MARYSOL のキューバ映画修行

【キューバ映画】というジグソーパズルを完成させるための1ピースになれれば…そんな思いで綴ります。
★「アキラの恋人」上映希望の方、メッセージください。


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15日からバルセロナと周辺都市、そのあとイギリスに行ってきます。
ブログは今月いっぱいお休みするので、その前にお知らせをまとめてアップ。


『ザ・ローリングストーンズ ハバナムーン』 (監督:ポール・タグデール) 一夜限りの上映会

日本では9月24日(土)予定、まもなく予約開始
詳細はこちらで:http://www.stonesincuba.com/tickets/


なら国際映画祭2016 (9月17日~22日) 

『東の狼』 監督:カルロス・M・キンテラ  
上映日:9月17日(土)18:45 21日(水)15:30  


アミーゴ、亀井岳監督の『ギターマダガスカル』上映&スペシャルトーク
Talk Guest:チチ松村さん(GONTITI )

2016年8月21日(日)
 会場:渋谷UPLINK 1Fファクトリー 18:15開場 18:30上映
 上映終了後トーク:亀井岳監督、チチ松村(GONTITI)
 前売¥1,800/当日¥2,300
ご予約: www.uplink.co.jp/event
 

 世界の音楽・カルチャーを浴びまくるイベント〈スキヤキトーキョー〉に、今年はマダガスカルからダミリーが来日! 渋谷WWWで行われるLIVE直前のこの日、音楽と旅を通して知られざるルーツに迫る映画『ギターマダガスカル』の上映&スペシャルトークを開催。


 上映終了後はゲストにGONTITIのチチ松村さんを迎え、亀井岳監督とのトーク。

現地の貴重な映像やマダガスカル音楽家たちのライブシーンも交えながらたっぷり話します。 本編で次々に沸き上がる音楽が、東京にやって来るダミリーをググッと呼び込む、そんな夜になります!

詳細:http://www.guitarmadagascar.com/special.php


リオ五輪 閉会式(日本時間22日朝):キューバチームの衣装とシューズにご注目!
  クリスチャン・ルブタン がキューバチームのためにデザインしました。




恥ずかしながら、クリスチャン・ルブタンて全く知らなかったのですが、情報をくれた友人によると、レディ・ガガ、マドンナなど世界のセレブをファンに持つ有名デザイナーだそうで、Youtubeで検索したら、ジェニファー・ロペスのパフォーマンスにも彼の名が―。


「ハイヒールに赤いボトムが特徴のルブタン・シューズ」が欲しいとサンタに電話するジェニファー・ロペス


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昨夜フェイスブック経由で、驚きのニュースを知りました。
以下、こちら に掲載されていた記事と写真をそのまま引用させていただきます。


エルネスト
 画像:映画「エルネスト」のメガホンを取る阪本順治監督(左)と主演のオダギリジョー

オダギリジョーがキューバ革命軍映画で主演日系人役 / 日刊スポーツ8月2日(火)7時47分

 オダギリジョー(40)が日本・キューバ合作映画「エルネスト」(阪本順治監督)に主演することが1日、分かった。革命家チェ・ゲバラと母国の自由と愛のために戦った日系ボリビア人、フレディ・前村の25年にわたる激動の生涯を描く。本格的なキューバロケも敢行する。実話に基づく感動作として壮大なスケールで描く。2人の没後50年にあたる来年秋公開予定。


 オダギリが演じるフレディは、キューバの医学校に留学中、チェ・ゲバラと出会った後、母国の内戦を聞き、ゲバラの革命軍に「エルネスト・メディコ(医師)」の愛称で参戦した実在の人物。阪本監督がゲバラと一緒に戦った日系ボリビア人がいることに興味を持ち、キューバやボリビアを訪れて取材を重ね、脚本を書き上げた。阪本監督は主人公を演じる俳優に「心(しん)があり、静けさも感じた」とオダギリに出演を依頼。オダギリは「若者が正しい道を歩みたいということはすごく理解できる。ゲバラやフレディのように理想を求めて命を失ったとしても、本望だろうなと」と理解を示した上で「演じがいがあるし、共感できる部分を多く感じています」と話す。
 映画はフレディがキューバ留学した際の学生生活が半分を占める予定。阪本監督は「1つの青春時代として、見る人に重なる部分を見つけてほしい」と話す。


