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大東亜戦争はなぜおこったか?

「欧米諸国は、日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の十七年間の経緯を、罪悪と烙印することが目的であったに違いない・・・・・・・・・・私は一九二八年から四十五年までの十七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。この中には恐らく日本人の知らない問題もある。それを私は判決文の中に綴った。この私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかる筈だ。それなのにあなた方は、自分等の子弟に「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」と教えている。満州事変から大東亜戦争に至る真実の歴史をどうか私の判決文を通じて充分研究して頂きたい。日本人の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流れて行くのを、私は平然と見過ごすわけにはいかない。あやまられた彼等の宣伝の欺瞞を払拭せよ。あやまられた歴史は書き改めねばならない。」


上の文章は極東国際軍事裁判所十一名の判事の中只一人インドのラダビノッド・パール博士判事の判決書である。


僕たちが中学、高校で習った歴史には「日本は中国、東アジアに侵略して旧日本軍は略奪を行い、アジア諸国に損害を与えた。このことは日本人として反省しなければならない。」とか教わった。


まあ最近はGHQのしかけたWGIP(ウォーギルドインフォメーションプログラム)なる戦後日本人に自虐史観を植えつける洗脳が解けて真実を見る人が多くなってきた。ネットで大東亜戦争について調べるといろいろと本当はどのような戦争だったか詳しく載っている。


戦争が起こった原因として、パール判事の判決書を引用させていただきます↓


  1. 支那事変以来、米英両国は中立国の国際法上の義務に違反して、公然と蒋介石政権に対し、経済的にも多大の援助を与えた。これは明らかに日本に対する挑発行為である。

  2. 支那事変の末期、米、英、支、蘭等四ヶ国が共同してA、B、C、D包囲網を作り、日本を経済的に封鎖した。特に日本に対する石油の全面禁輸をしたことは、日本に対する挑戦行為である。

  3. 米国は開戦前の十一月二十六日、日本に対し、最後通牒を突きつけた。その第三項に「日本は中国及佛印の全土から陸海軍と警察力を全部撤退するよう」要求した。これは明らかに日清、日露両戦役の結果、日本が正当に得た権益を捨てることを要求するもので、この要求は宣戦布告と同様である。

  4. 米国は十一月二十七日前哨地帯の諸指揮官に対し、戦闘態勢に入るよう秘密指令を出した。事実上米国はこの日に対日戦争を開始したことになる。米国議会はこの事実を知って非常に驚き、上下両院合同の査問委員会を結成して軍部の挑発行為を厳しく非難した事実がある。

 つまるところ戦前の日本はイラク戦争前のイラクのような状態だったのだ。(アメリカなどの先進諸国に経済封鎖され、医薬品などが足りずに100万人以上死んだとされる。)


日本には今も昔も資源がない、それをいいことに欧米諸国から石油輸入を禁止され、そのため約2年の石油しかなく、このままではにほんが滅びてしまう、そのために南進し、資源を確保するひつようがあった。


ただ日本人の行った政策は英米諸国のおこなった植民地支配ではなく、日本と同化させることに違いがある。現地の人に教育をして農作物の作り方、また鉄道を敷いて近代社会の整備を行った。

馬鹿な中国や韓国ではこれを強制労働というが、日本がもしなかったら中国や韓国は旧ソ連に吸収されて東ベルリンがソ連に統治されたときのようにシングルマザーが増えてもっとひどいことになっていただろう。


総選挙が行われそれぞれの党の政権公約が出された。不思議なことにどこの党も中国や韓国に対する外交問題を解決する公約が見当たらない。となりの北朝鮮や中国では核ミサイルが日本めがけて配置されているのにあまりにものんびりしているのではないだろうか?また北朝鮮と韓国、台湾と中国が戦争になったとき、日本人のために血を流してくれるアメリカ兵がいるとでもおもっているのだろうか?


郵政法案など国内問題以上に日本の将来がかかっていることなのになぜここまでのんびりしているのかがわからない、戦前の政治家は欧米列強に植民地支配されてしまうという危機感のもと立派に政治を行っていた。日本は戦争を何度もしたがすべて日本国を守るための戦争だった!


