ヘタレ車掌の戯言 -31ページ目

ヘタレ車掌の戯言

毎日惰性だけで生きているヘタレ車掌の日常です。

前回記事の続きです。

 

熊本市1354 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523①

熊本市電1350型1354のA系統健軍町行き

1960年に350型354として導入、1967年にワンマン運転対応改造によって1350型1356に改番、1979年に冷房化されています。現在は健康食品の通販業者である“えがお”の全面広告ラッピングが施されています。

 

 

 

熊本市1085 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523④

熊本市電1080型1085のB系統健軍町行き

1954年に180型185として導入、1968年ワンマン運転対応改造によって1080型1085に改番、1980年に冷房化されています。現在は“あんしん財団”の全面広告ラッピングが施されています。

 

熊本市0803B 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523④

熊本市電0800型0803BCOCOROA系統健軍町行き

2014年導入のこの編成は、熊本市電開業90周年記念事業の一環として、水戸岡鋭治氏が車体内外のデザインを担当し、COCOROという愛称が付けられています。他の2編成(2009年から運行開始)とはカラーリングのみならず、『笑っているような顔』をコンセプトに前照灯の位置や周囲のデザインを変更しています。現時点で熊本市電最新の車両です。

 

熊本市1203 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523②

熊本市電1200型1203のA系統健軍町行き

1958年に200型203として導入、1966年にワンマン運転対応改造によって1200型1203に改番、1979年に冷房化されています。この1200型は、1978年以降冷房化されましたが、これは日本の路面電車初でした。但し、最初に冷房化された1202と1208は試作要素が強いため、1985年に廃車されて8500型に走行機器を供出しています。

 

熊本市1097 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523②

熊本市電1090型1097のB系統健軍町行き

1955年に188型189として導入、1968年にワンマン運転対応改造によって1090型1097に改番、その後冷房化されています。現在は新栄住宅“アンピールマンション新水前寺”の全面広告ラッピングが施されています。

 

熊本市1063 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523①

熊本市電1060型1063のB系統上熊本駅前行き

熊本市電1060型は1951年に160型として3両導入されました。当初は3扉車で、ワンマン運転対応改造に際して進行方向左側後端の側扉が撤去されています。ワンマン運転対応改造は1969年で、この改造時に1060型に形式変更されています。1063は1980年に冷房化されましたが、他の2両は冷房化されることなく1986年に廃車されています。

この1063は160型163として導入され、ワンマン運転対応改造によって1060型1063に改番されています。2003年の映画撮影時にかつての標準色(クリーム色にに紺色帯)となり、以降現在もそのカラーリングが継続されています。経年66年となり、熊本市電最古の車両であることから、出番は少ないようです。

 

熊本市9202 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523①

熊本市電9200型9202のA系統健軍町行き

1992年導入の車両です。前照灯がHID灯ないしLED灯化されており、白色点灯になっています。現在は“眼鏡・補聴器の大宝堂”の全面広告ラッピングが施されています。

 

熊本市1204 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523②

熊本市電1200型1204のA系統健軍町行き

1958年に200型204として導入、1966年にワンマン運転対応改造によって1200型1204に改番、1979年に冷房化されています。

 

熊本市1095 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523③

熊本市電1090型1095のB系統健軍町行き

1957年に190型195として導入、1968年にワンマン運転対応改造によって1090型1095に改番、その後冷房化されています。現在は“J:COM九州”の全面広告ラッピングが施されています。

 

熊本市1201 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523③

熊本市電1200型1201のA系統健軍町行き

1958年に200型201として導入、1966年にワンマン運転対応改造によって1200型1201に改番、1979年に冷房化されています。

 

熊本市8201 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523③

熊本市電8200型8201のA系統健軍町行き

熊本市電8200型は、1982年に350型改め1350形以来22年ぶりの新造車として2両導入されました。

日本国内の営業用電車としては初めてのVVVF制御を採用しています。今や電車・電気機関車とも機器流用車を除けば当たり前となったVVVF制御ですが、現在に至る最新技術を実用化したのが路面電車というのは意外な感じもありますが、これは路面電車では一般の鉄道のような軌道回路(列車の有無の確認やATS装置、踏切制御などに用いる微弱電流)がなく、信号システムなどへの悪影響の心配がないということから都合がよかったようです。車体は直線的な普通鋼製で、熊本市電初の日本車輛製となっています。当初は2両連結運転を想定していたため、8201の健軍町方と8202の田崎橋・上熊本駅前方には折畳み式の密着連結器及び電気連結器が設置されていますが、ポイント操作に不具合があることが発覚したため、性能確認試運転以外で連結運転を実施したことはないようです。