 今月中旬に広島で撮影を開始。来月2日から10月中旬まで約1カ月半、キューバ国内で撮影を行う。製作側によると、日本・キューバ合作長編映画は69年の津川雅彦主演「キューバの恋人」 (黒木和雄監督)以来48年ぶり。長編映画のキューバロケも「キューバの恋人」以来。スタッフの割合は日本とキューバで半々、全編ほぼスペイン語となる。世界公開も視野に入れている。


 オダギリは着々と準備を進めている。セリフは全てスペイン語のため、特訓を受けている。既にヒゲや髪を伸ばし、体重も3〜4キロ落とすなど、見た目もフレディに近づけている。
 キューバでの撮影は音楽番組などを含め3回目。「資本主義的な人生を歩んできた思考とは大きく違ったので、とても影響を受けたんですよ。ゲバラにも興味はありましたね。昔から」と話す。キューバロケについては「大変そうですが、とことん苦しい現場の方がやりがいがある」と静かに意欲を燃やしている。


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革命の侍オダギリジョーが演じる、フレディ・マエムラという実在の日系ボリビア人の存在は、熱心なキューバ革命ファン以外にはほとんど知られていないのではないでしょうか。


でも、日本語で読める本があります。私も早速 注文しました。


 

『革命の侍-チェ・ゲバラの下で戦った日系二世フレディ前村の生涯』(長崎出版)


また、1969年、津川雅彦が主演した日本=キューバ合作

映画の制作について、キューバ側が取材したドキュメンタリー

『アキラの恋人』 (2011年)もあります。


上映していただける機会があれば、(9月以降に)ご連絡ください。日本語字幕付きです。



「アキラの恋人」ポスター


そして、このドキュメンタリーが作られた背景については、私が立教大学ラテンアメリカ研究所報に投稿したリポートがこちら で読めるので、興味のある方はぜひ。


尚、近々しばらく留守にするので、何かお問い合わせをいただいてもお返事できない可能性があります。9月以降にお願いします。

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エドゥアルド・デル・リャノ監督 が、ストーンズのハバナ公演を40分のドキュメンタリーにまとめました。
題してStones pa´ti (仮題:君のためのストーンズ)

この記事はOnCubaのこちら の記事を参考にまとめてみました。


Stones pa´ti はエドゥアルド・デル・リャノ監督が儲けは度外視で、「ファンによるファンのため」に作ったドキュメンタリー。 キューバ人の視点と証言から成るモザイクだ。


「いずれストーンズはハバナ公演のDVDやブルーレイを作るだろう。我々には太刀打ちできない高い技術力を駆使して。だが、私の目的は自分たちで考証(ドキュメント)すること。見る人にもそう受け止めてもらいたい」(デル・リャノ監督談)


素材として使ったのは、プロ・アマ問わず幅広く収集した写真と、携帯だろうが何だろうが撮られた動画。そして様々な人の証言だ。


「我々にとって意味することを追求したかった。というも、街で会った人たち、特に若者はストーンズが偉大なロックグループであることや、60年代後半の世界の文化を知らないからだ。それで、あの時代のキューバを身をもって知る年長者に説明を求めた。ここに至るまでの困難を知っている人たちに」。


「1曲目の『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』でキースがギターをかき鳴らしたとき、涙が出た。これがロックだと初めて感じた。力強いが痛くはないんだ」と語る証言者は、「これ以上話したくない。気分が悪くなる」と言って、インタビューを中断した。