話はそれたが日本人の日本を大切に考えない、日本は過去アジアにおいて悪いことをしたんだという自虐史観はアメリカがつくったものだ。


靖国神社に行けば戦前の日本人の心がわかる。特攻隊に行く人の遺書をみてとても20代前半の若者がかいたものとは思えない文面に感涙した。戦前の日本人を悪い人たちとかんがえるのではなく、なぜ戦争がおこったか?このような時代だからこそ、いまの日本人一人ひとり考えるべき問題だと思う。


ちなみに記事にトラックバックしてあったように「売国奴」とYAHOOで検索すると民主党が一番に現れるのは面白かった。民主党が仮に政権をとったら沖縄は中国になっちゃうのかなあ?政権公約にそんなことかいてあったけど、今の政治家で堂々と中国と韓国の外交問題をかいけつします。という政治家はいないかな?





反日マスコミは60年前の戦争についての真実を放送しない。

平成3年、日本傷病軍人会代表団が、大東亜戦争の敵国であったオランダを訪問した折、同国の傷病
軍人代表と共に、首都アムステルダム市長主催の親善パーティに招待された。その時の市長の挨拶です。

あなた方日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳無い、諸民族に大変迷惑をかけたと自分を蔑み、
ペコペコ謝罪していますが、これは間違いです。
あなた方こそ自ら血を流して東亜民族を解放し、救い出す、人類最高の良いことをしたのです。何故なら
あなたの国の人々は、過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先の事のみ取り上げ、或いは洗脳
されて、悪いことをしたと、自分で悪者になっているが、ここで歴史を振り返って、真相を見つめる必要
があります。
本当は私共白人が悪いのです。100年も200年も前から競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土
として勢力下にしました。植民地や属領にされて永い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共
に繁栄しようと、遠大崇高な理想を掲げて、大東亜共栄圏と言う旗印で立ち上がったのが、貴国日本だっ
たはずでしょう。
本当に悪いのは侵略して権力を振っていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現し
ました。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わりました。その結果アジア諸民族は独立を達成
しました。日本の功績は偉大です。血を流して戦ったあなた方こそ最高の功労者です。自分を蔑むのを止め
て、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです。


最近になって書店に大東亜戦争について自衛の戦争だったという本がちらほら出始めた。それと同時に軍国主義に戻すなと、そのような本を批判する本が所狭しと並べられている。

小林よしのりの本を読めばわかるのだが、日本のマスコミ、新聞では朝日、毎日、テレビは全部反日マスコミらしい。つまり日本の本当の歴史は韓国、中国だけでなく日本のマスコミも捏造している。石原都知事に関しては自分の発言がTBSに捏造され、警察に被害届けを出したのに、その被害届けの内容を放送したテレビはなかった。

都知事が記者会見で毎日新聞の記者を毛嫌いする理由も分かる気がする。


なぜ世界を巻き込んだ戦争が起きたのか?泥沼化する中国との戦争中、なぜアメリカを空いてに戦争をしなければいけなかったのか?そしてなぜ中国と戦争をはじめなければいけなかったのか?戦後自虐史観がうまれたことなど、また後で詳しく書きたいと思う。




日本建国と聖徳太子 その3

最近「世界で一番受けたい授業」で聖徳太子は実在しなかったのではないか?という授業をやっていた。

それは聖徳太子があまりにも人間離れした存在であったためにそのような学説がでてくる。しかも日本の古代の歴史というのは740年ほどに「日本書記」などに代表される文献は後の時代になってから編集されたのでその時の権力者が自分の都合のいいように歴史を改ざんしたかのうせいだってあるわけだ。飛鳥時代とはどのようなものなのか、いろいろ書いたが真実をみきわめるのは難しい。


聖徳太子というのは日本を形作った渡来人たちが象徴のようなものとしてつくりあげたような気がする。この人が日本をつくった、と後世の世に伝えるために、そして自分たち(渡来人)は国家として中国と対等にむきあえるようになるまで国づくりをし、その象徴として日本で生まれ、この人がつくったんだぞとスーパーマン聖徳太子をつくったとしてもおかしくないと思う。

証拠にキリストの出生をパクッているし、前回も書いたが、馬小屋で生まれたヒーローはキリストと聖徳太子しかいない。それいがいにも聖徳太子の偉業のなかでも公平な世の中に、みんな仲良くしなさい、みたいなものは聖書からきているものが多いらしい。


大和朝廷時代に見られる仁徳量古墳や飛鳥時代に代表される建築物はもともと日本に住んでいた人たちのオリジナルな技術でないことは歴史で習った。それらの人たちはもともと朝鮮や中国にいたひとたちであり、たぶん争いや抗争などがあり、新天地である日本を訪れ、一緒に国家を形成していった。そのときやはり渡来した人たちはこの国を中国や朝鮮に負けない国にしたいと思ったとしておかしくはないだろう。


そのとき、自分たちは脇役でいいから日本オリジナルなヒーローを誕生させるために聖徳太子がつくられたのだと、僕は思う。


悲しいことにその後大化の改新で蘇我氏が滅ぼされ、藤原氏の時代が始まったとされているが、実は蘇我氏も物部氏も聖徳太子を作った人たちみんな仲間であり、渡来人の天下だった飛鳥時代にもともと日本に住んでいた人たちは反乱を起こしたとかんがえたらどうだろうか?

