MARYSOL のキューバ映画修行

【キューバ映画】というジグソーパズルを完成させるための1ピースになれれば…そんな思いで綴ります。
★「アキラの恋人」上映希望の方、メッセージください。


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土曜の昼過ぎ、駅のホームでスマホを見ていたとき、目に飛び込んできたフィデルの訃報。以来、たくさんのコメントや記事(主にウェブ)に目を走らせてきましたが、その中に思わず目を止め、物思いにふけってしまった一文がありました。

キューバの女性作家ウェンディ・ゲーラ(1970年~)の投稿(一部)

 

「私たちはどうなる? たったひとりの男の事業に皆が総出で取り組み、私たちの人生はどうなった? 今日からもう彼はいない。遠くで電話が鳴っている。私たちなのだ。出て話すのは」

 

皆さんはこれを読んで何を思うでしょう?

 

私の脳裏を過ぎった思いは、

たったひとりの男が、ほぼ半世紀に渡って、国民の頭脳となり声であったこと

その陰で、国民が自由に考え、試行錯誤する機会が奪われてきたこと、その影響の深刻さ

 

それは、映画『低開発の記憶』でアレア監督が暗に警告していたこと、でした。

(どんな組織においても)たったひとりの人物がすべてを決定してはならない。

そのメンタリティこそが「低開発(後進性)」であると。

 

『低開発の記憶』のこのシーンに拍手が湧く場面に居合わせました。(シネ・チャプリンで)

 

フィデル・カストロの功績はもちろん評価します。

米国の影響力から自由になる可能性。それがラテンアメリカ諸国に与えた希望。

ラテンアメリカ発のニュース、表現に世界の目を向けさせたこと。

そしてもちろん、医療・教育の普及。

 

ですが、反面、果たされない約束も多く、国民は熱狂から次第に冷めていきました。

反革命と闘うために、そして武力闘争を掲げたために、国は軍国主義化しました。

団結が過度に求められ、個人の自由は著しく制限され、思想まで統制されました。

その結果、知識人や芸術家の亡命が生じました。その状況は今も続いています。

 

私ももしキューバ人だったら、国を出る選択をしたと思います(可能なら)。

自分を欺かないため、自分が自分でいられるため、自分の人生を生きるために。

ブログを書き始めたときは、まだフィデルの側にいるべきだと思っていたけれど、キューバ映画人の発言を通し、また『低開発の記憶』が縁で知り合ったキューバ出身者と意見を交わすうち、当初の予想に反し〈セルヒオ=自分〉を積極的に肯定できるようになりました。

 

もちろん自分が正しいなどとは思っていません。

が、少なくともセルヒオの苦悩は誠実かつ切実なもので、1961年を境に変容していく革命とそれに伴う社会の同調圧力への違和感を表明している、と私は理解しています。

 

果たしてこの革命は自分が期待していた革命だろうか?

「変容そのもの」ではないか?と。(「変容そのもの」はセルヒオのセリフ)

 

セルヒオはフィデルの言うことを鵜呑みにせず、自分の頭で考えるからこそ疑問を抱きます。

そして「自分の頭で考えず、誰かにそれを委ねてしまう。それこそが(意識の)後進性だ」と指摘します。

 

ちなみに、セルヒオの自己崩壊。それは個人が消滅する社会の暗示でもあります。

 

セルヒオの立場で、キューバ映画を通して様々な疑問をぶつけ、対話してきた拙ブログ。

それは、思いがけず、監督の意図の成功例もしくは罠にはまった例となりました。

なぜならアレア監督の意図する「革命的映画」とは《映画を観客として受容・消費するのではなく、自分の問題として受けとめ、行動を起こすきっかけとなる》ことだったからです。

 

私が伝えたい「キューバ革命の精神」。

それは、フィデルやチェの武装闘争(暴力革命)ではなく、キューバ映画やICAICのなかにありました。

 

フィデルはどう思うか知りませんが…。

 

ご冥福をお祈りします。安らかにお眠りください。

 

