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としのブログ

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わかんねー。という気持ちがある。
図書館に来て山の様に本がある。どれを読んでいいのかわからん。途方に暮れる。
そんな時ガイドブックがある。それを見て名作を読む。それでわかった気になる。
しかし世の中には名作ではない沢山の本があり、むしろその数が圧倒的に多い。いろんなジャンルがありいろんな主張がある。
何をもって正しく、間違いとするのか。もうわからんね。
巨大な山の前で立ちすくむのみ。複雑で巨大なものがどーんとある。誰も正解はわからない。が、なんらかの選択はせざるを得ない。その繰り返しで今に至る。
アメリカ映画では田舎でエンストするとろくな目に合わないものだが、それは日本でも同じだろう。
田舎では車以外の交通網が整っておらず車が無い人はどこにも行けない。それは江戸時代から続く村文化を思い出させる。当時の人は遠くまで行けなかった。徒歩しかない。限界は目に見えている。そうやって狭い村の中で一生を終えた人たちの末裔である私は気分的には未だに村の中にいる。田舎でエンストした日には場合によっては命にかかわる。最近は携帯電話があるから大丈夫だろうが、昔なら冬なら死んでいただろう。遠くに見える隣村の灯。しかしそれは果てしなく遠い。体力的に無理。その絶望感。誰かが通りかかるのを待つのみ。
またまた派生した。連鎖反応。
雪深い土地に生まれて良かった事はない。一つもない。だいたい寒いのは嫌いだ。スキーもスノボもやらない。やりたいと思わない。子供のころ授業でスキーをやったが苦い記憶でしかない。
高校の頃に駅から歩いて帰っていた。冬。クソ寒く受験期で全く勉強しておらず散々たる未来が予想された。友達と一緒でもなく高校からトボトボと一人で帰ってきて気は重かった。しかし一方で数ヶ月後には実家を出て行くのだという信じられないような気分でもあった。
高校最後の数ヶ月はそんなこんなで暗かった。もはや授業をじっと聞いている苦痛に耐えられなくなってきた。そんな心境で家に向かっていた。夕方、あたりは暗くなってきた。クソ寒い上に靴の中も冷たかった。わたしは農道にさしかかった。1キロ程の直線で両側は田んぼだが雪が降り積もって真っ白だった。日が急速に落ちて街灯が寂しげに付いた。傘もないのに大量のぼた雪が降ってきた。泣き笑いしたい気分だ。頭や肩にサクサク雪が降り積もりメガネは濡れてもはや老いぼれた驢馬の様な心境だ。わたしは自分に鞭を打ち自宅へ向かった。情けない気分をさらに高めてくれてありがとう!とお礼したい気分になった。わたしは頭上を見上げた。大量の雪が害虫の様に舞っていた。イナゴの大群の様だ。異形の光景に思わず見とれた。あの瞬間に馬鹿みたいに外を歩いている人間にしか見えない幻想的な風景だった。さらにその時イヤホンからはフィフスディメンジョンのone less bell to answerが流れていた。何かの最終回的な美しさだった。垣間見た気がした。これはすごいと思った。ご褒美だ。自然の力が激しい土地はたまに垣間見せる。害虫の様な雪が異様に美しかった。
またまた派生した思い出。
家の裏は田園地帯である。その先に一本道路があってまた田園と林檎畠である。この道路はたまにトラックが通ってその音が何故か異様に大きく反響した。
わたしは暇だったのでよく勉強机の先の田園風景を眺めていた。じっと眺めていたら向こうから友人が歩いてきた。それをじっと見ていたら彼がこちらに気づいて手を上げた。わたしも上げ返した。土曜の2時半くらいだったと思う。わたしはさぞかし暇だったと思う。筋トレでもやれば今頃もう少し立派な体型になっていたかもしれぬ。
