社会保障と税を考える(19.負の所得税はかな~り不条理)
今回は、ワーキングプア支援型の負の所得税の具体的な制度を考えてみる……つもりだったのですが、よく考えるとこの類型の負の所得税って、社会に与えるインパクトは小さくて、微調整程度の仕組みに過ぎません。
まず、生活保護はそのまま残ります。
また、給付対象を年収100万円以上(200万円以下)に限定すると、もともと最低限の生活ならできた人の暮らしを、少しよくする効果しかありません。
ということで、予定を変更して、インパクトが大きく考察する価値のある、生活保護代替型の方を具体化してみましょう。
実装上の問題点があっちゃこっちゃ噴き出しますが、負の所得税で生活保護を代替するためのハードルを明らかにする意味で役に立つでしょう。
1.基本ルール(世帯単位、給付額は200万円と年収の差の50%)
誰もが最低限の暮らしを保証されることを目指し、年収ゼロの人にBIの月8万円とほぼ同じ年100万円を給付する形を基本とします。
子供と老人は、収入の多い人にも給付するBIとする手もありますが、なるべく給付総額を減らしたいので、負の所得税で統一することにします。
これを基本として、具体的には次のような案を考えてみました。
(1)給付の単位は、世帯
「世帯とは何か」という実装上の大問題がありますが、イチローの妻とかに100万円給付するのは抵抗感があるので、世帯単位にします。
(2)給付対象世帯は、1人当たり年収200万円(子供は100万円)以下
実年収 < 大人の数×200万円 + 子供の数×100万円 の世帯とします
それ以上の収入だと給付されなくなる「給付上限年収」は、単身で年収200万円、夫婦で400万円、夫婦と子供2人で600万円ってことですね。
(3)給付額は、200万円と実年収の差額の50%
(給付上限年収 - 実年収)× 50% とします。
単身(給付上限年収200万円):年収ゼロで100万円、年収100万円で50万円
夫婦(給付上限年収400万円):年収ゼロで200万円、年収200万円で100万円
夫婦と子供2人(給付上限年収600万円):年収ゼロで300万円、年収200万円で200万円
つまり、大人に年100万円、子供に年50万円のBIをベースとして、年収が10万円増えるにつれ給付額がその50%の5万円ずつ減っていくことになります。
2.実装する場合に必要となる割り切り
(1)世帯の定義:夫婦編(事実婚&別居なら、夫が高収入でも給付あり)
入籍している夫婦は、DVで妻が逃げ出したようなレアケースを除き、すべて機械的に同世帯とすべきでしょう。
次に、事実婚をどうするか。
まず、別居の事実婚を同一世帯とするのはムリです。恋愛関係や金銭関係は目に見えないので、行政が発見するのは不可能です。
ただ、事実婚は完全に別世帯とするのも、抵抗感があります。
子供が1人生まれて妻が仕事を辞めた場合、入籍したままなら給付ゼロ、籍を抜いて子供を妻の扶養に入れたら年150万円もらえるわけですからね。
悩ましいですが、「住所が同じ男女」は事実婚の夫婦とみなし同一世帯と解するのが1つの解決策。
「住所が同じ」の定義も難しい(※)ですが、目に見えない恋愛関係や金銭関係と違い、生活の場所という目に見えるもので判断するので、何とかなるってことで。
(※)例えば、事実婚の夫婦が、隣同士で部屋番号は別々だけど実は中でつながっているアパートに住んだ場合、行政は住所が同じと反証する手段があるか。
下宿屋の大家と下宿人が、夫婦でないと証明する手段があるか。めぞん一刻の五代くんと響子さんは、一刻館に住んだまま大家と下宿人から夫婦に変わりますが……。
よって、負の所得税を支持する方は、次の点を受け入れてください。
・高収入の夫と事実婚の妻+子供2人が別々に住んだら(単身赴任とかアパートを2部屋借りて別々に住む)、別世帯として妻に年200万円が給付される
・高収入と無収入の男女がルームシェアしたら、同世帯とみなされ給付されない
これが嫌なら、給付を個人単位にして専業主婦全員に給付するとか、入籍した夫婦だけ同世帯とするとかでも構いません。
いずれにしても、「実際に結婚状態にあるかを的確に把握し、同一世帯かどうかを判断する」のはナシ。
行政にそんな超能力はないので、どこかで割り切ってください。
(2)世帯の定義:親子編(○本準一の母、○田佳子の次男には給付あり)
20歳未満の未成年については、親が生きていれば必ず親の扶養に入っていて同一世帯とするのが妥当でしょう。
親から勘当された18歳はもらなくなりますが、そういうレアケースを心配するより、扶養している子供を切り離して5万円もらう不正受給を防ぐほうが重要です。
一方で、20歳以上で親と別居していたら、別世帯とするしかない。
これを同世帯としたら、大人が困窮しても親に収入があれば給付されないことになり、負の所得税の意味がありません。
20歳以上で親子同居の場合はどうしましょう。「勤労世代の親 + 実家暮らしの大学生や家事手伝い」「勤労世代の子供 + 老親」という2パターンがあります。
これはどちらでもよさそうですが、いちおう、両方とも別世帯としておきます。
よって、負の所得税を支持する方は、次の点を受け入れてください。
・同じ大学生でも20歳以上は100万円給付され、19歳以下は給付されない
・19歳以下の社会人は、低収入でも親に収入があれば給付されない
・子供が高収入でも、無職の親は100万円給付される(○本準一の母親)
・実家で遊び暮らす成人ドラ息子にも100万円給付される(○田佳子の次男)
前2点は、高校卒業相当の18歳で切るとか、大学卒業相当の22歳で切るやり方もあります。
ただ、年齢で分けず職業で分けて「大学生は親の扶養、社会人は別世帯」はナシ。バイトしている大学生と社会人を分ける手段はありません。