これらの功績が評価され、1983年度鉄道友の会“ローレル賞”を受賞しています。ただ、2両が導入された後の増備はなく、以降1985年に一見よく似た機器流用の8500型が続いています。ご自慢のVVVF装置は経年による保守部品確保の観点からか2006年に当時最新型のものに交換されています。陽の目を見なかった連結器ですが、今なお撤去されることはなく畳まれているのがこの画像から確認できるかと思います。現在の熊本市電の標準カラーはこの8200型から採用されたのですが、この8201は“でんでん(云々じゃないですよw)nimoca”の全面広告ラッピングが施されています。

 

なぜタイトルに『初めてが多い』を入れたのか?と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、

 

日本の路面電車初の冷房車(1200型)

日本国内初のVVVF制御車(8200型)

日本国内初の超低床型路面電車(9700型)

 

と、現在の路面電車であたり前となっているものが3つもここ熊本市電にあるから入れさせていただきました。

 

日本国内初のVVVF制御車8200型も撮れましたので移動します。

 

熊本市8504 辛島町電停 20170523

熊本市電8500型8504のB系統上熊本駅前行きに乗車します(次回以降に続きます)

 

 

5月の撮り鉄旅も後半に突入した23日は、夕方まで熊本市内を徘徊していました。

 

まずは、ホテルからほど近い熊本市電辛島町電停の慶徳校前電停(A系統)・西辛島町電停(B系統)寄りの交差点で撮り鉄開始です。

※車両についてはこちらの記事も参照していただければ幸いです。

 

・・・それでは撮影順に・・・

 
熊本市1353 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523②
熊本市電1350型1353のB系統健軍町行き
1960年に350型353として導入、1967年にワンマン運転対応改造によって1350型となり1353に改番、1979年に冷房化されています。
 
熊本市1351 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523②
熊本市電1350型1351のA系統1351の健軍町行き

1960年に350型351として導入、1967年にワンマン運転対応改造によって1350型1351に改番、1979年に冷房化されています。

上の1353の健軍町行きと行先方向幕の色が違うのは、車両ごとの個体差ではなくB系統・A系統の区別によるものです。A系統とB系統は辛島町電停で合流して、共に健軍町電停に向かう訳ですが、両系統の合流する場所は辛島町電停や今回の撮り鉄場所よりも慶徳校前電停(A系統)・西辛島町電停(B系統)寄りにあります。

 

熊本市9204 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523②

熊本市電9200型9204のA系統健軍町行き

1993年導入の車両です。現在は“金氏高麗人参”の全面広告ラッピングが施されています。

 

熊本市9205 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523熊本市電9200型9205のB系統健軍町行き

1994年導入の車両です。現在は“明和不動産”の全面広告ラッピングが施されています。

 

熊本市1356 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523②

熊本市電1350型1356のA系統健軍町行き

1960年に350型356として導入、1967年にワンマン運転対応改造によって1350型1356に改番、1979年に冷房化されています。現在は“ほっかほっか亭”の全面広告ラッピングが施されています。この車両は、左右の前面窓が固定窓になっています。

 

こちらは25年前の1356

熊本市1356 健軍町~健軍派出所前間 19920226①

健軍町~健軍派出所前間にて1992年2月26日撮影

当時の系統は数字でした。カラーリング以外にも前面窓や車掌台跡など見比べてみてください。

 

熊本市8503 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523①

熊本市電8500型8503のA系統健軍町行き

現在は“ピザポケット”の全面広告ラッピングが施されています。赤と緑と白ってITALIAイタリア国旗をイメージしたのでしょうが、見ようによっちゃサンタさんXmas Treeクリスマスカラーにも・・・

 

熊本市9203 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523②

熊本市電9200型9203のA系統健軍町行き

1993年導入の車両です。現在は“フジバンビ(黒糖ドーナツ棒)”の全面広告ラッピングが施されています。

 

熊本市9703B 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523②

熊本市電9700型9703BのA系統健軍町行き

熊本市電9700型は1997年から導入された日本初の超低床型路面電車です。

熊本市交通局(熊本市電)では1994年以降、超低床型路面電車導入に向けて国内の車両メーカー複数社と協議を行うのですが、その過程で新潟鐵工所がドイツドイツの車両メーカーAEG(現・アドトランツ)との技術提携によるものを提示し、それを基に熊本市電での運行に合うように改良することで導入可能と判断して1996年に契約成立、翌1997年に導入に至りました。車体は新潟鐵工所製ですが、車体の部材などは輸入して組み立てており、そのスタイルはドイツドイツ国内に納入されたアドトランツ製の超低床型路面電車によく似ています。電装品や台 車は輸入したものを使用しています。

