2009-10-15 23:49:12

リストカット痕の処置について

テーマ:境界型人格障害
リストカットは治療を始めて時間が経つと、完全に消失する。そうならない人を目撃した事がないので、たぶん、リストカットの治癒率は、間違いなく過食嘔吐よりは高いと思われる。

ここでの話は、行為としてのリストカット治癒後のリストカット痕の話である。

このリストカット痕は、いざリストカットがなくなると、切りまくっている場合、非常に困る。その傷跡が目立ちすぎるからである。

このような場合、皮膚科に行って、レーザーか何かわからないけど治療を受けると、驚くほどその傷跡が目立たなくなる。

今日の豆知識ね。

参考
リストカットはどのように治るのか?
リストカットについての私見
2008-12-15 19:20:16

リストカットはどのように治るのか?

テーマ:境界型人格障害
リストカットは自傷行為の1つで、過去ログにも少しだけエントリがある。リストカットの原因だが、普通、トラウマだとか心理的なものを言われているが、僕はそう見なしていない。

リストカットは、自分自身への暴力性であり、おそらく器質的色彩の強い精神所見なのである。

僕が治療した範囲では、そういう風に考えた方が、いろいろな点で辻褄が合うし、ずっと合理的だと思う。治療方法、経過もその方が理解しやすく、僕は常にその視点で治療を進めている。

過去に虐待があったとか、あるいはトラウマになりそうな事件があったとか、そのような生育歴は単に器質性疾患を暗示するものでしかない。

ただ、うちの病院はリストカットの人がすごく集まるような病院ではないので、僕が知らないところに、とてつもなく難しい人もいるかもしれないとは思う。

過去ログにも少し出てくるが、僕はパニックやリストカットはあまり疾患として重視しておらず、精神疾患の1所見といった捉え方、つまり辺縁の症状と見なしている。だから、将来的にリストカットが良くなるとしても、どのように良くなっていくのか、さほど意識していなかった。このブログを始めるまでは。

ところが、このブログのコメント欄で、もう何年もリストカットに悩まされているとか、パニックが治らないという話を聴き、それ以後、特にリストカットの治癒に至る経過を意識するようになった。(このブログは2006年7月からもう2年以上続いている) もちろん、それで悩んでいる人たちに何かヒントになることが発見できるかも知れないと思ったこともある。(参考

僕はリストカットの人の治療で、なぜか過去に1人も失敗していない。治療継続したすべての人でリストカットは消失しているのである。(途中でどこかの病院に行ってしまう人もいる(笑)。過去ログ参照)

リストカットの症状はだんだん治るのでなく、ほとんどの人で、ある日、突然消失する。

ダラダラと時間をかけて治っていくのとは違うようなのである。(あるいは、ある日突然、著しく頻度が減り、その1週間~半月くらい以内に消失する)

最初、リストカットの治癒過程を意識した時、すべての人でいつのまにか消失していることに気付いた。なぜこのような書き方になるかというと、僕は「最近、リストカットはどうですか?」とか聞き辛いので、あまり聞かないから。いや、なんとなく・・(これは今でもそうだ) 

リストカットは本来の精神疾患の寛解とともにある時点で消失してしまうようなのであった。

この謎は僕もうまく説明できないが、僕がカウンセラータイプではないことを考慮すれば、おそらく脳の器質の部分の改善により、突然のリストカットの消失をもたらすのかもしれない。器質由来の機能不全が薬物により緩和し、不連続にリストカットの衝動が消失する。

つまり、ある日、彼女は急峻な断層を駆け上がるのであろう。

ある時(この1年以内の話)、うちの病院で両手首に生々しい傷を残しているような女性患者が受診していた。当初、僕以外のドクターが診ていたのだが、あまり良くならないこともあり、外来婦長が僕の診察日に来るように本人に言ったらしい。(初診後2ヵ月半頃)