他者の植民地化:ジョゼ・サラマーゴ

私が学んだのは、誰かを説き伏せようなどとしないこと。

説得は相手に対する敬意の欠如だ。

それは、他者を植民地化しようとすることである。

 

エドムンド・デスノエス(『低開発の記憶』原作者にして脚本もアレアと共同執筆)

「革命の失敗は、若者に未来を提供しておいて、後にそれを否定したことにある。

我々は革命を享受した。しかし現代の若者たちは革命の害を被っている」

これもお薦め:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10774170810.html

 

参考:『低開発の記憶』について行ったトークのまとめ

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12200560372.html

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/archive1-201609.html

私のセルヒオ像:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-11910290546.html

 

 

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来月8日から第38回国際新ラテンアメリカ映画祭が始まります。

キューバ映画の新作はもちろん、旧作の上映もあります。

http://habanafilmfestival.com/archivos/filmes/?categoria_film=ficcion&pais=cuba

 

が、カルロス・レチューガ監督の『サンタとアンドレス』(2016年)は(他国の映画祭では上映されたにも関わらず)プログラミングされませんでした。

http://www.elnuevoherald.com/opinion-es/article116478103.html

 

『サンタとアンドレス』については、拙ブログでは未紹介ですが、幸いアリババ女史のブログで紹介されているので、ぜひお読みください。

作品のみならず、モデルになったキューバの作家たち、彼らの受難についても書かれており、とても参考になります。

 

アリ・ババ39 ブログ 「サンタとアンドレス」http://aribaba39.asablo.jp/blog/2016/08/27/

 

このニュースに接し思い出したのが、2014年のローラン・カンテ監督(仏)の『イタカへの帰還』の件:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12038725375.html

 

また、友人のミゲル・コユーラ監督の『セルヒオの手記』の場合(2010年)は、思いがけずプログラミングされたもののキューバ映画とは認められず、ラテンアメリカ部門での上映でした。

 

革命政権下でのホモセクシュアルの迫害については、拙ブログテーマ「革命と文化」でも書く予定ですが、その前にまだ書きたいことがあり、なかなか到達できずスミマセン。

 

『サンタとアンドレス』オフィシャル・トレーラー

 

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『空っぽの家(仮題)』 原題:LA CASA VACÍA    言語:スペイン語(英語字幕付き)
 

 

米国=キューバ/2015年/34分/フィクション/ 撮影地:マイアミ

監督:リロ・ビラプラナ
脚本:リロ・ビロプラナ、アンヘル・サンティエステバン、アルベルト・プジョル
撮影:カルロス・アンドレス・エルナンデス
音楽:ホセA.キンターナ、ジョルダンカ・アコスタ
録音:マヌエル・エルナンデス
編集:カリル・デイン

出演:
ロベルト・サンマルティン(レミス)、ダニエラ・マシアス(ジョルダンカ)、ヒルベルト・レジェス(セサル)、レイナルド・ミラバジェス(祖父)、スサーナ・ペレス(祖母)、アリエル・テクシド(ラサロ)

 

ストーリー
現代のハバナ。レミスとジョルダンカは恋人同士。レミスは革命第一世代の祖父母と暮らしている。祖父はボケていて、野球のことしか頭にないが、元バレリーナの祖母は今も指導者として働いており、目標もなく生きている孫が心配でならない。

だがレミスにしてみれば、キューバでは目標の持ちようがないのだ。 ある日公園を通ると、ダマス・デ・ブランコ(白衣の婦人たち)が政治犯の釈放を求めていた。そこへレミスを尾行する公安警察のセサルが来て、レミスに恋人とその兄の情報提供を求める。というのも、兄妹は反体制的人物として目を付けられているからだ。
セサルはレミスに「言う通りにしないと、祖母は仕事を取り上げられ、祖父も名誉を失い、一家は破滅する」と脅す。
一方、ジョルダンカは何としてもキューバを出たいと思い詰めていた。そして、レミスに一緒に国を出ようと誘う。

