ヘタレ車掌の戯言 -32ページ目

ヘタレ車掌の戯言

毎日惰性だけで生きているヘタレ車掌の日常です。

前回記事の続きです。

 

西鉄バス北九州9937 黒崎バスセンター 20170522

黒崎駅前の西鉄バス停西鉄黒崎バスセンターから西鉄バス停西鉄バス北九州9937の①系統砂津チャチャタウン行きに乗車します。ここでいきなりバスバスなのですが、この①系統は1992年と2000年に廃止された西鉄マーク西鉄電車北九州本線(砂津電停~折尾電停間)の代替路線で、併用軌道だった砂津電停~黒崎駅前電停間(電車時代の電停基準)はほぼ北九州本線と同一のルートを走ります(黒崎駅前電停~折尾電停間は専用軌道だったので並行道路を走ります)。今回は、1992年に廃止された黒崎駅前電停~砂津電停間を辿るべく砂津チャチャタウン行きに乗り、25年前の薄れつつある記憶と照らし合わせながら車窓を眺めました。途中、なんとなく電車があった頃の面影を残している場所もあれば、道路拡幅などで全く面影がなくなっている場所もあって、25年という時間の経過を実感しました。で、そんなことを思いながら砂津チャチャタウンバス停に到着し、砂津チャチャタウン内で昼食タイムとします。JR九州JR九州JR西日本JR西日本北九州高速鉄道(北九州モノレール)の小倉駅からほど近いこの砂津チャチャタウンのある場所は、かつて西鉄マーク西鉄電車北九州線の車庫があった場所になります。道中、眺めるばかりでスマホでも撮っていませんので、今回は25年前の撮影画像を貼っていきます。25年前の記憶故に記憶違いなどもありますので、どなたか不正確な記述を指摘していただけたら幸いです。撮影日はすべて1992年2月29日です。

 

※今回は撮影場所ごとに掲載していきます。

 

黒崎駅前電停~藤田電停間

西鉄633 黒崎駅前~藤田間 19920229B

西鉄マーク西鉄電車北九州線600形633の折尾行き

砂津電停からひたすら併用軌道を走り、ここから専用軌道に入ります。路面電車なので後続の電車(北九州線600形608)が後に続いていますね。

 

小倉駅前電停

西鉄608 小倉駅前電停 19920229

西鉄マーク西鉄電車北九州線600形608の折尾行き

背後に見える屋根付きの歩道橋がある部分の上には現在北九州高速鉄道(北九州モノレール)が通っていますね。この当時すでに北九州モノレールは開業していましたが、現在の平和通駅が小倉駅を名乗っていて、現在の小倉駅~平和通駅間は未開業でした。

 

米町電停~小倉駅前電停間

西鉄73 米町~小倉駅前間 19920229①

西鉄マーク西鉄電車北九州線66形73の砂津行き…その①

このあたりは道幅が広くないので自動車は一方通行一方通行でした。現在は対面通行のはず(1か月前のことなのに曖昧w)です。街並みはあまり変わっていなかった気がします。

 

西鉄73 米町~小倉駅前間 19920229②

西鉄マーク西鉄電車北九州線66形73の砂津行き

西鉄マーク西鉄電車北九州線66形は、現在の西鉄マーク西鉄電車の前身である九州電気軌道が1929年に20両導入した全鋼製車体の車両です。形式が66形となっているのは、これより前の形式として木造車体の1形35形があって、35形が65まで在籍していたのでそれに続く形式として66形になったものです。かつては、九州電気軌道に限らず開業当初の車両を1形とし、以降連番で車号を付して、仕様変更などで形式が変わる場合には現在のように区切りがいい番号で新たに付すのではなく、先代の形式の後に続く形式・車両番号とするケースが多くみられました。当時としては珍しい全鋼製車体は重量増加の原因となり、線路への負担軽減のため1950年に車体の一部をを木造化する軽量化改造が実施されました。軽量化改造は、既存の車体のまま内装などを木造化した車両が10両、全鋼製車体を廃棄して半鋼製車体を新造して載せ替えた車両が10両ありました。

1964年以降、車体新造車のうち9両が福岡市内線に転用され、北九州線に残った10両(元からの車体を半鋼製化した車両)は1972年に余剰廃車となりました。1975年には福岡市内線路線縮小によって8両が北九州線に復帰した一方で、1両廃車されています。1985年には北九州線路線縮小によって3両、1992年の砂津電停~黒崎駅前電停間廃止によって残る5両も廃車され全廃となっています。

