MARYSOL のキューバ映画修行

【キューバ映画】というジグソーパズルを完成させるための1ピースになれれば…そんな思いで綴ります。
★「アキラの恋人」上映希望の方、メッセージください。


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26日(現地時間)に閉幕するマラガ映画祭で、キューバ映画"Últimos días en la Habana(ラストデイズ・イン・ハバナ)"(フェルナンド・ペレス監督)が最優秀イベロアメリカ映画賞を獲得しました。

 

映画紹介については、またしても、アリ・ババ39ブログでお読みください。
http://aribaba39.asablo.jp/blog/2017/03/08/8396955
(アリ・ババ女史、いつもお邪魔してすみません。)

 

トレーラー

 

アリ・ババ女史も書かれているように、本作にはトマス・グティエレス・アレア監督の名作『苺とチョコレート』へのオマージュが込められています。

 

ペレス監督いわく「ストーリーはまったく異なるが、魂は同じ。だから時代の魂が透けて見える」
「今のキューバがどれほど欠乏状態にあり、そのことがいかにモラルや価値観を損なっているか、この映画は語っている」


「私の国では、現実をありのままに語っているのは映画と文学。新聞や他のメディアは、あるべき姿しか映さない。」

 

かつてグティエレス・アレア監督は母国キューバのこと(キューバ映画ではない)を「シナリオは素晴らしいのだが演出面に課題が多く残る」と言った。

その言葉を踏まえ、ペレス監督は「シナリオは今も良い。あとは我々が成功作を撮れるかどうかだ」と言って笑った。

 

参照記事:http://cartasdesdecuba.com/los-ultimos-dias-en-la-habana-de-fernando-perez-en-el-festival-de-malaga/

 

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先日閉幕したグアダラハラ国際映画祭(メキシコ)でキューバのカルロス・レチューガ監督の『サンタとアンドレス』が5つの賞に輝いた。以下は賞と評価の理由

 

*最優秀イベロアメリカ映画賞

複雑な世界で対立関係におかれた2人の間に友情が芽生える物語を描いた。

 

*最優秀女優賞:ローラ・アモーレス(サンタ役)

複雑な政治状況におかれた女性を豊かな感受性と力強さをもって演じ得た

       

 

*最優秀脚本賞

シンプルだが展開が良く、寡黙で繊細な中に重要な意味を含んだ作品

 

*マヤウエル特別賞(審査員による選考)

抑圧的な体制下における屈辱、検閲、孤立を直截かつエモーショナルに描いた

 

*スペシャル・メンション(ラテンアメリカ映像音響学校連盟)

 

尚、『サンタとアンドレス』の作品紹介は「アリ・ババ39 ブログ」でぜひ。

http://aribaba39.asablo.jp/blog/2016/08/27/

 

 一方、今月末からニューヨークで開催される恒例のハバナ映画祭NYでは、ノミネートされていた『サンタとアンドレス』が〈パブリシティが過度に政治化されたという理由でコンペティションから外され〉た。

主催者側は「我々の使命は米国とキューバの文化的架け橋となることなので、政治的中立性を守り論争は避けるよう努めている」と主張。それでも特別上映という形で上映しようとしたのだが、レチューガ監督はその提案を拒否。「コンペティションの対象に値しないというのなら参加を取り下げる」と表明した。

 

拙ブログ関連記事:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12222590284.html

 

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『天国の晩餐』 原題:Los sobrevivientes(生き残りし者たち)

                     マリオ・ピエドラ(ハバナ大学教授)

 

“Hay que apuntar al pájaro que no es, para acertar al pájaro que es”

意中の鳥を射止めるには、そうでない鳥に狙いを定めよ

 

トマス・グティエレス=アレア監督は、長編第一作『レボルシオン 革命の物語』(1960年)から好んで“アンチヒーロー”を主人公にした。その傾向の頂点を極めるのが、おそらく『低開発の記憶』(1968年)。キューバおよびラテンアメリカ映画の古典と見なされている作品である。

 

『低開発の記憶』は、セルヒオというプチブルの男の視点で語られる。彼は革命の周縁に留まろうとするが、激しく国を揺さぶる革命のなかに個々人の居場所はない。セルヒオの批判的見解や問いかけ。それは、彼の性質が革命的でないからだ、とされる。その結果、彼の言葉は真剣に受けとめるべきでない、と考えることも可能だ。

