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育児と男女の役割について



巷ではイクメン、カジメンだかなんだか知らないが,男性も積極的に育児や家事に参加しましょう!みたいな風潮を作ろうとしているように思える。


これは、共働き世代の拡大に伴う社会的な流れであることは言うまでもない。


一方で、イクメンというのは、男性が家事や育児をするのは当然だから、名称などいらないという意見もある。


これもまた、ある意味、屁理屈的な解釈だが、言っている事は前者と何も変わらず、所謂男女平等である、という主張である。



しかし、私は常日頃から、男女に平等などあり得ないと言っている。


男女には明確な性差が存在し、それぞれの役割というものが違うわけで、これを平等、同等に扱うなどということはむしろ自然の摂理に反することであるからだ。



ただ、現実として、女性が働きに出るケースが増えているわけで、男女の性差や役割云々と、正論を言っていられない事情も当然ある。



もし、そのような状況であるとすれば、残念ではあるが、ある程度、男女は平等の方向で調整する必要性はあるだろう。



言い換えれば、先に主張していた論理は、間違いではないということになる。



しかしながら、それらは本来の男女の役割からはかけ離れており、互いの価値観と、男女の違いの尊重、自然の摂理に反しているという自覚や意識が重要となり、それらを一致させる話し合いも必至だろう。


これらを怠れば、そもそもの男女の違いが露呈し、決定的に価値観の相違を生んでいくはずだ。



要するに、「イクメン」や「カジメン」や、それらを当然とする考えは、本来の男女の本能に反する行動であり、極めて難易度が高いと言わざるを得ないわけだ。



にも関わらず、それを当然としてしまうことで(この場合、当然と主張するのはほぼ女性側)、互いに話し合いを怠り、尊重や感謝を怠るということに繋がる恐れがある。




むしろ、私は、全て自分がやるのだ!と特に女性(互いの場合もあるかもしれない)が思っていることこそ、大事であり、だからこそ、男性がやってくれた場合、「やってくれてありがとう」という感謝の気持ちが芽生えるのではないか(それによって男性もより手伝いたくなる)、そう思うのである。



このように、現代は矛盾した行動を取らざる得なくなっているという認識こそ、男女の健全な関係を続けて行く上では重要になるのではないだろうか。




もちろん、しっかりと男女の役割分担をした上で、足りないものを補い合う関係こそ理想であることは言うまでもないし、効率的にも極めて高いと私は思う。


日銀の限界

さて、2年間で2%のインフレ物価安定目標を掲げた黒田日銀だが、どうやら確実に不可能であることが明白になった。



言い換えれば、リフレ政策の限界であり、デフレ下でのMBの増加と期待インフレは、ほぼ効果がないことが証明された。



しかしながら、リフレ派はしぶとい。



企業の倒産件数が減っただとか、失業率が下がった、株価が上がった(ドル換算するとさほど上がっていないということはあまり知られていない)など、効果があったと必死だ。



しかし、そもそも経済というのは、政策ごとによる効果というのは分かりづらい。それぞれの政策が複合的に絡み合っているからだ。




故に、視点を変えれば、リフレ政策によって改善したとも取れるし、補正予算によって改善したとも取れてしまう。




ただ、それでも明らかなことはある。



一つは物価上昇が、為替変動の影響を大きく受けているという点だ。



これが意味するものは、コストプッシュインフレ(輸入物価の上昇に伴うインフレ)という、悪性インフレに陥っているという点だ。



しかも、あろうことに日銀は自ら、その悪性インフレを手柄にしているということだ。



本来の日銀の物価安定目標は2%のインフレであるが、その意味合いは、「需要が供給を2%上回る」ことにある。




言い換えれば、為替による輸入物価上昇というものは、加味されてはいけないのだ。(コアCPIとコアコアCPIの違い)




にも関わらず、先般、黒田日銀総裁は、「原油価格の下落が、2%の目標を厳しくしている」と、まさに訳の分からないことを言っている。



ちなみに、もしも原油が上がり続けていたら、日銀など、何もしなくとも、原発が止まった我が国なら、勝手に物価はあがるはずだ。


※本来はエネルギー、生鮮食品を抜いたコアコアCPI(海外ではコアCPI)で物価を見るのが世界標準。



また、円安誘導は、さらなるコストプッシュインフレを招くわけだから、日銀の政策はむしろ国民を苦しませるためのものになってしまう。




常に私は言っているのだが、本来の正しいインフレ(デフレ脱却)は、エネルギー価格や生鮮食品を除いた需要がその供給を上回る事にある。




この根本を無視して、詭弁を使う日銀は、もはやその役目を終え、リフレの失敗の象徴となっているのだ。




にも関わらず、消費税増税のせいや、石油価格の下落のせいにして、自らの失態を決して認めない。



こんなことをしていては、本当に日本経済は沈没してしまう。



早く日銀は、自らの過ちを認め、また政府は財政出動に経済政策の軸を移すべきである。





※もちろん、私はリフレ政策を完全否定するわけではない。


日銀は、政府が財政出動に回す金を刷る分には、十分、その役目を果たすと思う。



しかしながら過度に偏ったリフレ政策は、完全に破綻したと言わざるを得ないのだ。



集団的自衛権はポジティブリストでは駄目


今年は、安保法制や、アベノミクスなど、様々な変化の年になるかもしれません。


その中でも、去年閣議決定された集団的自衛権に関しては、かなりの賛否があるようです。



私は、国連憲章が認める集団的自衛権には基本、賛成です。


自国を守るための自衛権に、個別も集団もない、というのは世界の常識であって、安全保障と経済を切り離された日本人には、理解し難いかもしれませんが、当然の権利であり主権そのものです。



しかしながら、安倍政権が推し進める集団的自衛権には、大きな問題があるのです。



それはポジティブリストによる集団的自衛権だからです。
(※ポジティブリストとは、原則として禁止されている中で、例外として許されるものを列挙したもの。ネガティブリストはその逆で、原則として規制がない中で、例外として禁止するものを列挙したもの)


言い換えれば、リストに無いものは基本出来ません!ということであり、敵に手の内を晒すようなものです。


このようなポジティブリストに則った集団的自衛権は意味が無いどころか、むしろ害であると私は思います。



本来、安全保障はネガティブリストでなければなりません。そうでなければ、有事の際、やれることが縛られ、きちんとした対応が取れなくなるからです。(世界的にはこれが普通です)



逆に関税の規制緩和であるTPPは、ネガティブリストでは絶対に駄目です。(WHOはポジティブリスト)


無数にある項目などにネガティブリストを採用してしまうと、リストに無いものはすべて関税撤廃や非関税障壁撤廃、ISDSなどが適応されてしまい、守るべき物が守れなくなる恐れがあるからです。



このように、外交や安全保障は、ポジティブリストとネガティブリストの使い分けが極めて大事になるのです。



しかしながら、現在の安倍政権では、集団的自衛権という安全保障ではポジティブリスト、TPPはネガティブリストと真逆の外交安全保障政策をしているのです。


これでは、何のための集団的自衛権なのかわかりません。(公明党に配慮したのでしょうが)


そういう意味において、私は集団的自衛権には消極的であって、巷に流れている元自衛官の話のような、短絡的な批判とはまるで違うものであるわけです。



まだまだ先は長いですが、自国を自分たちで守ると言う当たり前の国家になることこそ、日本の一番の課題でしょうか、、