最初に診た時、彼女はもう10年以上リストカットが続いていると話していたが、今風な所見が全然なかった。それは過食・嘔吐、買い物依存、浪費などの症状である。ただ、もちろんうつ状態はある。

手首に両方包帯をしているが、僕はそれを見せてくれとは言わない。僕は見たくないのである。

また、傷痕を見ることがあまり治療的ではないと思っていることもある。だから看護師さんが手当てした際などに、後で傷の様子などを聞いたりする。それどころか、どういう時にリストカットしたくなるかとか、そういうことすらできるだけ聞かないようにしている。これも治療的でないと思うからである。僕がそれを知ったところで、結果には大差ない。

この人は、あんがい早く良くなるような気がした。精神症状がシンプルだからである。最初の診察の後、外来婦長とそんな風に話していた。

僕は最初、アナフラニール主体で治療しようとしていた。毎日点滴に来ることを勧めたが、それは仕事の都合もありできないという。リストカットや慢性の希死念慮の人たちは働いていることが意外に多いので、日本には同様な症状で無治療の人たちが相当数いるような気がしている。

最初はうつ状態を改善することにし、リストカットを促進させていそうなものを中止するつもりだったが、初診のドクターが安易にSSRIを処方していなかったため、特に急いで減量する薬はなかった。

リストカットに悪そうな薬とは、SSRIやベンゾジアゼピンである。一見、ベンゾジアゼピンは直接、希死念慮を煽らないのでSSRIよりはマシのように思われるが、多い量ではもちろん良くはない。というより、ベンゾジアゼピンは脱抑制があるので、患者さんによればむしろマイナスだと思う。患者さんが飲みたがるのは、姑息的な一時の安定が得られるからだ。

若い人では、安易にSSRIを処方すると、治療を開始してからリストカットが出現するという事態に遭遇する。これは病状が進行したとか、医師からはなんとでも言えるが、結局は向精神薬の理解が足りないとしか言いようがない。ひとことで言えば、失敗なのである。

注意してほしいのは、リストカットは希死念慮と同列には語れないこと。彼女(彼)たちは決して死にたいから、リストカットしているのではない、特にDelicate cutterではその傾向が強い(参考)。だから、SSRIがリストカットを改善することはありうる。ただ、確率が低いだけだ。このブログではパキシルで幻聴が消失した話が出てくるが、ちょうどあの世界なんだと思う。(参考1参考2

リストカット≒慢性的希死念慮(←今から考えると、これはちょっと言い過ぎである。(2009年8月27日>参考))

何が似ているかと言うと、自分自身への攻撃性、暴力という視点において、器質的色彩がある点。ただし、慢性的希死念慮はあるがリストカットはない人はザラにいる。これは、やはり表現型の相違なんだと思う。

ベンゾジアゼピンでもリボトリールだけは気分安定化薬なので例外的に使って良いような気がしている(←私見)。ごく稀にリボトリールも悪そうに思える人がいるのは謎だ。

この患者さんの場合、リストカット以外に過食・嘔吐がないので、SSRIは選択肢に挙がりにくい。過食・嘔吐があれば単純ではない。

僕はアナフラニールとアンプリットを併用することにした・・(今回の主題ではないので以下省略。彼女は能力の高いタイプのウェールズの人であった。なお、ECT、バッチフラワー、エゾウコギなどは使用していない)

僕が診始めて、5日目まで、かえってリストカットが増加し、救急病院の医師から苦情の電話がかかってきたらしい。短い期間にあまりにも頻回にリストカットし受診したからである。たまたまその電話を僕は取ることができず外来婦長が対応したが、嫌なことを聞かないで済んで良かった。

あれはたぶん、救急医からすれば、何をやってんだ?といったところであろう。(処置する身にもなってみろ!と言った感じ)

僕は何か変なことでもしたかな?思ったが、これは後で考えると、薬物の好転反応みたいなものだったのかもしれない。(なぜかわからないが、僕の患者さんは最初いったん悪くなる人が多すぎると思う)