ドキュメンタリーでは、ロックンロールやそのファンに対しキューバでどんな偏見がのしかかったか、その背景は何かの2点についても触れられている。


もちろん、ストーンズ自身の価値も。
なにしろ、こんな大規模イベントは未だかつてキューバで行われたことがなかったのだから。

100万人以上が参加したとも言われている。


悪魔的威厳をもつロックバンドによるメガ・コンサートと、生まれて初めてそれを体験するキューバ人を記録したドキュメンタリー。


Stones pa´ti (仮題:君のためのストーンズ)2016年


監督:エドゥアルド・デル・リャノ
製作:セックス・マシン・プロダクション


映画はミック・ジャガーが発した、あの印象的な言葉で始まる。
それは、なぜハバナ公演が“歴史的”なのかを表している。


「わたしたちは知っています。キューバでは、わたしたちの音楽を聞くことが難しかった歳月があったことを。でも今わたしたちはここにいます。あなたがたのために演奏しています。この美しい地で」


 会場から「自由」を意味するスペイン語、「リベルター!リベルター」という歓声が聞こえる。


「時代は変わりつつあるのです」 


テロップ:

2016年3月25日、ローリング・ストーンズはハバナのシウダー・デポルティーバ(スポーツ都市)で無料コンサートを開催した。

観客は50万人以上を数えた。

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日曜美術館「“暮し”にかけた情熱 花森安治30年間の表紙画」
http://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2016-07-17/31/12617/1902689/


連続テレビ小説「とと姉ちゃん」花山伊佐次のモデルとなった編集長・花森安治。

“とと姉ちゃん”こと大橋鎭子とともに、終戦まもない昭和23年に雑誌を創刊。

30年間、現場の指揮をとりながら、雑誌の顔である表紙画を自ら描き続けた。

美しい表紙画の数々は、戦後の痛手の中、新しい暮らしへと歩み出す人々を魅了し、力づける。

その絵に、花森が込めた思いとは? (上サイトから)


暮らしの手帖 第一号番組の始めに登場する〈創刊号の表紙絵〉―。
朝ドラでチラッと見て知っていたのに、画面いっぱいに映った瞬間、ギュっと心を捕まれました。まず、その色彩に。

あとは何故だろう?

そして番組が進むにつれ、思い浮かんだのが『永遠のハバナ』 の絵を描く老女のシーン。
今プログラムで確認したら、名前はノルマで、ダウン症の少年(当時10歳)フランシスキートの祖母でした。元美術教師。


映画『永遠のハバナ』(フェルナンド・ペレス監督/2003年)がキューバの人々の感動を呼んだ理由について何度も自問自答してきましたが、番組を見ていて、終戦直後の日本の庶民とソ連・東欧崩壊後のキューバの庶民の姿が重なりました。


日本の場合は、戦争に勝利するという国家的目標に破れ、焼け跡に放り出された庶民は自分の暮らしを成り立たせるのに必死だった。
一方、キューバの場合は「社会主義の勝利」という大きな目標がソ連・東欧で壊れ、後ろ盾を失った国民は、極度の欠乏状態を生き抜かねばならなかった。


日々の暮らしに追われているとき、ふと〈美しいもの〉と出会い、心が癒されるという経験は私にもあります。
私の場合は〈子育て〉に追われていたときでした。
子供がようやく寝てくれた、つかの間、ふと手に取った雑誌のインテリアの写真に目が吸い込まれました。そんな経験は初めてでした。

目に映ったのは、陽光に映える白いレースのテーブル掛けと、透明のガラスの花瓶と花。

〈なんてきれいなんだろう〉。一瞬にして心が潤うのを感じました。


日々の暮らしの中にこそ、美があり、掛け替えのない価値がある。


大きな目標が壊れたあと、個人の小さな営みのなかに夢や希望、活路を見出す―。
それに気づかせてくれたのが、日本では花森安治であり、キューバではペレス監督だったのではないでしょうか。