恋人と祖父母の間でどうすべきか迷うレミス。結局、彼は寝過ごしてしまい、ジョルダンカたちと行動を共にできなかった。海に駆け付けると、筏の残骸が浮いていた。

祖国に対する裏切り者の行動に加担したとして、レミスは逮捕される。

何も知らない祖父は孫を探して歩き回るのだった。

 

監督の言葉:
この映画はキューバの女性とその勇気に対するオマージュである。

 

リロ・ビロプラナ監督について
1965年10月29日、キューバのカマグェイで生まれる。子供向けテレビ番組のディレクターとして活躍した後、1997年に旅行先のコロンビアに留まり、ディレクターとしてテレビ界で活躍している。

 

Marysolより
率直に言って映像もセリフも解説的で深みに欠けますが、キューバ社会の様々な問題 《革命体制の受容をめぐる世代間のギャップ、国民の閉塞感とアルコール依存、スパイ行為、抗議デモと当局の弾圧、物不足、筏による危険な脱出》 が非常に分かりやすく、コンパクトにまとまっています。

 

しかも、出演者の顔ぶれが、まるでキューバ映画がマイアミに引っ越してきたみたい!
『ハバナ・ブルース』のロベルト・サンマルティン(レミス)、彼の実母でかつてキューバ映画のアイドルだったスサーナ・ペレス(祖母)、そしてキューバ映画を代表する名優、レイナルド・ミラバジェス

セサル(公安警察)を演じたヒルベルト・レジェスもキューバで有名だったとか。
ちなみにジョルダンカ役のダニエラ・マシアスは、5才のころ両親とキューバからペルーに移り、その後マイアミに移住したとのこと。
 

つい先日も、J.C.クレマタ監督のマイアミ残留の報告をしたばかりだし、このままではキューバの映画界が「空っぽの家」と化してしまうのでは?と心配になります。

 

一方マイアミでは、最近とみにキューバ人移住者による文化活動が活発化している模様。
もっと思想的にもシステム的にも規制やタブーを取り払わないと、本国の文化は先細る一方です。人材の流出を食い止めなければ未来は開けません。

 

付録:Balsero(バルセロ=筏でキューバを脱出する人のこと) Amaury Gutierrez

 

☆ 命がけの逃避行
これらの映像を見ると、前に紹介した『ナディアはどこにもいない』への理解がさらに深まるのではないでしょうか?

キューバではダイレクトに描けない分、見る側の想像力が刺激され、あとに深い余韻と悲しみが残ります。

そしてこれはフィクションではなく、現実なのです。出ていく方にとっても、残される方にとっても。

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当ブログでも何度か紹介したことのあるファン・カルロス・クレマタ監督(54歳)。
今年4月にペンクラブの招待で米国に行った後、同国に滞在していたが、今月初め、キューバに戻らない決意を表明した。

当初クレマタは公表しないつもりだったが、どこからか噂が漏れ、ICAICから給料の支払いが打ち切られたという。

 

事の発端は昨年の7月、自身の劇団が上演した作品“El rey se muere(仮:王が死ぬ)”の内容がフィデルを暗示しているとして、文化官僚の不興を買ったことにある。
その結果、公演は中断され、劇団は解散。クレマタは映画も演劇の活動もできなくなったうえ、ICAICにあったインターネットのアカウントも削除された。

 

  クレマタ監督の発言

「これまで何度か帰国しないという選択はあったが、ハバナにいる娘(14歳)のために戻っていた」
「母が私の決意を知ったのは、旅立つ数日前。黙って辛い思いに耐えていた。ほかの多くのキューバ人の母親と同じように」

 

「私は自分の国で出来る限りのことをすべきだと考えていた。寛容への道、互いに敬意を払い他者を理解するための道、そして表現の自由への道を切り開くために。だが、ドアが閉じられてしまった以上、窓から飛び出すしかない」
「常に変化を支持してきた身としては、筋を通すためにも自分から始めねばならない」

