上祐史浩

オフィシャルブログ ―― 21世紀の思想の創造


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  植松容疑者に共鳴して、障害者に価値がないという声がネットに出ている。

 しかし、彼が影響を受けた(ヒトラーの)優生思想、すなわち、人の存在価値を能力の優劣で決める論理の危険は、際限がないこと。それは、障害者やユダヤ人にとどまらないことだと思う。実際、同じくヒトラーの影響を受けた麻原は、修行者以外は、すべての人が価値がないとした。

 更に、今後、人工知能の発達が人類に危険をもたらすという識者が多数いる。いつか人間を超えた人工知能が、同じ論理で、人類全体を欲望や争いを抑制できない「障害者」「地球の癌」として抹殺するSF映画もある。優生思想の人間が、人工知能を作ればどうなるか。人工知能の未来は、それを作る人間によることは間違いない。

 こうして、障害者の抹殺は、他人事ではないと思う。そして、他にされたくないことは、他にしてはならないという原則がある。優生思想は強者の論理。自分はもっぱら抹殺する側だと思い込み、抹殺される側と考えていない。しかし、今後は、人類さえ、地球の支配者であり続けるかはわからない。


 更に、もう一つ注意すべきは、優れた者を残し、劣った者を減らすという優生思想の価値観は、ヒトラーだけの政策ではないことだと思う。

 歴史上、最初はむしろ米国が主導していた。ナチスの影響が戦後は下火になったが、日本にも優生保護法があった。最近話題となって謝罪されたハンセン患者の隔離政策だ。

 さらに、今、出生前診断によって、障害者となる可能性が高いことがわかると、中絶を選択する人が、97パーセントという事実がある。生まれる前ならば殺人ではないが(しかし、厳密には堕胎罪(の可能性)がある。現実ほとんど摘発されないようだが)。

 障害者の養育・扶養は大変だと思うが、そのために、今回の事件のように、障害者の介護施設などの社会福祉政策もあるも事実だ。警察で高揚しながら自己主張している植松容疑者にしてみれば、「生まれる前に殺すあなたたちは、順法精神の良い市民であり、生まれてから殺した俺は悪魔ですか。あなた方がひそかに望んでいることを私が代わりにしただけですよ」と言うかもしれない。

 かといって、自と他の優劣の比較が強い社会の中で、ほとんど夫婦が、中絶を選択する気持ちはわかる。しかし、中絶がやむ得ないならば、少なくとも、自分たちの中にも、どこかに植松容疑者がいると考えて、彼を反面教師とする謙虚さを持つべきかもしれない。それが、社会を徐々に良くして、植松容疑者のような人が出ていないようにする、遠い道のりの第一歩ではないか。
 
 そうではなく、単純に、こんな人間、信じられないと安直に考えるならば、その慢心が社会の未来を危うくしないだろうか。自分の問題は、自覚できれば抑制されるが、自覚されなければ、野放しになる。植松容疑者は、イスラム過激派でもない、欧州への移民者でもなく、全くの日本の若者の一人ではあることは否定できない事実だ。

 こうして、障害者も、植松容疑者も、他人事ではないと思う。オウムの過去の罪がある私には、最初からそうだが、今どんなに強い立場にいる人も、将来は、抹殺される側になる得るし、同時に、慢心を抱けば、気づけば、抹殺する側になるかもしれない。


 では、根本の問題はいったい何だろうか。

 それは、学力・財力・容姿など、時々に変わる社会の価値観の下だけで、人の優劣を区別して、その存在価値を決めてしまい過ぎることではないだろうか。

 実際、日本の年間自殺者は2万から3万。その10倍未遂で緊急搬送とも。その中に、劣等感によって、自殺(に追い込まれる)者がいる。自分には、何のとりえも、生きる価値もないと考え、自分を抹殺している。今回の事件の被害者の1000倍の数だ。

 特に競争の現代社会は、自他を区別し、自他の優劣を比較し、他者ないし自分の価値の否定しすぎる傾向が強いと思う。それが、他殺・自殺に繋がる。宗教の一部も、万物は神仏に起因すると説きながら、善悪の区別を率先している面がある。

