テーマ:世界状況
2005年05月31日(火) 20時08分44秒

GULF WAR

湾岸戦争は1990年8月2日にイラク軍のクウェート侵攻により勃発した。イラクがクウェートに軍隊を派遣した背景には20世紀以降の中東情勢に新たに加わったオイルマネーの問題が大きく関与している。元来イラク南部に位置しペルシャ湾に面するクウェートとイラクは領土問題を抱えていた。イラン・イラク戦争においてクウェートはペルシャ人の中東支配を懸念しイラクを支持したが、戦傷終了後に国家的経済危機を迎え貧困状態になったイラクは少数国家であり潤沢な油田を持つクウェートに白羽の矢を立てる事になる。1990年7月、イラク大統領サダムフセインは中東諸国で定めた原油割り当てを無視してイラクに損害を与えたとアラブ首長国連邦及びクウェートを非難、さらにクエートの油田はイラク領内の地底油田にパイプラインが到達しておりそれによって不法採掘が行われている事を主張した。イラクのアジズ副首相はクウェートに対して24億ドルの損害賠償をクウェートに請求、エジプトのムバラク大統領が仲介に立つが間もなく交渉は決裂した。

以上が湾岸戦争勃発の理由だが、本来クウェートとイラクには国境線がなかった。

クウェートという国家が独立したのは1961年、ここを保護領にしていたイギリスが石油が出ることが判明するとイギリスがその利益を独占したいと考え、ここに住む部族をクウェートという王国として独立させイラクとの間に国境線を引いた。


湾岸戦争が勃発したさい、フセイン大統領は「クウェートという国家の国境線は歴史的、文化的にも存在しない。この土地は本来我々のものだ。」と主張した。

このフセイン大統領の発言はあながちうそではない。

イラクは16世紀に最盛期を迎えたオスマン・トルコ帝国の後継者であるという自負があり、「イギリスによってかってに国境線を引かれた。」と主張するのも間違った発言ではないし、湾岸戦争勃発から約30年前にはそんな国境線、クウェートと言う国すらなかった。


そこで石油の利権のためにアメリカと組み、イラクと湾岸戦争という戦争をはじめた。アメリカも世界の覇権を握る国として国境線が勝手に侵されることをおそれた。


つまり湾岸戦争とはアメリカが世界覇権を、イギリスがみずからの実益を守るための戦争であり、国際秩序を支配している二つの国利権によりはじめられた戦争だった。


前置きはながくなったがここで本題、世界地図を見てみると、中東、アジア、ヨーロッパ、アフリカと国境線に違いがあることがわかる。


それはなにか?実は国境線は作られた時代により、場所により線が違うことがわかる。

世界地図を良く見てみよう。


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著者: 正井 泰夫, 成美堂出版編集部
タイトル: 今がわかる時代がわかる世界地図 (2005年版)


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