2車体となったのは電停の有効長から許容される範囲に収める必要からで、西鉄マーク西鉄電車から譲受した5000型以来の2車体連接車となりました。

台 車はカバーに覆われているためよく見えませんが、超低床(レール面からの床面高さ36㎝)とするため、車輪は左右の車輪を固定する車軸がなく、駆動方式はレール方向に主電動機を設置した直角カルダン式となっています。また、本来床下に設置される機器は屋上に設置されています。

車内はセミクロスシート配置となっていますが、これは台 車の車輪を避けるためタイヤハウスの部分での通路確保のためにこのようになっています。

カラーリングは従来の熊本市電とは一線を画したものとなり、ホワイトベースに側面のみ上端と下端部分にグラデーションのかかった水色を配した編成(9701編成のみ)と水色がない編成(9701編成以外)があります。2001年までに5編成10両が導入されています。9703Bは1999年導入の編成で、座席などのデザインはJR九州JR九州でおなじみの水戸岡鋭治によるものです。この編成を含めた9700型4編成(9702編成~9705編成)はリース会社が車両を購入・所有し、熊本市交通局がそれを賃借するというリース車両となっています。9700型は1998年度鉄道友の会“ローレル賞”を受賞しています。

 

熊本市8501 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523

熊本市電8500型8501のB系統健軍町行き

1985年に導入された車両で、電装品・台 車は1200型1206(1959年導入)から流用しています。

現在は“杉養蜂園”の全面広告ラッピングが施されています。

 

熊本市1094 辛島町~西辛島町・慶徳校前間 20170523①

熊本市電1090型1094のA系統健軍町行き

1957年に190型194として導入、1968年にワンマン運転対応改造によって1090型1094に改番、その後冷房化されています。現在は“リクルートタウンワーク”の全面広告ラッピングが施されています。

この1090型以前の形式では室内灯が昭和末期まで白熱灯でした。

 

熊本市5014B 辛島町~西辛島町・慶徳校前 20170523①

熊本市電5000型5014BのB系統上熊本駅前行き

1957年製造の元西鉄マーク西鉄電車福岡市内線1001形1014Bで、1978年に熊本市電入りしています。西鉄マーク西鉄電車福岡市内線1001形は1954年から1964年にかけて製造された2車体連接車で、製造時期や製造メーカーによるによる仕様違いで、1001形(1954年と1957年製造のカルダン駆動車15編成)、1101形(1954年製造のカルダン駆動車5編成…1001形とはメーカー違いで車体細部に差異)、1201形(1962年製造のつりかけ駆動車9編成)、1301形(1964年製造のつりかけ駆動車6編成)に細分されます。福岡市内線縮小→全廃(1978年)によって筑豊電気鉄道広島電鉄及び熊本市交通局(熊本市電)に譲渡されることになります。、その中で、他の2社に譲渡されたのは比較的後期製造の車両が多く、熊本市電入りしたのは初期型とも言える1001形の4編成です。形式が5000型なのは昭和50年代の導入を意味していて、車号は西鉄マーク西鉄電車福岡市内線時代の千位を5に変えただけなので、トップナンバーが5010A・5010Bであり、他社に譲渡された1013Bと譲渡されなかった1013Aと1012A・1012B(いずれも西鉄電車福岡市内線の車号)を由来とすべき5012編成と5013編成は欠番となっています。

熊本市電では2車体による輸送力に着目して1976年と1978年に譲受し、入線後早くも1979年に全車冷房化されています。1999年以降、9700型0800型導入による代替で2009年までに3編成が廃車されている一方で、唯一残された5014の編成は2002年以降、西鉄マーク西鉄電車福岡市内線時代のカラーリングとなるのですが、2009年以降故障によって長らく休車となっていました。その後2016年に修理の上復活すると熊本市交通局から発表のされ、西鉄マーク西鉄電車筑紫工場内の西鉄テクニカルサービスの手によって今年3月に8年ぶりの復活が実現しました。復活にあたってはほぼ更新修繕同様の工事内容となりましたが、営業に関する部分と安全に関する部分以外は最新車両に合わせるのではなく、休車前の姿を維持する方向で改修されています。今年で経年60年となりますが、更新修理を担当した西鉄テクニカルサービスからは、60年の前の車両としては驚くほど状態がいいとのコメントもありました。

復活後は平日朝ラッシュ時のB系統1往復のみと、せっかく多額の費用をかけて復活させたのにもったいない使い方だと思っていましたが、5月以降は夕方も上熊本駅前電停~健軍町電停~A系統1往復~健軍町電停~上熊本駅前電停の運用が追加されています。貴重な電車なので今後も末永く運用されることを期待します。

 

画像の枚数が多いので、この後は次回以降の記事に続きます。

 

前回記事の続きです。

 