 こうした中、これを超えた、万物の一体性と平等性に十分に気づくための思想・哲学・世界観が必要だと思う。自分の団体では、これを「輪」という言葉に込めた。そして、もうすぐ平和の祭典の五輪。
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 相模原の事件の犯行の動機の分析が始まった。自分が意見が述べることには、色々な見方があるだろうが、今回も過去の反省の思いを込めつつ、いくらか述べたいと思う。

 まず、読売新聞夕刊によると、今年2月に診察した精神科医2名は、それぞれ「大麻精神病、非社会性パーソナリティ障害」「妄想性障害、薬物性精神病性障害」と診断。性格的な偏りから生じる精神障害と薬物による症状の両方が出ていた可能性があると指摘が出ている。

 非社会性パーソナリティ障害は、考え方や感情、対人関係などの偏りから生じる精神障害で社会の規則を守りにくくなり、妄想性障害は、実際にあった出来事や空想から疑念や嫉妬を膨らませるなどして妄想が形成される、という。

 一方、大麻精神病などの薬物症状は、妄想や異常行動を起こしやすくなるが、薬物に詳しい専門家は「大麻の乱用だけで、今回のような常軌を逸した犯行にまで及ぶとは考えにくい」と話す。犯罪精神病理学の影山任佐氏(景山東工大名誉教授)は「もともとの精神障害が薬物使用によって顕在化、過激化したのではないか」との見解。

 こうして根本原因は、薬物ではなく、非社会的(反社会性)で妄想的な人格であり、それを薬物使用が加速した可能性が推察される。

 そしてこの人格の歪みは、私が、ネット誌の「R-ZONE」の取材を受けた、昨年「絶歌」と題する自著を出版して話題になった神戸児童連続殺人事件の犯人で当時「酒鬼薔薇聖斗」を自称した人物(本の中では元少年A)や、オウム真理教の元教祖麻原彰晃とも共通する部分がある(そのインタビューがちょうど、この事件が発生する前後に公開された)。

 実際、植松容疑者が、衆議院議長にあてた手紙などの中には、麻原・オウムの世界観にも出てくる「フリーメーソン」といった陰謀説、自分の行為が「第三次世界大戦を防ぐ」、「革命」であるをいった独りよがりで、荒唐無稽な、妄想的な「世直し」観が出てくる。また、他の人々を「動物」と見下すのも共通点だ(植松容疑者は障害者を、麻原は修行しない一般人を)。

 ここで、私が重要だと思うことは、障害者の生きる価値を否定した植松(や麻原)は、自分の生きる価値も本当には理解していなかったということである。これは、無差別殺人に関する米国などの犯罪心理学の見解であり、自分がオウムの経験を内省して感じたことでもある。

 植松は、障害者が障害者として、あるがままに生きる価値を否定した。そして、その内奥には、自分自身が、こうした妄想的な「世直し」行動をせずに、あるがままの自分で、社会の一員として生きることができなかったという問題が潜んでいる。

 生まれつきの要素か、これまでの人生の経緯かは別にして、何かの理由で、基本的な自尊心、すなわち、あるがままの自分の価値を感じることができないと、自分の価値を感じるために、無理に自分が特別な存在になろうとする(いわば自分の世界の中での救済者・ヒーロー)。つまり、隠された強いコンプレックスを動機として、誇大妄想的な自己イメージがあるのである。

 その結果が、極めて自己中心であり、他人を破壊するような行動となるが、それは当然、現実の自分も破壊することになる。なお、本人も、自己破壊的であることは、第三者の見方と大きくことなるが、全く分かっていないわけではない。しかし、大きなリスクがあっても、自分が特別になろうとする衝動の方が大きい。

 植松は、障害者を否定し、殺害することで、自分のあるがままの価値も否定し、死刑になって、自分も殺すことになる。彼は、障害者も自分自身も、そして、引いていえば、いかなる人も、あるがままに愛することができなかったのではないだろうか。

 その意味で、詳しい説明は省くが、こうした類の他殺は、自殺の一面があり、言い換えれば、自殺の中には、他殺の一面があるものあると思う。他人をあるがままに愛せなければ、自分をあるがままに愛することはできず、逆に、その意味で、自分を愛せなければ他人を愛することはできない。

 そして、この点の理解が、今後、こうした問題を減らす取り組みの土台になるのではないか。それは、警察や一部の専門家だけがやれば解決することではなく、養育・教育を含めた、社会全体の価値観・人生観に関わる問題だと思う。