 

☝より米町電停寄りで…

西鉄608 米町~小倉駅前間 19920229

西鉄マーク西鉄電車北九州線600形608の砂津行き

西鉄マーク西鉄電車北九州線600形は、九州電気軌道開業以来運用されてきた木造車体の1形35形代替のために1950年から1953年にかけて50両が導入された半鋼製車体の車両です。1981年以降、将来の冷房化に備えた車体強化などの更新工事を1986年までに実施(1985年廃車の4両を除く)、更に1986年から1989年にかけて23両が冷房化されています。北九州線が砂津電停~折尾電停間のみとなった1986年以降北九州線の多数を占める形式となりました。1992年の北九州本線砂津電停~黒崎駅前電停間廃止によって、冷房車の9両を残して廃車、1998年に運用減によって2両廃車を経て2000年の北九州線全廃によって最後まで残った7両も運命を共にしています。

この608は1950年に導入され、1984年の更新工事で前面形状が変化しましたが、冷房改造を受けることなく1992年に廃車されています。

道路交通的にはこの交差点までは対面通行で、ここから小倉駅前電停方向が一方通行一方通行になります。

 

米町電停

西鉄633 & バス5264 米町電停 19920229①

西鉄マーク西鉄電車北九州線600形633の折尾行き㊧と西鉄マーク西鉄バス5264の㉘系統戸畑渡場行き㊨

633は1952年導入の車両です。1985年の更新工事で前面形状が変化しましたが、冷房改造を受けることなく1992年に廃車されています。隣に並ぶ西鉄マーク西鉄バスは1980年導入のバスバスです。今や懐かしい西日本車体製モノコックボデー(シャーシ・エンジンは日産ディーゼル)のバスです。

 

米町電停~砂津電停間

西鉄633 米町~砂津間 19920229

西鉄マーク西鉄電車北九州線600形633の砂津行き

あずき色にクリーム色の帯という配色は1980年からのカラーリングです。これより前の西鉄マーク西鉄電車北九州線はクリーム色とオレンジ色のツートンカラー、更にその前はベージュ色とあずき色のツートンカラーでした。

 

砂津電停

西鉄649&バス4061 砂津電停 19920229

西鉄電車北九州線600形649の砂津止め㊧と西鉄マーク西鉄バス4061の急行90系統門司行き㊨

649は1953年導入の車両です。1984年に更新工事、1987年に冷房改造を実施しています。冷房改造車は白色ベースに赤色と青色の帯を配した明るいカラーリングでした。この649は1992年の砂津電停~黒崎駅前電停間廃止後も残存し、2000年の北九州線全廃時まで運用されていました。隣に並ぶ西鉄マーク西鉄バスは急行系統用として導入されていたバスバスで1986年導入のバスバス(車体→西日本車体、シャーシ・エンジン→三菱ふそう)です。こちらは現在も用いられているスケルトン構造の車体のため、2枚上のバスよりも近代的に見えます。、後年一般路線用として転用されています。右側に見える建物は西鉄電車砂津車庫構内の砂津変電所かと思われます。現在は砂津チャチャタウンになっているはずです。

 

西鉄649&バス6663 砂津電停 19920229

西鉄マーク西鉄電車北九州線600形649の折尾行き㊧と西鉄マーク西鉄バス6663の91系統遊園前バス営業所行き㊨

またまた649(笑)

隣に並ぶ西鉄マーク西鉄バスは1992年頃製造のバスバス(車体→西日本車体、シャーシ・エンジン→日産ディーゼル)です。この当時は新車でした。右側の背景にチラ見えしているのは西鉄砂津バスセンターです。