 

1987年、グティエレス=アレアは再びこの手法を用い、『天国の晩餐(原題:Los sobrevivientes=生き残りし者たち)』というブラックユーモア満載の映画の主人公を、革命に反対するブルジョア一家に設定した。本作は不条理(ばかげた状況)に溢れているが、我々キューバ人にとっては身近なストーリーでもある。要は60年代を背景に展開する、ある家族の物語なのだが、主人公となる一家は、革命を単なる一時的現象と観て、事態が収拾するまで屋敷に閉じこもり、外の世界との接触を断つ。そして革命の消滅をひたすら待つ。

 

信じがたいことに、この話は事実に基づいている。革命のもたらす変化をアメリカ政府が容認できなくなるのは時間の問題だから革命勢力はすぐに排除されるだろうと考えた上流ブルジョアジーは存在したからだ。彼らの多くはマイアミに避難したが、自分たちの大邸宅に閉じこもる選択をした家族もいた。

 

アレアは本作でこうした状況を長引かせて描いた。実際にはもっとずっと短い期間だったが、一族間の関係に起きる思いがけない変化を描くためだ。変化は、特に使用人たちとの間に生じる。彼らも一家と共に閉じこもっており、閉鎖状況のせいで、特殊な“社会的関係”ができる。こうして彼らの住まいは一種の“ミクロ社会”、いわば社会的現実の演習場と化す。

 

やがて現実の世界との関係を奪われた、この小さな社会、包囲された要塞のなかで、絆や生活環境が退行していく。生活環境は瞬く間に悪化し、一家と使用人との相互関係は、資本主義(籠城が始まったとき)から封建制度、奴隷制度へと逆行していき、果ては野蛮に至る。

 

映画のなかでアレアが強調するのは、原始時代へと退行するプロセスにおいても、一家が籠城開始当時の習慣や思考や振る舞いを維持していること。そうした慣例や習慣は、上流のブルジョア階級、とりわけヨーロッパ伝来のもので、本来それらが展開すべき環境とはすでに接点を失っている。よって、彼らのフォーマルな習慣は、実態を伴わない“空虚な殻”と化している。なぜなら、もう存在しない世界、彼らにとって原点ではあっても実際には消滅した思想集団にしがみついているからだ。

 

本作が封切られた当時、キューバの観客はユーモアと不条理(ばかげたこと)を好むので、スクリーンに展開する滑稽な状況を大いに楽しんだ。一方、批評家筋は、革命に反対するブルジョア階級を見事に風刺したコメディだと賞賛した。

 

ところが歳月を経て、特にいわゆる“社会主義圏”が消滅した1990年以降、状況の悪化に伴い、 “包囲された要塞”という1960年に我々の社会に備わった性格が深刻化した。キューバは、言ってみれば、サバイバルそのものの時代に突入、キューバ人は自らをどうにか“生存しているsobrevivientes”と感じ始めた。

 

そのときだった。アレアが撮った本作が新たな読みを獲得したのは。1978年のブラックコメディは警報となってよみがえった。社会の発展が止まり、思考に変化が起きないと、どんな状況に陥り得るか、という警告として。不条理(ばかげた状況)は、にわかに起こり得ると。孤立―それは必要だったかもしれないが議論の余地がある―によって、周囲の人間社会との正常な関係が止まったときに。

 

「『天国の晩餐』は、生産力の減少がもたらし得る退行のメタファー」で、「この場合はブルジョア家庭だ」とアレアは言った。だが、預言と化したメタファーの解釈の可能性は開かれており、当てはまるケースは身近かつ広範にあり得る。もっともそれについては触れていないが。

矢は、一見したところ、違う鳥を狙っていたようだ。

 

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天国の晩餐 原題:Sobrevivientes(生き残りし者たち)

1978/110/カラー/ドラマ・フィクション

 

  

 

監督:トマス・グティエレス=アレア

脚本:トマス・グティエレス=アレア、アントニオ・ベニテス=ロホ、

コンスタンテ・ディエゴ、マリア・エウヘニア=アヤ

撮影:マリオ・ガルシア=ホヤ

編集:ネルソン・ロドリゲス

音楽:レオ・ブロウエル

 