古賀駅~千鳥駅間でのカメラ撮り鉄を終えて、JR九州JR九州鹿児島本線古賀駅から・・・

JRK Мc813-111 古賀駅 20170522

JR九州JR九州813系クモハ813-111の荒尾行き快速に大牟田駅まで乗車します。時刻は18:20、まだこのぐらいの明るさですが・・・大牟田駅では完全に夜でした。

 

大牟田駅では後続の列車(銀水駅始発?)にのりかえ

 

JRK Tc816-1012 大牟田駅 20170522

JR九州JR九州817系クハ816-1012の八代行き普通に熊本駅まで乗車します。この区間のワンマン運転は815系だけかと思っていましたが、817系もあるんですね。古賀駅~千鳥駅間で撮影した817系は車体全体がホワイト塗装ですが、こちらの817系はシルバー(無塗装ではなく塗装っぽいですが)なんですね。

 

・・・で、熊本駅で熊本市電にのりかえ・・・

 

熊本市1081 熊本駅前電停 20170522

熊本市電1080型1081の系統辛島町行きにこの日泊まるホテルビジネスホテル最寄りの辛島町電停まで乗車します。“”という系統なのは増発便や臨時便という意味合いではなく、A系統(田崎橋電停・熊本駅前電停~健軍町電停間)とB系統(上熊本駅前電停~健軍町電停)に該当しない系統(出入庫絡みなどの途中折返しなど)を指しています。ちなみに辛島町界隈は熊本市のショッピングゾーンの拠点となる場所で、熊本界隈のバス路線が集中するバス交通センターも辛島町電停が最寄となります。

この1081は、熊本市電で2番目に古い車両(1954年導入)です。

熊本市1081車内 熊本駅前電停 20170522

車内はニス塗りではないものの、板張りの床などなかなかレトロな昭和のちんちん電車です。座席の柄は新しいですが・・・

 

今回の撮り鉄旅は最初の2泊がJRバス夜行高速バス、2泊目が船フェリーだったので、やっとこさホテルホテルでおねんねです(笑)。ホテルホテルに入って5月22日の行程はこれにて終了です。次回以降は5月23日の行程になります。

 

 

前回記事の続きです。

 

JRK Tc810-107 小倉駅 20170522

JR九州JR九州鹿児島本線小倉駅から811系クハ810-107の荒尾行き快速に乗車し、どこかで撮り鉄できないかと前方を眺めていると、古賀駅手前の踏切あり踏切がよさそうに感じたので、古賀駅で下車し、千鳥駅方向に歩き、お目当ての踏切に到着してみると…車内からは気づかなかったのですが先客の方がいて、その彼の邪魔にならないように、またその彼をうまくかわして撮るのが難しそうなので、もうちょっと千鳥駅方向に歩いて、腰よりちょっと高いコンクリートの擁壁を足場にしてフェンス越しに撮れそうな場所を見つけてそこでカメラ撮り鉄開始です。

 

それでは撮影順に・・・あっ、車両についてのアレコレはJR九州JR九州のカテゴリー内の記事も参照していただけると幸いです。

 

JRK Tsc884-7 古賀~千鳥間 20170522

JR九州JR九州885系クロハ884-7の博多行き特急“ソニック

2000年導入の編成です。885系は当初特急かもめ(鹿児島本線吉塚駅・博多駅~長崎本線佐賀・長崎方面)に導入され、続いて特急ソニック(鹿児島本線博多駅~日豊本線大分方面)にも導入されました。

かつては特急“かもめ特急“ソニックで編成が分けられて運用も別になっていましたが、現在は共通運用になっています。

2001年度に鉄道友の会ブルーリボン賞とブルネル賞と日本産業デザイン振興会グッドデザイン賞を受賞しています。

 

JRK Мc813-215 古賀~千鳥間 20170522

JR九州JR九州813系クモハ813-215の荒尾行き快速

1997年導入の編成です(手前3両)。811系813系は、側面方向幕には種別表示があるものの、前面表示は行先だけなのがちょっとねぇ…。

 

JRF EF81 406 古賀~千鳥間 20170522

JR貨物JR貨物EF81形EF81 406の貨物

JR貨物JR貨物EF81形国鉄マーク(JNR)国鉄時代の1968年から製造された交流電化区間と直流電化区間をまたがって運転できる交直両用電気機関車です。国鉄マーク(JNR)国鉄JRの交流電化には、一般家庭用の電気同様、周波数が東日本地区では50Hz、西日本地区では60Hzとあって、交流電化が始まった頃から10年ぐらいは、交流電気機関車や交直両用電気機関車・交直両用電車において、交流電化区間の対応周波数でそれぞれの形式が分けられていました。その周波数の50Hz・60Hzの両方に対応させた交直両用電気機関車として開発されたのがこのEF81形になります。当初は北陸本線~日本海側で導入され、その後常磐線や関門トンネル(山陽本線下関駅~門司駅間)通過用として導入、1979年までに156両が製造されました。それらのうち、関門トンネル通過用として1973・1974年に製造された4両は、関門トンネル内の塩害対策(海底トンネルなので海水による漏水を浴びることがある)として車体外板をステンレス製としています。分割民営化ではJR東日本JR東日本JR西日本JR西日本JR九州JR九州JR貨物JR貨物に継承され、更にJR貨物JR貨物では輸送需要の増加によって1989年~1992年に新造車8両が導入されています。