そうすれば聖徳太子キリスト教説もつじつまがあうし、その後大化の改新のような革命により渡来人勢力が一掃され、新しい国の指導者が政治と仏教が結びつけ、戦後日本のような洗脳教育を行い、日本は仏教の国だということになってもおかしくはない。


このテーマについてなにがいいたいのかというと、これまで日本を作ってきた人たちはいろいろな人が出てくるがみなとてもエネルギッシュだったということだ。この時代にはニートやフリーターなどはいなかっただろうし、国の指導者はどうすれば日本をよくすることができるのか良く考え、頑張って日本という国をつくってきた。

その日本という国を私たちの代でつぶしてしまってもいいのか?という話になる。アメリカや中国におしつけられた自虐的な戦後の歴史をみるのではなくて、日本という国はとてもすばらしい、ほかの国に負けないくらいとても完成度の高い長いでんとうてきな文化をもったすばらしい国であるということをいいたいのだ。


国の指導者は現状維持を目標にするのではなく、どうすればいまの日本の問題点をかいけつできるか?そしてどうすれば日本という国を世界一すばらしい国にできるのか?それだけ考えればよいのではないかと思う。


ネタばれ↓聖徳太子シリーズ、この本を参考に記事書かせていただきました。ほかにも空海や最澄、親鸞など日本仏教の真実が語られています。日本の歴史はおもしろい!!

次は日本書紀と北欧神話のつながりでもかこうかな?


ケン・ジョセフ
失われたアイデンティティ

日本の歴史↓天皇のこと、英語でエンペラー。

登 龍太, 中島 博司
倭人の社会―弥生・古墳時代
登 龍太, 中村 修也
女帝の世紀―飛鳥・奈良時代

amazon書籍で一位になっていました。話題の一冊です。↓

マンガ嫌韓流

日本国建国と聖徳太子  ちょっと番外編。

最近更新さぼっていました。それなのにこのブログを見てくれている方々、読者登録しているかた、ほんとうにありがとうございます。最近ちょっとネタ尽きぎみなんで勉強して面白い記事かけるようにがんばりますね。


さてこの聖徳太子シリーズも3回目、ちょっと番外編。なぜ経済ニュースを発進しているのに聖徳太子がテーマなのかというと、日本人について考えた場合、自分がなにものなのか分からない人が世の中にはおおいとおもったからです。


たぶんほとんどの人ははある程度くずれてきているとはいえ、いい会社に入り、会社のしいたレールにのって、バブルがはじけた今、転職もするだろうと思うけれど、あまり楽しくない仕事をこなして60歳くらいまで働いてあとは年金もらうなり、もっと働いてお金もらうなりという人生すごろくの上にいると思う。


たとえば今仕事をやめたとして、選択肢は「ハローワークにいってまた仕事さがさなきゃ。」という選択肢が大多数だと思う。いまの日本の悪いところとして、会社員が安定しているという幻想を抱かせているところだと思う。派遣会社に勤めている人は正社員になるのを目標に頑張っており、では正社員の人はなにを目標にがんばっているのだろう?そして自分がいま生活している中で仕事をやめたときにのこっているものはいったいなんなんだろうか?


僕が思うに会社で働くことは社会に貢献すると同時に自分の体なり頭なりを提供し、それと同時に少ない賃金をもらう。たぶん人間がいきていくうえでなにかを社会に提供しなければ生きていけないのだと思う。

自分の体や頭を提供できない人は血や皮膚、そして売春などで体を提供し生きていく。

勉強をすれば頭を使った仕事に就ける。ただ、なにについて勉強するかが大事なのだが。


話はそれているがなにがいいたいのかというといまの日本人は何をしていいのかわからずただ、ショッピングセンターがオープンしただの、携帯の新機種がでたから変えなきゃとか、目先のことしか考えて折らず、5年後、10年後の未来のことを考えている人はあまりいない。それは政府自身が5年後、10年後のことをかんがえていないからで、国のマネージャーがなにをしていいのかわからないので国民もどのよいな思想をもって日本国に貢献していいのかわからないのだと思う。


