6月実施された英国のEU離脱か残留かの国民投票をめぐる内外の議論は、経済的側面に偏重しているように思う。文化的、社会的な側面にかかわる議論がもっとあって欲しいと思う。人は、貸し借りだけで生きているわけではないのだから。
 正直言って、私は、僅差(52% 対48%)とはいえ、EU離脱が多数派になったことで、一種の安堵を感じている。あの「英国らしさ」が戻ってくるのではないかと期待するからである。
 
 EUの創設を定めたマーストリヒト条約の成立とその後の急速な統合の進展は、「英国らしさ」に対する挑戦でもあった。
 EUの体制自体に、多くの欠陥や矛盾があることは、当初から明白であった。その後、経済のみならず、超国家的な政治統合を急ぎ、そのため、拙速を尊び過ぎて、急がば回れの教訓を無視してきたきらいもあった。
 確かに、EUに入って、美味なレストランが増え、英国の食事も豊かになった。人、物の移動も便利になった。
 しかし、どうも勝手が違う、こちらの都合は無視され、EUの都合が優先されて行く。この先益々不安になる。EU懐疑論の再燃である。
その意味で、今回の国民投票の結果は、驚くには当たらないとも言える。あるいは、観念論的な大陸側の姿勢と、プラクティカルな現実論と慣習法の英国との違いもあった。
 特に、英国人の潜在意識には、順調な自国の実績に自信過剰と傲慢さを増大ささせているドイツを見て、今後ますます大陸に有利で英国に不利な状況が増大するのではないかという危惧も多分にあったと思う。ドイツ帝国主義再来への恐怖である。
 ロシアは熊で、ドイツは狼。熊は冬眠するが、狼は、冬眠しない。ドイツ恐るべし、という のは、欧州人皆の長年にわたる固定観念である。だからこそ、大戦後45年間もドイツは東西に分断され、ベルリンは、両独統一まで、米ソ英仏4カ国の植民地になり、戦後、石炭と鉄鋼 産業を中心にドイツ産業に足かせもはめられた。
 その上、急速な移民増大とそれに伴うEU法制上の諸問題や、テロの増大は、現在及び将来の生活への不安を増幅させている。
 また、オズボーン英蔵相は、自由と安全のために残留こそとるべき進路であると主張してい たが、同じ立論で、離脱論も構築し得るから、問題は、多くの論者が議論していた以上に複雑なのである。
 
 これから先、欧州がどうなるか、誰にも予測は難しい。当然のことだが、いろいろ紆余曲折があるだろうし、離合集散は何度も繰り返されるかも知れない。今後の情勢次第、交渉次第で、どちらに転ぶか分からないのであって、「英国の崩壊」などと結論を急ぐ必要は毛頭ない。
 そもそも欧州統一の最大の動機は、ソ連と日本だった。欧州は、米ソ冷戦構造の狭間にあっ て、大国扱いはされなくなった。日本、中国、中東諸国等の台頭もあった。
 1992年、マーストリヒト条約の国民投票を控えて、ミッテラン仏大統領は、国民に賛成投票をするよう訴えた。フランス一国では対抗できない。この条約こそは、日本の脅威に対する有効な対抗手段なのだ、というものであった。すでにソ連圏は崩壊していたから、その次は日本だというわけである。
 しかし、今やロシアも日本も力を落としているから、EUの当初の存立理由(レーゾンデー トル)自体が問われるとも言えるのである。
 
 一方、EU離脱を国民投票にかけたが、キャメロン首相(当時)は、女王陛下とともに、絢爛豪華に習近平の来英を歓迎して、欧州よりは、中国に未来を託しているかのような演出をした。
 報道に寄れば、女王陛下は、中国の態度を無礼とお感じになられたらしい。しかし、背に腹はかえられない。 しかも、帝国主義時代に搾取した弱味もある。そして市場の大きさは圧倒的である。
 
 私の言う「英国らしさ」とは、ユーモア精神を含む、英国の古き良き伝統文化のことであ る。
 離脱派の辛勝は、一時的に大幅なポンド下落と円高を招いたが、市場は、思いの外、動揺していないように見える。その上、より長期的にみて、苦労はあっても、己を取り戻す良い機会ではないかと思う。
 経済的には、情勢は厳しいが、マイナスばかりではない。ポンド安は輸出に有利だし、観光収入は増大しよう。経済面以外での最大のメリットは、外的要因に従来ほどは縛られない状況下、精神的なゆとりが増幅されることではなかろうか。ユーモア精神にも好影響を与えると思 う。