☆太るとAMHが低下する? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

AMHに関する論文がこのところ増えている印象があります。新たな知見が得られていますので、その都度アップデートが必要です。太っている方はAMHが低い(太っていない方の65~77%)という報告があります。本論文は、肥満の方に多いホルモンであるレプチンがAMHおよびその受容体を低下させるという新しい考え方を示しています。

Hum Reprod 2013; 28: 1661(米国)
要約:体外受精にて採卵を行った60名の女性(24~46歳、BMI 19~41)から、採卵時に得られた卵胞液と顆粒膜細胞を頂き、以下の研究に使用しました。卵胞液中のAMH、レプチン、アディポネクチンを測定し、顆粒膜細胞のAMH およびAMH受容体(AMHR-II)のmRNAを測定しました。さらに、顆粒膜細胞は、レプチンおよびアディポネクチンの存在下、JAK2/STAT3抑制因子+レプチン存在下で培養し、AMHとAMHR-IIのmRNAを測定しました。小さい卵胞(< 14mm)では、卵子周囲の顆粒膜細胞のAMH mRNAレベルは、卵胞壁の顆粒膜細胞の6倍であり、大きい卵胞(≧14mm)では8倍でした。卵胞液中のレプチンはBMIと正の相関を示し、卵胞液中のアディポネクチンはBMIと負の相関を示しました。AMH mRNAとAMHR-II mRNAは、レプチン添加により有意に抑制されました。レプチン添加によるmRNAの抑制は、JAK2/STAT3抑制因子添加により、AMH mRNA の抑制は消失しましたが、AMHR-II mRNAの抑制は依然として認められました。一方、アディポネクチン添加では、AMH mRNAおよびAMHR-II mRNAの変化はみられませんでした。 

解説:肥満(BMI > 30)や過体重(BMI 25~30)は、男女とも不妊症に関連していることを何回か紹介致してきました。
2012.10.25「妊娠と体重の関係」
2012.10.30「BMIと妊娠」
2012.12.3「BMI 35以上は異常卵が増加」
2012.12.5「男性のBMIも妊娠に影響」
2013.1.21「代謝が悪いと卵と胚の質が低下する」
2013.2.2「BMIが高いと精子の状態が悪くなる」
2013.6.7「ARTの妊娠率に与える男女のBMIの影響」

レプチンは脂肪細胞で作られる他、胃、胎盤、乳腺でも産生されますが、レプチン濃度は身体全体の脂肪の量を示しています。一方、アディポネクチンは、アディポサイトで産生され、BMIと逆相関します。レプチンとアディポネクチンは、脳から卵巣への女性ホルモンのシステムに影響を与えるのみならず、顆粒膜細胞には両者の受容体が存在します。顆粒膜細胞でつくられる、エストロゲン、黄体ホルモン、IGF-1、COX-2、PGE、VEGFの産生には、アディポネクチンは促進的に働き、レプチンは抑制的に働くことが知られています。AMHも顆粒膜細胞で産生されますから、同様な機構が働いていても不思議ではありません。

BMIが高い方(=太っている方)は、BMIが低い方(=痩せている方)に比べ、卵巣の反応性が悪く、多くの排卵誘発剤(hMG/FSH製剤)を必要とします。これまでは、単に体重の多い分だけ多くの薬剤が必要であると考えられていましたが、AMHが低いこと、すなわち卵巣自体の反応が悪いことも一因であると考えられます。痩せすぎもいけませんが、BMIが25以上の方は、なるべくBMIが25未満になるように努力して欲しいと思います。

「肥満ホルモン」=「レプチン」と思われるかもしれませんが、よく考えると「インスリン」が太るホルモンで、「レプチン」は痩せるホルモンなのです(「レプチン」はギリシャ語で「痩せる」という意味)。「インスリン」は、食事で摂取されたブドウ糖を細胞内に取り込み血糖値を下げますが、許容量を超えたブドウ糖を「脂肪」として体内に蓄積します(2012.11.9「私のダイエット作戦 その5」を参照してください)。一方、「レプチン」は、「満腹」サインでもあり食欲を抑制します。同時に、脂肪の蓄積を抑制しエネルギー消費を促進します。ただし、太っている方は「レプチンの受容体」が反応しにくくなってしまう(レプチン抵抗性)ため、せっかくの痩せるホルモンである「レプチン」の効果が弱くなってしまっています。