九州地区で見られるEF81形は関門トンネル通過用としてステンレス車体を採用した300番台4両と、0番台からの改造で普通鋼製車体ながらも塩害対策と重連総括制御対応を施した改造車400番台14両、JR貨物が導入した450番台5両があって、400番台のうち6両がJR九州JR九州、300番台全4両、450番台全5両と400番台の8両がJR貨物JR貨物の所属になります。JR九州JR九州の6両は寝台特急縮小→全廃の影響を受けて2010年度までに全廃されていますので、現在も九州地区で見られるEF81形は全車JR貨物JR貨物所属の車両になります。一応更新工事を受けているものの、近年は老朽化と後継車であるEH500形の進出に伴い運用縮小→廃車が進んでいます。

このEF81 406は、国鉄マーク(JNR)国鉄時代の1974年に製造されたEF81 132を1986年?に改造した車両です。一時期、北陸方面に転用されていましたが、現在は門司機関区に復帰しています。

 

JRK Мc813-6 古賀~千鳥間 20170522

JR九州JR九州813系クモハ813-6の羽犬塚行き普通

1994年導入(中間のサハ813-406は2003年)の編成です(手前3両)。

両端の2両(クモハ813-6とクハ812-6)と中間車で導入時期に9年の差があるため、車体細部の造作に差異があります。

 

JRK Tsc882-7 古賀~千鳥間 20170522

JR九州JR九州883系クロハ882-7の博多行き特急“ソニック

JR九州JR九州883系は1994年から特急“ソニック(鹿児島本線博多駅~日豊本線大分方面)に導入されている特急車です。813系に続いてVVVF制御を採用(但し電気ブレーキは発電ブレーキ)し、カーブが多い日豊本線でのスピードアップを図るためにJR九州JR九州初の振り子式(カーブ区間で遠心力によって外側に飛び出そうとする力を、強制的にカーブの内側に車体を傾けることによって通過速度を高くできる)を採用し、従来の485系特急“にちりんよりも所要時間が20分程度短縮されています。

車体は軽量オールステンレス製(前頭部は普通鋼製)となり、前頭部のみメタリックブルーに塗装(その他は無塗装)、外観・内装は遊び心を持たせたものとなっています。1996年までに導入された5編成は7両固定編成、1997年導入の3編成は5両固定編成で導入されました。2005年からリニューアル工事が開始され、車体外観は無塗装だった側面も含めて従来より濃いメタリックブルーに塗装され、派手めだった内装はシックな雰囲気に改められました。その後2008年には5両固定編成で導入された3編成が中間車2両(サハ883形とモハ883形)を増結して7両固定編成化されています。この時の増結車は885系に準じたアルミ製の車体となっています。

この編成は1997年導入の編成で当初は5両固定編成でしたが、2008年に中間2両(手前から4両目と5両目…モハ883-1002とサハ883-1002)増結して7両固定編成化されています。

883系は1995年に通商産業省(当時)“グッドデザイン商品”選定、1996年度に鉄道友の会ブルーリボン賞とブルネル賞を受賞しています。

 

~ここで“先客”の方がいなくなったので踏切あり踏切に移動~

 

JRK Tc816-3010 古賀~千鳥間 20170522②

JR九州JR九州817系クハ816-3010の荒木行き快速

2015年に導入された車両(手前3両)です。

後ろ6両は813系です。817系は2001年に日本産業デザイン振興会グッドデザイン賞を受賞しています。

 

JRK Мc813-216 古賀~千鳥間 20170522②

JR九州JR九州813系クモハ813-216の羽犬塚行き普通

1997年導入の編成(手前3両)です。

 

JRK Мsc787-9 古賀~千鳥間 20170522②

JR九州JR九州787系クモハ787-9の博多行き特急“きらめき

JR九州JR九州787系783系に続く特急車です。鹿児島本線吉塚駅・博多駅~西鹿児島(現・鹿児島中央)駅間の特急“つばめ用(従来の特急“有明に代わって新設)として導入されました。車体は普通鋼製で今やいろんな意味でJR九州JR九州の強力な“相棒”とも言える?水戸岡鋭治氏主宰のドーンデザイン研究所が手掛けたものとなっていて、他社に例を見ない外観(あくまで個人的な主観ですが前頭部はどことなく犬犬っぽくも・・・)や内装、サービス面でも“つばめレディ”と呼ばれる客室乗務員の乗務やビュッフェでの軽食の提供などが特徴でした。性能的には一般車811系に準じたサイリスタ位相制御・発電ブレーキを採用しています。一時期はJR九州JR九州のフラッグシップ的特急車でしたが、800系新幹線九州新幹線開業によるJR九州JR九州特急ネットワーク再編などによって編成変更や大掛かりな改造も施工され、特徴の一つであったビュッフェも廃止されています。

