続きです。

 

 

 

神功皇后は、豊受大神、瀬織津姫、市杵島姫命(宗像大神)、御炊屋姫。

後の為政者により、女神天照とされたのも、彼女。


 

1< 女神・天照の名>
 

女神・天照には別名があった。

撞賢木厳之御霊天疎向津姫(つきさかきいつのみたま あまさかるむかつひめ)。
意味は、
*神との境をつき(斎き)、響かせる御魂

*天(日の神)では無く、神に向かい合っている者

その名はあくまでも(日の)神ではなく、神に仕えるもの。

 

厳御霊から、厳島の神である市杵島姫命(宗像大神)。

また、向津(神と向かい合うもの)は、神の妻を意味する。


これらから、女神天照は市杵島姫命であり、宗像大神だ。

 

またこの名、神功皇后が香椎宮にて神がかりした時に伝えて来た名だという。

彼女は同神であるので、二柱の関わりを表している。

 


 

2<御炊屋姫と瀬織津姫の名> 

 

「儺の国の星」より。
物部の子孫である真鍋大覚氏による、那珂川に伝わる古来の星の名を集めた本。
そこに「炊屋星(かしきやぼし)」についてあった。

 

織姫=炊屋(かしきや)。
織女の名から、女王、后妃、巫人をも表す名に繋がる。

御炊屋姫の名は、織姫をも意味していた。

(瀬は住吉三神が海の神(水の神)であるから、対をなす瀬織津姫。)

 

☆御炊屋姫と瀬織津姫の名の意味

 

前回の祓いの神である、住吉神と瀬織津姫に繋がる。


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1 女神天照の名は、厳島の神、市杵島姫命(宗像大神)を意味する。
2 炊屋(かしきや)は、織姫=瀬織津姫を意味し、女王、后妃、巫人をも表す名に繋がる。

神の系譜*豊受大神 篇 1より

3  御炊(みかしぎ)は、御膳津神(みかつかみ)であり、豊受大神、宇迦之御霊を意味する。

4  御炊屋姫は、弁財天、市杵島姫命(豊受大神)。

☆神の系譜*豊受大神 篇 2
☆神の系譜*豊受大神 篇 3より
5  高良神(住吉神)の后は神功皇后であり、豊姫、弁財天、市杵島姫命と同神。

6  筑紫の伝承から、甕依姫とも同じ。

7  弁財天から天河弁財天=内宮の女神=瀬織津姫

 

 

 

以上から、

神功皇后=御炊屋姫=弁財天=市杵島姫命=宗像大神=瀬織津姫=甕依姫

 

また、甕依姫(みかよりひめ)の名、
卑弥呼(ひみか)の墓の比定地である祇園山古墳、

奴国(儺国)に存在したことなどから、

彼女が魏志倭人伝の卑弥呼であると確信している。

 

 

< 豊玉姫 >

豊姫は、豊玉姫でもあった。

筑紫には、豊姫が海神から干珠満珠をもらい受けるという「磯羅舞」が伝わる。
*これは山幸彦海幸彦や浦島太郎などの元の話。

☆神の鉾 3

 

(志賀海神社)
 
その伝承の舞台、志賀海神社は龍宮という。
龍宮とは龍神のおわす所=志賀神(高良神・住吉神)が龍神。
 

高良神は住吉神であり安曇磯良神であり、饒速日命。

海神(龍神)は彼自身。

 

 

彼が饒速日命であるから、干珠満珠は彼が所有していた十種神宝の生玉死返玉のこと。

(以下、詳細)

 

 

また、高良玉垂宮神秘書より、三種の神器の一つであることが分かった。

 

 

 

高良神が月神とされるのは、海の水の満ち引きを操るからであり、彼らの治水工事をも表す。

 

その工事の一つ、奈良の古代湖の水を引いたのは、三輪の神である大物主神(饒速日命)。

亀石の伝承から、彼に繋がり、同神の名の中に天照、豊玉彦の名があった。

それと対をなす豊玉姫の名も。

 

彼女が、筑紫の「磯羅舞」の豊姫であり、高良神の后であった神功皇后。

 

(詳細は以下のシリーズ)

 

また、奈良湖の水を引いたことにより、大和騒乱が鎮まったと考えられることから、3世紀頃のことと推定される。

 

更に、高良山の麓の祇園山古墳の造営は3世紀半ば。

大社の一族により守られ、また高良神は祇園神であるので、その后である。

 

 

 

もしかすると、「卑弥呼が人前に姿を現さなかった」のは、彼女はその後大和にいなかったからかもしれない。

彼女は宗像大神。

 

饒速日命と共に、筑紫へと移動しているのだから。

(例え、何度か戻っていたとしても)

 

筑紫ではあんなに登ってる山に、大和では一つも登っていないのだ。

 

山の上に神がおられる。

そう感じたら、登り続けるはず。

 

 

< 月神 >

 

籠神社には、天照国照彦火明命(饒速日命)と市杵島姫命が並ぶ絵馬がある。

その絵馬が全ての答えに繋がる。

 

伊勢の下宮の神は、籠神社から来た月神。

伊勢の神(天照)が独り身だと寂しいからと呼んだとされる。

しかし、下宮の神は豊受大神であり、彼女は月神ではない。

後の時代に天照の入れ替わりが起こっており、それを示唆しているだ。

 

導き絵馬(籠神社のHP より)
豊受大神を祀る眞名井神社の創始神話がかかれた絵馬。

 

籠神社の神は、彦火明命(天照国照彦火明命)。

相殿に、豊受大神、天照大神、海神(わたつみのかみ)、天水分神(あめのみくまりのかみ)

 

彼は、海神、志賀神、住吉神、天照でもあった。

(日と月と海の神)
籠神社の「月神」は饒速日命自身。

彼である高良神は月神と呼ばれる。

 

つまり、伊勢の神は、籠神社の彦火明命である饒速日命。

 

伊勢は古来、磯宮で磯神(=石上)。

高良神は安曇磯良神であり、同神なのだ。

 

 

豊受大神は市杵島姫命である宗像大神であった。

 

その宗像姫は北部九州の神。

筑紫の伝承には、大己貴神と宗像神が共に異類を退治するものがある。

大己貴神が大物主神であり、饒速日命。

祓いの神  7  ~楯崎神社~ 

 

彼女は饒速日命と共に北部九州へと移動した、御炊屋姫、名を変えた神功皇后。
 
 
祇園山古墳は3世紀の中頃に造営。
彼女が「卑弥呼」でもあるのだ。
 
 

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