MARYSOL のキューバ映画修行

【キューバ映画】というジグソーパズルを完成させるための1ピースになれれば…そんな思いで綴ります。
★「アキラの恋人」上映希望の方、メッセージください。

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前にお伝えした通り、長崎にある〈かくれ切支丹とキリスト教ゆかりの地〉をレンタカーで巡ってきました。報告を兼ねメモをアップしておきます。 

 ※ 参考にしたサイトhttp://www.nagasaki-tabinet.com/course/60242/

 

2月17日(金) 羽田発 08:15 → 長崎着 10:20  

 

★二十六聖人殉教地(西坂公園)・記念館

  • 記念聖堂(ガウディ風の聖堂は今井蒹次氏の設計)

  •  

  • ★中町教会:長崎十六聖人殉教の碑

  •  

  •  

    ★歴史文化博物館

     

  •  

    18日(土)旧外海町(トモギ村モデル)…長崎から車で1時間くらい

     

    ★枯松神社 下で紹介したビデオにも出てきます。

     

  •  

    ★黒崎教会

     

  •  

    ★遠藤周作文学館

  •  

  •  

    ★出津(しつ)教会

  • ド・ロ神父記念館

  • ド・ロ神父の人生も神を語っています。

  • 旧出津(しつ)救助院 http://shitsu-kyujoin.com/

  •  

    ★外海歴史民俗資料館  http://www.at-nagasaki.jp/spot/61040/

  •   

    ★沈黙の碑

     

  • *佐世保へ(泊)

     

    19日(日)佐世保から生月(かくれ切支丹の島)へ 

  • ※生月のかくれ切支丹:

  • http://tabinaga.jp/column/view.php?category=1&hid=20140226193945&offset=3

  •  2010年に平戸に行ったとき生月までドライブし、初めて〈かくれ切支丹の信仰〉に

  •  触れ,衝撃を受けました。

  •   本来のキリスト教(カトリック)とはあまりにも違っていたからです。

  •  以来、ずっと気になっていたのですが、遠藤周作氏の考察や、資料館で得た知識

  • (儀式は日本流翻案もしくはカムフラージュ)、信仰を支えたのは《殉教の事実と鎮魂への思い》と知り、だいぶ納得できました。

  •  

    ★生月町博物館 http://www.nagasaki-tabinet.com/guide/590/

     かくれ切支丹の信仰がよくわかりました。

     

    ★クルスの丘公園・ガスパル様 http://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/1050/

  •     

  •  

    ★だんじく様 ttp://www.yado.co.jp/kankou/nagasaki/ikitukis/danjikusama/index.htm

      

  • 通り道を塞ぐ大きな落石を超えて祠まで行きお参りしました。

  •  

    ★平戸市切支丹資料館(根獅子ヶ浜)http://www.hira-shin.jp/christian-sl/

     

    *長崎に戻り19:15発の飛行機で東京へ

  •  

  •  今回の旅の収穫は、遠藤周作に出会えたこと(文学館・日本人の宗教観)。

  • 抱えていた〈キリスト教に対するわだかまり〉が〈日本的な心性〉であることに気づくことができました。 

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週末にかけ、こちらの本をガイドに「沈黙」ゆかりの場所を巡ってきます。

もちろん、美味しいものも食べてきま~す。 では、行ってきます!

 

 

 

 

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『太陽の下で ―真実の北朝鮮―』2015年 

 

あらすじ 公式サイトより  

8才のジンミは模範労働者の両親とともに平壌で暮らしている。ジンミは金日成の生誕記念「太陽節」で披露する舞踊の練習に余念がない。エリートの娘を持った両親は仕事仲間から祝福を浴び、まさに理想の家族の姿がそこにあった。

 

ところがドキュメンタリーの撮影とは名ばかりで、北朝鮮側の監督のOKが出るまで一家は繰り返し演技させられ、高級な住まいも、親の職業も、クラスメイトとの会話も、すべて北朝鮮が理想の家族のイメージを作り上げるために仕組んだシナリオだった。

 

疑問を感じたスタッフは、撮影の目的を真実を映すことに切りかえその日から、録画スイッチを入れたままの撮影カメラを放置し、隠し撮りを敢行するが…。

 

 