『永遠のハバナ』のプログラムに、わが師マリオ・ピエドラ教授(ハバナ大学)は次のような言葉を寄せています。

苦境にあっても、自らの夢を生き永らえさせ、“美”を創造し“愛”を与える人々の中には“生きる力”が息づいています。


日曜美術館「“暮し”にかけた情熱 花森安治30年間の表紙画」は

明日24日夜8時からNHK Eテレで再放送 されます。


『永遠のハバナ』トレーラー

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1961年という、キューバ現代史および革命の文化政策上、非常に重要な年に(少なくとも)半年以上キューバに滞在し、映画局(ICAIC=キューバ映画芸術産業庁のこと)を拠点に行動したフランス人女性が記した貴重なルポルタージュがあります。


著者の名前は、アニア・フランコ。本の題名は「キューバの祭り」(筑摩書房/1963年)


今日はこの本の中から〈ルネス〉〈ICAIC〉のライバル関係が伺える箇所や、UNEAC(作家芸術家連盟)創設の背景について書かれている箇所を引用して紹介します。


『P.M.』事件(初の文化検閲事件)➡フィデルの「知識人への言葉」➡文化の統一と〈ルネス〉廃刊
という流れの発端に触れられるのでは?


尚、著者がキューバに滞在した時期は、1961年の初頭(1月末~3月の間)から同年の秋まで。
〈ルネス〉と〈ICAIC〉についてはこちら:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12142618368.html


① p.38
アルフレド.ゲバラ (注:ICAIC長官、当時35~36歳)が近くのテーブルへ陰鬱な目を投げるのに私は気がつく。
「誰なの?」
「われわれの敵だ」と彼は答える。
「〈ルネス〉の若い奴らさ」
〈ルネス〉の奴らもバティスタに対して闘った。〈ルネス〉の奴らはモンパルナスとグリニチ・ヴィレッジへ亡命した。〈ルネス〉の奴らは革命の勝利ののちに帰ってきて〈文学新聞〉を独占した。彼らはビートニクの詩と〈ヌーヴォ・ロマン〉にしか興味を持たない……。
私は「新聞の幹部を変えなさい、ほかのものが引き受ければいいわ」と言う。
「ほかの誰がさ?誰もいやしない!」と一人の友だちが沈んだ声で答えた。
「ここをどこだと思っているんだい?文化ってものは砂糖黍のように生えてきはしないよ!わが国が低開発国だということを君は知らないのかい?工場もなく、作家もいず、百人に三十三人の文盲がいるんだぜ!」
そうだ、わかった。「で、フィデルはそのことをどう考えているの?」
「フィデルは何よりも革命の統一を欲しているんだ」とアルフレド・ゲバラは私に言う。

「われわれがその席上でわれわれのすべての問題を討議し、革命の文化とはいかにあらねばならぬかを決定する会議をもよおすことを彼は望んでいる。われわれの革命はあまりにも早く勝利を得てしまったので、ロシア人や中国人が戦争のただなかでやっていたようなことをするだけの余裕がなかったんだ……」
そして彼は不機嫌そうにまた米を食べ出した。
注:この出来事は、4月17日(ヒロン浜侵攻事件)前のこと。


②  p.46
映画局(ICAIC)の連中が彼ら(ルネス)に対してする非難は誇張したものであることが私にはすぐわかった。彼らは革命のために、キューバ人の言いかたを借りれば〈一発も弾を射つこと〉はしなかったとしても、やはりこの革命を擁護するであろう。文化の面においては、今のところ彼らは自分らがまだどんな段階にあるかあまりよくわかっていない。しかしどうして彼らにそれがわかるだろう?
彼らは世界で起るあらゆる事柄に興味を持ち、ありとあらゆる雑誌を熱心に読んでいる。不幸にして彼らのところにはもうたいしたものは送られてこない。


③  p.64
「じつは、この人たちは皆おたがいに憎み合っているんだよ。すべては、将来の文化省の指導権をめぐる〈ルネス〉と〈ICAIC〉の永遠に絶えぬちっぽけな角突き合いにすぎないんだがね。」