出演

セバスティアン・オロスコ……エンリケ・サンティエステバン

ローラ(セバスティアンの妻)………………ファニータ・カルデビージャ

バスクァル・オロスコ(セバスティアンの弟)…ヘルマン・ピネーリ

フィナ・オロスコ(セバスティアンの娘))………アナ・ビージャ

ビセンテ・クエルボ(フィナの夫)……レイナルド・ミラバジェス

フリオ・オロスコ(セバスティアンの息子)…ビセンテ・レブエルタ

クカ(フリオの妻)………………レオノール・ボテロ

マヌエル・オロスコ(セバスティアンの息子)…カルロス・ルイス・デ・ラ・テヘラ

フィニータ・オロスコ(フィナの娘)…アナ・リリアン・レンテリア

フリート(フリオの息子/成人)……パトリシオ・ウッド

バルトロメ(フリオの息子/成人)…ホルヘ・フェリックス=アリ

 

          

 

 

ストーリー(ほぼ最後まで詳細に書いてあるのでご注意ください)

オロスコ家は、キューバに400年以上の歴史をもつ旧貴族。195911日に革命が勝利すると、ラモンと母親は米国に移るが、長男のセバスティアンは国に留まることを決意。どうせ米国の来援で革命政権はすぐに倒されるだろうと予測したからだ。かくして大邸宅には、セバスティアンと妻、息子のフリオとマヌエルと娘のフィナ、弟のパスクァル、フリオの息子のフリートとバルトロメ、フィナの娘フィニータのほか、多くの使用人が残った。一族は外の世界とは無縁に、今まで通りに敷地内で暮らそうとする。財産の管理は、フィナと結ばれた弁護士のビセンテが、孫たちの教育はマヌエルがすることになった。しかし、セバスティアンの予測に反し、革命政府は、19614月の侵攻事件(米CIAの陰謀)や翌年のミサイル危機を乗り切り存続し続けた。一方、オロスコ家では、セバスティアンが亡くなった。また、使用人たちに対し絶対服従を命じ、農園と化した庭園で働かせていた。

フィニータの15歳の誕生日パーティー。フリオは息子のバルトロメとフィニータの婚約を宣言したが、彼女は浮かない顔をしていた。

まもなく、使用人たちが逃亡を企てているとして、ビセンテは彼らを鎖や枷(かせ)につなぐ。まるで奴隷制の時代に戻ったかのようだった。堪りかねた彼らは、ある夜、逃亡を試み、ビセンテやフリオと銃撃戦を交える。その結果、フリオが死んだ。その後、ビセンテも亡くなった。使用人に逃げられた一族は自ら働かざるを得なくなる。拒んだフィナは自殺。身動きできないローラは、カカシにさせられたあげく息絶えた。密かに心を通わせ、共に脱出しようとしたフリートとフィニータはバルトロメに撃たれて死んだ。

今や生存者は、マヌエル、バルトロメ、クカ、そしてビセンテとフィナの遺児セバスティアンだけとなったが、墓地に参った際、幼いセバスティアンは姿をくらませる。その夜、窓辺にたたずむクカを雷が直撃。こんがり焼けた遺体を前に、二人は……

 

                               

 

マリオ・ピエドラ教授(ハバナ大学・キューバ映画史)の解説はこちら

 

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今月1日から8日までリスボンで開催された第8回フェスティン(FESTin)映画祭で、キューバ映画の要, 故トマス・グティエレス・アレア監督(愛称ティトン)のレトロスペクティブ上映があり、夫人で女優のミルタ・イバラが2008年に完成させたドキュメンタリー『ティトン:ハバナからグァンタナメーラへ』が上映されました。

 

以下の映像は『ティトン』のトレーラー3本。

重複している映像もありますが、キューバの知性を代表する人物たちのコメントを訳出してみました。アレア監督の代表作『低開発の記憶』を理解する参考になります!