 

「これまで映画・舞台でキャリアを積んできたが、突然、不条理で旧弊なやり方で無にされた。革命のスローガンが『祖国か死か』」なら、別の場所で“ビダ(生・人生)”を選ぶことこそ最も理にかなっている。たとえゼロからの出発になろうと」

 

「私の映画がキューバで見られるかどうか知らないが、公の場で言及されていないことは明らかだ」

「官僚や政府の指導者にとって、私は反革命家になった」

 

「今はマイアミには来たばかりで、まず生き延びるために仕事を見つけなければならない。」

 

「亡命者だと感じているかって?我々はみな亡命者だ。世界は亡命者で満ちている。悲しいのは、外国人と感じること。憎しみ、外国人嫌い、激しい怒りの呼称だから。祖国は自分と共にある。私が属するのは、自分が役に立っていると感じられるところ。幸せや達成感、愛されていると感じられるところだ」

 

「何があろうと、私はキューバの文化を創造し続けていく」。

「実現させたい計画がある。『亡命の手記(記憶)』と題するネットプロジェクトや、ビルヒリオ・ピニェーラが書いた唯一のミュージカル”El encarne”だ」

 

クレマタは、キューバを出る前に秘かに撮影した長編と短編が各1本あり、ポストプロダクションのための資金を探している。内容は、〈キューバにおける新しい人間の崩壊〉について。

 

拙ブログ クレマタ監督関連記事

監督紹介:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10008102564.html
クレマタ監督作品

「ナダ」 http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10009298280.html
「ビバ・キューバ」 http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10007997503.html
「(仮)火葬場」(2013年) http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12052603623.html

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今スペイン南部の都市ウエルバで恒例のイベロアメリカ映画祭が開催中。
42回目となる今回は、キューバ映画に献辞が捧げられ、ホルヘ・ペルゴリアが表彰される一方で、参加したキューバ人俳優の口から、母国の映画状況への苦言も発せられました。

エンリケ・アルミランテ(俳優・写真左端)
「キューバ映画の現状は、重態のなかで小康を保っている病人のようだ。我々はなんとか命を救いたいと思っている」

ペルゴリア(右端)

「映画はかつて前衛的役割を負っていたが、今は製作数が激減し、他の国々に追い抜かれてしまった。猛省が必要だ」

 

映画祭ではもちろん最近のキューバ映画が上映されており、タイトルを眺めていて、目に留まったのが『エステバン』(2016年)。


監督はこの映画で初めてメガホンを握ったジョナル・コスクジュエラ(1977年生まれ)で、国立音楽局やテレビ局の協力を得てはいるものの自主製作映画。

 

ストーリーはシンプルで 《ピアノに魅せられた9歳の少年エステバンが、周囲の無理解と闘いながら、ピアニストになりたいという夢に向かって奮闘するうち、彼の世界も周囲も変わっていく》という内容らしい。 というわけで、映画の主人公は1人の少年だけれど、監督によれば、その少年はキューバ人を象徴しているとのこと。

 

“夢を追いかけろ”というテロップが繰り返されるトレーラー

 

チューチョ・バルデスが音楽を担当している。
 

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明後日12日(土)から、東京都写真美術館、角川シネマ新宿で、スイスの女性監督が撮ったドキュメンタリー『ホライズン』が公開されます。(その後順次ロードショー)

女性監督らしい繊細で親密なアプローチで、バレエとキューバを切り取ったドキュメンタリーです。

 

『ホライズン』/原題:Horizontes/ドキュメンタリー/2015/スイス・キューバ

監督:アイリーン・ホーファー

出演:アリシア・アロンソ、ビエングセイ・バルデス、アマンダ・ペレスほか

公式サイト:http://www.tk-telefilm.co.jp/horizontes/

 

