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毎日惰性だけで生きているヘタレ車掌の日常です。

前回記事の続きです。
 
砂津チャチャタウンで昼食の後、北九州高速鉄道(北九州モノレール)平和通駅まで歩き、25年ぶりとなる北九州モノレールに乗車します。現在、北九州モノレールJR九州JR九州小倉駅駅ビル内に小倉駅がありますが、1998年までは現・小倉駅~平和通駅間が未開業で、平和通駅が小倉駅を名乗っていました。小倉駅~平和通駅間は0.4㎞しかなく、大掛かりな構造となる上下線間のポイントを設置するのが困難だったのか、平和通駅の旦過駅方にあるポイントで上下線間を渡っています。このため、平和通駅では左側通行の原則が通用せず、小倉駅1番線到着の列車と2番線発車の列車は右側通行となります。
 
ちょっと話が前後しますが、北九州高速鉄道(北九州モノレール)は、1980年に廃止された西鉄マーク西鉄電車北方線(魚町駅~北方駅間4.6㎞)の代替手段として1985年に開業した国内初の都市モノレール(1972年公布の『都市モノレール整備の促進に関する法律…いわゆる都市モノレール法』)です。
モノレール自体は1957年開業の東京都交通局上野懸垂線(上野動物園のモノレール)が国内初の存在で、その後全国(といいつつ首都圏、関西と愛知県ばかりですが)でいくつか開業していますが、遊園地や観光地の遊戯施設やアクセス手段としての短距離のものがほとんどで、代表的なモノレール路線としておなじみの東京モノレールも都心部と羽田空港を結ぶアクセス路線であったことから、沿線住民・勤務者の生活路線や都市交通的な色合いは薄い存在でした(強いてあげれば1970年開業の湘南モノレールが最も都市交通的な路線でしょうか?)。1960年代に多くの路線が開業したものの、その後の業績不振や技術的な欠陥などから短期間で営業休止・廃止に追い込まれる路線が多発し、1975年時点で一般的な鉄道路線として営業していたのは東京都交通局(上野動物園)、日立運輸東京モノレール(現・東京モノレール)、湘南モノレール小田急?小田急電鉄(向ヶ丘遊園)と名古屋鉄道(モンキーパーク)のみとなっていました。一方、バスバス・路面電車と地下鉄マーク地下鉄の間程度の輸送需要に適した都市交通として再びモノレールが注目されるようになって、それらを都市モノレールとして定義し法整備(モノレール建設道路整備に関する補助制度や運営のための第三セクター会社設立など)がなされるようになりました。ちなみに都市モノレールとして整備されたモノレールは、北九州モノレールの他に千葉都市モノレール大阪高速鉄道(大阪モノレール)、多摩モノレール多摩都市モノレールゆいレール沖縄都市モノレール(ゆいレール)があります。モノレールには、桁に跨る構造(跨座式)と、桁からぶら下がる構造(懸垂式)があって、その構造によって構造規格が細分化されていますが、北九州モノレールでは車内にタイヤハウスがない日本跨座式(日立日立製作所が携わったアルヴェーグ式を基に車内の床面をフラットにした構造…1970年開催の太陽の塔大阪万博会場内モノレールで初採用)を採用しています。
 
 
北九州モノレール1000形1405の企救丘行きに乗車し、どこでカメラ撮り鉄出るか探るために、終点の企救丘駅まで乗車します。前面に掲げられている“05”は編成番号ではなく車両運用管理のための運行番号みたいです。
 
企救丘駅に隣接して車両基地があり、途中駅での折返しは設定されていないため、前面窓上部の“小倉-企救丘”の表示は窓ガラスに直接貼られた固定表示です。かつては企救丘駅と車両基地の間に北九州市立交通科学館があって、このモノレールの運転台や台 車の実物大模型などが展示されていて、屋外には西鉄マーク西鉄電車北九州線の電車も保存提示されていたのですが、残念ながら現在は閉館しています。
また、至近距離にJR九州JR九州日田彦山線の志井公園駅がありますが、開業はこちらの企救丘駅の方が早いです。
 