高度経済成長時代はただ、ヨーロッパ、アメリカに追いつけ、追い越せをスローガンに一心不乱に働いた。目標にむかって一直線だった。のだろう。しかし日本の経済力が西側諸国と同等になり、目標が消えうせるとなにをしていいのかわからない。1970年代に経済力が落ち着いたら目標をもって、たとえばもう日本は自分たちの防衛力でやってけるのでアメリカ軍がでていってくださいとか、官僚主体の経済発展はおわりにして、本来の資本主義をとりいれたり、なんていうかもっと世界中の経済学だの情報力だの、日本にないそして日本を発展させるすばらしいものをどんどんとりいれるべきだったのだと思う。


フリーターやニートが多いのは今の暮らしに満足している証拠だと思うし、それで生活できているからそれでいいという、いまがよければいいや、という考え方の典型だ。と思う。


いまがよければいい、という考え方では経済発展はしない。いろいろ考えて挑戦する気持ちみたいなものが大切なのではないだろうか?マスコミの仕事として、ニュースがアナウンサーと飲んでいたとか報道することは視聴率が取れてよいことだと思うが、別枠を設けてもっと真剣にこれからの日本について真実を国民につたえるべきだ。


こういう時代だからこそ日本人は原点にかえり、なぜ聖徳太子が倭国改め、日本にしたのかを考えるべきだ。

まだ重たい問題集を持ち歩いていますか?
電子辞書、電子書籍が誕生する世の中。問題集も携帯電話で代用。
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いつでもどこでも気軽に楽習。

日本国建国と聖徳太子その2

前回聖徳太子は実は渡来人であり、キリスト教徒である、と書いた。 たぶん「なにを根拠にそんなことを言っておるのだ?」と思っている人がおおいと思う。


もともと大和朝廷時代の古墳など、渡来人によりその土木技術が伝えられた。と、ここまではマンガ日本の歴史などにも書いてある。


ではなぜ?わざわざ船を出して島国の日本にきたのだろうか?その時代(約1600年前くらい)日本は200年前くらいのアメリカのように未開の地だった。その土地、極東の国にヨーロッパ、中東、中国や朝鮮など迫害された人たちが希望をもってこの国にやってきた。それらの人は高度な文明をもっていたので当時倭という国だった日本にその技術を提供し、昔からすんでいた倭国の人と一緒にその後の日本を引っ張って国をつくった。つまり日本の基礎はその渡来人たちがつくったというわけだ。


さらにその後7世紀に入ると朝鮮半島で動乱がおき、それまでまで拮抗していた百済、新羅、高句麗の三国のバランスが崩れ、新羅が朝鮮半島を統一し、当時百済と結びついていた日本に百済よりどっと渡来人たちが押し寄せてきた。これは「日本書記」にも「百済、新羅の人が日本を慕ってやってくる人が多かった」などの記述されている。それらは建築技術者のみならず、一般の人や、学者などいろいろな人が帰化し、平城京はあっという間に国際都市に発展した。


聖徳太子がなぜ渡来人だと言えるのか?その根拠としてその時代に残された17条の憲法の原文が正確な漢文で書かれていたおり、この時代にそのような漢文が書けるのは日本にずっといる土着民が書いたとは考えにくいからだ。さらに日本の仏教というのはほかの国の仏教とはまったく違い、それはキリスト教の教えもふくまれているらしい。

その証拠に本来仏教には慈母観音(赤ん坊を優しく胸に抱く慈母の像)なるものがあるが、しれはキリスト教における聖母マリアがキリストを抱く姿にそっくりだという、さらに観音像なるものがあるが、本来仏教では女性が仏になるためには一度男性に生まれ変わらなければならない(これを変性男子という。)なるものがあり、観世音菩薩のように女性の菩薩というのは仏教上ありえないことだ。


渡来人の影響は日本語にも影響を与える。平安時代、ひらがな、かたかななるものが吉備真備により発明されたとあるが、不思議なことにこのかなというものは古代ヘブライ後にそっくりらしい。一例としてヘブライ語でコカコーラと書いたときとカタカナでコカコーラと書いたとき、文字はおろか、発音までいっしょになるらしい。つまり、ここでもその渡来人たちが漢字にあわせて、その適切な言葉を発明したとしてもおかしくはない。かなを発明した吉備真備でさえも渡来人である可能性がまったくないわけではない。


話は聖徳太子にもどるが、大子のいた600年代、宗教における紛争みたいなものがあったのだと思う。当時高貴な人間を弔う債、墓に葬る前に鎮魂の儀を行うのが普通でした(もがりという)しばらくこの儀を行い、それから墓に入れられるわけだが聖徳太子に関してはまったくそのような儀式が行われず、その月に墓に葬られている。じつは聖徳太子は暗殺されたのではないかと思う。