内容

キューバ国立バレエ団の現プリマ、ビエングセイ・バルデス(30代)と、同バレエ団の進級試験を前にした14歳の少女アマンダ。

プレッシャーと闘いながらひたむきに稽古に励む二人の視線の先にいるのは、アリシア・アロンソ(95歳)。クラシックバレー界で最高位の“プリマ・バレリーナ・アッソルータ”の称号をもつ伝説のバレリーナだ。

 

アリシアの活躍は米国でスタートした。が、革命後、フィデル・カストロの全面的支援を得て国立バレエ団を率い後進を育て、キューバにバレエ文化を根付かせた。

また、文化芸術大使として海外で革命の名声を高めることに貢献した。

しかし、そのキャリアは視力の衰えとの闘いだった。

 

ドキュメンタリー『ホライズン』は、華やかな舞台よりもその裏にカメラを据え、アリシア、ビエングセイ、アマンダを通して、キューバのバレエの過去と現在と未来を映す。

 

黄昏の朧げな光の向こうに広がる地平線(ホライズン)

ビエングセイやアマンダはその先へと超えていけるだろうか。

 

 

Marysolより余計な一言

バレエについては何も知らないのですが、ビエングセイのことは気になっていました。

2年前、拙ブログ記事の下の方で紹介したビデオクリップにも登場しています。

 (久しぶりに見たら、また怒りと悲しみが 

こうした残像があったせいでしょうか。試写で映画を見ていても、バレエのストイックさとキューバ革命のそれが重なり、ビエングセイが痛々しく見えてなりませんでした。

彼女が“ホライズン”を切り開いていくのを応援します。

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キューバと米国の間に希望の光が降り注いだ2016年が、悪夢の始まりで終わろうとしています…
が、今週土曜日はオマーラの明るくて優しい歌声と、若々しいおじ様方の楽しい音楽談義に耳を傾け、至福のひと時を過ごしましょう。
恒例の「とことんキューバ音楽 vol.6」のお知らせです。
 
キューバ音楽愛好者の高橋研二氏が半世紀をかけて集めた膨大なコレクションから、貴重な音源や映像、知られざる名演、名曲をピックアップ。とことん解説するトーク・ショー☆
 
とことんキューバ音楽 vol.6
 
「あまり知られていないオマーラ・ポルトゥオンドさんのこと 」
 
若き日のオマーラの音源と映像が満載、話題も豊富。ゲストとして、ラテンパーカッショニストの納見義徳氏、音楽評論家の田中勝則氏、アオラコーポレーション代表の高橋政資氏を迎え、知られざるオマーラ語っていただきます。オマーラ・ファンはもちろんキューバ好き、ラテン楽マニアにも、きっと新たな発見と出会いが!
 
・日時 2016.11/12(土曜) Open 16:30  Start 17:00
・料金 ¥1000 ※飲み物、食事は別途ご注文ください
・会場 キューバ料理とお酒の店 Bodeguita ボデギータ
世田谷区代沢5-6-14 前田ビルB1(営業17時〜, 月曜定休)☎ 03-5432-9785
 
❖問合せ:ペーニャ・クバーナ 吉田雄三 080-5041-1698
 
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2016年6月8日の記事「プレンサ・ラティーナとG.G.マルケス」では、マルケスに焦点を当てて同通信社における勢力争いに触れましたが、今回はマセッティ(チェの腹心)に焦点を当てて事の顛末に迫ってみました。

プレンサ・ラティーナとは:
革命政府の通信社として(法的には1959年4月17日に)創設される。始動は同年6月ごろ。
発案者はチェ・ゲバラで、シエラ・マエストラ時代からの構想だった。
ゲバラは、革命闘争中シエラ・マエストラを訪れた同胞のジャーナリスト、ホルヘ・リカルド・マセッティ(写真右)に通信社の立ち上げを任せ、初代社長に据える。

マセッティは同じくアルゼンチン出身のロドルフォ・ウォルシュや、ラテンアメリカ各国から若く優秀な記者を集める。だが、1961年4月に起きたヒロン浜侵攻事件のあと、社内のセクト主義が原因で辞任を余儀なくされる。

 