後2点は、同居していれば成人でも同世帯とし、給付しないやり方もあります。
その場合、解雇され実家に一時身を寄せた30代失業者にも給付されなくなります。
また、同じように子供世帯の援助を受ける老親でも、同居していれば給付されず、離れやスープの冷めない距離に住んでいれば給付されます。
(3)大資産家も定期収入がなければ給付あり
国民番号制では、収入という「お金の動き(フロー)」は把握できても、資産という「動かないお金(ストック)」の把握までは難しい。
←「ストック」のイメージ画像
したがって、多額の資産を取り崩しながら暮らす人は、無収入なので、100万円が給付されます。
豪邸に住み、数億円の預金や株式を持ち、高級車と貴金属を持っていても、定期収入がなければ給付対象から外せない(※)ので、受け入れてください。
(※)なお、国民番号制で、ストックから生まれるフロー(預金の利息、株式配当など)なら把握できるかもしれず、そういう金融所得が200万円以上なら給付されないという仕組みは可能か。
ただ、ストックそのものの多寡で分けられないのは変わらない。
(4)厳格な国民番号制(納税者番号付きカードを提示しないとバイト不可)
国民番号制は、収入がゼロであることの裏取りに使えるレベルまで厳格化する必要があります。
その論理的帰結は、国民番号付きの身分証明書を提示しないと、収入を得ることはできないということ。
学生のバイトとか日雇いでも必ず身分証明書を提示ってのは、厳格に運用できるか怪しい気がしますが……。
(5)お金なくて餓死寸前! → 負の所得税は来年まで待ってね
給付されるかどうかは、その年の年収が確定してから決まります。
その論理的帰結は、収入が少なくて困り始めた年には給付されず、翌年から給付されるということ。
そのギャップの1年間に最低限の暮らしができるような仕組みが別途必要かもしれません。
(6)まとめ
まとめると、生活保護代替型の負の所得税は、世帯や資産の把握の限界から、次のような不条理が生じるということ(回避しようとすると別の形の不条理が生じる)。
【夫婦の形による不条理】
・夫婦とも年収200万円のワーキングプアには給付なし
・年収2000万円の夫が単身赴任すると、事実婚の専業主婦の妻には100万円給付
【親子の形による不条理】
・年収300万円の母と高校生の子供1人の母子家庭には給付なし
・年収2000万円の親のすねをかじる、25歳無職青年には100万円給付
・年収2000万円の子供と暮らす、無収入の老親には100万円給付
【資産と収入の把握の差による不条理】
・年収200万円、貯金ゼロ、アパート住まいのワーキングプアには給付なし
・年収ゼロ、貯金3億円、親譲りの豪邸住まいのボンボンには100万円給付
極端な形を挙げましたが、生活保護のように個々の事情を見て裁量的に判断するのではなく、外形的な基準で機械的に判断すると、この手の不条理は必ず生じます。
しかもこれは、違法とか、○本準一の母のように辞退させたりできるものではなく、外形的な基準に合致すれば自動的に給付されてしまうものです。
3.費用は約16.5兆円
費用を超ざっくり計算してみます。
世帯別の年収のデータは、平成20年国民生活基礎調査
から取りました。
【単独世帯(総数1396万世帯)】
年収50万円未満 56万世帯 × 87.5万円 = 4900億円
年収50~100万円 233万世帯 × 62.5万円 = 1兆4600億円
年収100~150万円 262万世帯 × 37.5万円 = 9800億円
年収150~200万円 172万世帯 × 12.5万円 = 2200億円
年収200万円以上 673万世帯
全部足すと、単独世帯に対する給付は、約3.1兆円です。
【合計】
計算プロセスは省略しますが、他の類型の世帯も同様に計算していくと、次のようになります。
単独(1396万世帯) 3.1兆円
夫婦のみ(1525万世帯) 4.9兆円
夫婦と子供(1969万世帯) 4.9兆円
母子・父子(417万世帯) 1.1兆円
その他(1042万世帯) 2.5兆円
合 計 16.5兆円
ということで、生活保護代替型の負の所得税の費用は、推定16.5兆円です。
なお、基礎年金、生活保護、児童手当、雇用保険は削れますが、削ると給付額の方も増えてしまうので、16.5兆円がそのまま費用増と見て概ね正しいでしょう。
4.結論
16.5兆円(消費税換算で約8%相当)の増税をして、世帯単位の年収で機械的に給付することによる不条理を割り切り、国民番号制の不徹底からくるある程度の不正行為を見逃すという条件付きで、負の所得税は導入できます。
また、BIと同様に働かなくても100万円もらえてしまうので、そのことによる弊害も発生します。
ただ、85兆円の増税が必要なBIに比べれば、かなり現実的であるのは間違いなく、検討する価値は十分あるでしょう。
私個人の意見を言えば、働かなくても100万円もらえるシステムに不安を感じるし、世帯・年収の不条理の割り切りはやり過ぎだと思うし、国民番号制はそんなに信頼性の高いものにならないと思うので、負の所得税には反対ですけどね。
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ということで、長々と6回も使って、セーフティネットの話をしてきました。
生活保護制度を、抑制の方向で見直すのか、安心感を重視する方向で見直すのか。
あるいは、BIや負の所得税のような、行政の裁量の余地の少ない仕組みに抜本的に切り替えるのか(BIや負の所得税そのものは難しいので、BI的・負の所得税的な発想を含む別の仕組みになると思われるが)。
社会保障制度の根幹となる部分なので、よく議論して、国民の納得のもとで決めていってもらいたいですね。