なぜなら太子が死んだあとすぐに蘇我氏の後継者蘇我入鹿は太子の子、山背皇子とその一族を襲い、全員自決に追い込んでいる。このために暗殺されたのではないかというわけだ。


これにより、太子の信仰していたキリスト教に(景教)に変わり、その後仏教信仰は蘇我氏が神教の物部氏と戦い、勝利し神教を吸収した仏教が出来上がった。ここいらへんから日本は仏教の国だとなったのだと思う。つまり古代日本にもこのような宗教戦争があり、それに勝利したものが歴史をつくっていったのだ。


歴史が変われば日本は極東のキリスト教の国だったのかもしれない。ただ、権力と宗教が混ざったとき、ろくなことはおきていない。

                                      続きます   

フランシスコザビエルは日本にキリスト教があると知り、驚いた。

よくNHKでシルクロードのたびというのがやっているが、シルクロードはよく仏教遺跡をまわっているイメージがあるが、じつはそれはほんの一部であり、さまざまな宗教や文化、民族、いろいろな人種などさまざまな人たちが行き来していた。

前回、聖徳太子がキリスト教だった。と書いたが(17条の憲法における仏法をあつく敬えというところは実はあとから付け加えられたというせつがある)このキリスト教もシルクロードに乗り、朝鮮や中国から日本に伝わったという可能性がある。


キリスト教、キリスト教とかいているが僕は別にキリスト教徒ではない。この場合におけるキリスト教というものはカトリックだとかプロテスタントだとかを指すのではなく、ただ従順にキリストの教えを受け継いだ人たちがその考えを述べ伝えたものだとかんがえる。「人に優しくしなさい」だとか「神様を信じてまじめに生きなさい」だとかそういう人間にとって当たり前の考えを布教しており、その教えを受け継いだ人たちが日本にやってきて、日本国の基礎を作った。らしい。

中東で生まれたものが東と西へわかれ、西では教会による暗黒時代が始まり、教会は政治権力と結びつき腐敗堕落し、キリスト教の本来の教えとはまったくそぐわないものになり、キリスト教本来の活力は失われていく。


宗教というものは人の心をひとつにし、人があつまればとても大きなものになる。

これはとてもすばらしいことだけど、とても怖いものだ。どっかの宗教団体はお布施をとって立派な建物を建てているが、本来、宗教とは立派な人がその教えを述べ伝えるものであってりっぱな寺や教会をつくることではないと思う。宗教というものを考えた際、企業もひとつの宗教だと昔、記事を書いた。

本来、宗教とはお金儲けではなく慈善事業だと思う。現代日本でもキリスト教を布教している人で家を一軒、一軒まわっている人を見受けられるが、社会に奉仕している人たちはいったいどれだけいるだろう?


宗教の話から思いっきり飛んでしまうが、日本の公務員とはいったいなんだろうか?マスコミの影響も大きいし、はめられた公務員 なる公務員擁護の本も出ているが、もともと国民に奉仕したい人たちがやればいい。ボランティア団体がお金をもらえないから手を抜いているという話は聞いたことはない。


ボランティア団体に補助金を出すようにして公務員の給料を半分にすればいい。(役所なんてあんなにひとは入らないと思うし、あれだけの人がいるのに振込まれるお金がなぜ半年後とかになるのかわからない。)そして人がたりない分をITを駆使して自動化をすすめるべきだ。


そうすれば大増税なんてしなくったってすむのとかんがえるのは私だけだろうか?


もっと人と人が向き合える、本来の日本人に戻り、お互いに助け合えばことはすむのではないだろうか?もともと日本は奈良の平城京に代表されるように国際人だったのだから、良いものをどんどん取り入れ、自分のものにしていく。そして日本初の文化や製品などを世界中に発進し、ついでに憲法9条を改正なんていわないでアメリカに逆輸入し、その戦争反対の意識を中国やロシア、韓国などに発進すべきだと思う。


それができないのであればとっとと改正して日本も核武装して普通の国になるべきではないか?ただ、ふつうの国では国民はいい暮らしをしていない。それはアメリカを見れば一目瞭然、アメリカのようになりたくなければ憲法9条の考えをアメリカに伝えるのもひとつの手段だと思う。日本は日本、アメリカはアメリカであり、もともと文化が違う。自分がなにものか?どこからきたのか?良く考え自分の生きる意味を理解し生きるべきだと思う。日本人ということについて日本人はもっとかんがえるべきだと思う。