④ p.217
彼(フィデル)は議論に見られるセクト主義に触れる。「作家たちや芸術家たちのあいだで小さな戦争がおこなわれている。(……)若干の同志たちは小グループのセクト主義によって傷つけられているが、このようなことがあってはならない。革命の内部では万人が同じ権利を持たねばならぬ。作家と芸術家は、いかなる人も参加することができる文化雑誌を発行する一つの協会を作らねばならぬ。」


⑤ 『P.M.事件』についての引用は以下を見てください。
http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10104963034.html
http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10105552251.html


Marysolより
アニア・フランコのルポルタージュは、当時の息吹や熱狂を生き生きと伝えており、細部への目配りと記録が貴重な歴史的価値を備えていると思います。
が、『P.M.』事件についての彼女の見解は、それから半世紀後の視点でみると偏狭な感が否めません。

皆さんもご自分の目で『P.M.』を見てみてください。
拙ブログでも見られます。http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12170104008.html


知識人討論会における〈ICAIC派〉と〈ルネス派〉の論争の様子

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10116797368.html

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21日(木)21時から、NHKで「チョイ住み in Cuba」



料理研究家の土井善晴氏と俳優の野村周平クンがリポーター


すでに番組サイトFACEBOOK が充実!

一足先に楽しめるので、早速見てみてください。

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今回紹介するショートフィルムは先日マルティン・ゲバラ のフェイスブックで知りました。
正直言って、最初に見たときはピンと来なかったのですが、反響の数と内容の濃さ、「涙が止まらない」「この悲しみはいつまで続くのか?」という感想に心を動かされ、「紹介せねば」と思った次第。


というのも、革命後まもなく始まった移民(家族や友人との別れ)という現象は、今も続いているし、それはキューバの人々に深い悲しみをもたらしているから。
にもかかわらず、この問題は日本ではあまり知られていない気がします。
旅行でキューバを訪れるだけなら関係ないかもしれませんが、キューバの人と交流したいなら、胸の奥でうづく痛みに対し、センシビリティやデリカシーが求められる気がします。


キューバを出たいという国民は、米国との国交正常化の動きが始まっても止んでいません。
むしろ「キューバ人地位調整法」という(キューバ人だけに適用される、米国での永住権取得を優遇する)法律が無くならないうちに早く米国に渡らねば、と考える向きさえあるのが現状。


このショートフィルムのナディアがどういう事情でアメリカに渡ることになったのかは不明ですが、いずれにせよ、ボートはアメリカに到着せず、ナディアの行方は知れないことが暗示されています。


ナディアはどこにもいない/原題:Nadia en ninguna parte /3分/2016年
監督:ホセ・マヌエル・ガルシア=カサード(ISA視聴覚通信芸術学部)




※(7月19日) Youtubeでは削除されましたが、こちらで見ることができます。

https://www.cibercuba.com/videos/cine/2016-07-12-u74-emotivo-corto-cubano-nadia-en-ninguna-parte

コメント欄には監督のコメントもありました。

2人の少女が役柄を完璧に把握していたとか、色々…


ナディア(N)とマルタ(M)の会話
N: 学校では何を勉強してるの?
M: 算数は方程式でしょ、歴史はサンホン協定、英語は完了形よ
N: じゃ、英語でなんか言ってみて
M: あなたはいつも模範生の例に挙げられてるわ
N: それは個人教授のおかげ。いかさまよね
M: 彼、ついに決断したの
N: で、何て答えたの?
M: そのときは緊張して「いいわ」って。でもその日の午後には終わってた。そんなこと考えてる気分じゃなかったから
N: ねえ、他のこと話して
M: 近所は変わりないわ。あなたの家に移り住んだ人たち、玄関先をカフェに改造したのよ。もう遊べないわね。
N: でもシェイクが飲めるようになるわ(笑)
M: 今度はあなたが話す番よ
N: 何が知りたい?
M: ボートには何人乗っていたの?


