太った方の卵子は代謝異常で小さい | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

BMIが高いと卵子の質が悪くなることについては、これまで多くの記事でご紹介してきました。本論文は、そのひとつの根拠を示したものです。

Hum Reprod 2015; 30: 122(英国)
要約:29名の方の218個の卵子について、BMIの違いによる顕微授精後の発育動態をタイムラプスで後方視的に解析しました。また、別の29名の方から150個の胚を提供していただき、胚盤胞の代謝能(糖、ピルビン酸、アミノ酸、乳酸、中性脂肪)を測定し、BMIの違いで比較しました。BMI>25の方の卵子は有意に小さく、受精後の発生を完遂する確率が低下していました。これらの胚は桑実胚までの成長速度が有意に速く、その結果胚盤胞になった際の細胞数が有意に少なく(つまりグレードが低く)なっていました。これらの胚は、糖代謝が有意に減少しており、アミノ酸代謝に変化がみられ、中性脂肪が有意に増加していました。これらの変化は、男性のBMIとは無関係でした。

解説:母体のBMIは妊娠前から妊娠中の母児の健康に極めて重要です。妊娠中の体重増加は妊娠糖尿病や巨大児のリスク因子であり、生まれた赤ちゃんが成人した際の様々な疾患に関連することが知られています(Barker仮説)。また、卵胞内のグルコース(糖)は顆粒膜細胞によってピルビン酸に変換され、卵子の中に入ってエネルギー源になります。哺乳類の卵子は、卵胞内の中性脂肪が卵子の成熟に必要です。一方、肥満(BMI>25)は、卵胞内の糖、中性脂肪、インスリン濃度を変化させ、卵子の状態に影響を与える可能性が示唆されています。たとえば、最終成熟段階で高脂肪環境に置かれた牛の卵子は、受精後の胚の活動性が低下し、胚の質が低下します。本論文は、BMIによる卵子や胚の代謝についてヒトで初めて検討したものです。

胚発育が速いのも遅いのも良くないことはタイムラプスの研究で知られています。遅いのがよくないのは理解しやすいのですが、速いのがよくないのは納得がいかない方が多いのではないでしょうか。本論文のデータから、胚発育が速い場合には、胚盤胞になった時の細胞数が少ないため、グレードが低下するからではないかと考えられます。つまり、細胞分裂が規定回数に達していないのに胚盤胞になってしまっていることになります。胚盤胞のABCのグレードは細胞数の多少によるものですので、この考え方なら納得できます。

Barker仮説については下記の記事を参照してください。
2012.11.8「☆妊娠中の栄養と出生児の健康:Barker仮説、DOHaD」

BMIと妊娠については下記の記事を参照してください。
2012.10.25「妊娠と体重の関係」
2012.10.30「BMIと妊娠」
2012.12.3「BMI 35以上は異常卵が増加」
2013.1.21「代謝が悪いと卵と胚の質が低下する」
2013.4.29「BMIが高い方のダイエット」
2013.6.7「☆ARTの妊娠率に与える男女のBMIの影響」
2013.6.28「☆太るとAMHが低下する?」
2013.11.21「☆痩せると卵子の質が良くなる!?」

タイムラプスについては、下記の記事を参照してください。
2013.7.13「☆適切な時期に適切に分割する胚が良好胚」