※ セクト主義とは
詳しく説明すると長くなるので(政治に疎い私が理解した範囲で)要点のみ言うと、1961年にフィデル・カストロが三大革命勢力を統合すべく「革命統一機構(ORI)」を結成する過程で、人民社会党(PSP=旧共産党)派が権力を拡張しようとした動きを指す。

セクト主義といえば、「派閥主義」や「縄張り意識」のことだが、60年代キューバの場合は、旧共産党(=人民社会党=PSP)を指す。


以下はこの文献を基にまとめました。


マセッティの考えでは、プレンサ・ラティーナの記者になる条件として共産党員である必要はなく、左派で革命のシンパで進歩的な考えの持ち主(ガルシア・マルケスが良い例)であればよかった(しかし、その方針が問題を生む)。

 

例えば、マセッティの右腕ウォルシュは「キューバ革命はマルクス主義ではなく、フィデルもチェも共産主義者ではない」と元同僚に請け合っていたし、チェについては、「マルクス主義的教養を備えている可能性はあるが、ナセルチトーに傾倒しているようだ」「そうしたニュースは米国が革命を中傷する目的で発信するでデマだ」と言っていた。

 

アルゼンチン出身の記者ホセ・ボデス・ゴメスは、社内の政治的な空気について、59~60年のキューバは極めて鷹揚で、特に政治的傾向をもたない記者もいたと証言している。

革命の内側にいる限り、共産主義者であろうとなかろうと構わなかったのだ。

 

一方、旧共産党派は(ソ連の)タス通信を忠実にコピーすることを主張した。それはマセッティにとって認め難いことだった。しかも、タス通信は内容・編集共に質が低いと悪名高かった。

 

マセッティにとって大事なのは、革命的であることだった。
革命的とは、チェ同様、革命を守りラテンアメリカに広げるため武器を持って戦うことだった。そのため、計画を共有しない社員との間に分裂が生じた。
ソ連志向のセクト主義者(旧共産党派)は、当時のソ連の方針に従い、社会主義到達への道として平和的方法を支持していたからだ。

 

マセッティは社内で民兵を組織し、週末ごとにピナル・デル・リオで軍事訓練を行った。ヒロン浜侵攻事件の際には、報道員としてのみならず、戦闘員として部隊は現場に駆け付けた。
そんなマセッティの行動や方針は、セクト主義者たちにとり非難と攻撃の的になった。

 

当時の国際情勢は、東西冷戦に加え、ソ連と中国も対立していた。
モスクワ共産党は、チェが中国(毛沢東)寄り、もしくはトロツキストではないかと疑っていた。
また、キューバのセクト主義者にとり、チェは難しく、得体の知れない問題人物と映っていた。


こうしたなかで、チェの影響力を排除しようとする動きが生じる。

その第一歩として、セクト主義者はチェを支える政治勢力、プレンサ・ラティーナに攻撃を仕掛けた。

マセッティを反共主義者と非難し、ビサの発行を妨害し、彼にすべての責任を負わせた。

マセッティは自分が排除されようとしていると分かったが、フィデルは何の手も打たなかった。マセッティはヒロン事件の後に辞職した。

チェはこれに激怒した。怒りを覚えたのはチェだけではなかった。140名の職員のうち106名が辞職した。空席を埋めたのはセクト主義者たちだった。

 

Holacio Verbitskyの言葉
「キューバには良い通信社があったのに台無しにされた。ドグマ主義、イデオロギー主義、セクト主義のせいだ」

 

ガブリエル・ガルシア・マルケスの言葉
「マセッティ時代とウォルシュ時代の記録は、プレンサ・ラティーナの議事録を塗り替えるために、すべて破り捨てられた可能性がある。しかるべき記事であっても、教条主義者にとっては、それらの記事が恐るべき内容で、異端的であり、おそらく反革命的でさえあるからだ。PSPからプレンサ・ラティーナに送り込まれた幹部たちが記録の見直しをしたと私は確信している」

 