 最後に、この点に関しては、先ほど述べたR-ZONEのインタビューや、ひかりの輪で行っている心理学の講義で詳しく述べたので、ご関心がある方はご覧いただきたい。


1.R-ZONE 「ひかりの輪」上祐史浩代表ロングインタビュー 神戸連続児童殺傷事件の元少年Aは許されるべきなのか、上祐史浩にきいてみた」
 7月25日 http://r-zone.me/2016/07/post-1628.html
 7月26日 http://r-zone.me/2016/07/post-1629.html
 7月27日 http://r-zone.me/2016/07/post-1631.html

2.2015年07月28日・上祐史浩・ひかりの輪大阪教室での講義『異常な殺人事件(無差別殺人事件)の要因と予防:自分の他人も愛するために』 http://www.joyu.jp/movie/302015/11432462015712.html
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 相模原の障害者殺傷事件に関して、前から気になっていたこともあわせて書きたいと思う。


1.これは心の問題では:他の無差別事件との共通点。

 今年は無差別殺人が連続している。当初目立ったのは、イスラム国のテロだが、最近は、日本人が犠牲になったバングラディッシュやフランスの事件のように、イスラム国とは組織的な繋がりがないイスラム過激派の事件だった。

 さらに、直前のドイツで起こったのは、イスラムとも関係なく、単純な移民者の事件だった。そして、今度は、イスラム過激派でも、欧州への移民者でもない、日本人の事件が起こった。

 そこで、最初から感じていたことを表現すれば、これらの無差別殺人は、一見して、イスラム過激派、欧州の移民、日本人という違いがあるが、この本質としては、現代の社会が抱える、共通した心の問題に根本原因があるのではないかと思う。

 実際に、今回の相模原の犯行者は、少し前に、自傷と他害の行為を犯す可能性があるとして、強制入院(措置入院)させられていた。

 これまで、メディアは、イスラム過激派の問題、移民の問題と位置づけ、日本社会とは無関係の問題と位置づけてきた。安倍首相も、そうした事件が起こる度に、犯行者に対して強い批判をなし、事件が発生した国との連帯を表明してきた。これは、強く言えば、敵味方を分けた視点である。

 しかし、今度は日本国内で日本人が事件を起こした。他国の問題ではないし、連携するべき対象もいない。この問題は、その意味で、敵味方に分けにくい。いや、日本社会が育てた一日本人男性の犯行であって、その意味で、「自分たちの内側からの犯行」と表現しても、間違いではないはずだ。

 そして、それらの事件に共通した心の問題があるとすれば、単純に何かを敵視して切除して解決することは難しい。それは社会の癌ではるが、正に癌細胞のように、それは正常細胞から生まれるものであって、単純に手術で切除できない場合や、(正常細胞も取り除く)手術が逆に命を縮める場合もあるということである。
 

2.偶然にも今日は、あの事件の取材の結果が
 
 私にとって、今日は偶然にも、酒鬼薔薇聖斗の無差別殺人事件に関して受けたネット誌の取材のインタビュー記事が掲載される日となった。http://r-zone.me/2016/07/post-1628.html

 これは、昨年「絶歌」という書籍を出して大きな反響(反発)を読んだ元少年Aに関する取材だ。彼の事件とオウム真理教の事件との類似点と相違点を含め、その反省を込めつつ、インタビューに答えた。

 その中で、幼少期・青年期に「基本的な自尊心」が十分に形成されていないという心の問題・苦しみから、そうした無差別殺人事件が生まれてくる可能性を話した。自分が見た麻原元教祖やオウム信者の体験や、無差別殺人に関する欧米の犯罪心理学の研究結果などに基づいてである。

 これは、全ての人が自分の価値を十分には感じにくい、競争社会である現代社会の最大の「アキレス腱」なのではないかと思う。そして、問題行動に至る前に、その予防措置、いわばワクチン接種が必要だと思う。そうすることによって、現代社会が、内部崩壊することを避けることができると思う。


3.パーソナル・ソフトターゲット・テロ

 今回の取材に限らず、私は、オウム事件後のテロの形態として、今後特に日本で予想されるものは何かと聞かれる度に、パーソナル・ソフトターゲット・テロではないかと答えてきた。