M: ナディア! ナディア! ナディア!


ナディアはどこにもいない


♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒♒


このフィルムをシェアしたマルティンは、「美しい小品。絶望と愛、いとしさ、悲しさ、海の美しさと怖さ、友情の広がりが伝わってくる」と評した後に、「22年前のタグボート事件を思い出させる」とコメント。
事件を知らなかった私は、ブログで紹介するためググってみたところ、Wikipediaには次のように書いてありました。


1994年7月13日、違法出国者72人を乗せたタグボート「3月13日号」が、ハバナ湾から7マイルの海上で沈没し41人が死亡。うち10人は未成年者だった。生存者の証言によれば、2隻のタグボートが故意に「3月13日号」にぶつかってきたうえ、海に落ちた人々の救助を拒否。国際的メディアの告発にも関わらず、キューバのメディアは同事件について1週間以上報道しなかった。8月5日、フィデル・カストロ首相は、関係者の行動を「真に愛国的努力」と評価し、裁きも処罰も下さなかった。


こちらのビデオ は、翌年、犠牲者のために公正な裁きを要求する人々と、彼ら“反革命分子”に対し抑圧行動をとる〈即答班:Brigadas de Respuesta Rápida〉と呼ばれる一団の様子。
後者は「フィデル万歳!」「ウジ虫たちは出ていけ!」「この通りはフィデルのものだ!」と叫んでいる。


Marysolから一言
その通りは公道では?革命はキューバを国民の手に取り戻したはずですが。キューバは誰のもの?


拙ブログ関連記事
移民について(マリオ・ピエドラ教授コメント/2006年)
http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10009051368.html
関連映画リスト(2012年までカバー)
http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-11316983889.html

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昨日予告した通り、『シリーズ:ラファエル・アルシデス』の第3章を日本語字幕付きでご紹介します。


今回のサブタイトルは「美 (belleza ベジェッサ) について」
このなかでアルシデスは、形容詞(女性形)〈bella ベジャ〉 と 〈linda リンダ や bonita ボニータ〉 を使い分けているので、字幕では前者を〈美しい〉、後者を〈きれい〉と訳しました。



登場する女優さんの名はリン・クルス。

ミゲル・コユーラ監督のパートナーです。


こちらも参考になれば幸いです。
鑑賞のヒント:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12180487683.html

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今朝、Facebookで知りました。


キューバ国営テレビは13日、日本人移民1世最後の生存者だった島津三一郎さんが亡くなったと報じた。108歳だった。
島津さんは、新潟県出身。19歳で農業移民として同国に移住し、「青年の島」(フベントゥ島)という島で生涯を過ごした。第2次大戦中に3年間、「敵国人」として収容所で過ごした後、90歳近くまで農業を続けた。
国営テレビのニュースは、島津さんが扇を持って踊る映像とともに、「シマヅは生涯結婚せず、子どももおらず、島が恋人だった」と紹介し、アナウンサーが日本語で、「さよなら」と述べた。島のキューバ共産党や政府幹部が見守る中、埋葬されたという。(ハバナ=平山亜理)
http://news.livedoor.com/article/detail/11764925/


三一郎氏 拙ブログでも今年始めに108歳のお誕生日を迎えたこと、島津氏が登場するドキュメンタリー映画があることをお知らせしました。
http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12120142048.html


※写真は「青年の島」の老人ホームで108歳の誕生日を祝ってもらっている島津氏。



こうして移民一世の方たちが亡くなられても、かつて日本人が経済的理由で移民せねばならなかった時代や、遠い異国で新しい人生を切り開いていった際の数々のエピソードが葬り去られることのないよう心したいと思います。