Marysolより

この映画を見ようと思ったきっかけは、監督の名前に見覚えがあったから。

調べてみたら、2013年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で見た『祖国か死か』(2011年頃キューバで撮影)の監督、ヴィタリー・マンスキーでした。

そういえば山形で「次は北朝鮮で撮りたい」と言ってたかも。

 

 

果たして「北朝鮮で自由な取材はできたのか?」

その疑問に対する驚くべき回答がこの映画です。

 

ちなみにキューバでの取材については「ジャーナリストの資格で撮影したが、監視されたし、危うく資格をはく奪されそうにもなった」と山形で語っていました。

が、北朝鮮に比べたら、ずっと“自由に”撮れたこと、人々も良い意味で体制に組み込まれていないことが、本作を通して分かりました。

やはり“セルヒオ”(『低開発の記憶』の主人公)が言うように、キューバの環境はユルいのかな。

 

ただ、北朝鮮の方が障壁(抑圧)が大きかったからこそ、監督の機知と矜持は刺激されたようで、結果的に緊張感の漂う、稀有なドキュメンタリー映画が生まれました。

これぞ、嘘(フィクション)から出た実(ドキュメンタリー)!

 

ロシア出身の監督が〈国家・社会・人の自由〉にこだわるのは〈自由がいかに脆(もろ)く、だからこそ意識して守らねばならないか〉を身をもって知っているから。

ジンミちゃんの涙と、それからキューバの映画と共に、私も監督の思いを胸に刻みます。

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先ごろドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴで開催された「第10回グローバル・シネフェスティバル」で、ミゲル・コユーラ監督の『ノーバディ(原題:NADIE)』が審査員全員一致で最優秀賞に選ばれました!

 

評価のポイントは〈僅かの資金と資材で撮った完全な自主製作映画でありながら、映画として極めて高い水準にある(話法、コラージュを含むモンタージュ、サウンドデザインなど)。詩的かつ人間的な気力に溢れている〉ところ。

 

この作品の断片的情報と映像は、前に拙ブログでも紹介したのでぜひご覧ください。

ただし『ノーバディ』として完成する前の情報と映像です。

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12168992858.html

 

下は、映画祭で作品について語るコユーラ監督(左)とラファエル・アルシデス(右)。

 

発言の要旨(聞き間違えてたらゴメンナサイ)

 

コユーラ:この映画は昨年12月にハバナで内輪の上映会をしたとき60人くらいの来場者があったが、それでも孤立感を味わった。批評家やジャーナリストに声をかけても、テーマのせいで関わり合いになるのを怖れる人がいたからだ。

 内容は(アルシデスの)個人史である以上に革命の歴史、それを彼がすごく正直に語っているするとどうなるか。キューバではある特定の人物名を挙げたり問題に触れるとブラックリストに載り“ノーバディ”と化すんだ。タイトルはそこから来ている。  

 このドキュメンタリーはまるで愛の物語みたいに構築されている。主人公は一人の女と二人の男。女はキューバ革命で、二人の男は始めは近い立場にいたが、やがて別々の道をたどる。そこからドラマが生まれるんだ。ドキュメンタリーだがアニメなどフィクションも取り入れ、ハイブリッドな構成だ。

 

アルシデス:これは伝記的作品ではない。キューバ革命に対する私の意見が綴られた映画だ。当初は皆が熱烈に革命を愛したが、次第に失望していった。革命をひたすら行い、革命を生き、革命を愛し、革命を信じた。神を信じるように。だが少しずつ分かった。この電車はどこにも着かない。我々は間違えた電車に乗ってしまったと。

 最初の失望は1968年。ソ連の戦車がプラハに入ったときだ。フィデルはそれを正当化した。それまで米国の侵攻を非難してきたのに。私も非難し憎んできたから、同意できなかった。何かがおかしいと感じた。

 次の失望は89年。デラグアルディア兄弟やオチョアが逮捕され、銃殺されたときだ。これで完全に幻滅した。私はオチョアの友人ではないが、近くに住んでいたから見かけてはいた。デラグアルディア兄弟とは長年の友人だった。彼らは大金持ちだったが、革命に資金援助し、財産を国有化されても留まった。それが後に麻薬密売人呼ばわりされたのだ。金に全く興味のない人間がいったいどうして麻薬取引に手を染めるだろうか。しかも金の行方については裁判でもその後も決して問われなかった。きっとソマトマックスや先端医療に使われたのだろう。(このあたりよく聞き取れず…)なぜ銃殺したのか?私には銃殺にする理由が見つからない。この時点で私は完全に革命から離れた。