西鉄マーク西鉄バスといえば、バス業界として神奈川中央交通(神奈中バス)とともに全国一、二の規模を持つと言われており、西鉄マーク西日本鉄道いわゆる西鉄マーク西鉄は鉄道会社ではなくバス会社が鉄道をやっているなんて揶揄されることもしばしばあります(笑…西鉄電車の関係者の皆さんスミマセン)。それ故にかつては西日本車体という系列のバスボデーメーカーを有し、西鉄マーク西鉄バスはもちろんのこと、関西以西の西日本で多くのバスバス事業者が西日本車体製のボデーを載せたバスを採用していました。現在は残念ながら会社解散していますが、直系のメーカーを持つメリットとして、運用する側(ユーザー)との意思疎通がしやすく、それが製品であるバスに反映しやすいということがあったかと思われます。ところが近年はメーカサイドでボデーメーカーとシャーシ・エンジンメーカーの結びつきが強くなり、かつ複数のシャーシ・エンジンメーカーが共同出資してバス専業のメーカーを設立(いすゞ自動車と日野自動車が共同出資でジェイバス設立)するようになって、純粋なバスボデーメーカーというのが存続しにくくなってきたという背景もあり、西日本車体も富士重工(現・スバル)のバスボデー製造撤退以降日産ディーゼルの指定バスボデーメーカーというポジションを得たものの、日産ディーゼルの事業再編でバス製造撤退のあおりを受けて会社解散に至ってしまいました。バスの型式までは判別できないワタクシですが、時代の流れとはいえ、三菱ふそうエアロスターと、ジェイバス製でほぼ同型のいすゞエルガと日野ブルーリボンシティⅡばかりなのはちょっと面白みのなさを感じざる得ません。

 

次回以降に続きます。

 

西鉄 砂津電停駅名標・時刻表・運賃表 19920229

砂津電停の駅名標兼時刻表兼運賃表

廃止が迫りつつある頃のはずですが、さすが市内交通だけに運転本数は多かったですね。

 

前回記事の続きです。
 
筑鉄3002A 筑豊中間駅 20170522
筑豊電気鉄道筑豊中間駅から3000形3002Aの黒崎駅前行きに乗車して次の東中間駅で下車、東中間駅から筑豊中間駅方向に歩いた西鉄マーク踏切で撮り鉄開始です。
 
・・・それでは撮影順に・・・
 
筑鉄3004A 東中間~筑豊中間間 20170522②
筑豊電気鉄道3000形3004Aの黒崎駅前行き
1989年に導入された車両です。電装品・台車は2000形(元西鉄マーク西鉄電車北九州線1000形)2115編成(西鉄マーク西鉄電車1059編成…1964年製造)から流用しています(台 車は2006年以降新製交換)。
 
筑鉄2003A 筑豊中間~東中間間 20170522②
筑豊電気鉄道2000形2003Aの楠橋行き
楠橋駅到着後は楠橋車庫に入庫して一日の仕事が終わります。
・・・と、そんなことも知らずに折返してくるのを待っていたという失態w
ここで帰京する前にもう一度来るしかないと画策。
 
筑鉄3007A 東中間~筑豊中間間 20170522②
筑豊電気鉄道3000形3007Aの黒崎駅前行き
1995年導入の編成で、電装品・台車は2000形(元西鉄マーク西鉄電車北九州線1000形)2112編成(西鉄マーク西鉄電車1050編成…1961年製造)から流用しています(台 車は2006年以降新製交換)。
 
筑鉄3003A 東中間~筑豊中間間 20170522②
筑豊電気鉄道3000形3004Aの黒崎駅前行き
前回来た時(2015年9月)とは行先表示幕が更新されていて、駅ナンバリング(“CK〇〇”…黒崎駅前駅は“CK1”)入りになっていますね。
 
筑鉄3008A 東中間~筑豊中間間 20170522①
筑豊電気鉄道3000形3008Aの黒崎駅前行き
1996年導入の編成で、電装品・台車は2000形(元西鉄マーク西鉄電車北九州線1000形)2111編成(西鉄マーク西鉄電車1049編成…1961年製造)から流用しています(台 車は2006年以降新製交換)。
 
筑鉄5002A 東中間~筑豊中間間 20170522②
筑豊電気鉄道5000形5002Aの黒崎駅前行き
5000形は2014年度から導入され、2015年3月から運行されている筑豊電気鉄道の最新型車両です。
全国各地の路面電車で見られるアルナ車両製の超低床型路面電車リトルダンサーで、電装品・台車を含めての完全新造車は、1956年の筑豊電気鉄道開業以来初(機器流用でないということは、筑豊電気鉄道初のカルダン駆動かつVVVF制御車ということにも…)となります。2000形代替のために現在までに年1編成のペースで導入されていて、2017年6月現在で3車体連接3編成の9両が活躍しています。
各編成でカラーリングが異なり、2016年導入のこの編成ではライトグリーンに塗装されています。
 