田園地帯を眺めていると発見がある。夏は稲が揺れて大変美しい。青さに顔をしかめてしまう。その活力はCMの旬な若手女優の如く明るいエネルギーに満ちている。風が撫でる様に吹いてゆくがわたしにはその感覚がわからない。窓を閉じているからだ。思えばよく窓を閉じて見ていた。だから生々しい風の音も聞こえず自部屋の耳鳴りの様な音と、階下で家族が動く音のみ聞こえてきた。わたしは勉強机の前で微動だにせず眺めていた。それほど暇だった。何かをしようという気も起きない。鼻が詰まっていた。年中花粉症のようなものだった。アスファルトが白かった。その上を学ランを着た友人が歩いてきた。あれ覚えてる?と聞きたいところだがもう10年も会っていないし会う機会もないし、その質問も意味不明なのでとりあえずブログに書いてみた。
わたしが育ったのはわが街の最盛期だった。子供の笑い声と尽きぬ事ない活気。わが街の子供の大群が小学校に押し寄せた。
碁盤の目様な街を自転車で駆け回り公園でボールを追いかけるのが日課だった。同じ様な子供が沢山いた。
残念な事に一つのサイクルが終わり、わが街の黄金期も終わった。今では子供の声はしない。定年退職を迎えるか迎えないかの夫婦が犬の散歩をするくらいしか往来で人の姿は見ない。
あとは街の隅の温泉に幾らかの人がいるだけである。
さっきの懐かしモードから導かれた事なんだけど、子供時代は随分失敗をした気がする。ゲームソフトとかノリでジャケ買いとかしてたから当然つまらん時もあった。中学になった時に友達と話してて「俺はもう売れてない評価の低いソフトは買わない。」と宣言したのを覚えている。結果失敗はしなくなったが冒険もしなくなった。俺だけの、みたいな愛着もなくなった。果たして良かったのか。
最近の生活でも出来るだけストレスの無いように生きている。映画とか見るのも手堅いやつ。やっぱり人生失敗も成功も同じくらいのバランスがちょうどいいんじゃないかね。
最近やけに幼少期の事が思い出される
なぜだろう。やけに。
赤く燃えるストーブの火や、薄暗い空や窓の外の凍りついた世界が。
そんな中で父親が犬の散歩に出て行ったり、母親がソファで寝ていたり、自分はこの世の終わりのような暗い部屋でテレビを見ていたり。ピンク色の毛布に鼻がむずむずしたり。廊下の冷たさや、階段を上る音や、寒々しい自部屋と窓から見える白い景色。亡くなった祖父母の家の光景や、料理の味。本当にあった出来事かわからなくなる程時間が経ってしまった気がする。
やるだけやって、ダメならその時考えるって考え。シンプルで良いっすよね。ごちゃごちゃ考えるのは嫌いだ。
ポータブルスピーカーを2つ持っている。boseの2万5千円のと無名メーカーの3千円の。元々boseのを持っていたのだが、風呂の中で音楽が聴きたくなって防水の安いスピーカーを買った。
この2つの音を聴き比べるとやはり価格の差を感じてしまう。迫力が違う。レベチである。10人が10人boseの方が良い音だと言うだろう。私もそう思う。
しかし、長時間聴くという事になると話は違ってくる。boseのは音に疲れてしまう。特に低音に。安物スピーカーの軽い音の方が長く聴けるのだ。
これ、なんか良い感じで人生にも当てはめられないかなと思ったけどめんどい。
まあ立派な人と付き合うのは結構疲れるかもよって事で。適当に生きた方が長生きできるかもよ。みたいな感じで三連休前。
ちょっと風邪引いたらしく微熱が出ています。薬とアリナミン飲んで早めに寝よう。乾燥で喉が痛くなるからマスク付けてるんだけど、顔から熱が出てるので暑い。そこで、片耳だけでかけてみたら、ちょうどいい。
それで思い出したんだけど小学校のときに文房具をオリジナルな使い方する女の子とかいた気がする。ぼんやりしてるけど。正しい使い方じゃなく自己流で。雑な感じの人。でも知恵があるなと思ったり。
料理とかも自己流でいいんだよな。