日本建国と聖徳太子 その1

日本建国を考えた際、日本人はどこからきて、そしてこれからどこへ行くのか、国際社会における日本人としての役割を考える必要がある。

日本という国は聖徳太子が中国の皇帝に上奏した手紙で、日本の建国を宣言したといわれている。これはそこから日本という国が始まったと私は解釈している。そして国名も倭から日本となり現在に至る。日本という国を語る上で必要なのは、名前が変わらず1000年以上も同じ国名を使用しているところはじつはとても珍しく、他国に占領されたり、王が変わり名前が変わるというのはよくあることでその中で1000年以上も同じく国名を使用している日本というのはとても特殊な部類に属する。(中国や朝鮮などみても歴史の教科書で習ったとおりころころ国名が変わっている)


そして聖徳太子が17条の憲法を作成し、日本の基礎を作りいまにいたる。

実はこの17条の憲法というものはとても画期的なものであり、その内容は人間の善意に基づいた民主主義の書で西洋で同じようなものが作成されるのは約600年後(1215年、イギリスでのマグナカルタ)のことであり、古代日本にはすでに高度な法的基礎が出来上がっていた。


いったいその時代の日本をだれがつくったのかとかんがえるといろいろと面白いことが伺える。

日本はもともといろいろなひとが海をわたってやってきた。710年に誕生した奈良の都平城京は唐の長安に習ってつくられた日本初の本格的な大都市であり、このときすでに大王は天皇、倭は日本となり国家としての枠組みはすでに整っていた。


この奈良の都についてほとんどの人は肌の黄色い日本人が歩いていると思われてがちだが、じつはそうではなく、大半の人が渡来してきた人で肌の白い人や褐色の人、堀の深い人などのさまざまな人種がごった返していたそうで、奈良の南部、いまの奈良県高市郡の住民やく80%が渡来人だったという記録がある。


これは7世紀に朝鮮半島にて戦乱が起き、そこから逃げ出すために日本にやってくる人がたくさんいたらしい。


とても興味深いものに聖徳太子はじつは日本人ではなく、この渡来人のひとりではないかという説がある。

しかもキリスト教徒だという。

この説にはとても信憑性があり、もともと日本書記などの日本の神話というものは北ヨーロッパに北欧神話や旧約聖書をパクッて混ぜ合わせ、さらに日本独自にアレンジしたものとおもわせる節がある。


そのひとつに聖徳太子の出生とイエスキリストの出生するときの内容が酷似しているというものがある。

聖徳太子は馬小屋で生まれ、厩戸皇子といわれ、同じくイエスキリストも「マリアがキリストを馬小屋で産んだ」とされています。馬小屋でうまれた有名人は世界中をさがしてみてもこの二人しかおらず、時代背景からして聖徳太子伝説がキリストの出生をコピーしたと推測される。

それ以外にも聖書における「ルカ伝」1章26節~2章21節までのイエス誕生物語がそっくりそのままの順序で聖徳太子誕生物語として掲載されている。


日本を渡った渡来人の中にキリスト教徒がいて日本ではすでにキリスト教が布教されていたという説がある。シルクロードをとおり、中国では景教としてキリスト教が伝われていたのは2000年前、だから渡来人により西暦200年ころにはキリスト教がすでに日本に布教されていた可能性は十分考えられる。

空海が唐より勉強し、日本にもってかえってきたものはじつはキリスト教で(中国では景教という)証拠に高野山ではお坊さんたちが十字をきる。


なんだかんだで1549年、フランシスコザビエルが日本にやってくる。このときザビエルは日本人がすでにでうす(ゼウス=神)を知っており驚いたといわれている。

5年後も10年後も学校はなぜひつようか?その存在理由はわからない。

村上龍氏の小説「希望の国のエクソダス」に中学生のつくったベンチャー企業の代表が国会に呼ばれ、予算委員会の参考人として呼ばれる場面がある。

不登校の中学生が集まり、インターネットを通して不登校児を呼びかけ集まってベンチャー企業を作っていき、その企業が国内世論にまで影響を与えており、国会もそれを無視出来なくなり、小説の中で現れる民主党の若手議員が中学生に呼びかけ、なぜ不登校をしているのか?などのありきたりな質問をするシーンなのだが、中学生の答えのなかに印象深いものがある。


「どうして学校にいかなくなってしまた?」という問いかけに対し、その中学生の代表は


「約80万人(この小説のなかでの不登校児の数字)の中学生が不登校になっているわけですが、がっこうにいかなくなった理由も80万種類ある。ほとんどのもと中学生は学校は必要ないと感じているからいらない。愛情とか欲望とか宗教とか、あるいは食料や水や医薬品や車や飛行機や電気製品、また道路や橋や空港や上下水道、生きていくために必要なものがとりあえずそろっていてそれで希望だけがない、という国で希望しかなかった頃と同じ教育を受けている事実をどう考えればいいのだろうか?