 

 

*ミルタ・イバラのナレーションは英語字幕を参照してください。 

 

リサンドロ・オテロ(作家) 

ティトンは反逆者だった。だからこそ革命家だった。

 

レイナルド・ゴンサレス(作家)

彼は心底 反抗的で、時には不敬ですらあった。

 

フリオ・ガルシア=エスピノサ(映画監督)

「批判される国とは愛されている国である」と我々を納得させた。

 

アレア本人

だが同時に、我々は敵に囲まれていることを忘れてはならない。

ゆえに、自分たちの現実を肯定せねばならないのだ。

 

エンリケ・ピネーダ(映画監督)

彼は異端審問のごとき教権拡張主義を批判するように、スターリン主義的ドグマティズムを批判していた。

 

ホルヘ・ペルゴリア(俳優)

ティトンはヨーロッパだろうと米国だろうと、どこでも好きな所で仕事ができた。それなのにキューバで映画を撮り続けたんだ。

 

アレア

知識人の欠点(間違い)は、スクリーン上で革命を試みることだ。

現実に行わねばならない。

 

フェルナンド・ペレス(映画監督)

彼のことを反体制と言うのもひどい誇張なら、プロパガンディストと言うのもひどい誇張だ

 

アンブロシオ・フォルネー(作家)

彼は批判的かつ美的なビジョンの創始者だった。

つまり、映画とはまずエンターテインメントであり、次に自省(熟考)でもある。

 

ネルソン・ロドリゲス(映画編集者)

彼の作品はキューバ映画で最も重要だと思う。

 

マリーナ・マルテル(ティトンの姉/プエルトリコ在住)

彼はアーティストとして生まれ、アーティストとして死んだのです。

 

ホセ・アントニオ・エボラ(ジャーナリスト・映画批評家)

私はよく思ったものだ。もしティトンが50人いれば、キューバは違っていただろうと。  

 

 ①と重複する部分は省略

 

0:50 ホセ・アントニオ・エボラ:

1968年のキューバのあの革命的熱狂のなかで、何もかもが、やれベトナムだなんだと騒ぐなかで、あの男(注:『低開発の記憶』のセルヒオを指すと思われる)が現れた。映画と共に舞い降りてきた男は自問していた。なぜたった一人の人間に社会が依存し続けているのかと。それは単に政治的に勇敢なだけではない。そこに示された誠実さゆえに勇敢なのだ。

 

1:35 

赤い本のタイトル:「観客の弁証法」トマス・グティエレス・アレア著 

アンブロシオ・フォルネー:

(アレアの意図は)政府お墨付き思想の従順な信奉者、チェいわく“公認思想の奨学生”ではなく、批評的かつ革命的知識人もしくは批判的革命家として、社会の変化に寄与し得る一市民を創造すること。どうやって? 批評的な視点をから。さもなければ何の変革の可能性も生まれない。

 

③ 

 

アレア監督の発言

初めて8ミリカメラを手にした日、私は啓示を受けた。これこそ私がすることだと確信した。

 

社会として発展していくためには、批評(批判)を行使せねばならない。現実に対し批評的に働きかけることが非常に重要だ。

だが同時に、我々は敵に囲まれていることを忘れてはならない。

ゆえに、自分たちの現実を肯定せねばならない。

 

我々がいまだに住み続けている低開発の(後進的)社会では、人々は自分たちに代わって誰かが考えてくれることを必要としている。(注:『低開発の記憶』で主人公セルヒオが言う台詞と同じ)。

 

知識人の欠点(間違い)は、スクリーン上で革命を試みることだ。それは現実に行わねばならない。

 

映画の効果とは、スペクタクルの効果と直結している。つまり、エンターテインメントであり、楽しみを提供すること。その必要条件を満たせなければ、効果的とはいえない。

 

Marysolより

私は『低開発の記憶』で監督は何が言いたいのか、それを知りたくてキューバに足を運ぶようになり、キューバ映画について知ろうとしてきました。

ようやく分かったのは、監督が意図したのは、映画をきっかけに見た人が自分で考え行動すること。

「〇〇せよ」とは言っていないし、それはアレアやキューバ映画人が意図したことに反します。

批判精神を養い、主体的に行動すること。それが映画の意図でした。

 

革命と知識人の最初の衝突が起きた19616月。3回に渡って文化官僚と知識人が激しい討論を繰り広げた末、フィデル・カストロは最終演説「知識人への言葉」のなかで、「革命の内であればすべて(の表現は)許容されるが、逸脱したら一切(の表現は)認められない」と言い、それが革命政府の文化的指針となります。

そして、そこから(逆説的)課題や論争・闘いが生じていきます。

真の革命的表現(芸術)とは何か?という問いが

そして、自らを正統と見なす元PSP(旧共産党)派と、異端的ICAIC(映画産業庁)との闘いが

(字数上の制約から掲載できなかった引用文はコメント欄に書くのでお読みください)

 