かつては“TSUBAME”→“リレーつばめ”などのロゴがありましたが、現在は“AROUND THE KYUSHU”のロゴに改められ、汎用特急と化ています。

この編成は1993年に導入されました。当初は9両固定編成でしたが、現在は6両固定編成となっています。特急“きらめき特急“つばめ”“にちりんとして運転されていた鹿児島本線門司港~博多間の特急を改称した列車です。

787系は1993年度に鉄道友の会ブルーリボン賞と通商産業省(当時)グッドデザイン商品選定、1994年にブルネル賞を受賞しています。

 

JRK Tc810-8 古賀~千鳥間 20170522

JR九州JR九州811系クハ810-8の大牟田行き快速

1990年導入の編成です(手前4両)。この編成は1995年から2007年まで、熊本県荒尾市にある遊園地“三井グリーンランド”(現・グリーンランド)PR車両三井グリーンランド号として、車体の前面・側面にグリーンの帯配したカラーリングになっていましたが、“三井グリーンランド”の親会社変更による名称変更にリンクして通常のカラーリングに戻されています。その後2008年からは門司港駅隣接の九州鉄道記念館開館5周年記念としてのラッピングにより門司港レトロ号として運行されましたが、現在は通常のカラーリングに戻されています。

811系は昨年からリニューアル工事が開始され、外観・内装の一新とVVVF制御化がなされています。全27編成が対象となっており、数年内に現在の姿は見られなくなります。

 

JRK Tc816-3011 古賀~千鳥間 20170522

JR九州JR九州817系クハ816-3011の博多行き普通

2015年導入の編成です(手前3両)。

 

JRK Мc813-203 古賀~千鳥間 20170522②

JR九州JR九州813系クモハ813-203の荒尾行き快速

1997年導入の編成です(手前3両)。

 

JRF EH500-50 古賀~千鳥間 20170522②

JR貨物JR貨物EH500形EH500-50の貨物

JR貨物JR貨物EH500形は、首都圏~北海道方面の貨物列車で、首都圏~江差線(現・道南いさりび鉄道)五稜郭駅間を機関車付替えと青函トンネル区間での重連運転解消のために開発された交直両用電気機関車です。1997年に試作車EH500-901が導入され、試験運用の結果を踏まえた量産車(EH500-1~)が2000年から導入されました。重連運転解消のため動軸を8軸とし、車体は永久連結の2車体となっています(重連解消にこだわったのは、JR旅客各社に支払う線路使用料の算定に機関車の両数が絡んでくるためらしいです)。JR貨物JR貨物では、VVVF制御の機関車に力持ちっぽい愛称をつけていますが、このEH500形ECO-POWER 金太郎と命名され、側面に金太郎金太郎のイラストが描かれています。

九州地区では、関門トンネル通過運用で運用されてきたEF81形の代替のために2006年から導入(運用開始は2007年)されています。首都圏~五稜郭駅(現・函館貨物駅)間で運用される車両とは、保安装置の種類が異なりますが、車両番号の番台区分は特になされず、連番となっています。現在、九州地区では門司機関区に12両配置され、山陽本線幡生操車場~博多臨港線福岡貨物ターミナル間で運用されています。

EH500-50は2006年に導入され、暫定的に東北地区で運用されたのちに2007年から関門トンネル通過用として運用されています。

 

JRK Мc813-9 古賀~千鳥間 20170522

JR九州JR九州813系クモハ813-9の大牟田行き普通

1994年導入(中間のサハ813-409は2003年)の編成です(手前3両)。

 

JRK Tsc882-1 古賀~千鳥間 20170522②

JR九州JR九州883系クロハ882-1の博多行き特急“ソニック

1994年導入の883系トップナンバー編成です。この編成は当初から7両固定編成なので、アルミ製の中間車は入っていません。

 

JRK Tc810-11 古賀~千鳥間 20170522①

JR九州JR九州811系クハ810-11の荒木行き普通

1990年導入の編成です(手前4両)。この編成はスペースワールドのPR車両として前面・側面に水色の帯を配したスペースワールド号として導入されました。その後カラーリング変更を経て2009年に通常の編成と同じカラーリングに変更されていますが、内装はスペースワールド号時代のままなので他の811系とは若干異なります。何故かこの編成では側面窓回りがシルバーに塗装されています。後ろ3両は813系です。

 

おまけ

初代スペースワールド号カラーのクモハ811-11 香椎~箱崎間にて1992年2月28日撮影

ボケボケの画像ですみませんm(__)m

 

 

これにて5月22日の撮り鉄は終了し、この日の宿に向けてひたすら南下します(次回以降に続きます)。

 

JRK Мc813-111 古賀駅 20170522

JR九州JR九州813系クモハ813-111の荒尾行き快速 古賀駅から乗車します。

 

今日から7月ですね~。2017年も既に半分が経過しました。今年の夏はどんな夏になるのかな?

