参考資料755 | シフル・ド・ノストラダムス

シフル・ド・ノストラダムス

ノストラダムスの暗号解読

救世主の死、救世主の墓
「“神なる救世主”の死がどれほど人間の精神になじまないかについては、すでに述べたとおりである。しかし、かりに救世主が死ぬかもしれないという考えを、なんらかの理由から予言者たちが受けいれたとしよう―――人間の精神は“王の中の王”の死をどのように描き出すだろう?壮麗な宮殿の中の、王者にふさわしい臨終を想像するのではないだろうか?もちろん、現在の王国の場合と同様に、腕のいい医者が治療にあたり、ありとあらゆる手立てがつくされるだろう。
 予言者たちはそのようなことを予言しなかった。ここまで見てきたように、彼らははりつけとそれを取り巻く出来事を予告したのである。その予言は、人びとが十字架の下で何を言い、何をするかという細部にまでわたっていた。
 キリストの生まれる七百年前、予言者イザヤは救世主の到来をこう予言していた。

 捕えられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか、わたしの民の背きゆえに、彼が神の手にかかり、命ある者の地から断たれたことを。彼は不法を働かず、その口に偽りもなかったのに、その墓は悪しき者とともにされ、富める者とともに葬られた。
イザヤ書 53章8,9節

 イエスがふたりの強盗にはさまれて十字架にかけられたことは広く知られている。まったく文字どおり、イエスは《悪しき者》、犯罪者とともに死んだのである。“並みの神経”の持ち主なら、救世主が犯罪者といっしょに死ぬなどということは考えつきもしないだろう。
 では、《富める者とともに葬られた》というのはどういう意味だろう?イエスの遺体はアリマタヤ出身のヨセフに引き取られて、彼が自分のために用意してあった新しい墓に葬られた。ヨセフはイギリス諸島から錫を輸入して財をなした金持ちだった。つまり、イエスはほんとうに富める者とともに葬られたのである。
 もしもナザレのイエスが最も謎めいた人物でないとしたら、“神なる救世主”についての予言者たちの予言をイエスがことごとく実現したことを、いったいどう考えればいいのだ?」
「Ⅴ・ダンスタンの終末大予言(上)」ヴィクター・ダンスタン著・幸島研次訳より

感想
>では、《富める者とともに葬られた》というのはどういう意味だろう?イエスの遺体はアリマタヤ出身のヨセフに引き取られて、彼が自分のために用意してあった新しい墓に葬られた。ヨセフはイギリス諸島から錫を輸入して財をなした金持ちだった。つまり、イエスはほんとうに富める者とともに葬られたのである。

これはこじつけだろう。「富める者の墓で葬られた」とかなら納得出来るけど。
ただし、シンクロニシティーとして「富める者」は「精神的に富める者」と解釈すると、「ルカによる福音書」第23章39節~43節の、

「十字架にかけられた犯罪者のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。
 もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。」

より、この二人が「悪しき者」と「富める者」のシンクロニシティーと解釈出来る(天国に入れるのだから精神的に富める者だろう)。ただし、一緒に死ぬだけで同じ墓には入らないのでシンクロニシティーレベルである。
余談だが、「マタイによる福音書」第27章44節には「一緒に十字架につけられた強盗どもまでも、同じようにイエスをののしった」とあり矛盾するが、後者が間違っているのだろう。ただし、他の訳も見なければ何とも言えない。
参考までに磔刑関係は「ヨハネによる福音書」第19章にもある。

ところで、私はイエス・キリスト妻帯者説を結構信じているが、息子がいる説もあったようだ。
http://blog.livedoor.jp/drazuli/archives/5930850.html(妻帯者説)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0702/26/news020.html(息子がいた説)
しかし、墓が残っているという事は復活はなかったという説も出来るが、私は聖書預言はシンクロニシティーレベルだと思っているので「聖書に書かれている事は真実」と仮定して「復活」はあって「神の計画」として「再臨」もあると考えている。

おまけ