参考記事:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12145525044.html

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/theme-10096073438.html

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先月末、米国の映画芸術科学アカデミーは、キューバ映画を代表する2人、ネルソン・ロドリゲス(1938年生まれ・映画編集者)とデイシー・グラナドス(1942年生まれ・女優)を招き、それぞれの人生やキャリアについてインタビューした映像を同アカデミーのビジュアル歴史プログラム・永久コレクションに加えた。

 

ネルソン・ロドリゲス(写真中央)の発言:

「アカデミーが我々の仕事を認めてくれたことは、とても美しいできごとだ。キューバ映画に威信と栄誉が与えられたからだ。アカデミーはこの半世紀において初めて我々をキューバ映画史の異例の証人として扱ってくれた。この事実は我々の映画にとって非常に重要であり、まことに素晴らしいことだ。将来、我々の証言を通して世界中のシネフィルや歴史家が、我々の献身、仕事に対する厳しさ、そして情熱を知ることになるだろう」。

 

2人はアカデミー賞授賞式の翌日にゲティ研究所で行われた『低開発の記憶』(トマス・グティエレス・アレア監督/1968年)の修復フィルム上映会にも出席した。

 左がエレーナを演じたデイシー・グラナドス

 

上映に先立ち(10分以上も)スピーチしたマーティン・スコセッシ監督は、同作品のもつ卓越した価値を讃えたほか、革命後に初めて米国で上映されたキューバ映画であることにも言及した。

上映が始まり、スクリーンにネルソンとデイシーの名が映し出されると、会場からは喝采が起き、2人をいたく感動させた。

 

(参考情報)これまでにアカデミーがインタビュー映像を撮った映画人:

セルマ・スクーンメイカーマリア・ノバロドン・ホールルクレシア・マルテル

ジョナス・メカスアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ ほか

 

参照記事と写真:

http://www.elcineescortar.com/2017/03/02/nelson-rodriguez-y-daisy-granados-archivo-historia-visual-de-la-academia/

 

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恒例の「とことんキューバ音楽」第8回目は、キューバを代表する歌手、ベニー・モレーの魅力について、とことん味わいます。

3月11日(土曜) 開場:16:30~ 開始:17:00 場所:ボデギータ(下北沢)

 

☆ なるべくご予約を:ボデギータまたは吉田雄三氏まで(画像下段をご参照ください)

 

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先週の金曜日、チリのビニャ・デル・マルで開催中の国際歌謡コンクールで、前代未聞のハプニングが起きました。仕掛けたのは、キューバ代表の歌手、ダナイ・スアレス
彼女はこれから自分がすることがルール違反であることを承知で、イントロ部分で次のように言いました。

「昨夜 私は父に言ったの。『キューバにトロフィーを持ち帰ろうね』って。すると父なる神はこう言われたわ。『いいかい、ダナイ。慢心してはいけない。なすべきことをせよ』と」

 

そして彼女は、エントリー曲“Yo aprendí(私は学んだ)”を、彼女の別の歌“Dejando al mundo(この世界を後に)”の歌詞で歌ったのです。


下はそのときの映像

 

歌詞(Dejando al mundo/この世界を後に) Marysol訳

 

私を罰しないで
神様が彫る真実に導かれているのだから
あんたが吐き出すモラルは私の規範とは違う
あんたの言葉のお役所は鉄面皮
砂漠のオアシスみたいな幻影
殺人へまっしぐらの道
炎に焼かれる燭台
夜露を含む雲のない灼熱の大地
毒みたいに

 

助言をくれる人が師匠なら
その師匠の師匠は誰れ?
天上の見たこともないものに似せて板や石膏を刻む人
福音の言葉を忌み嫌うあの人は
神の国の者ではないし、その言葉が分からない
聖なる書は真っすぐに歩みたいと願う人のためにある
弱い頭で強い指導者ぶった口を利く者は軍隊を招集し死の玉座を崇める
炸裂する爆弾の訓練をし
人々を狂気に導き、そこでは主義と観念がぶつかり合う
もう黙って!