            オチョア事件:http://www.mariategui94.com/tosyo/2005-8.pdf

 その前にも距離を置いていたときはあった。69年から87年の間はキューバの文学や文化から全く離れ、ペレストロイカの風が吹いたころ一度戻ったが、あの事件の後また90年に離れた。もう20年以上キューバでは本を出していない。

 

インタビュァー:貴方は国内追放者(エクスィシリアード)ですか?

 

アルシデス:というより“インシリアード”だ。非常に残念だが言っておく。夢は葬られた。

 芸術作品が政府を変えることはないし、一冊の本が政府を倒すことはない。だから政府が特定の本を禁止するのは間違いだ。ちなみに、この映画祭では3本のポスト・コミュニズムと私が呼ぶ映画が出品されている。ミゲルのドキュメンタリー、レチューガの映画、そしてダルトンの(ドキュメンタリー)の作品だ。3本ともキューバ革命の(不幸な)エピソードについて語っている。芸術作品は変えはしないが影響する。

 

コユーラ:自主映画のメリットは誰にも妥協しなくてよい点なのだから、それを最大限に生かすべきだ。最も大事なのは、自分に疚(やま)しさがないこと。誰にも妥協しないことだと思う。この2年ほどキューバでは検閲がまた厳しくなり文化的に暗くなっている。でも技術の進歩のおかげで独立して映画が撮れるようになった。20年前は組織的にしか撮れなかったし、もっとコントロールされていた。だからこそマーケットにも妥協せずに作ることが大事だと思う。キューバ映画は批判はしても責任者の名前を出さない。例えばフィデルの名前を出すのは避ける。でも政治家を脱神話化することが大事だ。アルシデスも映画で言っているように、神聖な存在ではないのだから、誰にでも批判する権利がある。ドキュメンタリーは一市民の声なのだからその権利があるのに、長い間キューバにはなかった。

 

補足

アルシデスの発言にあったダルトンとは、エル・サルバドール出身のホルヘ・ダルトン監督のこと。(父はキューバ革命を支持した有名な詩人、ロケ・ダルトン)

彼のドキュメンタリー『En un rincón del alma(仮:魂の片隅で)』は「メンション賞」を受賞しました。

 

ダルトン監督:この映画の主人公はキューバと、キューバの詩人で小説家・シナリオライター兼ジャーナリストの“リチ”ことエリセオ・アルベルト・ディエゴ・ガルシア=マルス。両者に捧げたこの映画が、ぜひともハバナ映画祭で上映されることを願っている。キューバとキューバの人々のために作ったからだ。

 

しかしながら昨年のハバナ映画祭で上映されることはありませんでした。理由は不明。

 

En un rincón del alma(仮:魂の片隅で)』トレーラー

 

参照記事:http://www.elcineescortar.com/

 

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今月初め五島列島を旅行中に遠藤周作の「沈黙」を読み返しました。

そして〈自分が守り通してきた信仰を踏みにじっても目の前で苦しむ信者の命を救うロドリゴ神父の苦渋の決断〉と〈それを許す神の声〉を再確認して、もしかしたら『沈黙』を通してキューバ映画『低開発の記憶』の主人公セルヒオ(=彼に共感する私)を理解してもらえるのでは?という期待を抱きました。

それから数週間後、映画『沈黙』を見、プログラムでスコセッシ監督の考えに触れ、さらにこのサイトを読んで、両作品に共鳴する「声」を書き出してみました。


     /  

 

① 信仰と懐疑(および、その逆説的関係)
ひたすら《教え》/《フィデル・カストロ》に忠実であることが《真の信徒》/《真の革命家》だろうか?

両主人公とも疑問を抱くことで、《神》/《革命》の本質・真理を根源的に問い、一対一で対話する。それこそが《真の出会い》《関係性構築の基盤》ではないか?