筑鉄3005A 東中間~筑豊中間間 20170522④
筑豊電気鉄道3000形3005Aの黒崎駅前行き
 
筑鉄5001A 東中間~筑豊中間間 20170522③
筑豊電気鉄道5000形5001Aの黒崎駅前行き
2014年度から導入されている5000形最初の編成は濃い目のピンクに塗装されています。
 
筑鉄3009A 東中間~筑豊中間間 20170522④
筑豊電気鉄道3000形3009Aの黒崎駅前行き
 
・・・このあたりで2000形は入庫してしまったとようやく気付いて(笑)、とりあえず確認したくなって楠橋駅へ・・・
 

筑豊電気鉄道3000形3005Bの楠橋行きに乗車

 

車庫構内でパンタグラフを下げて休む2000形を確認できましたが、撮りやすい場所ではなかったので、再び同じ編成で折返します。

 

筑豊電気鉄道3000形3005Aの黒崎駅前行きに終点の黒崎駅前駅まで乗車します。この折返しからワンマン運転となります。この日中ワンマン運転開始にあたって、ワンマン運転非対応のままの2000形は運用が激減することになりました。
 
・・・黒崎駅前駅でのりかえ・・・
 
西鉄バス北九州9937 黒崎バスセンター 20170522
西鉄バス停西鉄バス北九州9937の砂津チャチャタウン行き
筑豊電気鉄道黒崎駅前駅は元々西鉄マーク西鉄電車北九州線(2000年全廃)の電停だったのですが、西鉄マーク西鉄電車北九州線廃止によって代替バス路線の西鉄バス停バスセンターとして整備されました。ここで、せっかくだからとかつての西鉄マーク西鉄電車北九州線を辿ってみようと小倉・砂津方面に向かうバスに乗ることに…(次回以降に続きます)
 
 
 

前回記事の続きです。

 

筑鉄2003A 黒崎駅前駅 20170522

筑豊電気鉄道黒崎駅前駅から2000形2003Aの筑豊直方行きに乗車し、どこでこれの折返しが撮れるか考えながら前方を眺め、希望が丘高校前駅で下車します。

 

希望が丘高校前駅~筑豊香月駅間の踏切でとりあえずカメラ撮り鉄開始。

 

それでは撮影順に・・・

 

筑鉄3005A 希望が丘高校前~筑豊香月間 20170522②

筑豊電気鉄道3000形3005Aの黒崎駅前行き

2015年当時は中間市のキャラクターである“なかっぱくん”が描かれた全面ラッピングが施されていましたが、昨年10月以降、筑豊電気鉄道開業60周年企画の一環として、開業当時乗入れていた西鉄マーク西鉄電車北九州線車両のカラーリングとなっています。但し、塗分け自体は3000形標準色と同様なので、これをリバイバルというのにはちょっと違和感が…(当時の西鉄マーク西鉄電車は上半ベージュに下半マルーンのツートンカラーでした)。車内には開業当初の写真などが掲出されており、一見の価値があります。

ここでなぜ、筑豊電気鉄道開業当初のカラーリングではなく、当時の西鉄マーク西鉄電車のカラーを基にしたのか?という疑問が湧きますが、筑豊電気鉄道は開業以来、1976年に西鉄マーク西鉄電車から譲渡された2000形が導入されるまで自社車両が存在していなかっのです(全列車西鉄マーク西鉄電車の車両で運行)。

 

筑鉄3009A 希望が丘高校前~筑豊香月間 20170522①

筑豊電気鉄道3000形3009Aの黒崎駅前行き

1996年導入の3000形最新編成です・・・が、電装品・台 車は2000形(元西鉄マーク西鉄電車北九州線1000形)2110編成(西鉄マーク西鉄電車1050編成…1961年製造)から流用しているためつりかけ駆動を採用しています。2006年以降、新造台 車に交換されていますが、主電動機はそのままなので現在もつりかけ駆動のままです。

 

ここで、ちょっと移動してみようと考え、希望が丘高校前駅~筑豊中間駅間で撮れそうな場所がないかと移動するのですが、結果的にこれは失敗でした。

 

・・・という訳で移動・・・

 