 

私の家に変な人を登場させないで
私の信頼を浪費しないで
私の白いブラウスを汚さないで
私は偶像なんて信じないし
私の汚れが付いたこの世界を後にする
滅びに至る門は広い
足元の天国は崩壊した
今 私は諸々の契約を破棄し、
もたらされた偽りの歓喜の時と無縁でいようとしている
自分のエゴを喜ばせようとは思わない
また火傷するのは嫌

 

今は盲人のように膝まづき許しを請いたい
なぜなら嘘で解決できると信じたから
怒りにまかせ指を折ったから
裏切りに裏切りで応えたから
自分の意見に固執したから
イエスキリストを優先しなかったから
この世界と天国を混同したから
テレビの影響に流されたから
地球全体を裁いたから
心の中である男を偶像化したから
間違った選択をしたから
わけもなく肥大する形容詞に
私をダメにした人たちをなかなか許せなかったから
父や母に声を荒げたから
生まれなかった私の子どもたちに

 

今私には敵が見えるし敵を信じない
戦う相手は血肉じゃない
私の魂は清められて心地良い
椰子よりも高く慈悲を掲げ
柔らかい意欲と貧しい手をもち
あまたの罠に気を付ける
私は大好きな歌を使う
仕事は魂を高貴にするから
行き止まりの出口は通らない
救いのない言葉は使わない
あなたに愛されなくても傷つけたりしない


愛は決断で思慮深いもの
多弁にあるのは多くの過ち
だから私は夜明けに告解する
もうすべてを話したし何も話していない

 

こうして彼女は歌い終わるなり、言いました。
「分かってます。これでもう賞はとれないと。でも私には今ここでビダ(命・人生)を救うことの方が大切だったのです」

 

トロフィーを持ち帰るより、アーティストとしてメッセージを伝えることを選んだ彼女の勇気も感動的でしたが、ダナイに魅了された人々の表情も印象的。

さらに感動的だったのが、司会者(男性の方)に呼ばれてステージに上がった審査員長(メキシコ人)の言葉。 「彼女のしたことは反則だけど、ものごとを良くするなら規則は破られるためにある。審査結果の発表は一日延期する。だがもし彼女に賞が授与されない場合は、ダナイ、僕がもらったトロフィーを君にあげるよ」

 

ダナイは「この言葉だけで十分に報われた」と言っていましたが、翌日の受賞者発表で1位にはスペイン代表歌手が選ばれたものの、彼女にも1位と同格の特別賞が(インスピレーションに敬意を表して)与えられました(賞金も1位と同額の3万ドル)。

 

こういうラテン的な柔軟性って好きだな~♥
はるか昔、メキシコでホームステイをしていたときに、道端で重そうな荷物を抱えた老女を見かけたペアレントが、約束の時間に遅れようとも彼女を車に乗せて家まで送り届け、遅刻を気にする私たち3人に「約束に遅れても人を助けることの方が大事よ」と言ったことを思い出しました。

 

さて、ダナイが歌詞を変えた理由ですが、どうやら彼女は本当に神の声を聴いたようです。後日のインタビューでそのような発言をしているし、授賞式のスピーチも宗教っぽく、やや違和感を覚えるほどでした。
「中絶に対するメッセージか?」という質問には「それだけではない。ほかにもたくさんある」と。

「会場にはいろんな人が来ていた。子供たちもいた。だから精神的なメッセージを伝えるべきだと思った」とも言っています。

 

いずれにせよ、この一件でダナイ・スアレスは注目の的に!
キューバでも彼女の快挙が報道されました。
一部に異論もありますが、彼女の勇気と行動こそ“革命的”だと思います。

 

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テーマ「革命と文化」のこの稿の続きです。 

上の稿で、1961年6月16日、ORIの文化部長にアニバル・エスカランテ(旧PSP=人民社会党=旧共産党)の弟セサルが、次長にエディス・ガルシア・ブチャカが就任した後、「『P.M.』事件」が起き、知識人との討論会が3回に渡って行われ、最終的にフィデルがその後の文化的指針とも言うべき「知識人への言葉」を発したことまで紹介しました。

その後の影響や結果については下のサイトに書いたので参照してください。

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10121316872.html

 

さて、それまで革命の文化を牽引してきたグループ「ルネス」が消滅し、以後は旧PSP

派と組んで「ルネス」を潰したアルフレド・ゲバラ(ICAIC長官)が、社会主義リアリズムを信奉する旧PSP派と対決していきます。(ならば、ルネスを潰すべきではなかったのに、当時はそれがどんな影響を及ぼすか見通すことは不可能だった。A.ゲバラはこの稿で明らかなように、「ルネス」をライバル視していたが、敵視していた相手は(G.C.インファンテではなく)カルロス・フランキだったこと、「P.M.事件」の対応については後悔している、と後に告白している。)