彼女のリストカットは、14日目に突然消失したのである。(もう少し正確に言えば、9日めに頻度がガクンと減り、14日目に消失したという。本人の話)

これは僕の過去の治療でも最短記録であった。

彼女によれば、気分がずっと良くなったという。どうしようもない衝動が起こらなくなったらしい。他覚的には顔色がかなり良くなっており、笑顔も見られるようになっていた。表情はすがすがしい感じなのである。

ちょっと不思議な所見が出ていた。それは物忘れである。彼女はいろいろなことをすぐに忘れてしまうので、いつも努めてメモするようにしていたという。これこそ、ウェールズタイプの人たちの非定型的色彩を帯びた精神所見である。これは若い人では時間が経つと良くなることが多い。(数ヶ月続くこともある。)

彼女に限れば、2週間以内にこの所見はほとんどなくなったしまった。このような微妙な症状変化にはバリエーションが多く、そうならない人も多い。このあたりは整理した人が未だかつていないような気がしている(リストカットの消失に至る精神所見の推移)。

過去ログではリストカットには疾患特異性がないという記事をアップしている。リストカットはあらゆる疾患に生じうるが、老人性疾患にはほとんど生じない。また、リストカットは精神疾患でも統合失調症でない人に出現しやすい。リストカット(特にDelicate cutter)は本来、統合失調症的所見ではないのである。もし、統合失調症の人にそれがあったとしたら、典型的でない人とは言える。(統合失調症の人の場合、本気で死のうとしてリストカットすることがある。)

これは良く考えると、リストカットは器質的所見であることを示唆しているような気がする。もともと器質性疾患と統合失調症は水と油の関係になっているからである。例えば、ECT治療の発想は、統合失調症にてんかんが極めて合併しにくいことがヒントになっている。

老人こそ、器質性疾患が多いのではないかという反論があるかもしれない。この答えだが、おそらく老人の疾患は器質的異常が生じる時期が全然違うからなんだと思う。ここで言う器質性とは、ほとんどが何か画像で見えるものではなく、生来か少なくとも思春期、せいぜい30歳までに脳に影響したために生じる極めて軽微な器質性異常である。(ソフトで濃淡のある器質性異常)

ウェールズの人たちにリストカットが生じることがあるのは、内因性と器質性の双方の特性を持つからなんだと思う。双極性障害のラピッドサイクラーの人のリストカットについても同様である(器質性背景があるという意味)。

少し話が逸れるが、ずっと年配の人で、躁うつ病かあるいは非定型精神病的精神症状で発病し、時間の経過とともに崩れていく人たちが稀にいる。ここでいう「崩れていく」と言うのは認知症になってしまうことを言う。これらの人たちは、実はレビー小体病かあるいはその亜型なんだと思う。

レビーの症状の浮動性(時間により良くなったり悪くなったりすること)の原因はたぶん、脳の下の方の機能が良くないからであり、意識に関連している。その点で非定型精神病に出現する意識障害(特に夢幻様状態)とかぶっていると思う。

レビーの人はデイケアに参加した際に歌ったり動いたりするので覚醒レベルが上がる。この揺さぶりみたいなものが症状の浮動性に効果的なのである。したがって老人保健施設などで実施されているデイケアはもちろん治療的である。レビーは家族関係も非常に似ているので、これらの疾患群は実は遠い親戚同士なのかもしれない。

誤解してほしくないのは、非定型精神病は認知症に至る病ではないこと。どうも、こうことを書かないと誤解して不安になるような人もいるようなので、注意を喚起するために一応、指摘しておく。

ベンゾジアゼピンについて少し補足すると、日本ではたいてい眠剤としてベンゾジアゼピンが処方されている。この眠剤としてのベンゾジアゼピンはリストカットの人たちには良くはない。しかしながら、このような人たちがベンゾジアゼピン系眠剤を中止することも容易ではないのであった。

