育児と男女の役割について
巷ではイクメン、カジメンだかなんだか知らないが,男性も積極的に育児や家事に参加しましょう!みたいな風潮を作ろうとしているように思える。
これは、共働き世代の拡大に伴う社会的な流れであることは言うまでもない。
一方で、イクメンというのは、男性が家事や育児をするのは当然だから、名称などいらないという意見もある。
これもまた、ある意味、屁理屈的な解釈だが、言っている事は前者と何も変わらず、所謂男女平等である、という主張である。
しかし、私は常日頃から、男女に平等などあり得ないと言っている。
男女には明確な性差が存在し、それぞれの役割というものが違うわけで、これを平等、同等に扱うなどということはむしろ自然の摂理に反することであるからだ。
ただ、現実として、女性が働きに出るケースが増えているわけで、男女の性差や役割云々と、正論を言っていられない事情も当然ある。
もし、そのような状況であるとすれば、残念ではあるが、ある程度、男女は平等の方向で調整する必要性はあるだろう。
言い換えれば、先に主張していた論理は、間違いではないということになる。
しかしながら、それらは本来の男女の役割からはかけ離れており、互いの価値観と、男女の違いの尊重、自然の摂理に反しているという自覚や意識が重要となり、それらを一致させる話し合いも必至だろう。
これらを怠れば、そもそもの男女の違いが露呈し、決定的に価値観の相違を生んでいくはずだ。
要するに、「イクメン」や「カジメン」や、それらを当然とする考えは、本来の男女の本能に反する行動であり、極めて難易度が高いと言わざるを得ないわけだ。
にも関わらず、それを当然としてしまうことで(この場合、当然と主張するのはほぼ女性側)、互いに話し合いを怠り、尊重や感謝を怠るということに繋がる恐れがある。
むしろ、私は、全て自分がやるのだ!と特に女性(互いの場合もあるかもしれない)が思っていることこそ、大事であり、だからこそ、男性がやってくれた場合、「やってくれてありがとう」という感謝の気持ちが芽生えるのではないか(それによって男性もより手伝いたくなる)、そう思うのである。
このように、現代は矛盾した行動を取らざる得なくなっているという認識こそ、男女の健全な関係を続けて行く上では重要になるのではないだろうか。
もちろん、しっかりと男女の役割分担をした上で、足りないものを補い合う関係こそ理想であることは言うまでもないし、効率的にも極めて高いと私は思う。