 

ロドリゴ神父の場合:人々の〈魂の救済〉を使命と確信しているが、そのために信者が苦しむ姿を目の当たりにし(殉教の栄誉もしくはエゴを捨て)棄教する(他者を生かす)。
 

セルヒオの場合:より良い生き方ができると期待して革命キューバに留まったが、ミサイル危機下で〈革命のための死(殉教)〉を迫られ、狼狽する。より良く生きるとはより良く死ぬことなのか? 

 

ロドリゴにとっての《神》とは? セルヒオにとっての《革命》とは?
 

② 他者の植民地化:宗教とイデオロギー
「日本の役人が行った拷問は紛れもない暴力でしたが、《これが普遍的な事実だ》としてキリスト教を持ち込んだ宣教師もまた、日本に暴力を持ち込んだといえるのではないでしょうか」(スコセッシ監督)

 

「説得は相手に対する敬意の欠如だ。それは、他者を植民地化しようとすることである」 (ジョゼ・サラマーゴ)

 

〈新植民地状態からの解放〉を掲げたキューバ革命。だが、革命は国民の思考や選択の自由を支配しようとしなかっただろうか?(革命のパラドックス)
その結果、《進歩・発展》へと前進すべき革命は、精神面において逆行したのではないか?

 

『低開発の記憶』は《革命=フィデル・カストロであってはならない》と巧妙に指摘している。
そして、多くのキューバ映画は今も「違う考え方も認めてほしい」と訴えている。
 

③ 弱さと強さ、その逆説的真理
『沈黙-サイレンス-』は、弱さや懐疑心を常に抱えながら生きている人に響く映画であってほしい。(スコセッシ監督)
 
「西欧文明において疑問こそが進歩・発展をもたらしてきた」
「我々キューバ人は『ドン・キホーテ』よりも『ハムレット』の懐疑に学ぶべきである」
                 (『低開発の記憶』原作者にして脚本家、エドムンド・デスノエス)

 

Marysolの個人的体験

 宗教にしろイデオロギーにしろ、長いあいだ私は《信仰》をもっている人の強さに憧れると同時に、自分の《弱さ》を後ろめたく感じていました。そして、いつか自分も《絶対的真実》を手に入れ、固い信念をもつ“強い”人になりたい、そう思っていました。
 でも映画を通して出会ったキューバの人々は、そんなふうに恥じ入る私を温かく受け入れ、しかも真摯に向き合ってくれました。
そしてあるとき「あの人たちはひょっとして私の“弱さ”を愛してくれているのではないか?」という気がしてきました。〈強い私〉より〈弱い私〉だから受け入れてもらえたのではないか?と…。
 彼らに支えられ、私には《信じる強さ》の代わりに《迷い戸惑う精神的不安》に耐える力が養われました。

 だから、いま拙文を読んで下さっている“弱い”方々に伝えたい。
《弱さが育てる強さもあること》。

《懐疑が(回り道の末に)信じる気持ちを補強したり、進歩を促す可能性》を。

 

④ 基本は〈個〉

先のサイトでスコセッシ監督は「個人と個人の関係からすべてが始まる」と言っていますが、デスノエスも「個が原点」と言っており、「セルヒオには(最後の?)個が見られる」と指摘しています。
それはエゴイズムを肯定しているのとは違います。
人は《個=弧独》を意識してこそ《連帯》の価値を深く認識するからです。

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12223982757.html

 

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FB経由で「米メディアはなぜヒトラーを止められなかったか」(ニューズウィーク)を読んで、まさに今この時代への警告と受けとめました。

ムッソリーニやヒトラーの台頭を「悪い冗談」のように傍観し「まさか」と楽観していた米メディアの態度。それは、昨年のイギリスのEU離脱や米国大統領選のトランプ勝利を「予想外」と驚きつつも、高をくくって傍観している自分と同じ!