「ベンゾジアゼピンは中止するべき」と言うのは簡単だが、非現実的なことを言うことは僕は嫌いなのである。これこそ臨床医っぽいところなんだと思う。(←現実派

最初に出てきた人とは違う女性患者さんだが、かなり酷いリストカットの人であったが、不眠も強く、結局以下の処方に落ち着いた。

ベゲタミンA  2T
ユーロジン   4㎎
ネルボン    10~20㎎


ややうろ覚えで、ユーロジンは違うベンゾジアゼピンだったかもしれない。この処方で、1ヶ月~2ヶ月でリストカットが完全に消失した。その後半年以上経つが、リストカットは再発していない。しかも彼女はこれといった副作用もなく働いているし、見た目、眠剤を飲んでいる雰囲気など全くなく、ピンピンしている。

この処方で最も重要なのは、ベゲタミンAとネルボンであることは間違いない。さすが神の薬である。やはり、こういう処方感覚が器質性を意識しているんだと思う。この処方はたぶん凡人には理解できないであろう。(参考

リストカットに限らないが、精神症状をどのように理解していたとしても、結果的に良くなれば良いのである。(←O型的考え方)

いろいろ難しい能書きがあっても、治らないのなら仕方がない。


僕はリストカットのようなシンプルな症状を、難しく考えすぎるから、かえって治りにくくなっているのだと思う。あくまで僕から見た範囲だけど。

(このエントリには少しだけ続きがある。実は、リストカットが治癒するにしても、上のような経過にならない人もいる。リストカットが消失するまで、なんと2年半もかかった人が存在するのである。この人のことをいつかアップしたい)
2008-07-03 22:21:41

レセプトでの主病名の意味

テーマ:境界型人格障害
僕はレセプトでも主病名は重視していて、あまりレセプト的に意味がなくてもその人の診断を付けるようにしている。例えば「アスペルガー症候群」の場合、この主病名にしたところで、使える薬はない。この診断は、レセプト的にはほとんど意味がないのである。

しかし主病名をそうつけておかないと、他のドクターが診察するような場合、その人を僕が何と思って治療しているのかわからない。また統計を取る際、院内で何人アスペルガーを診ているか、すぐに検索できるメリットはある。

だから、精神科医としてはレセプトのために主病名を曲げるなんて考えられない。主病名は真であり、保険病名はあくまで減点を避けるため便宜的に付けるものなのである。

便宜的とは言え、精神医学的にあまりにもということは起こる。僕は基本的に内因性疾患を中心に考えており、もしその人が内因性疾患ならば、それを主病名にすべきだと思う。僕は主病名をアスペルガー症候群とした以上、その下に躁うつ病とか、統合失調症などの診断を続けるのは許せないのである。(統合失調症様状態とかは可)

また同様に「摂食障害」も適応がある薬物はない。しかし漠然と神経症の範疇に入れられているようで、マイナートランキライザーなどはレセプトで通るようである。もちろん通院精神療法も通る。マイナートランキライザーは安価のものが多いし、摂食障害に精神療法が認められないなんて普通に考えてもおかしいということがある。ただし睡眠薬はダメである。なぜなら、摂食障害は不眠症との因果関係はレセプト的にはないからである。この場合、マイスリーなどが処方されている場合、「不眠症」というレセプト病名を追加しなくてはならない。

摂食障害に対しデプロメールなどを処方した場合、それなりのレセプト病名が必要になる。摂食障害にデプロメールは有効なことがあるが、適応的にもレセプト的にも認められていないから。これについて普通は「強迫性障害」くらいが無難である。これは実際にそういう人が多い上、「うつ」が出てこないためマイスリーもクリアし、その後の制約が少なくなるからである。

