わたしものがたり序章 

わたしものがたり1 将来の夢はお嫁さんだった
わたしものがたり2 大恐慌時代
わたしものがたり3 じぶん探しの長い旅 前編
わたしものがたり4 じぶん探しの長い旅 後編
わたしものがたり5 ブレイクスルー 前編


の続きです。



 

 

【ブレイクスルー 後編】



棚がからっぽのスーパー、テレビに映し出される津波。
たくさんの人の思い。呆然。


生きることと死ぬこと。
生き抜くことと、死んだように生きること。



人の中に眠る暖かさ、繋がり、冷たさ、分断。

「時間がないよ」と誰かがささやくようでした。

死んだようには生きない、わたしのままで、いけるところまで生きる。



 

 




また、当時勤めていた会社では、震災後に売上に影響しない部署の人間は自宅での仕事が言い渡されます。


 

それは、わたしのいた部署と製品を発送する部署は出勤する、ということ。

そのときはまだ、状況も不安定で、福島の原発の状態もわからないとき。


 

「危険かもしれないから、基本的には自宅待機にするけど、でも売上のほうが大事だから君たちは出社してね」


 

という風に言ってるんだな、と受けとってしまったわたしは、悲しくなりました



東北にいる方は、もっと過酷な状況でした。
それでも東京に住むわたしも、怖かったのです。

 

会社に所属するってことはこういうことなのか。

会社や仕事仲間への責任感から、動けない自分もイヤでした。

もっと自由に動けるようになりたい!と強く思いました。

 


 

 

 

 

 

 

申し込んだのは震災前だったけど、2011年3月後半から”シンボリックリーディング”を、4月からマルセイユタロットを習い始めます。

 

 

内容に関して、具体的にはよくわかっていませんでした。
そして当時のわたしにとっては、習い事としては高価なもの。


ただ、自分の過去を洗い出して自己分析する方法では、わたしが求めているものは得られそうもない、と考えていたので、今の自分が何を望んでいるのか、これまでとは違う視点で、もっと本質的なモノの見方を教えてくれそうなところを選択しました。


 

その他にも、物語を書いたり、音読をするワークショップ、ローフードなど、自分を知ること・表現をすることに関して、その頃一気に外に出始めます。


 

お金とか時間とか、理由をつけて諦めていたことを、ほんのちょっとでも好奇心が湧いたら行動へ移すようになっていったのです。

 

 

「シノゴノ言ってる時間はない」とはっきり感じたから。




つづく…