旧ジャニーズ事務所にかわる新会社の社長がインタビューに答えていた。金髪で今流行の雰囲気だ。木村拓哉氏と最初に話をして涙が流れたという。新社長には指導力が感じられず、ベテランジャニタレ達の手のひらの上で踊らされてしまう印象だった。

 新会社は、旧ジャニーズ事務所の圧力実行隊であった職員はそのままで、同じジャニタレ達を囲い、仕事としてテレビ局にタレントの売り込みをやっていくのだろう。ジャニタレの多くは、個人で営業することは難しいために、新会社に所属することになる。旧ジャニーズ事務所に限らず、多くの有名タレントを抱えている大手芸能事務所の言うことにテレビ局は逆らいにくく、大なり小なり100%忖度は働く。つまり、性暴力を除いた旧ジャニーズ事務所が、名前と社長だけを変えて生き残る構図となる。意図的ではないにしても結果的にそうなってしまう。

 だから、東山氏が以前話していたように、特に大手芸能事務所のタレントは所属してすべてを任せるのではなく個人事務所でやらなければ、メディア業界は生まれ変われないように思う。お笑いの爆笑問題なども少人数の個人事務所でやっている。できないことはないのだろうし、ニセ芸人は排除されて(忖度や抱き合わせでテレビに出ることながくなり)、公平・公正で本物のエンターテイメント業界に変わっていくことができる。視聴者にとっては、番組でひどいしろうと芸能人を見なくてもよくなり、個人事務所で残る本物の芸能人たちの給料もかなり上がるだろう。仰臥位も浄化される。皆にとっていいことである。

 希望するジャニタレは新会社に所属も可とすることをやめなければ、忖度・圧力営業の繰り返しとなる(だれも意図せずとも自然にそうなってしまう)。ここがエンタメ業界の分かれ道となる。新会社は、ジャニタレ達の自社への所属だけは認めてはいけない。これをはずしたら、百年に1度の大事件がムダになる。

 安倍派の裏金作り疑惑について、関係議員達が日々「適切な対応をしてまいります」と話している。今朝は岸田首相が「適切なタイミングで、適切な対応をしてまいります」と話していた。ここまでくると、面白半分に記者や国民をからかっているのか、場を和ませるために笑わせようとしているのか、考え込んでしまった。

 国会議員たちは、どういう意味で「適切」という言葉を使っているのだろう。自分に都合のいいように対応していくということなのか、詭弁メモができあがったら実行していくということなのか。

 国会議員たちは、悪事や無能が明らかになった時、「適切に対応してまいります」、「しっかりと説明責任(言い訳や責任逃れ)を果たしてまいります」、「逃げることなく今後も職責を果たしてまいります」の3つを言うことになっている。本当にクズだなあと思う。政治以外の一般社会でこのようなことを言う人がいたら、信用もされず付き合いも拒まれ、どのような仕事でもクビになる。なぜ国民の代表である政治家だけが、皆こうなのだろうか。ありえないことだ。なぜこうなっているのだ。社会をよくするために悪人を釣り上げて隔離するために国政選挙が行われているのかとさえ思えてくる。しかし、不誠実で何とか不正をして他人のせいにしようとする人々を集めて社会と関わらないようにさせるわけではなく、その人々が国や国民の生活、生命を決める政治家になるので、頭が混乱する。

 これまで、この3つの単なる言葉によって政治家たちのあらゆる不正や愚策が黙殺されてきた。今回だけは検察が動いてくれた。淡い期待を抱いてもよいだろうか。

 岸田首相が、安倍派の5人衆を一掃する意向を固めたというニュースが流れた。

 この際、全ての派閥を無くしてほしい。そうしないと、国民の声が無視されて派閥幹部の意思で政治が動いてしまうし、一人一人の議員が自分の意思や願い通りに投票できないし、(派閥に育てられると)誠実で真に有能な政治家が育だたず、悪いこと(詭弁や責任逃れの方法、不正行為)ばかりを学んでしまう。

 大きな改革を行うには、大事件がないと始まらない。今回がよい機会だ。首相とメディアのタックで派閥政治を解消できたら、政治家のこともメディアのことも少しは見直すのだが。

 ジャニタレには、外見がかっこよい人と、そうでない人がいる。そうでないと言っても、「悪い」ということではなく、どこにでもいるごく普通の若者という顔立ちのことである。そのような人は、性格もごく普通の一般的な高校生や大学生といった感じである。こういったジャニタレは、非常にテレビ出演が多い。いまだに続くテレビ局と旧ジャニーズ事務所との癒着関係で、旧ジャニーズ事務所にたのまれ、テレビ局がこれでもかと多用しているのだろう。事務所は、普通の方法では売れないから、あえて猛プッシュしているのだろう。

 具体的には中丸氏や相葉氏、国分氏、そして若手グループの知らない一メンバーなどである。個性や特徴、魅力、コミュニケーション能力、視聴者を引き付ける話術(聞きやすい声や話す内容、表現力等)に乏しい。これは悪口ではない。どこにでもいる一般の、ごくごく普通の高校生や大学生と同じということだ。