だれを真似して生きていくのか分からない、教師という職業があるが彼らがいったいなんのために生きているか分からなかった。がっこうではどういう人間になればいいとか、勉強しろ、いい高校に、いい大学にいい会社にいい職業にって馬鹿みたいにそればかり、いい高校、いい大学、いい会社に入ってもそれほどいいことがあるわけじゃない。そのほかにどのような選択肢があるということは教えてくれない。昔は良かった、ものはなかったが心があった、そんなによかったのならなぜそのままにしておかなかったのですか?」


不登校やフリーター、neetの問題を考えたとき、怖いのは5年後、10年後、なんの能力ももたずにこれらの人が40以上になり、なんの能力ももたないことに気付くことだ。ガソリンスタンドやマクドナルドで働くフリーターが40、50になっったとき、入ってきたばかりの社員に命令されたとき、どう思うだろうか?

フリーターやニートの親が死に、自分ひとりで生きていかなきゃならなくなったとき、そして自分に何も出来ないと気付いたとき、その怒りはどこにむけられるだろうか?

同じような理由で政府が取り組まなければいけない問題に中学生の不登校の問題がある。


いまの日本がそのような問題にたいして本気で取り組まない理由として不登校児を悪にしないと学校教育の正当性が失われるからだ。高度経済成長時代などの産業時代には個性よりも団体の協調性、均一な教育を受けた均一な人材が必要であり、個性はまったくといっていいほど必要はなかった。


ところがバブルが崩壊したあたりからその学校教育なるものがぼろぼろと崩れ始めてきた。企業ではリストラが相次ぎ、いままでみたいに「いい学校にはいり、いい会社にはいりなさい」みちなものが通用しなくなってきたのだ。いまでは転職する人がどんどん増え、いい学校でていい会社に入っても公務員でもない限り企業の業績いかんでリストラの対象になることもありうる。

政府がこのような5年後、10年後に大問題になることをほうっておくのは政府自体が5年後、10年後のことを考えていないからだと思う。中国に媚を売る政治家が多くいるこの国の政治家に国家として壮大なビジョンを持ち、日本という国をこのようにしたい。という議論をする政治家がいるだろうか?


日本という国は資源に乏しく、人という資源に支えられてきた国だ。明治維新も戦後の高度経済成長も日本人が頭がよかったからなしえたことだ。

フリーターやニートの問題を国民の無能力化ということでかんがえた場合、これはとても怖いことだと思う。

人的資源の欠乏は日本の崩壊を意味する。

トーマス・エジソンは小学校中退、同じく松下幸之助も小学校中退。学校教育の必要性を考えたとき、どうしてひつようなのか?必要なのは学校の教育ではなく、社会を理解し、生きていく力みたいなものが必要だ


村上龍氏の作品です。↓

著者: 村上 龍
タイトル: 「教育の崩壊」という嘘
日本の教育を考えたとき、中学校時代に頭が良かった人が5年後、10年後えらくなっているのかというとそういうわけではない、教育を考えたとき、その目的とは?どうして勉強しなければいけないのだろうか?
著者: 村上 龍
タイトル: 寂しい国から遥かなるワールドサッカーへ
著者: 村上 龍
タイトル: 半島を出よ (下)
著者: 村上 龍
タイトル: 『希望の国のエクソダス』取材ノート
「この国にはほんとうにいろいろなものがある、だが希望だけがない。」文中のことばに引用させてもらいました。
著者: 村上 龍
タイトル: 半島を出よ (上)
近未来、財政崩壊した日本が北朝鮮工作員に福岡が占拠される。ありえない話ではないと思います。
著者: 村上 龍
タイトル: 人生における成功者の定義と条件
サッカーの中田選手やカルロス・ゴーンとの対話が載っています。成功者の定義とは?
著者: 村上 龍
タイトル: 会社人間の死と再生―ダメな会社と心中しないための戦略とは?

world map2






上の二つの地図がそれぞれ、アフリカ、アジアの地図です。(みえにくくてすいません。)

この二つの国境を見比べたとき、どのような感想をお持ちになるだろうか?