 今の若者は、オウムのような組織には馴染めない自己愛型が多いから、極左やオウムのような武装化する組織や技術は生まれない。よって、個人の犯行、パーソナル・テロとなる。

 そして、その対象は、国家機関・政府要人(ハードターゲット)ではなく、一般人・大衆(ソフトターゲット)である。この先例が、秋葉原でトラックやナイフで7名の死亡者を出した事件だったかもしれない。そして、最近フランスで起こり、100名近い犠牲者を出したトラックによる無差別殺人も形態は似ている。

 このパーソナルソフトターゲットテロに関して、警察幹部の知り合いと話した時がある。彼は、それはもう警察が対処できる問題ではないという。警察は、犯罪を抑制するために、凶器を取り締まり、要人ならそれを警護し、犯罪が発生すれば厳正に捜査し罰を課すことはできる。

 しかし、凶器が銃器ではなくナイフやトラックであり、対象が要人ではなく一般大衆であり、死刑さえを恐れない確信犯では、どうしようもないというのだ。彼は、「これはもう心の問題だから、社会全体で何とかしてくれないと」と言った。


4.今回の事件の心の問題。現段階で気になること

 まず気になることは、犯行者がその施設の元職員で、少し前に退職していることである。その際に、犯行者の自尊心が傷ついたことが予想される。

 それが、知的障害者の施設であったことも気になる。最近、知的障碍者の施設で働く人達の話を聞く機会が多いが、中には、介護の相手が特殊なだけに、内面の葛藤を抱えている人もいる。解雇となった犯行者の勤務ぶりはどうだったのかが心配だ。

 次に、犯行者が少し前に衆議院議長に、障害者たちを害悪とみて、抹殺する警告をした手紙を出したことである。それが、日本のため、世界の平和のためになるとも主張している。

 何らかの精神的な歪みのため、根拠なく何者かを悪と位置づけ、それを根絶する自分達が世界を救うという発想は、ナチスドイツからオウム真理教の麻原元教祖まで、ファシズムやカルトの思想に見られる傾向でもある。

 そして、最近の読売新聞の記事では、トランプ旋風の中の米国では、その一つの背景として、同氏がよく強調する陰謀説が流行しているそうだ。社会に脅威や不満が強まると、根拠なく誰かを悪魔視する陰謀説が流行するという学者の解説もあった。私が思うには、それは、先ほど述べた、自尊心のゆがみ・乾きと関係しているのではないだろうか。

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1 一人に一つの宇宙

 政治・事業・宗教と、多くの支持者を求める。

 しかし、一人の人間は宇宙を内包し、その精神的な目覚めは、宇宙大の価値を持つ場合も。

 一方、多くの支持を得ても、それは欲望を満たしてやることとの引き換えで、一時的なものも多い。

 名誉や権力の本質が浅い場合も少なくない。ましてや妬むには値しない。

 真に価値があるものは何か


2.宇宙意識の目覚め

  自分の色々なものを捨て去って真っ裸になると、広大な宇宙とつながる神聖な感覚が芽生える。自分の小さな部屋からも、宇宙を覗くことができる。

  人は宇宙の一部であり、宇宙と一体。

  それが、仏と呼ばれるものかもしれないが、結局、名前はどうでもいい。そもそも、それに名前はないから。それは、そのままに感じるべきものだから。

  しかし、自分や自分のいろいろなものにとらわれると、その感覚は消えてしまう。そのとらわれているものなど無限の宇宙から見れば、けし粒程に小さく、泡のように一瞬のものなのに。


3.宇宙時代とは

 アニメやSF映画が言うように、この世紀の終わりには、宇宙時代が来るかもしれない。多くの人が地球を宇宙から見たり、宇宙に住む人も?

 しかし、もう一つ、より重要な宇宙時代の意味がある。それは、人の心が無限の宇宙を感じ、その至福を感じるようになることだと思う。

 地球上の人間同士の、富や権力の奪い合いは際限がなく、今も事件・紛争は続き、人類に自滅させかねない。

 しかし、宇宙意識は、その欲望・渇きを十分に静めてくれる。いかなる富や権力も、宇宙のほんの一部に過ぎないし、宇宙意識の中で、あたかも幻ののよう。

 軍事力と紛争の拡大が続く中で、次の世紀まで人類が生き残り、平和に発展するには、この二つ目の意味の宇宙時代が不可欠だと思う。

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