とりあえず改札を出るものの、興味を惹くものもないので再度入場・・・その前に特徴的な切符乗車券を購入。
北高 企救丘駅乗車券 20170522
使用するわけではないので小児券w
北九州モノレールでは、ICカード“SUGOCAmonoSUGOCA”導入に合わせた2015年の出改札機器更新に際し、切符磁気乗車券を廃止して切符普通券をコードQRコード式に変更していて、どんな乗車券下記になっていたので購入してみた次第です。切符普通券ですが大きさは磁気定期券磁気定期券と同じで、偽造防止対策なのか中央に電車を模したストライプが入っています。切符乗車券として必要な項目はストライプより上のまとめて記載し、ストライプの下に改札改札の通り方などが記載されています。磁気式を廃止することで、改札改札機内の摩耗部分がなくせるのでメンテナンス性向上も図られているようです。ちなみにスマホでは反応しませんでした(笑)
 
企救丘駅から↓に乗車
北九州モノレール1000形1104の小倉行きに徳力嵐山口駅まで乗車し、上りホームの志井駅方でカメラ撮り鉄します。
 
上差しの車内
北高1104車内 企救丘駅 20170522①
中吊り広告の位置が(笑)
 
北高1303車内 企救丘駅 19920229
こちらは1992年2月29日撮影の北九州モノレール1000形1303の車内
当時は座席がブルーでした。
 
ここから今回の徳力嵐山口駅でのカメラ撮り鉄画像を撮影順に掲載します。
 
北高1105 徳力嵐山口~志井間 20170522②
北九州モノレール1000形1105の小倉行き
現在、北九州モノレールには1000形のみが在籍しています。車体はアルミ製で1両あたり約15m、車体幅2980㎜という日本跨座式都市モノレールの基本となった車両です。性能的には電機子チョッパ制御を採用した全電動車4両編成で、10編成40両が在籍しています。1998年に導入された1編成を除いて開業時の導入で、一部編成はVVVF制御に改造されています。この編成はVVVF制御化されている他、2015年以降開業30周年記念として開業当初のカラーリングと青い座席が復刻されています。開業当時のこのカラーリング一般公募によるものらしいですが、どことなく国鉄マーク(JNR)国鉄新幹線00系の色のようにも…
 
北高1104 徳力嵐山口~志井間 20170522①
北九州モノレール1000形1104の小倉行き
この編成もVVVF制御化されています。現在は小倉のデパート“井筒屋”の全面広告ラッピングが施されていますが、本来はアイボリーに紫色の帯らしいです。
 
北高1106 徳力嵐山口~志井間 20170522②
北九州モノレール1000形1106の小倉行き
この編成もVVVF制御化されています。現在は“北九州銀行”の全面広告ラッピングが施されていますが、本来のカラーリングは不明。
 
北高1107 徳力嵐山口~志井間 20170522 ③
北九州モノレール1000形1107の小倉行き
この編成は電機子チョッパ制御のままらしいです。現在は“福岡銀行”の全面広告ラッピングが施されていますが、本来は1105より明るいブルーの帯らしいです。
 
北高1108 徳力嵐山口~志井間 20170522①
北九州モノレール1000形1108の小倉行き
この編成もVVVF制御化されています。現在は“NHK北九州放送局”の全面広告ラッピングが施されていますが、本来はアイボリーに赤色の帯らしいです。
 
ここで日中運用されている全5編成撮影したので撤収します。それにしてもここのカーブと勾配はモノレールならではですね。
 
北九州モノレール1000形1408の小倉行きに終点の小倉駅まで乗車します。
 
以降、次回以降に続きます。
 
おまけ
企救丘駅にて1992年2月29日撮影
北高140X 企救丘~志井間 19920229
北九州モノレール1000形の小倉行き(編成・車号は不明)
 
北高 企救丘~志井間シーサス 19920229
企救丘駅のポイント