにやら神殿のような趣があった。
相当古びているにもかかわらず、
ゴミなどは全然落ちていなかった。
地元の人が気をつけているんだろうな、
と僕達はなんとなく納得した。



より山深くなる道を選び進んでいると、
大木に打ち付けられた看板が見えた。
名は伏せるが、


『○○集落』


と、白地に毒々しい赤いペンキで大書きされていた。


「さっきの神社。たぶんこの村の人達が掃除してるんだよ」


Nちゃんが言った。
僕もそう思った。
確かに車道ではない最短距離を選べば、
慣れている人ならば十分くらいで行けそうだった。





舗装もされていない道を進むと、
道の両脇に古い民家が建ち並びはじめた。
全部で二十戸くらい。
メインストリートであろうその道の上にも、
平行して山の斜面を切り拓いた道があり、
そこにも民家が何軒かあった。
人は一人も歩いていない。
メインストリートの一番端にある家が一番すごかった。
茅葺で、水車小屋まである。


「見て、この家」
「田舎にはまだまだこういう家あるんだよなあ」


車を停めて、車内から見入っていた。
ふと、何気なく後ろを振り返って、ぎくりとした。


いつの間にか車は、何十人という人に取り囲まれていた。
<つづく>

人間なんて。

大槻ケンヂのエッセイに、


「敵怪獣に縛り付けられたウルトラセブンの、
 そのエナメル質のボディーが夕日に赤く照らされるシーンを見て
 “ラバーフェチ”“マゾヒスティック”もしくは“サディスティック”
 に目覚めた人が実は何人もいる」


という記述がある。
面白い話っすよねえ、と僕がクロさんに言った。
クロさんとは、馴染みの沖縄居酒屋『うりずなー』の常連客である。
空手何段という猛者で、ゴリラのように力が強い。
詳しくは9月18日の記事、「修羅しゅしゅしゅ」をご参照ください。


で、僕の話を聞いたクロさん、一コトこう言った。


「……それ、俺もなんだよなあ……」


クロさんは泡盛の入ったロックグラスをぎゅっ、と握った。


「……マジですか?」
「……はい、マジです」




クロさんは少年時代、
ウルトラセブンのそのシーンを見て鬼のように興奮したらしい。
それは彼にとっての性の萌芽で、
そこから彼はドMとしての人生を歩みはじめる。
色が白くて、か細くて、黒い髪の美女に、
すっぱだかにされた自身が股を広げられる。
で、興味津々といった感じでイチモツをじろじろ見られる。
そんな想像がクロさんをたまらなくさせるらしい。
聞かされるこっちはもっとたまらない。
だってゴリラみたいにいかついおっさんですよ。ねえ。
でも怖いもの見たさで聞いてしまう。


「そんな状況になったとして、クロさんはどんなことを喋るんですか?」
「うーん。……あんま喋んねえだろうけど、……いやんいやん、とかかなあ」
「はあ。……いやんいやん、ですか」
「うん。あ、あと、助けてマミー、とか」


矢沢永ちゃんがウンコを我慢しているような渋い顔で、クロさんは言った。
グラスの氷がころん、と音を立てた。


「あ、おめえ。あんま変に書くなよ、また」


すいません、書いちゃいました。
だって面白いから。

タリスマン

『生物としての静物』
/開高健著


以前、シルバーをお守りのように持っていると書いた。
それは今も続いている。
ペンダントトップか、リングか、ブレスか、
何がしかシルバーを常に身につけているのだ。
一度つけたら、お風呂に入る時も外さない。
付け続けることが大事なのだ。


何十年も昔に観たバンパイア映画で(タイトル忘れました)、
主人公の少女が銀の十字架をバンパイアに突きつけるシーンがある。
しかしバンパイアには効かない。
バンパイアはにやっと笑って言う。