で、明日は都議会選挙です。都民の有権者の皆さん、投票に行きましょう(笑)。

最近は不祥事続きの自民党の支持率が下がってていて、小池都知事率いる都民ファーストの会なる政党が注目されているようですが、ワタクシはこの都民ファーストの会という政党は、クリーンなイメージで売り込んではいるものの所詮は自民党の別動隊であり、大阪の維新の会みたいな組織だと思っていますので、ちょっと支持できませんね。第一、小池都知事は元々自民党員であり(さらに遡ると日本新党にたどり着くのですが)、自民党に離党届を提出したものの未だ正式には離党してはいないそうです。また、現在の自民党を牛耳る右翼組織である日本会議に属しており、かつては自民党のタカ派的な発言もしています。選挙後の結果次第でコロッと自民党と仲良く・・・なんてことも十分想定されます。皆さん、きちんと考えて投票しましょう。投票率が低くてウハウハなのは自民党と公明党です。デタラメな都政に鉄槌を下したければキチンと投票することです。

 

 

前回記事の続きです。
 
砂津チャチャタウンで昼食の後、北九州高速鉄道(北九州モノレール)平和通駅まで歩き、25年ぶりとなる北九州モノレールに乗車します。現在、北九州モノレールJR九州JR九州小倉駅駅ビル内に小倉駅がありますが、1998年までは現・小倉駅~平和通駅間が未開業で、平和通駅が小倉駅を名乗っていました。小倉駅~平和通駅間は0.4㎞しかなく、大掛かりな構造となる上下線間のポイントを設置するのが困難だったのか、平和通駅の旦過駅方にあるポイントで上下線間を渡っています。このため、平和通駅では左側通行の原則が通用せず、小倉駅1番線到着の列車と2番線発車の列車は右側通行となります。
 
ちょっと話が前後しますが、北九州高速鉄道(北九州モノレール)は、1980年に廃止された西鉄マーク西鉄電車北方線(魚町駅~北方駅間4.6㎞)の代替手段として1985年に開業した国内初の都市モノレール(1972年公布の『都市モノレール整備の促進に関する法律…いわゆる都市モノレール法』)です。
モノレール自体は1957年開業の東京都交通局上野懸垂線(上野動物園のモノレール)が国内初の存在で、その後全国(といいつつ首都圏、関西と愛知県ばかりですが)でいくつか開業していますが、遊園地や観光地の遊戯施設やアクセス手段としての短距離のものがほとんどで、代表的なモノレール路線としておなじみの東京モノレールも都心部と羽田空港を結ぶアクセス路線であったことから、沿線住民・勤務者の生活路線や都市交通的な色合いは薄い存在でした(強いてあげれば1970年開業の湘南モノレールが最も都市交通的な路線でしょうか?)。1960年代に多くの路線が開業したものの、その後の業績不振や技術的な欠陥などから短期間で営業休止・廃止に追い込まれる路線が多発し、1975年時点で一般的な鉄道路線として営業していたのは東京都交通局(上野動物園)、日立運輸東京モノレール(現・東京モノレール)、湘南モノレール小田急?小田急電鉄(向ヶ丘遊園)と名古屋鉄道(モンキーパーク)のみとなっていました。一方、バスバス・路面電車と地下鉄マーク地下鉄の間程度の輸送需要に適した都市交通として再びモノレールが注目されるようになって、それらを都市モノレールとして定義し法整備(モノレール建設道路整備に関する補助制度や運営のための第三セクター会社設立など)がなされるようになりました。ちなみに都市モノレールとして整備されたモノレールは、北九州モノレールの他に千葉都市モノレール大阪高速鉄道(大阪モノレール)、多摩モノレール多摩都市モノレールゆいレール沖縄都市モノレール(ゆいレール)があります。モノレールには、桁に跨る構造(跨座式)と、桁からぶら下がる構造(懸垂式)があって、その構造によって構造規格が細分化されていますが、北九州モノレールでは車内にタイヤハウスがない日本跨座式(日立日立製作所が携わったアルヴェーグ式を基に車内の床面をフラットにした構造…1970年開催の太陽の塔大阪万博会場内モノレールで初採用)を採用しています。
 