筑鉄3003A 筑豊中間~希望が丘高校前間 2017022②

筑豊電気鉄道3000形3003Aの黒崎駅前行き

1988年に導入された編成です。電装品・台 車は2000形(元西鉄マーク西鉄電車北九州線1000形)2116編成(西鉄マーク西鉄電車1058編成…1964年製造)から流用しています(台 車は2006年以降新製交換)。現在はJ2リーグ“ギラヴァンツ北九州”の全面ラッピングが施されています。

 

・・・この場所はトリミングしてこんな感じなのでまたまた筑豊中間駅方向に移動・・・

 

筑鉄2003B 筑豊中間~希望が丘高校前間 20170522

筑豊電気鉄道2000形2003Bの黒崎駅前行き

これもかなりトリミングしているのですが、この場所は筑豊中間駅折返しの電車が停まる場所でして、被られる直前にやっとこさ撮ってこんな感じになりました。

 

筑鉄2003A 希望が丘高校前~筑豊中間間 20170522

筑豊電気鉄道2000形2003Aの黒崎駅前行き

後追いでもういっちょ

余談ですが、2003Aの連接側の側扉と連接部分の間にある側面方向幕の窓が斜めになっているように見えるのは気のせいですかね?(笑)

2000形西鉄マーク西鉄電車北九州線・福岡市内線1000形時代から側窓がいわゆるバス窓(上段窓をHゴムで蓋板に直接固定する1950年代~1970年代のバスで見られた窓構造)でしたが、1990年から1998年にかけて実施された更新工事でアルミ製ユニット窓に改造されています。また、この更新工事で内装も西鉄マーク西鉄電車西鉄8000系8000形同様の化粧板に更新されています。側面方向幕は前面方向幕とともに手動式です。

 

・・・この後次の場所を探すために移動します・・・

 

筑鉄3002A 筑豊中間駅 20170522

筑豊電気鉄道3000形3002Aの黒崎駅前行きに筑豊中間駅から乗車し、次の東中間駅で下車します(次回以降に続きます)。

 

IMG_20170620_084644865.jpg

筑豊電気鉄道の電車車内には、全線全列車掲載の時刻表が置かれていますが、実はコレに各列車ごとに運用車種が記載されているんですね。最初にこれに気付いていればもっと効率的に撮れたのですが・・・

運用車種の記載はファンサービスというわけではなく、車種ごとに乗降方法が異なるかららしいです。

お目当ての2000形は平日朝のみ以下の運用に充当されます。

 

楠橋駅5:57→黒崎駅前駅6:23-6:31→筑豊直方駅7:05-7:11→黒崎駅前駅7:47-7:52→楠橋駅8:16

 

2000形は2018年を目途に5000形増備によって全廃される予定とのことですので、カメラ撮り鉄・乗り鉄される方はお早めに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回記事の続きです。
 
松山・小倉フェリー乗船証 20170521
松山観光港21:55発の船松山・小倉フェリーで小倉港へ向かいます。小倉港には明朝5:00に到着ですので、7時間5分の船旅になります。船室に何タイプかありますが、ワタクシが利用したのはカーペット敷きの二等船室です(特等A船室と二等船室では約3倍の運賃格差があります)。カーペット敷きの二等船室も船席は指定されて、それぞれの席(というよりは区画ですが)には毛布と枕が用意されています。ただ、コンセントがないのは夜行2泊目としてはちょっと困りました。
 

 
船松山・小倉フェリー船石崎汽船系列の会社で、さんふらわあフェリーさんふらわあが運航していた松山~小倉航路を継承するために設立された船海運会社です。現在はさんふらわあフェリーさんふらわあから継承した2隻が運用されています。今回乗船したのはフェリーはやとも2でした(もう1隻はフェリーくるしま)。余談ですが、船松山・小倉フェリーの親会社である船石崎汽船は、伊予鉄道が42%の株式を持つ伊予鉄道の関連会社ですので、この船松山・小倉フェリー伊予鉄道の孫会社ということになります。
 
小倉港に到着後、JR九州JR九州JR西日本JR西日本小倉駅まで歩いて移動(徒歩10分程度)に、小倉駅で九州内の800系新幹線新幹線を除く各鉄道が全線有効(JR九州JR九州の特急列車などを除く)の“旅名人の九州満喫きっぷ”(10800円)を購入して鹿児島本線ホームへ。
 