30年以上前(!)南米を旅行したとき、ペルーやブラジルで現地の人から「日本人移民の貢献(正直で働き者という評判)があったからこそ、あなたたち日本人は信頼されているのだ」と言われました。
本当に感謝してもしきれません。
ありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。
心からご冥福をお祈りいたします。

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近々紹介する予定の『シリーズ:ラファエル・アルシデス』の第3章のための参考情報です。

英雄的ゲリラ
第3章に登場するチェの写真(右)を撮ったカメラマンが、アルベルト・コルダ。
そのコルダによれば、この写真を撮ったとき「チェの瞳は怒りに燃えていた」。

というのも写真が撮られた前日の1960年3月4日、ハバナ港で悲惨な爆発事件が起きたから。


その事件とは、革命防衛のためベルギーから購入した武器や弾薬を満載したフランス船「ラ・クーブル号」から積み荷を降ろす作業中、なぜか榴弾が爆発(フィデル・カストロは米国の陰謀と見なす)、200人以上が負傷し、100人近くが死亡した大惨事のこと。


事件が起きた午後3時ごろ、チェは農業改革庁(INRA)で会議中だったが、爆発音と巨大な噴煙に驚き現場に急行。負傷した港湾労働者や兵士たちの手当てに奮闘するも多くの人命が失われた。


後に「英雄的ゲリラ」というタイトルと共に世界で最も複製されたという、この有名な写真は、事件の翌日(3月5日)に行われた追悼集会におけるチェの表情をとらえたもの。
それは奇跡的に訪れたシャッターチャンスの産物だった。


7年後、イタリアはミラノで出版社を営むジャン・ジャコモ・フェルトリネッリが、チェの写真を求めてコルダのスタジオを訪れる。
そこでコルダがこの写真のネガを見せたところ、フェルトリネッリが気に入ったので、コルダは現像し無償で提供した。


数か月後の10月9日、チェがボリビアで捕まり処刑されると、フェルトリネッリはチェの写真を大型のポスター(70×100㎝)に印刷し販売。
こうしてチェの肖像は世界中に拡散し、抵抗運動や闘争のシンボルとなった。


※「ラ・クーブル号爆破事件」について
A) レイセスター・コルトマン著「カストロ」より
1960年3月、一隻のフランス船がハバナ港で爆破された。船の積荷はベルギーからの武器と弾薬だった。二度にわたる凄まじい爆発により81人が死亡、さらに数百人の負傷者が出た。そのなかには、キューバ人港湾労働者や消防士も含まれていた。(中略)カストロはあらゆる惨事のなかに、つねにチャンスを見出した。彼は、爆発は〈革命〉の敵、とりわけ米国人による執念深く残虐な敵対行為の証しとみなした。(中略)彼は新しいスローガンをつくりだした。「パトリア・オ・ムエルテ、ベンセレーモス!」(祖国か死か、われわれは勝利する)は以後何年にもわたりあらゆる演説の締めくくりにおいてくりかえされることになった。


B) イグナシオ・ラモネ著「フィデル・カストロ みずから語る革命家人生」(上)より
1960年3月4日、ハバナ港のふ頭でフランスの貨物船ラ・クーブル号を爆破して、フランス人船員を含む100人以上を殺害し、キューバ人数百人を負傷させた。


C)拙ブログ関連記事:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10022431355.html



































※アルベルト・コルダ
キューバ革命が成就する前は、ファッション・カメラマンとして活躍していたが、革命後、報道写真を手がけるようになる。
拙ブログ参考記事(コメント欄もお読みください)
http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10021889774.html
尚、上のブログで報告したドキュメンタリー映画『コルダビジョン』は、『チェ・ゲバラ 世界一有名なポートレート』 という邦題でDVD化され販売されている。
 
コルダの証言映像(ラ・クーブル号爆発事件と翌日の追悼式の映像、チェの写真を撮ったときのことなど)はこちら でご覧ください。


※ “英雄的ゲリラ”

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E9%9B%84%E7%9A%84%E3%82%B2%E3%83%AA%E3%83%A9


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