最初の有名な対立は1963年に起きますが、これについては別の機会に。

参考記事:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10907440470.html

 

革命の急激な政治的変化は、「7月26日運動」から生まれた新聞「レボルシオン」(注:ルネスの母体)を、革命の “メッセンジャー”から、いつしか“敵対分子”という位置づけに変えてしまっていた。彼らの多彩で開放的な文化への姿勢は、古い共産党員の硬直した考え方と対立せざるを得なかった。(K.カロル)
参考記事:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10116125887.html

 

要するに1961年以降は、急速に勢力を拡張しつつあった旧PSP派が文化面でもソ連型モデルを当てはめようとしたのに対し、革命を信奉する知識人やアーティストはキューバおよびラテンアメリカの独自性を追求し開拓しようとした。

この両者の姿勢の違いと対立関係こそが革命の文化を理解するうえで鍵となる。

 

ICAIC(映画産業庁)を率いたアルフレド・ゲバラは“異端”であることを革命文化の特徴とし称揚した。そこにはソ連を盾に“正統”を自認する旧PSP派への対抗意識と否定があったのだろう。キューバ映画はソ連の「社会主義リアリズム」に抵抗し続けた。

尚、カルロス・フランキとG.カブレラ・インファンテも旧PSPを嫌い、社会主義リアリズムを否定していたのだが、6月の討論会で「ルネス」の前衛志向が一部から「欧米かぶれ」「キューバの現実から遊離している」と非難された。

この年、チェの発案で創設された通信社「プレンサ・ラティーナ」も解体された。

革命から生れた主要文化グループは、ICAICと「カサ・デ・ラス・アメリカス」のみになり、「ルネス」消滅後、後者に活動の場を移した者もいた。

 

☆参考情報

A.ゲバラは、ソ連に傾倒する旧PSP派を「善人だが無能でスターリニズムに歪められていた」と見なしていた。「PSPが革命にスターリニズムを押し付けた」。

A.G.の注目すべき発言:http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-11866274392.html 

*気になること

”Dentro de la Revolución, todo; fuera de la Revolución, nada”(革命の内ならすべて許されるが逸脱は一切認められない) というフィデルの文言は、ムッソリーニの1927年の演説の中の“Todo en el Estado; nada contra el Estado” や同じく1928年12月の “Todo del Estado; nada contra el Estado, nada fuera del Estado” に由来するという指摘がある。Dentro del Estado, todo, fuera del Estado, nada; contra el Estado, absolutamente nada”という説もある。

いずれにせよ「革命(Revolución」と「国家(Estado)」の違いだけだ。このムッソリーニの言葉こそ全体主義を象徴しているという意見もある。

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2004年以来「シネ・ポブレ(低予算)国際映画祭」の名で親しまれてきた映画祭。
http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10526171343.html

 

今年度の開催は4月15日から21日まで。
ただし、名称を「ヒバラ国際映画祭」と変えての開催となる。

※上のサイトで紹介したように、ヒバラはキューバ東部の町で、「シネポブレ映画祭」を始めた故ウンベルト・ソラス監督(代表作:ルシア)が『Miel para Ochún』を撮影した土地。今年はヒバラ建設200周年に当たる。

委員長を務めるキューバを代表する俳優ホルヘ・ペルゴリアによると、改名の理由は「映画祭のコンセプトや形式を刷新し、間口を広げるため」。もちろん「本質(低予算かつ高品質)を損なうことなく」。

 

すでに長編・短編併せて50本以上の出品数が見込まれている。

今年の招待国はスペインで、ソラス監督が同国と共同制作した『セシリア』(1981年)で主演男優を務めたイマノール・アリアスや、ベニチオ・デル・トロ(プエルトリコ出身でスペイン国籍)が出席予定。

 

さらに映画の枠を超えて、多くのアーティスト(ミュージシャン、写真家、演劇関係者、ダンサー)も海外から参加する予定。
ちなみにオープニング・コンサートを演出するのは、パブロ・ミラネス(現在はスペイン在住)。ケルビス・オチョアやハバナ・デ・プリメーラらもステージに立つ。

 

*写真と参考記事はこちら

*昨年度の「シネポブレ国際映画祭」

http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12154814424.html

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