もし丹羽宇一郎という人が、報道されているような人物であるならば、在中国特命全権大使には不適任な人材であることは明白であろう。
 また、玄葉外相が、「日本政府の立場を正しく伝達するよう指示した」ということは、丹羽大使が、日本政府の立場を中国側に正しく伝えていなかったということであるから、大使としての本分を果たしていなかったことが事実確認されたことをも意味する。更迭は免れないであろう。あとはタイミングの問題である。

 マスコミに流布する「日本は中国の属国でもいい」との発言は、余りに空虚な世界観であり、コメントに値しない。

 尖閣諸島については、6月7日付の英紙フィナンシャルタイムズ(FT紙)とのインタ ビューで、同大使は、東京都による同諸島購入は、「極度に重大な危機(extremely grave crisis)を招く」と語ったとされる。通常外交用語では、それは、戦争勃発を意味する。
 戦争回避は、外交活動の最も重要な課題であるから、外交官は、最後まで事態の平和的収拾に専念し、「戦争勃発」の危険を口にしないものである。言葉は、一人歩きするものであるから、尚更である。FT紙の記者も驚いたであろう。
 確かに、中国は、拡張路線を歩み始めたように見える。世界史は、独裁国が一旦拡張路線を とれば、自滅するか、或いはつぶされるまでそれを継続する習性があることを示している。
 また、国内は、北京政府発表よりも遙かに経済情勢が厳しくなっており、現政権は、内政で大きな不安定要因を抱えている。古来、「天下未だ乱れず蜀先ず乱る」という。蜀とは今の四川省と重慶市である。薄熙来重慶市元党書記をめぐる重慶事件がそれを象徴しているかに見える。横溢する国内の不満が大きく暴発すれば、北京政府も周辺諸国も安泰 とは言えない。
 特に、尖閣諸島問題で自制すべきは、中国である。石油資源が見つかった途端、人の土地を 自分のものだと主張しはじめ、恥ずべき挑発行為を続けている張本人だからであり、しかも本気で同諸島の囲い込みを模索していると思える。
 この情勢を踏まえ、日本が、同盟国米国との協力に加え、韓国、豪州、東南アジア諸国、さ らにはインドとの連携強化を模索しているのも、不測の事態に備えるためである。
 一方、都の同諸島購入やその国有化については、紆余曲折が予想される。所有者と政府との間には賃借契約があるが、政府は、新たな所有者たる都と過去と同様の賃借契約を締結出来るか、その際の付帯条件はどうなるか、賃借契約のないと思われる久場島についてはどう措置できるか等すんなり解決するとは言えないからである。解決が長引けばそれだけ他国の介入を受けやすくなる可能性がある。
 いずれにせよ、われわれは、感情論に走って対応を間違えてはならない。それこそ彼らの思う壺である。

 しかし、だからと言って、民間出身大使を中国に派遣すべきではないという議論は、早計である。
 職業外交官以外の人が大使に発令されることには、私は長年賛成であった。
 第二次大戦後には、駐米大使に日銀総裁の新木栄吉氏、駐仏大使にNHK会長の古垣鐵郎氏がなられた。政治家出身のマンスフィールド米国大使は、米国の利益を代表しながら、日米緊密化に大きく貢献された。グローバ ル化が進み、国際感覚豊かな人材は、職業外交官以外にも少なからずおられる。
 外交は、商売ではない。要は、外交官や外交活動とは何か、日本外交の究極目標は何か等の基本事項を含め、外交官の仕事について事前の十分なブリーフィングを実施することと良きスタッフを配置することであろう。