日本国建国と聖徳太子 ちょっと番外編。
最近更新さぼっていました。それなのにこのブログを見てくれている方々、読者登録しているかた、ほんとうにありがとうございます。最近ちょっとネタ尽きぎみなんで勉強して面白い記事かけるようにがんばりますね。
さてこの聖徳太子シリーズも3回目、ちょっと番外編。なぜ経済ニュースを発進しているのに聖徳太子がテーマなのかというと、日本人について考えた場合、自分がなにものなのか分からない人が世の中にはおおいとおもったからです。
たぶんほとんどの人ははある程度くずれてきているとはいえ、いい会社に入り、会社のしいたレールにのって、バブルがはじけた今、転職もするだろうと思うけれど、あまり楽しくない仕事をこなして60歳くらいまで働いてあとは年金もらうなり、もっと働いてお金もらうなりという人生すごろくの上にいると思う。
たとえば今仕事をやめたとして、選択肢は「ハローワークにいってまた仕事さがさなきゃ。」という選択肢が大多数だと思う。いまの日本の悪いところとして、会社員が安定しているという幻想を抱かせているところだと思う。派遣会社に勤めている人は正社員になるのを目標に頑張っており、では正社員の人はなにを目標にがんばっているのだろう?そして自分がいま生活している中で仕事をやめたときにのこっているものはいったいなんなんだろうか?
僕が思うに会社で働くことは社会に貢献すると同時に自分の体なり頭なりを提供し、それと同時に少ない賃金をもらう。たぶん人間がいきていくうえでなにかを社会に提供しなければ生きていけないのだと思う。
自分の体や頭を提供できない人は血や皮膚、そして売春などで体を提供し生きていく。
勉強をすれば頭を使った仕事に就ける。ただ、なにについて勉強するかが大事なのだが。
話はそれているがなにがいいたいのかというといまの日本人は何をしていいのかわからずただ、ショッピングセンターがオープンしただの、携帯の新機種がでたから変えなきゃとか、目先のことしか考えて折らず、5年後、10年後の未来のことを考えている人はあまりいない。それは政府自身が5年後、10年後のことをかんがえていないからで、国のマネージャーがなにをしていいのかわからないので国民もどのよいな思想をもって日本国に貢献していいのかわからないのだと思う。
高度経済成長時代はただ、ヨーロッパ、アメリカに追いつけ、追い越せをスローガンに一心不乱に働いた。目標にむかって一直線だった。のだろう。しかし日本の経済力が西側諸国と同等になり、目標が消えうせるとなにをしていいのかわからない。1970年代に経済力が落ち着いたら目標をもって、たとえばもう日本は自分たちの防衛力でやってけるのでアメリカ軍がでていってくださいとか、官僚主体の経済発展はおわりにして、本来の資本主義をとりいれたり、なんていうかもっと世界中の経済学だの情報力だの、日本にないそして日本を発展させるすばらしいものをどんどんとりいれるべきだったのだと思う。
フリーターやニートが多いのは今の暮らしに満足している証拠だと思うし、それで生活できているからそれでいいという、いまがよければいいや、という考え方の典型だ。と思う。
いまがよければいい、という考え方では経済発展はしない。いろいろ考えて挑戦する気持ちみたいなものが大切なのではないだろうか?マスコミの仕事として、ニュースがアナウンサーと飲んでいたとか報道することは視聴率が取れてよいことだと思うが、別枠を設けてもっと真剣にこれからの日本について真実を国民につたえるべきだ。
こういう時代だからこそ日本人は原点にかえり、なぜ聖徳太子が倭国改め、日本にしたのかを考えるべきだ。
電子辞書、電子書籍が誕生する世の中。問題集も携帯電話で代用。
新しい学習の形=モバイルラーニング。
いつでもどこでも気軽に楽習。






