使い込んでこそ
味が出るもの、がとても好きだ。
例えば、サドルレザーのベルト。
もう同じものを十五年くらい使っている。
しなやかで強いが、
分厚いくせに人間の皮膚のようにやわらかい。
こうなるともう手放せない。
新しいデザインを見つけるとすぐに買ってしまうが、
クローゼットに吊るしてあるのを見てにやけるだけだ。
ジーンズに通すのはいつも同じベルトである。
たまにワックスをひき、ひび割れを防止する。
そういう手入れもまた楽しい。
レッドウイングのエンジニアブーツは二代目を履いている。
初代は高校時代に買い、
ソールを何度も張替えながら徹底的に履きつぶした。
毎日履いてくったくたになり、側面に大きな穴が開き、
どうしようもなくなってご臨終とあいなった。享年十二歳。
二十代半ばで二代目を購入した。
それはかなりマメに手入れして履いているので、
十年以上たった今もかなりきれいだ。
ところどころついた傷が味にはなっているが、
状態としてはあと二十年くらい履けそうである。
昔ながらの竹でできた定規もカバンにしのばせている。
小学校の時、家庭科の先生が持っているのを見て衝撃を受けたのだ。
何年も(ひょっとしたら何十年も)使われ手脂がしみこんだそれは、
ヴィンテージ和家具のように重く黒光りしていた。
たかが竹定規のくせに、骨董品的ド迫力。
もうノドから手が出るくらい欲しくなり、
ごく安価な竹定規をすぐ買った。
それはいつの間にかどこかにやってしまったが、
今も何代目かの竹定規がカバンに「凛」と鎮座している。
ただ、いつもカバンに入れているだけなので、
全然味が出てこないのが残念だ。
意図的に味を出すのは意味がない。
使い込まなければならないのだ。
インタビューで
「こいつが無くなったら僕はもう抜け殻も同然ですよ」
くらいのことはぺらっと言ってしまえるくらい、
この竹定規を育てたいな。