 
北九州モノレール1000形1405の企救丘行きに乗車し、どこでカメラ撮り鉄出るか探るために、終点の企救丘駅まで乗車します。前面に掲げられている“05”は編成番号ではなく車両運用管理のための運行番号みたいです。
 
企救丘駅に隣接して車両基地があり、途中駅での折返しは設定されていないため、前面窓上部の“小倉-企救丘”の表示は窓ガラスに直接貼られた固定表示です。かつては企救丘駅と車両基地の間に北九州市立交通科学館があって、このモノレールの運転台や台 車の実物大模型などが展示されていて、屋外には西鉄マーク西鉄電車北九州線の電車も保存提示されていたのですが、残念ながら現在は閉館しています。
また、至近距離にJR九州JR九州日田彦山線の志井公園駅がありますが、開業はこちらの企救丘駅の方が早いです。
 
とりあえず改札を出るものの、興味を惹くものもないので再度入場・・・その前に特徴的な切符乗車券を購入。
北高 企救丘駅乗車券 20170522
使用するわけではないので小児券w
北九州モノレールでは、ICカード“SUGOCAmonoSUGOCA”導入に合わせた2015年の出改札機器更新に際し、切符磁気乗車券を廃止して切符普通券をコードQRコード式に変更していて、どんな乗車券下記になっていたので購入してみた次第です。切符普通券ですが大きさは磁気定期券磁気定期券と同じで、偽造防止対策なのか中央に電車を模したストライプが入っています。切符乗車券として必要な項目はストライプより上のまとめて記載し、ストライプの下に改札改札の通り方などが記載されています。磁気式を廃止することで、改札改札機内の摩耗部分がなくせるのでメンテナンス性向上も図られているようです。ちなみにスマホでは反応しませんでした(笑)
 
企救丘駅から↓に乗車
北九州モノレール1000形1104の小倉行きに徳力嵐山口駅まで乗車し、上りホームの志井駅方でカメラ撮り鉄します。
 
上差しの車内
北高1104車内 企救丘駅 20170522①
中吊り広告の位置が(笑)
 
北高1303車内 企救丘駅 19920229
こちらは1992年2月29日撮影の北九州モノレール1000形1303の車内
当時は座席がブルーでした。
 
ここから今回の徳力嵐山口駅でのカメラ撮り鉄画像を撮影順に掲載します。
 
北高1105 徳力嵐山口~志井間 20170522②
北九州モノレール1000形1105の小倉行き
現在、北九州モノレールには1000形のみが在籍しています。車体はアルミ製で1両あたり約15m、車体幅2980㎜という日本跨座式都市モノレールの基本となった車両です。性能的には電機子チョッパ制御を採用した全電動車4両編成で、10編成40両が在籍しています。1998年に導入された1編成を除いて開業時の導入で、一部編成はVVVF制御に改造されています。この編成はVVVF制御化されている他、2015年以降開業30周年記念として開業当初のカラーリングと青い座席が復刻されています。開業当時のこのカラーリング一般公募によるものらしいですが、どことなく国鉄マーク(JNR)国鉄新幹線00系の色のようにも…
 
北高1104 徳力嵐山口~志井間 20170522①
北九州モノレール1000形1104の小倉行き
この編成もVVVF制御化されています。現在は小倉のデパート“井筒屋”の全面広告ラッピングが施されていますが、本来はアイボリーに紫色の帯らしいです。
 
北高1106 徳力嵐山口~志井間 20170522②
北九州モノレール1000形1106の小倉行き
この編成もVVVF制御化されています。現在は“北九州銀行”の全面広告ラッピングが施されていますが、本来のカラーリングは不明。
 
北高1107 徳力嵐山口~志井間 20170522 ③
北九州モノレール1000形1107の小倉行き
この編成は電機子チョッパ制御のままらしいです。現在は“福岡銀行”の全面広告ラッピングが施されていますが、本来は1105より明るいブルーの帯らしいです。
 
北高1108 徳力嵐山口~志井間 20170522①
北九州モノレール1000形1108の小倉行き
この編成もVVVF制御化されています。現在は“NHK北九州放送局”の全面広告ラッピングが施されていますが、本来はアイボリーに赤色の帯らしいです。
 
ここで日中運用されている全5編成撮影したので撤収します。それにしてもここのカーブと勾配はモノレールならではですね。
 
北九州モノレール1000形1408の小倉行きに終点の小倉駅まで乗車します。
 
以降、次回以降に続きます。
 
おまけ
企救丘駅にて1992年2月29日撮影
北高140X 企救丘~志井間 19920229
北九州モノレール1000形の小倉行き(編成・車号は不明)
 
北高 企救丘~志井間シーサス 19920229
企救丘駅のポイント