ではどうすればいい? というと、やはり、ぜひともメディア関係者の、覚悟と使命感をもった報道を切望します。また、もし公の機関ができないなら、個人レベルでも発信すべきだと思います。


ちなみにオバマ大統領は、18日に行われた最後の記者会見で報道機関を前に「強大な権力を持つ者たちに懐疑的な姿勢で厳しい質問をぶつけ、お世辞を言うのではなく、批判的な目を向けるのがあなた方の役目だと言い、《メディア批判を繰り返すトランプ大統領に対し手を緩めないよう報道機関に注文をつけ、権力の監視役としてメディアが担う役割を強調≫したとのこと。 この言葉、メディア関係者だけでなく、誰もが心に留めおくべきですね。


ところで、冒頭の記事をFBでシェアした方のコメントの最後には、次のような言葉が書かれていました。
ヒットラーが何がすごかったかと言えば
ゲッベルスという映画界が抑えている宣伝大臣を味方につけたこと。

実は報道機関よりも
エンターテイメントメディアの方が影響力があることを
証明してしまったのかもしれない。

 

映画界と政権の結託。
この指摘に、思わずキューバ映画(ICAIC)は?と考えました。

が、キューバの場合は《映画が社会や体制を批判的に観る≫ジャーナリズムの役割を果たしてきました。 

その代表例がトマス・グティエレス・アレア監督
 

フィルモグラフィーをたどると、すでに1962年の『12の椅子』から批判精神は発揮され、66年の『ある官僚の死』は官僚批判そのものだし、68年の『低開発の記憶』の主人公セルヒオは、オバマ大統領が提唱する「懐疑的な姿勢」を体現しています。

70年代以降のアレア作品については、今後見ていきますが、遺作『グァンタナメラ』は、フィデル・カストロの怒りを買ったと聞きます。

 

もっとも《批判精神をもった映画作り》は、ICAIC創設メンバーが革命前から共有していた精神。その具体例が、革命前の社会の不平等を写し撮った『エル・メガノ』 (55年)。

より良い社会建設に必要不可欠な要素。それが「批判装置」で、「その役割を国内のメディアが果たさないから映画が担っている」とアレアは言ってました。

 

近年はキューバもネット社会になってきて、批判装置を映画に求めなくてもよくなりましたが、それでも受け継がれています。

その証拠に最近のキューバ映画の特徴として、公の歴史で隠蔽された出来事を掘り起こす傾向が挙げられており、例を挙げると、『セルヒオの手記~ユートピアからの亡命』 (PM事件等の検閲)、『Obra del Siglo(仮:世紀の事業)』 (ソ連崩壊で頓挫した原発建設)、『エル・アコンパニャンテ』 (エイズ感染とアンゴラ戦争の因果関係)、 『サンタとアンドレス』 (同性愛者迫害)など。

 

社会主義国の映画というと「プロパガンダ」をイメージするかもしれませんが、キューバ映画の場合は、批判精神が基本にあることを理解して鑑賞することが大事。

そして映画は何を問題視しているか探るうち、革命が抱えた様々な問題が見えてきます。

 

今アレア作品を見直す意義を感じているのは私だけでしょうか?

              
来月初めハバナのブックフェアでお披露目されるというアレア監督の伝記(第一部)。

ゲットしに行きたい!
 

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 あと1週間で退任というタイミングで、オバマ大統領が〈キューバの不法入国者のみに適用されている優遇措置を廃止する〉と発表しました。 

 件の優遇措置とは、キューバを船で脱出した住民が米国の陸地にたどり着けば入国を認められ、1年後には永住ビザを取得できるというもの。

 (俗にwet foot, dry foot“濡れた足、乾いた足”という)

 

 ちなみにキューバから海を渡ってくる場合だけでなく、メキシコ国境を越えて来た場合や米国領の空港(プエルトリコなど)に到着した場合も“乾いた足”と認定されていたが、ジョージ・ブッシュ大統領時代、キューバ人医療ミッションに対し設けられた優遇措置「キューバ医療専門家臨時入国プログラム」と併せ、廃止されることになった。 

記事と写真の出典:http://oncubamagazine.com/society/u-s-ends-wet-foot-dry-foot-policy-for-cuban-immigrants/

 

※ キューバ難民に対する「地位調整法」は1966年に制定されたが、「乾いた足政策」、すなわち、陸地に着けば入国が許され、海上で拿捕された場合は強制送還されることになったのは、1995年のクリントン大統領の時から。それ以前は、海上で発見されても(政治亡命として)アメリカへの入国が許されていた。

今回廃止されたのは、クリントン以降の措置。
 

Marysolより

 上の映像は、革命を敵視するマイアミの放送局が編集した「大量出国の歴史」。

アナウンサーの口調や効果音が押し付けがましいものの、紹介される事件(10分弱の映像)は参考になります。

 

