自己責任論の愚論
72時間のリミッドが近づいてきましたね。
昨日も今日も、自己責任論などがネットでは語られていますが、自己責任論の前に、国家は何が何でも国民の命を守るという使命があることを忘れてはないでしょうか?
しかしながら、今回の一件は、私たちにある疑問を投げかけているように思うのです。
後藤氏が言ったように「全ての責任は私にあります」というのは、まさに自己責任論であり、個人主義者の考えです。
そしてまた、「危険地帯にあえて行ったのだから、自己責任」という発想を持っている方も同じで、個人主義者です。
言い換えれば、捕まった者も、批判する側も、個人主義者であり、反ナショナリズムなのです。
しかし、先に述べたように、国家は国民の命と財産を守るのが使命です。
ですから、相手がたとえ反ナショナリズムであっても、思想とは関係なく、救出する義務があるのです。
そう考えた時、私たちは望むも望まないも、結果として、ナショナリズムの上に成り立っているという現実から目を背けられないのです。
ここを理解できないと、全ては自己責任論に成り下がります。
そういう意味でも、今回の件は、国家(国民の家)という根幹を私たち国民が見直す良い機会となれば良いのですが。
久々に少し明るいニュース
「毎年の財政の赤字/黒字にとらわれ過ぎると、経済が長期的に委縮してしまう」──。
安倍首相が2014年11月に10%への消費増税の延期を決め、同時に2020年度の基礎的財政収支の黒字化を宣言した際、首相ブレーンの一人である経済学者は、こう助言し、首相は深くうなずいたという。
はい、藤井聡内閣参与の助言ですね。ようやく安倍も藤井参与の声に耳を傾け始めたということでしょうか。
8%への消費増税により財政健全化を図ったものの、経済成長が止まり、安倍首相は財政重視に不信感を強めてしまった面があった。
いや、そんなの初めから分かってましたよね?と突っ込みたいとこですが、少なくともこの自覚が今まで無かったことからすれば、少しは改善の兆しがあるのかもしれません。
基礎的財政収支の目標は、毎年の財政赤字幅に注目が集まり、経済再生に向けた歳出拡大、特に復興や災害対策などインフラ投資が抑制されかねないと首相周辺の学者ブレーンは主張している。複数の関係筋によると、この意見に対し、首相も同調しているという。
短期的な財政規律を守る=必要な需要を生み出せない=国家の脆弱=GDPの縮小=税収減という当たり前の構図なんですが、ここに辿り着くまでにずいぶん時間かかりましたね。
もちろん、まだ油断はできません。政府内部にはまだまだ財政規律派が大勢いますし、なにより自民党の憲法改正案に財政規律の文言が加わっているなど、あくまで主流派は、財政規律派です。
ただ、急激にそれらが改善されることは難しいと思うので、こういうことの積み重ねを漸進的にやっていくしかないと思います。
今後、これらがしっかりとした形で進行していくか、見守りたい所です。
