フライドチキンと海のおと。 -33ページ目

たまご焼きの調味料 前編

今でも実家に帰ると、母はよくたまご焼きをこしらえてくれる。
僕はもういい歳こいたおっさんである。
でも母にとってはいつまでも僕は


「ちゃんと食べているかしら」


と心配になる子どもであるわけで、
それは母にめいっぱい心配をかけるような日々を(青春時代とくに)送っていたことが原因として考えられる。
つまりそれが母にたまご焼きをせっせとこしらえさせる理由となっているわけだ。
母ちゃんゴメン。





他の料理もうまいことはうまいのだけれど、
ことたまご焼きの味は格別だ。
味つけが濃い、というわけではないのだが、
出汁の味がしっかりと感じられる。コクがあるのだ。
どちらかというと甘いのだけれど、かといって甘すぎない。
しょっぱくもない。いい塩加減だ。
塩梅がいい、とはよくいったものである。


また、焼き加減も申し分ない。
焼く前にだし汁と濃い目の牛乳を1:1で割って、
それを白身と混ぜ合わせる。
それらがよく混ざってから、別にしておいた黄身と合わせる。
そこからはあまり混ぜない。
それがうまさのコツらしいのだけれど、焼き上がりも空気が程よく混入され、
「なんとか箸で捕まえられる」くらいやわらかい。


いや、本当にうまいのだ。
うまいというか、僕好みの味なのだ。
とここまで書いて、それも違う気がしてきた。
この味に、僕が徐々に惚れていったのかもしれない。
愛し合っているからこそ刺激しあい、成長してゆく恋人同士のように、
僕の味覚とたまご焼きの味が歩み寄っていったのかもしれない。
<つづく>

恋とそうたいせいりろん

ある日、クロさんが居酒屋のカウンターで難しい顔をして本を読んでいた。
何を読んでいるんですか、と尋ねたら、


「相対性理論ってなんだ?」


と尋ね返された。


僕の隣で呑んでいた読書家・エゾさんが少し考え、
こう説明した。



時速三十キロで走るバスの中を、
クロさんが時速五キロで歩いたとする。
僕が歩道から、バスの中にいるクロさんを見たとする。

クロさん的には、時速五キロで動いた自覚しかない。
しかし僕的には、少なくとも時速三十キロ以上でクロさんは移動した。

つまり時間の経過(の感覚)とは絶対的なものではなく、
あくまで相対的なものである、と。



「ちょっと乱暴だけど、そんなとこじゃないでしょうか?」


エゾさんが言うと、クロさんはぼんやりこう言った。


「つまりあれか。上司に説教されてる一時間は永遠に感じるけど、
 大好きな女と飲んでる時の一時間は一瞬に感じる。あれか?」


む。繊細かつ怜悧。的確でロマンティック。
エゾさんの例えとは、バターナイフと剃刀くらいの差がある。


エゾさんは、ちえっ、という顔をした。


僕はただソーミンチャンプルーをずるずる食べていた。



ああ、秋深し。

オニ

あえて漢字を使わず「オニ」と書く。


古くは“陰”と書いてオニと読んだ。
差別されていた人達が面をつけさせられ、
憂さ晴らしのために人々から石を投げつけられた。
縁起の悪いものを、石で追い払ってしまおう、と。
それが節分のはじまりだ。
石を投げられた人の恨みが形となり、オニが生まれた。


まっこと、この世で一番恐ろしいのは人の恨みだ。
鬼子母神にしても鬼婆にしても般若にしても餓鬼にしても、
もともとは人間なのだ。



オニについての記事を書こうと思った。
二百文字ほど書いたその日、
会社帰りの駅のエスカレーターで転び、
下までころげ落ちた。
ステップが濡れていたわけではない。
つまづいたわけでもない。
なぜか、転んだのだ。理由もなく。
たいした怪我ではなかったが、
それでも腕と向こう脛を強打して青タンができた。


さらに三百文字ほど追加した。
翌朝、右肩と首筋と背中が尋常じゃないほど凝り固まった。
それは仕事に支障をきたすほどで、
熱い風呂にじっくり漬かっても全然ほぐれなかった。

で、その記事はお蔵入りとなった。


かように、“オニはたたる”のだ。
嘘じゃない。
だから、というわけでのないが、
僕は神社やお寺によく一人で行く。
そして時間をかけて歩き回り、
静謐で厳かな気分になり、岐路につく。
そうしてまた、怪異に首を突っ込むのだ。
怪談蒐集家も楽じゃない。
というか、
僕がすでにある種の“オニ”なのかもしれない。

そう、怪談蒐集のオニだ。

なにせ“蒐”という字の中にはオニが住んでいるんだものな。

けったいな夢 #.2

あのベストセラー小説、ついに映画化!


ハーフバンパイアの美青年、アレックス。
アレックスに想いをよせる美少女、カサンドラ。
カサンドラを我がものにしようと企てる人狼族のフィリップ。
三人を利用し、人類滅亡を企てる美しき科学者、ボイド。
敵か? 味方か? 謎の女美剣士、ロイ。
その全貌を追う敏腕ジャーナリスト、エディ。



演じるすべてのキャストがケツあご。





という夢を見た。

因習 後編

村人達だ。
もんぺみたいな作業服を着ている。
全員が手ぬぐいでほっかむりをしている。
手には、何やら司祭で使われるような矛みたいな棒や、
すきやクワといった農具を持っている。
鎌を持っている人もいた。


そしてその顔。
赤をベースとして、
緑や黒や黄色といった極彩色でペイントされていた。
同じ模様は二つとなかった。


「出て行け!」


先頭にいた女が言った。
まがまがしい、クマドリのようなペイントを施している。


「他所者が来るとこじゃねえ」


手に持ったクワを大きく振った。
鎌を持った男が大きく振りかぶった。


「あままがつひもがな!けりかもけり!」


そんな具合の、理解できない言葉を発した。
そして「ゲゲゲゲゲエ」と笑った。

今にも鎌を投げつけかねない勢いだった。




僕達はつとめて冷静に一礼し、
急いで集落を出た。
Nちゃんはかなり取り乱していた。


「怖い怖い怖い! 何、何なのあの人達!」


でもあの村の人達にとっては
「何なんだ、あの侵略者達は」
だったのかもしれない。





カーナビもなかった頃だ。
あの村に行く方法はもうない。
ずいぶんたってからネットで調べたが、
あの村を思わせる記述は見つけることができなかった。
都会から、ほんの数キロの場所だ。


僕達の熟知している常識、安全、現実。
そんなものは実にうすっぺらだ。