摂食障害でも古いタイプの抗うつ剤などを併用し、更にマイスリーやリボトリールなどを使っているケースでは、再びレセプトの迷宮に入ってしまうのであった。

摂食障害のある処方
デプロメール   200mg
レスリン     50mg
リボトリール   1.5mg
マイスリー    10mg


これはいかにもありそうだが、レセプト的には詰んでいる。マイスリーは統合失調症とうつ病には適応がない上、極めて高価な眠剤で監視が厳しいからである。

この処方のレセプト病名を考えるだけで憂鬱である。

ところで、国はレセプトチェックのために膨大な経費をかけているらしい。具体的な数字は一度聞いたことがあるが、ちょっと驚くほどの金額であった(具体的な数字は忘れた)。レセプト電子化は結局は国の経費削減なのである。電子化し病名がコードになれば、併用禁忌とか一発でコンピュータでハジくことが可能だ。

現況、レセプトチェックのために膨大な経費をかけすぎているわりに、あまりにも戦果が乏しく、最初から全くチェックせず、そのまま通した方が莫大な経費節減になると言う話があり、これには笑った。

500円ずつ拾っていって、その間に万単位で落としている感じだからだ。

これはまさに、現在の国のやっていることすべてを象徴している。

2008-02-22 18:15:25

双極性障害と性的放縦

テーマ:境界型人格障害
性的放縦などというと、すぐにボーダーラインを思い浮かべそうだが、臨床的には双極性障害でも出現しうるし、エビリファイやジプレキサのように元気が出る系の抗精神病薬のためにそう見えることもある。ずっと以前だが、あめぞうに「セックス依存症」というスレッドが立ち、けっこう盛り上がっていた。一般の人からみると、こういう感じの人なのかもしれない。普通、性的放縦というと、女性に対する言葉と思うが自信なし。

僕はSSRIは今日的な意味の性的放縦になりにくいと思う。一般に性欲は減退し、そんな気にならないと思うから。ただ、微妙に形が違っていて、「もうどうでもいいや」という感じで、それに近い状況はありうるような気もする。SSRIは人生を刹那的に見させる傾向は確かにある。これは、性欲が必ずしも亢進していない性的放縦なのかもしれない。

双極性障害の女性を、エビリファイやジプレキサで治療しようとすると、性的な問題が出現して、とんでもないことになることがある。だから、僕は今ではエビリファイやジプレキサの双極性障害への処方は、一時より慎重になっている。ならない人は全然大丈夫なんだけど、そのようなものに親和性がある人は、それが促進されるように見える。いろいろ苦労をすると、リーマスのありがたみが良くわかるよ(参考1参考2

リーマスは決定力のある薬だが、例えば多飲水などが出てきた場合、こちらのモチベーションが一気に下がる。先日もリーマスを処方している若い女性が、順番を待つ間、待合室で水を2本も飲んでしまったという。この日、僕はリーマスを諦めた。

同じ多飲水でもリーマスや抗精神病薬の多飲水の場合、その神経毒性が見えてしまってどうも嫌な感じ。しかし3環系抗うつ剤の口渇による飲水は、神経毒というより単に末梢の副作用のように見えるので、まだ許せるというか、ずいぶんマシのような気がしている。(リーマスの場合、代替薬の幅が狭いため多飲水でも服薬した方が良いこともある)

エビリファイは今でも謎すぎる薬物で、その人の輪郭が定まらない薬ではあると思う。ふわふわして、きちっと人格が定位しないのだ。だから、他の抗精神病薬や気分安定化薬を併用するなど工夫もするが、それでうまくいく人もいれば、相当に時間が経ってから、やっぱりダメだ・・という感じになる人もいる。

最近、統合失調症の人で、1年以上エビリファイを続けていたのに(15~18mg)、痺れを切らしてこの薬を諦めた女性がいる。辛抱するにも限度があると言えた。彼女は入院させて治療をやり直した。現在、ジプレキサを15mgほど処方していて以前よりずいぶんマシになった。彼女は抗精神病薬に限れば単剤である。エビリファイの時とどこが違うかというと、生活に落ち着きが出てきたこと。エビリファイでは関心が散漫になって、真の意味で落ち着かないのだ。最近退院させたが、今度はもう少しやれるかもしれない。このように1年以上我慢して、決定的なものが不在なまま、やはり中止するというのは従来の抗精神病薬になかった新しいパターンかもしれない。いわゆるボクシングでいう「判定負け」である。