 適材適所は、本人にとっても周囲(この場合は国民)にとっても非常に重要である。適材適所がなされていないために本人たちも本当のところはつらいと思う。高額な収入と人気のために我慢をしていると思われるが、実はこんなことをするような人ではないことは本人も視聴者もみんながわかっていることだろう。そして、何よりも周囲が迷惑をし被害を受けることにもなる。

 日曜日の朝から、中丸氏がコメンテーターとして日テレに出演し、本質や関連性、発展性、視聴者の関心事に関係なく、自分が思いついたどうでもいいような点について早口で喋りまくっていた。自分の持ち時間をつぶせればいいといった感じだ。日曜夜の「相葉マナブ」は、相葉氏と小峠氏、ハナコの岡部氏、あばれる君、ハライチの澤部氏などだ。相葉氏以外のメンバーが番組を楽しくしている。あそこに相葉氏が必要ない。いる意味がない。明らかにジャニタレだから、忖度や圧力で彼の看板番組として放送しているのだ。彼らには、もっと適した他の職業がある。責任をもって地道に黙々とやる仕事などがあっているだろう(個人的には、電車の車掌さんやパン職人などがぴったりだと思う)。表現者にはそれなりのオーラ(外見、振る舞い)や性格、魅力、能力が、そしてコメンテーターにはそれなりの知識や論理性、話術が求められる。

 そもそも論でいうと、今朝の情報番組での中丸氏は、ずっと前の机に肘をつき体重をあずけたダラッとした格好で参加していたし、ネクタイ、スーツを着ていながら白い靴下を履いていた。まずは一般人並みになる必要があろう。

 マスコミ業界は、いまだに何でもありの状況で、ジャニタレ優遇措置といった不公平・不公正の番組作りが続いている。テレビ局や旧ジャニーズ事務所は、生まれ変わるつもりが本当にあるのだろうか。いや、生まれ変わった状況というものがおそらく想像できず、世間の反応を見ながら手探りで番組作りをやっているように見える。だれか、テレビ局やジャニタレ達にいろいろと教えてあげる人はいないのだろうか。

 昨日の水バラは、太川陽介氏のバス旅陣取り合戦だったが、どうもあやしかった。

 最終局面で太川氏が別路線を見つけ、相手チームは食事後リフティングなどをしてゆっくり過ごしたために、太川チームが逆転のような勝ちとなった。

 太川チームはどうやって別路線を見つけたのか、その場面の放送がなかった。そこが今回の勝敗の大きな分かれ道だったのに、そこがなければ、スタッフが教えたのかなあと勘繰ってしまう。それに呼応して、相手チームは太川氏を勝たせるように食事後ゆっくり遊んでいた。いつも急いで食べ、移動も走るほど急いでいるのに・・・。

 これまで太川氏のバス旅はガチだったと思うので、今回のようなことがあると、見たいという気持ちが薄れてしまう。ただの編集や構成のミスであればよいのだが。

 今日の「ヒルナンデス」(日本テレビ)は「日帰りバスツアーin千葉」で、「俳優・水野真紀が参戦」と副題がついていた。

「参戦」って、どういう意味なのだろう。ゲストが観光地に行ったりおいしい食べ物を食べたりして旅を満喫する様子を撮影するロケである(もちろんギャラももらって)。それが、なぜ「参戦」なのか、よくわからない。

 とても大変なロケに参加するから「参戦」という言葉を使っているのかとも想像できるが、そうであれば、お金を払ってまで行くような楽しいバスツアーが苦しいものとテレビ局は理解したのだろうか。それはどうも信じがたい。バスツアーを企画している旅行会社も笑っているだろう。

 もしそうではなく、特に過酷なことに挑戦するような「参戦」とは全く別ものの楽しいロケではあるが、嘘でも「参戦」という言葉をテレビ欄に書けば多くの人が騙されて見てくれるだろうという、詐欺まがいの番組作りをしているといった想像もできるが、公共の電波を使い全国に向けてそこまでやるかとも思う。あるいは言葉を知らず、単に国語力の問題なのか。

 いずれにせよ、テレビ局員が感じたり考えたりすることが、私にはわからない。どういう基準で採用試験が行われ、どういう人達が働いている所なのだろうか。一度、テレビ局の中や制作現場を見てみたい。人を見れば、およそのことがわかる。そうすれば、ジャニーズ問題やジャニタレ優遇措置、過度な演出や視聴者のだましなど、テレビ局の全ての不思議が繋がり、腑に落ちる感じがする。

 フジテレビ「FNS歌謡祭」の司会は、今年もジャニタレの相葉雅紀氏となった。

 彼に対しては、「声が聞き取りにくい」、「カンペをひたすら読むだけ」、「出演歌手とのやり取りがグダグダ」など、これまで多くの批判があったが、フジテレビは視聴者の多くの声や能力主義を排除し、忖度や癒着(過去の人間関係)営業の姿勢をいまだに貫いている。

