突然副作用が出てくるという謎 | kyupinの日記 気が向けば更新

突然副作用が出てくるという謎

統合失調症の人で、突然副作用が出てくる人がいる。

ここで言う副作用とは、若い人が処方を受けて初めて出てくるようなものではなく、また長い間服用し続けていたために出てくるものでもない。それ以外の要因で出てくる副作用である。

ある老人の患者さんを診ていたのであるが、ある日、突然パーキンソン歩行の副作用が出現した。うまく歩けないほどなのである。最初、なぜこのような症状が出てきたのか理解できなかった。セロクエルなどの副作用の少ない薬物だったし、もう40年選手なのである。

当時の処方はこんな感じであった。

セロクエル   400㎎
レンドルミン  0.25㎎
(他、下剤のみ)


この処方はいろいろ苦心した結果なのであるが、セロクエルを選択した理由はこの人が薬に弱いからではなかった。思考、行動がまとまらないタイプだったが、他の非定型が合わないのでこういう処方になっただけなのである。セロクエルの利き味みたいなものは、個人的に気に入っていた。

セロクエルは、表情を改善し、にこやかになっていたからである。確かに、セロクエルに変更後は以前より朗らかになっていた。

その後、様子を診ながらセロクエルを減量していった。この場合、副作用を減らすのはまあ良いとして、精神面が悪くなっては話にならない。動きが多く、しかも転倒しやすい老人の統合失調症の患者さんは看護が大変だからだ。

結局、とりあえずこのような処方になった。

セロクエル  100㎎
レンドルミン 0.25㎎
(他、下剤のみ)


この処方でも急激な悪化などないが、やはり歩行状態が悪いし、しかもこの程度まで減らすと「にこやかさ」が欠ける。無愛想になったのである。しかも他に良さそうな薬もない。

その後、これまでのすべての経過を説明できるような事件が起こった。なんと、彼には肺癌が見つかったのである。

一般に、ある程度以上の身体疾患(あるいは疾患に準じる身体的状況)が合併すると、統合失調症の精神症状が改善することが多い。もちろん悪化することもあるが、特別なケースである。

もちろん、その改善は科学的に説明できることもある。例えば妊娠などである。妊娠中はエストロゲンが増加し、その結果精神面が安定することについては過去ログでも紹介している。(参考

疾患では、ネフローゼや重い肺炎などでも精神面が改善するが、意外なのは骨折などである。これは一見、あまり関係ないようにみえるが、経験的には精神面が改善することが多い。

これは実は、統合失調症が「意識状態を変化させる疾患」であることを暗示している。いわば、意識障害の一種なのである。

皆、誰もそう思っていないし、書物にも「統合失調症は意識障害がない」と書かれているが、感性の乏しい人があまり診ないでそう言っているだけだと思う。統合失調症は実は意識障害の一形態なのである。それはおそらく「意識の変容」とまでも呼べないほどの軽微なものである。

こういう考え方をすると、肺癌が生じたために統合失調症の症状が改善したことがわりあい理解できる。肺癌などの大きな身体疾患は脳幹などにも影響を及ぼし、統合失調症の症状の現れ方が変化するのであろう。

この事実は、ひょっとしたら、一般の脳の器質疾患よりも統合失調症の完治の方が容易なのかもしれない?可能性を秘めていると思う。

実は、統合失調症は陰性症状の改善の方が、陽性症状の改善よりは容易なのである。この考え方は一般の書物とは逆だが、陰性症状の劇的な回復(これはプレコックス感の消失や対人接触性の著しい回復)をすればするほど、陽性症状の改善が難しくなることに気付いた。

これは、僕がこの2年以内に発見したことだ。陰性症状の劇的な改善に成功した人は外観だけだと、プロの精神科医でも健康な人と見分けがつかなくなる。これは僕が言っているのだから間違いない。

僕はかつて、陽性症状の回復後に自然の経過で無気力や不活発など、人間の芯が抜かれたような状態が生じるように考えていた。この方が精神病の回復の流れとして考え方としては自然だからだ。

実は、陽性症状と陰性症状は統合失調症の中では反比例している面が大きいのである。


だから無理に陽性症状を抑えているからこそ、陰性症状が遷延する面は確かにある。患者さんにジプレキサやエビリファイを投与すると、陰性症状を改善するが、その代償に陽性症状が再燃することが稀ではない。これは合う、合わないだけでなく、この反比例の法則が現れているのである。

こういう考え方をすると、統合失調症の妄想型の人が狭義の陰性症状があまり診られないことが説明できる(参考)。彼らは強固な妄想があるからこそ、病院に入院することもなく、一般社会で生活していることも多くみられるのであろう。

このハリネズミ状態というかパラドックスを突破するためには、根本的に発想を変えるしかないと思う。もちろん、ジプレキサなどの薬物で陽性症状も改善するほどフィットしたような人はそのままの処方で良いのであるが。

一般にエビデンスとか、論文とか言っているが、ああいうのは製薬会社とのグルの八百長に等しいものが多く存在している。だいたい、欧米人と日本人が同じと思っていること自体、ちょっとおかしい。この先入観のために往々にして、事実がねじ曲げられている。(日本人は海外の論文結果に影響され易いことと、精神科は検査も主観的なものが多いこともある。まあ結果はどうとでも、あらかじめデザインされたようになるのである。もちろん、その論文にはたいした価値はない。)

ところで、彼の今の処方はなにもない。下剤以外は。彼はもう向精神薬はすべて必要がなくなってしまった。

しかし精神症状はそれなりに安定している。これはある意味、治っているといえば治っているのだが、長い病歴のために欠陥症状が残っているので、この場合は統合失調症の治癒とは言わないだろうな。たぶん。彼が以前のようににこやかではないのが気に入らない。

肺癌が発見されて以降、外科的には何も治療をしていない。もうそういうレベルではなかったし、年齢や持病を考慮してナチュラルコースになったようである。

肺癌自体は次第に広がっているようなので、やがて彼は間違いなく死ぬ。担当の外科医はのんびりしたもので、半年ごとに来てくれという。所見のわりに、まったく痛みがないのに驚いているらしい。(参考

この半年ごとに来てくれという再診が何回あったことか。彼は他の統合失調症の人と同じく、やがて肺癌に敗れてしまうだろうが、強靭なのであった。

実は、僕がセロクエルを中止してからまだ半年ほどである。どうも癌の進行につれて、だんだん向精神薬に弱くなっていったことは間違いない。だからこそ、セロクエルのような副作用の少ない薬物で急激にパーキンソン症状が出現してきたのである。

この統合失調症の謎は、実は、治療や治癒の可能性に深く関係している。その前に発達障害についての長いシリーズのエントリをアップしなければならない。今それをしないのは、クリスマスや年末に、いろいろと嫌な思いをしたくないからである。

覚悟ができた時に、エントリを始めたい。

(このエントリは「内因性の正体」のテーマにまだ入っていると言えないが、イントロとしてアップしたい)

既に完成している未来のエントリからの抜粋(いずれも仮題)

彼女の不思議な治療展開、考察、残された謎は、「6月」「バイオハザード」「ミトコンドリア」「昆虫」「スーパーマリオの謎」の5つのエントリに詳しい(テーマ「内因性の正体」)。