ところで、ボーダーラインは経過を診ているうちに、どうみても双極性障害としか言いようがない人たちに遭遇する。経過中、双極2型が見えてくるのである。僕はもう長いこと新患でボーダーラインという診断を下したことがない。症状的にはそういう風に見えても、いま1つ腑に落ちない点があるためだ。真のボーダーラインがどの程度存在しているのかは相当に謎だ。(このような疑問はブミ氏も過去ログの中で語っている)

僕は性的逸脱行動を、パーソナリティの問題として簡単に決めつけないように看護師さんに指導している。これは気分安定化薬で様子が変わってくることがあるから。気分安定化薬で変わってくることは、すべてがパーソナリティの問題では片付けられないことを暗示している。また、周囲の者がそういう風に見てしまうと、その子もいっそうそんな風になってしまうところがあるのも嫌だ。以心伝心というものかもしれない。こういうのを見ても、人間のお互いの信頼関係はすべて相対的なものなんだと思う。

僕は、「操作的診断のボーダーライン」の人たちは、おそらく旧ソ連かタマネギのようになっているような気がしている。

現在、ロシアが内政に対し厳しい姿勢で対処しているのは、かつてそうだったように衛星国がタマネギをむくように独立し国が細っていくからだ。ロシアはむけばむくほど、更にむけるところはある。ロシアは大国でなければならないらしいので、これも仕方がないと言える。

ボーダーラインはこのようにタマネギをむいていくと、最後にロシアが残るような気がする。このロシアこそ、おそらく双極2型なのだろう。あるいは、非定型精神病であったり、ひょっとしたら症状性精神疾患(アトピーに伴う精神疾患、SLEによる精神疾患など)ということも十分にありうる。

症状精神病についての補足だが、元々ボーダーラインの人たちは、アトピー、その他のはっきりしない皮膚疾患など免疫系に何らかの脆弱性があるのをみることがあるのもそれを示唆している。

双極2型についても、経過中に非定型精神病像を伴ったり、身体的な問題を孕んでいることもよく診られる。だからこそだが、いっそう生物学的要因があるようにみえる。ボーダーラインは本質的に何もないのではなく、何かある可能性の方が高いような気がしている。

ただ、本当にタマネギになっている人も実在する。彼女たちはタマネギをむいていくと、最後には何も残らないのである。このような真に機能的なボーダーラインこそ、まだ発見されていない理想的な治療をすれば、跡形もなく消えるような気がしている。しかし、おそらくこんな人は天然記念物級の稀少品種であり、個人的に、このような人はボーダーラインと言うべきではないと思っている。おそらく病気ですらない。こういう風に考えていくと、今日的なボーダーラインはほとんどなくなってしまうのである。

ところで余談だが、猿にタマネギをやると、むいていくのは良いが、最後までむいて何も残らないので、何個もむくうちに終いには腹を立てるらしい。僕は猿がタマネギで腹を立てるのも面白いと思ったけど、涙を流すのかどうかも、もっと気になった。

僕は、時々、現代的な双極2型の人や非定型精神病を治療していて、ボーダーラインの断片みたいなものを見かけることがある。双極2型のパーソナリティは、今の操作的診断法のようにボーダーラインを広くとってしまうと、けっこうオーバーラップしているのかもしれない。

あともう1つ。タマネギをむいていくと、最後にもうなくなったかな~と思ったら、

あれっ?
と、リヒテンシュタインのような小国を見つけることがある。

このブログで紹介した女性患者さんはエビリファイ1.5mg、セディールくらいの処方ですっかり落ち着いている。今は働いていてほぼ治癒に近いのに、たまに少し不機嫌になり、親に当たることがあるという。(母親の話。特に冬場)

母親や父親のせいで「自分はアダルトチルドレンになった」と言って責めるらしいのだ。

アダルトチルドレン? 
そんなのあんの?
誰がそんな言葉を教えたんだ!