JR九州 Mc813-113 小倉駅 20170522
JR九州JR九州813系クモハ813-113の荒尾行き普通に黒崎駅まで乗車します。
811系813系は前面に種別表示がないのがねぇ(笑)
 
黒崎駅で筑豊電気鉄道にのりかえ
 
筑豊電気鉄道2000形2003Aの筑豊直方行き
いきなりコレがいましたよびっくり
新型の超低床型電車5000形導入によって運用が大幅に縮小されてしまったので、運用を調べていないのに遭遇するとは・・・。ちなみに現在全7編成中、3編成が残っていますが、運用に就いているのはこの2003編成のみとなっており、あとの2編成は休車となっています。どこでカメラ撮り鉄しようか考えながら南下します(次回以降に続きます)
 
前回記事の続きです。
 
衣山駅~西衣山駅間でのカメラ撮り鉄を終えて・・・
 

伊予鉄道衣山駅から3000系クハ3507の横河原行きに乗車し、松山市駅で下車します。
 
松山市駅でのりかえ
 
伊予鉄道2100形モハ2103の③系統道後温泉行きに乗車・・・ここで大体どこへ向かっているかお分かりかと思いますが・・・(笑)、道後温泉駅で下車して向かうは下差し
 
温泉道後温泉でした。
温泉道後温泉には木造の“本館”と鉄筋コンクリート造の“椿の湯”(新館)があり、今回は“椿の湯”に入ってきました。松山市で運営していることもあって、入浴料金は本館410円(“神の湯”階下)、“椿の湯”400円(いずれも大人1人)と、単純に入浴するだけなら都市部の温泉銭湯よりも格安です。ちなみに本館と“椿の湯”の料金差は、本館の方には歴史的建造物である建物の維持費が含まれるからとのことです。ちなみに本館の方には25年前と11年前に入浴しています。入浴グッズは持ち合わせていなかったのですが、先頭同様に販売(タオルは有料で貸出)されています。石鹸はオレンジみかんの香りでひそかにお気に入り♪
 
ちなみに本館はこちら
1992年2月25日撮影
この時は、高松駅からJR四国JR四国の夜行バスJR四国バス(キング)“いよじ号”(現在廃止)でJR四国松山駅前に到着し、最初に向かったのが温泉道後温泉本館でした。ちなみに営業時間は6:00~23:00(本館…“椿の湯”は6:30から)となっています。
 
温泉道後温泉でさっぱりしてから、道後温泉駅に…
 
 
趣のある道後温泉駅の駅舎ですが、実は1986年建築
 
駅前で保存車に成りすましている(笑)伊予鉄道D1形D1の“坊ちゃん列車”編成
運行終了後は夜間留置を兼ねて道後温泉駅前で保存車の如く展示されます。
 
伊予鉄道50形モハ54の⑤系統JR松山駅前行きに大手町駅電停まで乗車します。
 
伊予鉄道50形モハ54の車内
内張・床面は木造です。
 
大手町駅でのりかえ
 
伊予鉄道700系モハ717の高浜行きに終点の高浜駅まで乗車します。
 
伊予鉄車内券 20170521
今回の伊予鉄道での乗り鉄では“伊予鉄道電車・バス1日フリー乗車券”を利用したのですが、車掌が車内で発売する車内券が欲しくなって、その旨申告すると快く発売してもらえました。25年前にも同じようなことをお願いして発売してもらったことがあるのですが、当時は金額が固定された小さめの券だった気がします。
 
京王帝都電鉄5100系時代の雰囲気を色濃く残す伊予鉄道700系モハ717の車内。
 
高浜駅でバスにのりかえ
 
伊予鉄道バス愛媛200か227の観光港行き電車連絡バスに観光港バス停まで乗車します。
前回(2016年8月)にも同じバスに乗っていますね。
 
松山観光港に到着して、次に向かうのは・・・
松山・小倉フェリー乗船証 20170521
・・・という訳で次回以降に続きます。
 
話変わりまして・・・
17日はAKB48グループ選抜総選挙投票結果発表がありました。ワタクシの推しメンである昨年順位72位の秋𠮷優花ちゃんは、今回残念ながら80位以内にランクインすることができず、圏外となってしまいました。残念ではありますが、来年はランクインできるように期待するばかりです。