 1958年大晦日のバティスタ大統領とその高官の脱出に始まり、60年の「ピーターパン作戦」(1万4千人の子供が出国)、61年のカトリック神父追放(131人)。  

 

 62年10月のミサイル危機後、米国がキューバ人の受け入れを中断。危険を冒して脱出する者が出たため、キューバ政府はマイアミから家族を迎えに来る船の受け入れにマタンサス州のカマリオカ港を提供65年までに30万人が出国し、米国は66年に「調整法」を制定する。

 

 80年、世界に衝撃を与えた事件が起きる。「ペルー大使館占拠事件」が引き金になった「マリエル港大量出国事件」だ。このとき12万5千人が船でマイアミに渡り、フィデル・カストロは「出ていきたい者は出ていけ。我々はお前たちなど愛していないし必要としていない」と言い放ったうえ、出国者に紛れて犯罪者や精神病者をマイアミに送り込んだ。(当事者には出国の意志を確認したのでしょうか?) 

 

次に大量の出国者が出たのは、ソ連崩壊による経済危機が深刻化した90年代前半。貧弱な筏(いかだ)による脱出は多くの海難事故を生み、それはつい最近まで続いていた。

 

今回の決定により、こうした悲劇にようやく終止符が打たれるわけですが、変化を外に求められなくなった国民の要求にキューバ政府はどう応えていくのか、今後の展開が気になります。特に最近は反体制派への圧力が強まっているようなので…。

 

最後に、Youtubeで「キューバ難民」を検索していたら、前に紹介した映画を発見しました。http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10102908142.html

Balseros-Documental sobre el éxodo de cubanos en 1994

『バルセーロス-1994年の大量出国』 

 タイトルの『バルセーロス』とは「筏(いかだ)難民」のこと。

1994年8月、ハバナで前代未聞の暴動“マレコナッソ”が起き、大量のバルセーロスを生みました。 

映画の冒頭、出国にあたり所持品を調べられた女性の「悲しみのほかに何も持っていないわ」という言葉が胸に突き刺さります。

一方、エンディングのルクレシア(キューバ出身)の歌声がパワフルで素晴らしい。

 

 

 

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明けましておめでとうございます。 

引き続きキューバの変化が気になる年ですが、拙ブログは相変わらず過去の文化関係の出来事を掘り起こすことで、革命の変容に目を凝らし、映画の理解に繋げたいと思っています。

未だに60年代前半をウロウロしていて一向に進みませんが、それだけ波乱万丈で複雑な時代だったということ。

希望と不安が入り混じった、映画よりドラマチックな時代でした。

 

前置きはこのくらいにして、今日は1月のイベントをいくつかお知らせするのみで失礼します。明日からしばらく旅行に行くので…。

 

★ アルゼンチン映画講座 @ Café y Libros(カフェ・イ・リブロス)

  日時: 第1回 1月15日(日)15:00~17:00 

      第2回  2月5日(日)15:00~17:00

       第3回  3月5日(日)15:00~17:00

 

講師:アンドレス・ドウアルテ・ロサ 

(2014年カフェイリブロスで文学・音楽・語学クラスなどで人気を集めたアンドレス先生の特別講座です!)

 

経歴:東京芸術大学音楽部芸術修士、ラ・プラタ国立大学作曲学部学士、現アルゼンチン・ラ・プラタ国立大学映画音楽兼オーデイオビジュアル映像教授・研究員

 

各回ともスペイン語-日本語の逐次通訳が付きます。スペイン語がわからない方もご心配なくご参加ください!

参加費にはコーヒー・菓子が含まれます。

詳細http://www.cafeylibros.com/cyl-news/ 

お申込みはCafé y Libros http://www.cafeylibros.com/ 

TEL: 03-6228-0234

 

寺尾隆吉×佐々木敦 「キューバナイト!~キューバ文学の魅力を語る熱い夜」

 アレッホ・カルペンティエル『方法異説』、レイナルド・アレナス『襲撃』(水声社)

 刊行記念

  1月26日(木) 20:00~22:00(開場 19:30)下北沢 B & B

 入場料: 1500円 + 1ドリンクorder

  詳細: http://bookandbeer.com/event/20170126_cuba_night/

                                                                                       

 