ガルシア=ルポ
「プレンサラティーナは、社会主義国とキューバ国内に向けて配信する通信社になってしまった。それは、ラテンアメリカに向けて配信するという(本来の)目的とは違うものになってしまった」


補完記事:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12168444374.html

 

*********************
個人的メモ
政治と情報と権力の絆をめぐり、セクト主義がチェの政治的影響力を排除しようとした。 

背景には、中ソ対立、共産主義対マルクス主義、キューバ人気質があった。
マセッティもウォルシュもキューバ人の特異な気質 (idiosincrasia)を理解していなかった。

 

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キューバとは関係ありませんが、今「ダリ展」を東京の国立新美術館で開催しているのをご存知ですか。(12月12日まで)


実は今年の8月、20年ぶりにバルセロナに行った折、フィゲラスやカダケスといったダリゆかりの土地を再訪。さらにTUDELA(トゥデラ)というダリの絵の原風景のような場所に遭遇したおかげで、ダリの絵が(シュールでありながらも)リアルで身近に感じられるようになりました。


ダリに興味のある方は、ぜひフィゲラス、カダケス、ポル・リガット、そしてトゥデラ(Tudela)を訪れることをお薦めします。ダリに興味がなくても本当に良いところですよ。

 ダリ劇場美術館@フィゲラス

 

 カダケス

 カダケス カダケスを愛したダリの像

 

ポル・リガットのダリの家・アトリエ(真ん中の白い建物)

 

トゥデラ(Tudela)自然公園(先端まで散策すると往復60~90分かかります)

海水浴客もチラホラ。

こんな奇妙な巨岩を目にしたら、誰でも想像力が刺激されますよね。

     公園内の看板

 

 

 

ダリといえば、フィゲラスに行く前に訪れたジローナで、宿のおじさんが「明日はどこに行くんだい?」と訊くので、「フィゲラスのダリ美術館に寄ってカダケスに泊まります」と答えると、

「ポル・リガットのダリの家には行くかい?」と訊くので、「もちろん!」と言うと、

「ワシはダリと一緒にあの家を建てたんだよ」と言うではありませんか!

思わず、「え~!? ダリってどんな人だったんですか?」と尋ねると、「いや普通の人だよ。世間のイメージは演出によるものなんだよ」と言ってました。 

 

それにしても、オジサンのおかげでお薦めの場所(灯台のある岬)を教えてもらい、トゥデラ(Tudela)にも足をのばすことができて、本当にラッキーでした!

ただ、トゥデラは車じゃないと行けないかも。

 

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キューバ映画を代表する男優のひとり、レイナルド・ミラバジェス(1923~2016)が、肺炎のため昨日(10月31日午後4時ごろ)ハバナの病院で亡くなりました。享年93歳。

日本のキューバ映画ファンには、『12の椅子』の運転手役といえば、思い出していただけるでしょうか。『レボルシオン 革命の物語』の第1話ラストにも、たしか牛乳配達の役で出ていました。

出演した映画の本数は20本以上。テレビでも活躍したそうですが、先に移住した息子さんをサポートするため、1994年に奥様とマイアミに移住。

ハバナで亡くなったのは、里帰り中のハプニングだったのでしょうか?

ご家族が一緒だったかどうかなど、詳しいことは分かりませんが、ネットには彼の死を悼む言葉が溢れ、いかにキューバ人に愛されていたか、改めて認識しました。

謹んでお悔やみ申し上げます。 

それにしても、ミラバジェスに会えた私は本当に幸運だったなぁと思います。

合掌。

ミラ・バジェス関連記事

2013年当時の様子:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-11480798673.html

同年のハバナ映画祭で「名誉男優賞」受賞:

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-11739785126.html

 

訃報を伝えるビデオ

90歳の誕生日前日。論争を起こした出演作『Alicia en el pueblo de maravilla』の役について「フィデルを演じたつもりはない」と語っている。

出演作の封切りに合わせハバナに滞在中(2013年)

 

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