「それじゃだめだよ。信心が足りねえ」


そしてノド元に喰らいつこうとするのだが、
その時に牙が少女の銀のペンダントに触れる。
父の形見のペンダントだ。
デザイン的にはごくありふれたもの。
しかし、バンパイアは弾き飛ばされてぶっ倒れる。
それには、さまざまな人の想いが込められていたのだ。




妖魅は意外とそういうものに弱い。
子を守る親の気持ちとか、愛とか、友情とか、
掛け値なしのまっすぐな“人の想いの強さ”は苦手らしい。


マンガ『ベルセルク』にもこんな件りがある。
主人公ガッツの扱う大剣は、
ストーリーテラー曰く“大雑把な鋼鉄の塊り”である。
もちろん物理的にも剣は鋼鉄の板だ。
しかし、ガッツはそれで数多の化け物を斬ってきた。
その戦いの日々が、剣を“化け物を斬るための器物”へと鍛え上げた。


「お前の剣なら、あいつ(敵の大将ね)を斬れる。その剣なら」


と、化け物に言わしめるほどになる。

つまり“お守り”は“お守り”として創られるものではなく、
人の想いが“何てことはない器物”を“お守り”に育てる、ということだ。





『生物としての静物』に“タリスマン”についての記述がある。
タリスマンは日本語でお守り、だ。
開高氏曰く、


「フランス人はポケットにいつも木の切れっぱしを入れて歩き、
 前方からいやなものがやってくると、
 あわててそれに触れるという習慣を持っている」と。


その後、氏はカルチエラタンの飲み屋で、


「じいさんから三代伝わったものなんだ」


と酔っ払いに言われ、
手脂でてらてらと飴色に光った木切れを贈られる。
何とも素敵な話じゃあないか。
確かにこんな木切れならバンパイアにだって勝てる気がする。

けったいな夢 #.1

ドライグマ【どらい-ぐま】(名)〈動〉

野性の獣の名称。アライグマの亜種。中国に生息。
捕らえた獲物を洗った後に乾燥させるという習性を持つ。
性質は冷静沈着。仲間にもあまり関与しない。

中国名・脱水熊猫。
例:「彼女の潔癖さはまるで――のそれのようだね」





という夢を見た。

空中ブランコ その3

旧校舎に一歩足を踏み入れた時から、
すでにYさんは後悔しはじめていた。
月は明るいのだが雲がかかっている。
Yさんが持っている懐中電灯の明かり以外、
木造の校舎内で光るものはなかった。


真っ暗なのだ。
歩くたびに床がぎいい、と鳴る。


それでもYさんは最上階の三階からスタートし、
二階、一階と順々に見回った。
一階の廊下。ここを端まで見れば、それで終わりだ。
もう眠気なんてどこかへ行っていた。
早く終わらせたい。それだけ考えていた。


二つ目の教室に差し掛かったとき。
雲が切れたらしい。
廊下の右手にある教室の中が、
すりガラス越しに浮かび上がるようにはっきり見えた。
教室の向こうはすぐ堤防になっている。
その向こうは海。
つまり、教室の中に動くものなどあろうはずがない。


だがYさんには見えた。
それはちょうど空中ブランコのように、
教室の真ん中でゆーらゆーらと大きく揺れていた。


誰かが、

教室の天井からロープでぶら下がり、
ブランコ遊びをしている。


Yさんは割れたガラスの隙間から教室を覗いた。
ぶら下がっているのは小さな女の子だった。


ロープは、女の子の首に巻きついていた。






足音が響こうが知ったことではなかった。
Yさんは全速力でその場を離れた。
そして宿直室に飛び込み、
鍵をかけてふとんにもぐりこんだ。
震えが止まらなかった。
自分の好奇心をぶん殴りたかった。

まんじりともしないまま朝になり、
Yさんはすぐにバイトを辞めるむねを伝えた。


それから何十年も、この話は誰にもしなかった。


「君にしゃべったのが初めてだ」


Yさんは僕にそう言った。
聞いておきながらこう言うのもなんだが、
それはそれで迷惑な話である。