とことんキューバ音楽 vol.7  

  1月28日(土)17時スタート(予定)下北沢ボデギータ

  テーマは「トローバ」だったはずですが、詳細は後日改めてお知らせします。

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キューバ革命が生んだ文化の特徴は、国内だけでなくラテンアメリカ全体を視野に置いていたこと。映画において1985年~86年は〈新ラテンアメリカ映画〉運動の胎動期でした。

 

85年2月、ガブリエル・ガルシアマルケスコロンビア出身のノーベル賞作家)やフェルナンド・ビッリ(アルゼンチン出身の映画監督)らがハバナで話し合い、ラテンアメリカ映画の統合という夢が実現に向けて急速に進展する。

 

それから10か月後の12月、第7回新ラテンアメリカ映画祭の閉会式で、フィデル・カストロ国家評議会議長自らが映画祭の成功を祝うと共に、こうした文化的解放闘争の意義を強調。運動をさらに発展させるための基金創設や、映画テレビ界の人材養成のための学校設立の計画を発表した。というのも、映画テレビ学校設立の創案者はフィデルだったのだ。

 

フィデルの言葉:

「われわれはこの一年に起こったことによって勇気づけられております。それは、我々が何かやろうと決めても、それを達成することができると信じさせてくれるからであります。ここに集結した人々の知的、人間的価値に注目するとき、不可能なものは何もないことが明白なのであります」。 ※「シネ・フロント」1986年2月号、第7回新ラテンアメリカ映画祭閉会式におけるフィデル・カストロ国家評議会議長の演説より 訳:中嶋実

 

映画テレビ学校設立について発表するフィデル、学校建設の様子~開校式

 

5:10~ チェーザレ・ザバッティーニ(伊)と電話で話すビッリ。

隣の白いシャツの男はフリオ・ガルシア=エスピノサ監督

 

学校は1986年12月15日に開校した。

所在地は、ハバナから30キロほどのサン・アントニオ・デ・ロス・バニョス。

名称:ESCUELA INTERNACIONAL DE CINE Y TELEVISIÓN (略して EICTV)

HP: http://www.eictv.org/

 

履修年数は3年。最初の1年は総合課程、2年目から8つの選択肢(劇映画監督、ドキュメンタリー映画監督、プロデュース、脚本、撮影、録音、編集、テレビ&ニユーメディア)の中から専攻を選び、3年目は卒業制作に充てる。

学生たちは寮生活を送りながら、文字通り映画漬けの毎日を送る。

これまでの卒業生の数は883名(60か国)

 

また、正規のコースのほかに、単発的なワークショップ等も開催しており、トータルで見ると毎年の生徒数は400名に及ぶ。

これまでに、フラシス・フォード・コッポラ、ブライアン・デ・パルマ、ジョージ・ルーカス、コスガ・ガブラス、スパイク・リー、アッバス・キアロスタミなど世界の一流映画人が来校しワークショップ等を行っている。

 

ちなみに、日本からは黒澤明監督が開校を祝い、ガルシア・マルケス宛に直筆メッセージを送った。和紙の巻紙に書かれた祝辞は、新ラテンアメリカ映画財団の本部に飾られている。

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10007461376.html

さらに「七人の侍」を撮影したカメラも学校に寄贈された。(わが師マリオ先生の目撃証言)

 

日本の映像機器会社がカメラを寄贈したエピソードはこちら。

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10006359749.html

  

その他の関連記事

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-11094594455.html

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10030941697.html

  

Marysolより

ガルシア・マルケスはかつて「21世紀はラテンアメリカ映画の時代である」と豪語しましたが、まだその手前にいるにせよ、ラテンアメリカ映画は確実に存在感を増しており、米国に進出し活躍する人材も増えています。

その意味では「統合」を通り越して「拡散」の感さえありますが、いずれにせよ、ここに至る過程、20世紀の半頃から後半にかけて展開した上記のような連帯と運動は、実に稀有で誇るに値する、幸福な出来後だったと思いませんか?

 

今年は、この運動の強力な磁力だったフィデル・カストロや、校長を務めたフリオ・ガルシア=エスピノサが鬼籍に入り、ひとつの時代の終焉を感じさせられます。

けれども彼らが創設した学校がある限り、精神は受け継がれ、さらなる飛躍を遂げてくれることでしょう。

 

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