☆妊娠中の栄養と出生児の健康:Barker仮説、DOHaD | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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これまで、太り過ぎは妊娠にはいけませんよとかダイエットの勧めなどを掲載してきましたが、こと妊娠中に関して言えば栄養状態が良い方が望ましいと考えられています。これは、妊娠中の低栄養状態が生後の生活習慣病の発症に関係するという概念が提唱されているためです。この概念をBarker仮説あるいはDOHaD (developmental origins of health and diseases)と言います。

Barker仮説:Lancet 1986; 1(8489): 1077、J Intern Med 2007; 261: 412 他
DOHaD:Science 2004; 305(5691): 1733、Lancet 2007; 369(9567): 1081 他
英国での疫学(統計)調査から、1921年~1925年の新生児死亡率の高かった地域では、その約40~50年後の1968年~1978年に虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)での死亡率が高いことがわかりました。その後の世界的な調査によって、低出生体重児(2500g以下)と虚血性心疾患の因果関係が確認されました。この因果関係を胎児の栄養状態で説明しようとしたのがBarker仮説です。つまり、子宮内での栄養状態が悪いと、胎児は少ない栄養をより効率よく取り込もうとするように身体のプログラムが調整されます。そのため太りやすい体質(省エネルギー、脂肪蓄積体質)となり、成人期には高血圧、肥満、糖尿病、高脂血症などのメタボリックシンドロームになり易く、その最終結果として虚血性心疾患が発症するという仮説です。

解説:Barker仮説はわかりやすく納得しやすいため、非常に説得力のある仮説です。ただ、ヒトでの証明は多くの因子が関与するため容易ではありません。多くの動物実験が行われ、証拠が少しずつ出てきています。かつて、日本では妊娠中毒症(妊娠高血圧症候群)の予防には妊娠中の栄養管理(カロリー制限、体重増加制限)が大切であると言われてきましたが、これは日本独自の指針であり、外国ではそのような管理は全くされていません。むしろ、1500カロリー以下では胎児の発育が悪くなることが報告されていますから、胎児の成長が悪くなる妊娠高血圧症候群ではかえって逆効果であるとも考えられます。米国では妊娠成立時の肥満が妊娠高血圧症候群の発症のリスク因子であると記載されていますが、妊娠中の体重増加はリスク因子ではありません。現在では、生まれてくる子供の健康のために、妊娠中は十分な栄養を摂取して、特にタンパク質、脂質を多く採ることが望ましいと考えられています。