僕が治療する以前に、ボーダーラインと決めつけられて、そんな風にいじられたのだと思う。その「アダルトチルドレン」こそ、リヒテンシュタインなのかもと思った。

存在すると確定していないものを勝手に教えたらダメでしょ。

「アダルトチルドレン」の何がダメかというと、思考が過去に向かっているから。今まではともかく、これからの自分がなんとかならないと仕方がないでしょ。

この言葉は、家族の人間関係も悪くさせるしね。僕の感覚だと、アダルトチルドレンと言う用語はあまりにも癒しがない。ウイローが更に必要になってくるのがダメなんだと思う(参考)。

(リヒテンシュタイン以下は半分冗談)
2007-10-26 21:04:47

おとぎばなしの世界

テーマ:境界型人格障害
これは過去ログから(日記)
560投稿者:kyupin  投稿日:2001年07月20日(金) 14時00分49秒
僕は一般の精神病院の慢性病棟で境界例を治療したことが数回あるが、大学病院より、よほどうまくまとまると思った。というのは、その病棟は長期に入院しているおばちゃんが多く、皆のんびりしている。他にあまり病状が悪い人はいない。そんな時、若い女性が入院してきても、あまり動じないというか、まぁ孫みたいなもんだし、彼女がどんな風にしても受け入れてくれていた。

周囲は圧倒的に余裕があって、けっこう彼女の話も「ふん、ふん」と頷いて聞いてくれる。まぁ、おとぎ話のような世界だろう。確かに精神科の慢性病棟は浮世離れしたところがある。

大学病院は、まだ症状が生々しいというか、むき出しのようなところがあって、ある意味、殺伐としている。一般精神病院の慢性病棟はそんなところは皆無だ。


大学病院で、境界例の治療がうまくいかない理由の1つに、同世代の患者さんがたくさん入院しているということがある。普通、境界例同士は犬猿の仲だし。

しかし、当時、境界例と診断された人はそこまで多くはなかった。はっきり境界例と診断された人は1名だけだったような気がする。ほかはすべて境界例の仮面をかぶった統合失調症、あるいは感情障害だった。厳密には境界例ではないにしろ、立ち居振る舞いはそれに近いので病棟は大混乱である。

あれはまさに戦場であった。

境界例の真の有病率ってどのくらいなんだろうね。たぶん躁うつ病よりは稀と思うので、相当に稀な疾患だと思う。境界例という診断だが、そういう視点でみると、そう見えることがある。表面的なものに惑わされず、本質を掴まないといけない。

僕が大学病院での研修医時代、症例検討会で境界例っぽい患者さんがあまりにもそれ以外の診断に決着するので、「ひょっとしたら境界例はないのかもしれない」と思っていた時期があった。しかし、遂にこの診断が下される日が来るのである。この時、初めてやはり「境界例」は存在することを知った。(参照

今考えてみると、当時、鳴り物入りで登場し、異常にスポットライトを浴びていた疾患であったのにもかかわらず、前衛的な診断基準だったと言える。(逆に流行に惑わされない古典的な診断基準とも言えるが)

こういう流れを汲むからこそ、いつか紹介した「3番目の女性患者」さんは境界例とは診断しなかったのかもしれない。あの子はその後の経過を見ると、とうてい境界例とは思えない。境界例は、これだけの期間であれほどすっきりとすべての症状がなくなることはほとんどありえないからだ。(参考1 参考2 参考3

彼女は今、1ヶ月ごとに来院している。仕事もずっと続いているみたい。貯金もちょっとだけできたという。治療だが、薬も変えておらずそのままだ。もし服薬していなかったら、真の完治と言えるほどなのである。

僕が今心配していることは、ひょっとしたら、こんな風にしているうちに病院に来なくなるのではないかということ。それだけ。

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