アジアの国の国境は比較的曲線が多く、アフリカの国々の国境は直線が多い。


アフリカの国境は砂漠の真ん中にあったり、いったい誰がこんな線決めたのだろう?と疑問に思う。 

調べてみるとアフリカは近代のイギリス、フランス、ドイツ、スペインなどの帝国主義同士が協議、調停をして領土をわけあった結果、均等に配分されるように直線的で砂漠の真ん中に国境があったりするようだ。


同じように北アメリカ大陸のカナダ、アメリカの国境がまっすぐなのもあめりか独立当時の13州が直線なのも同様の理由であり、それぞれ近代に帝国同士が分断統治した名残りらしい。


一方アジアではそれぞれ国でそれぞれの民族が根付いた生活をしており、川の流れや山など境界線としてそのまま国境線として使っている。


中東の国でも前回、イラク、クウェートに国境はなかったと書いたが、もともと国境はなかった。というか砂漠は牧場ができるわけでもないし、農作物もとれない、人も住めないということで砂漠に国境を引くという発送がなかった。


ところが石油が出る、莫大な富を得ることが出来るとわかるとクウェート、オマーン、イエメン、アラブ首長国連邦など、次々と部族国家が国境をもった近代国家へと転身していった。そして中東戦争やイランイラク戦争、などで代表されるように相次ぎ戦争が起きた。


さらに最近ではアメリカがイラク民主化の名の下にイラク戦争を起こし、大混乱に陥れた。


話は飛ぶが、湾岸戦争の際、多国籍軍に包囲されたイラクはスカッドミサイルをイスラエルに向けて発射し、米軍は迎撃ミサイル「パトリオットミサイル」で次々ミサイルを撃ち落とした。


このパトリオットと言う言葉は日本語では「愛国者」と訳される。つまり愛国の、祖国を守るためのミサイルという意味になる。アメリカがクウェートを守るために発射したミサイルが愛国のためのミサイルとは皮肉だ。


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GULF WAR

湾岸戦争は1990年8月2日にイラク軍のクウェート侵攻により勃発した。イラクがクウェートに軍隊を派遣した背景には20世紀以降の中東情勢に新たに加わったオイルマネーの問題が大きく関与している。元来イラク南部に位置しペルシャ湾に面するクウェートとイラクは領土問題を抱えていた。イラン・イラク戦争においてクウェートはペルシャ人の中東支配を懸念しイラクを支持したが、戦傷終了後に国家的経済危機を迎え貧困状態になったイラクは少数国家であり潤沢な油田を持つクウェートに白羽の矢を立てる事になる。1990年7月、イラク大統領サダムフセインは中東諸国で定めた原油割り当てを無視してイラクに損害を与えたとアラブ首長国連邦及びクウェートを非難、さらにクエートの油田はイラク領内の地底油田にパイプラインが到達しておりそれによって不法採掘が行われている事を主張した。イラクのアジズ副首相はクウェートに対して24億ドルの損害賠償をクウェートに請求、エジプトのムバラク大統領が仲介に立つが間もなく交渉は決裂した。

以上が湾岸戦争勃発の理由だが、本来クウェートとイラクには国境線がなかった。

クウェートという国家が独立したのは1961年、ここを保護領にしていたイギリスが石油が出ることが判明するとイギリスがその利益を独占したいと考え、ここに住む部族をクウェートという王国として独立させイラクとの間に国境線を引いた。


湾岸戦争が勃発したさい、フセイン大統領は「クウェートという国家の国境線は歴史的、文化的にも存在しない。この土地は本来我々のものだ。」と主張した。

このフセイン大統領の発言はあながちうそではない。

イラクは16世紀に最盛期を迎えたオスマン・トルコ帝国の後継者であるという自負があり、「イギリスによってかってに国境線を引かれた。」と主張するのも間違った発言ではないし、湾岸戦争勃発から約30年前にはそんな国境線、クウェートと言う国すらなかった。


そこで石油の利権のためにアメリカと組み、イラクと湾岸戦争という戦争をはじめた。アメリカも世界の覇権を握る国として国境線が勝手に侵されることをおそれた。


つまり湾岸戦争とはアメリカが世界覇権を、イギリスがみずからの実益を守るための戦争であり、国際秩序を支配している二つの国利権によりはじめられた戦争だった。


前置きはながくなったがここで本題、世界地図を見てみると、中東、アジア、ヨーロッパ、アフリカと国境線に違いがあることがわかる。


それはなにか?実は国境線は作られた時代により、場所により線が違うことがわかる。

世界地図を良く見てみよう。


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著者: 正井 泰夫, 成美堂出版編集部
タイトル: 今がわかる時代がわかる世界地図 (2005年版)


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