「反省(第三者委員会による社内調査と委員会による公表)なしに進歩なし」である。

 

 話は逸れるが、そもそも相葉氏は芸能人として、オーラや個性、特徴、魅力に乏しく、外見も普通の若者だ。芸能人には向いていないと思うが、ジャニーズ事務所の力、圧力によって今の地位を得た。視聴者もつらいが本人も大変だと思う。人には適材適所の仕事がある。それをはずすと周りも本人も不幸である。彼ばかりではなく、中丸氏や国分太一氏等、ジャニタレにはごくごく普通の暗めの若者が、ジャニーズ事務所の圧力でデビューし、ジャニーズ事務所の圧力でこれでもかとテレビに出演し続け、今の地位を得た人が多い。これは悪口ではなく、適材適所が重要だということである。中丸氏にしても、相葉氏にしても、自分を最大限に生かせる仕事が他にたくさんあると思うのである。ジャニタレ達を見ていると、一般人が無理をしているような人が多く、見ていてつらくなる。彼らは、有名人であり続け、高収入が得られるので、頑張ってやっているのだろうが、芸能人は相手(国民)があっての仕事だ。そのあたりも少しは考えてもらいたいと思うのである

「自民党の派閥の裏金疑惑について、岸田首相は緊急の幹部会合を開き、当面すべての派閥の政治資金パーティーを自粛することで合意を取り付ける見通しが明らかになった」というニュースを目にした。

「当面」というのは、「国民が忘れ、メディアが飽きて報道しなくなるまで」なのだろう。今回も、「秘書や事務所がやったことで、私は知りませんでした。修正したので、もう大丈夫です」で終わらせようとするのだろうが、やったこと自体が違法行為だから検察が動いているのである。

「万引きした物を返せば無罪になる」、「他人に責任を押し付ければ無罪になる」と、政治家達が本気で思っているところに、怖いほどの幼さ、無邪気さを感じる。傲慢な顔つきをしたおやじの着ぐるみのチャックを開けると、中から何もわからない元気な小学生が笑いながら出てきそうだ。

 今朝の朝ドラ「ブギウギ」は、アメリカと戦争が始まったという内容だった。見ていて、昔の話とは思えなかった。

 いつも国民の意思や願いとは異なる言動(不正や詭弁、嘘、責任逃れ、莫大な税金の無駄遣い、非正規や高齢化における無策、アピールだけの外交等々)ばかりしている今の政治家たちの面々を見ると、あっさりと戦争を始め(ひそかに「アメリカだけに戦わせるな」と言われたりなど)、先の大戦時と同じような古臭い締め付け方を推し進めそうだ(バラエティ番組の禁止(というよりテレビ局を事実上占拠)、戦争や政治家への批判者の逮捕、赤紙制度、空港閉鎖等々)。無能で傲慢な自己中が、国民全員の命を握っている。北朝鮮も、そのような人物が核のボタンを握っている。なぜ政治ってそうなるのだろう。

 政治家でも専門家でも、信頼できる能力のある人がいなくなったように思う。もちろん、部分的、一時的に信用できる人はいる。しかし、(世界大戦が起きそうになった時でも)常に、そして総合的に信頼にたる能力のある人、つまり一国の首相にふさわしい人となると、日本には見当たらない。出てこられないような、育たないような今の政党政治が原因だろう。

 数十年後の政治家たちの世代交代にかけるしかないが、その前に大戦が起きてガラガラポンになる気もする。いずれにしても、先が真っ暗だ。希望が持てない。

 NHKの「あさイチ」で、靴下の特集をしていた。

 冷え性の人は保温効果の高い靴下がよいということは常識のように言われるが、果たしてそうだろうか。

 わずかでも発熱している物(や、足先などの場所)を綿などの布で覆うと熱が逃げにくいのはわかる。しかし、徐々に温度が下がっていく物、冷え切ってそれ自体が全く発熱していない物に綿などの厚い布をかぶせても、それ自体が発熱するようにはならない。

 私は重度の冷え性なので軽度の冷え性の人のことはよくわからないが、20度くらいの部屋の中にいる時、重度の冷え性で足先自体が発熱しておらず冷え切った状態、あるいは風呂上りでも徐々に足先が冷えていく状態の人が、いくら厚い靴下を履いてもその靴下の中に冷たい、あるいは徐々に冷たくなっていく足があるだけである。

(重度の冷え性の人に)靴下の話をするのは意味がない。テレビや雑誌などで、冷え性の人には保温効果のある靴下がよいという前提で、靴下の特集をよく目にするが、軽度の人(足先の温度が徐々に下がっていかない人、つま先自体がわずかでも発熱している状態の人?)にはこのようにすればよいなどと、対象者を明示しなければいけない。そうでなければ、冷え性の人すべてが対象の対処療法と受け取られ、重度の人にとっては「あれ?どういうこと。ちがうよ」となってしまう。