☆適切な時期に適切に分割する胚が良好胚 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

2011年の米国生殖医学会でとても斬新なビデオセッションのプレゼンを聞き、衝撃を受けました。ほどなくその内容は医学論文に掲載され、世界中の方がそれを目にし、体外受精の考え方が変わってきました。「タイムラプス•イメージング」という技術です。培養器(インキュベータ)の中の受精卵(胚)を連続的に観察できるカメラを設置し、15分毎に撮影します。これにより、胚の形態を静止画像ではなく、動画として観察することができます。これまでは、ある一時点だけの観察に過ぎませんでしたが、どのように胚が成長しているか、その様子をみることができるわけです。胚は、インキュベータや子宮の外の環境ではダメージを受けてしまいます。そのため、胚を外の環境になるべく触れないようにしなければなりませんから、胚を出して観察することを最小限にしたいわけで、連続観察など夢の世界でした。本論文は、タイムラプス•イメージングによる連続観察を用いて、適切な分割のタイミングを持つ胚が着床率の高い胚であることを示したものです。

Hum Reprod 2011; 26: 2658(デンマーク)
要約:285組の夫婦の初回顕微授精(ICSI)周期において、合計522個の胚を移植しました。着床群(247個)と非着床群(247個)の胚を、タイムラプス•イメージングによる様々なパラメータ別に後方視的に比較検討しました。着床を最も予測できるパラメータは、ICSI実施から5細胞になるまでの時間(t5: 48.8~56.6時間)、3細胞から4細胞になるまでの時間(s2 < 0.76時間)、2細胞から3細胞になるまでの時間(cc2 < 11.9時間)でした。その他、ICSI実施から2細胞になるまでの時間(t2: 24.7~27.9時間)、ICSI実施から3細胞になるまでの時間(t3: 35.4~40.3時間)も有意なものでした。

解説:本論文では、動画のデータを解析するために、様々なパラメータを用いています。細胞分裂は倍→倍で増えますので、1→2→4→8細胞になるのですが、実際は2細胞と4細胞の間には3細胞の時期があり、4細胞と8細胞の間には5, 6, 7細胞の時期があります。
つまり、2→→→→→→→3→4→→→→→→→5→6→7→8細胞という感じの分裂をします。
1~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~5 = t5
            3~4 = s2
    2~~~~~~~3 = cc2
1~~~2 = t2
1~~~~~~~~~~~3 = t3

のようになります。着床率の高い胚は、s2とcc2がそれぞれ0.76時間と11.9時間より短く、かつt5が48.8~56.6時間、t2が24.7~27.9時間、t3が35.4~40.3時間であることになります。これが何を意味しているかというと、胚は適切なタイミングで分割するべきであり、細胞分裂の休止期と細胞分裂期にメリハリがあることを示しています。

2010年に、タイムラプス•イメージングを用いた胚発生の基礎データがNat Biotech に示されていますが、タイムラプスで胚盤胞発生の予測をするということに留まっています。これらの胚は移植されていませんので、着床や妊娠の予測には結びついていません。着床や妊娠の予測をしたという点では、本論文が最初の報告になります。

また、本論文は、適切な細胞分裂がてきな時期に行われる胚が良い胚であり、成長が早い胚も遅い胚も良くないことを示しています。多くの施設では、朝採卵、昼過ぎにICSI、翌朝受精確認、その後も朝に胚観察をします。ですから、day 2なら43~46時間で4細胞day 3なら67~70時間で7~9細胞が適切な成長速度になります。

タイムラプス•イメージングは、良好な胚とはどのように分裂する胚かの研究に用いられるとともに、良好胚を選別する新たな方法として有用になることが期待されています。