前回記事の続きです。

伊予鉄道松山市駅電停から2100形モハ2108の③系統道後温泉行きに乗車し、道後温泉駅へ…ではなく、勝山町電停で下車し、ここで
撮り鉄開始です。

伊予鉄道2100形モハ2106の⑤系統道後温泉行き㊧と50形モハ53の①系統松山市駅行き(環状外回り)
モハ53は50形では1951年導入の最古参のグループです。このグループはモハ51~モハ53の3両導入されましたが、導入後66年になるものの全車健在です。但し、今後は伊予鉄道から新型の超低床車5000形の導入がアナウンスされており、先は長くなさそうです。

伊予鉄道2100形モハ2109の③系統松山市駅行き
2006年導入の車両です。オレンジとグリーンのツートンカラーは、グリーンの部分が広告ラッピングなのですが、あたかも
国鉄/JRの
湘南色のようにも・・・(笑)。

伊予鉄道D1形D1の松山市駅行き“坊っちゃん列車”
おなじみの“坊っちゃん列車”です。機関車の後に続く客車の屋根に伸びているのは、信号・ポイント制御用のビューゲルです。路面電車では一般的な鉄道のようなレールを用いた軌道回路が使えないため、軌道信号(黄色矢印の路面電車に対する信号)や分岐点のポイント制御用として架線にトロリーコンダクターというスイッチを設けていて、これを叩くために本来は不要な“坊っちゃん列車”(以前にも何回か記述していますが、機関車はディーゼルエンジンを動力源としていますので、架線から電気を採り入れる必要はありません)にもビューゲルを設置しています。ここは分岐点ではないのですが、交差点を右折するための軌道信号があるようです。これを撮影した時点で2年間以上使ってきた
カメラのCFカードが満杯になりましたので、ここで新しいCFカードに交換します。

伊予鉄道2100形モハ2110の⑤系統JR松山駅前行き
2007年導入の2100形最新の車両です。現在は四国DC(デスティネーションキャンペーン)の全面ラッピングが施されています。

伊予鉄道2100形モハ2103の③系統道後温泉行き㊧と2000形モハ2005の①系統松山市駅行き(環状外回り)
モハ2103は2003年導入の車両です。こちらはモハ2109と同じスポンサー・ラッピングが施されています。

伊予鉄道2000形モハ2005の①系統松山市駅行き(環状外回り)
1965年製造の元京都市交通局(京都市電)2000形2005です。京都市電としては最後の新造車でしたが、1978年の京都市電全廃までは残存せずに1977年の路線縮小時に廃車され、改造の上1979年からここ松山の地で再起しています。2015年から始まった“チャレンジプロジェクト”の一環として実施された新塗装化ですが、地元からは市内電車の新塗装は景観を損ねるという否定的な意見も出ているようです。

伊予鉄道50形モハ55の②系統JR松山駅前行き(環状内回り)
1953年導入の車両です。一見モハ53と同タイプに見えますが、モハ51~モハ53がポール集電で側扉が前後配置だったのに対し、このグループ(モハ54・モハ55)ではビューゲル集電(現在はZパンタグラフ化)で当初より側扉が前中配置になっています。

伊予鉄道50形モハ77の⑤系統JR松山駅前行き
1965年導入の50形最終タイプです。

伊予鉄道モハ2105の①系統松山市駅行き(環状外回り)
2004年導入の車両です。隣に並ぶのは
宇和島自動車の都市間高速バスですね。

伊予鉄道2100形モハ2106の⑤系統JR松山駅前行き
モハ2105と同期の2004年導入車です。現在はえひめ国体の広告ラッピングが施されており、愛媛県のゆるキャラである“
みきゃん”が描かれています。

伊予鉄道50形モハ69の①系統松山市駅行き(環状外回り)
1962年導入の車両です。新塗装化にあたっては、伊予鉄道開業以来の社章(イが4つで“イヨ”を表すひし形のいわゆる“いびし”)がなくなっています。代わって用いられている“ITOTETSU”のロゴはあくまでロゴマークであって、現在も社章は“いびし”とのことですが、今後は社章よりもロゴマークを前面に押し出していきたいようです。
このあと撤収し、この日最後の撮り鉄場所に向かいます(次回以降に続きます)。