※岩波文庫「古事記」を参考に書いています。
前回は「【古事記】第二十一回 八十神の迫害」でした。
●根の国訪問
□原文
於是八上比賣、答八十神言、吾者不聞汝等之言。將嫁大穴牟遲神。故爾八十神怒、欲殺大穴牟遲神、共議而、至伯岐國之手間山本云、赤猪在此山。故、和禮【此二字以音】共追下者、汝待取。若不待取者、必將殺汝云而、以火燒似猪大石而轉落。爾追下取時、即於其石所燒著而死。爾其御祖命、哭患而、參上于天、請神産巣日之命時、乃遣■[冠討+虫]貝比賣與蛤貝比賣、令作活。爾■[冠討+虫]貝比賣岐佐宜【此三字以音】集而、蛤貝比賣持承而、塗母乳汁者、成麗壯夫【訓壯夫云袁等古】而出遊行。
於是八十神見、且欺率入山而、切伏大樹、茹矢打立其木、令入其中、即打離其氷目矢而拷殺也。爾亦其御祖命、哭乍求者、得見、即析其木而取出活、告其子言、汝者有此間者、遂爲八十神所滅、乃速遣於木國之大屋毘古神之御所。爾八十神、覓追臻而、矢刺乞時、自木俣漏逃而云 可參向須佐能男命所坐之根堅洲國、必其大神議也。故、隨詔命而、參到須佐之男命之御所者、其女須勢理毘賣出見、爲目合而、相婚、還入、白其父言、甚麗神來。爾其大神出見而、告此者謂之葦原色許男、即喚入而、令寢其蛇室。於是其妻須勢理毘賣命、以蛇比禮【二字以音】授其夫云、其蛇將咋、以此比禮三擧打撥。故、如教者、蛇自靜。故、平寢出之。亦來日夜者、入呉公與蜂室、亦授呉公蜂之比禮、教如先。故、平出之。亦鳴鏑射入大野之中、令採其矢。故、入其野時、即以火迴燒其野。於是不知所出之間、鼠來云、内者富良富良、【此四字以音】外者須夫須夫。【此四字以音】如此言故、蹈其處者、落隱入之間、火者燒過、爾其鼠、咋持其鳴鏑出來而奉也。其矢羽者、其鼠子等皆喫也。
◆訓み下し文
是に八十神見て、且(また)欺きて山に率(ゐ)て入りて、大樹(おほき)を切り伏せ、茹矢(ひめや)を其の木に打ち立て、其の中に入らしむる即ち、其の氷目矢(ひめや)を打ち離ちて、拷(う)ち殺しき。爾に亦、其の御祖の命、哭きつつ求(ま)げば、見得て、即ち其の木を折りて取り出で活かして、其の子に告げて言ひけらく、「汝此間(いましここ)に有らば、遂に八十神の為に滅ぼさえなむ。」といひて、乃ち木国(きのくに)の大屋毘古(おほやびこの)神の御所(みもと)に違え遣りき。爾に八十神覓(ま)ぎ追ひ臻(いた)りて、矢刺(やざ)し乞ふ時に、木の俣より漏(く)き逃(の)がして云(の)りたまひけらく、「須佐之男命の坐します根の堅州(かたす)国に参向(まゐむか)ふべし。必ず其の大神、議りたまひなむ。」とのりたまひき。
故(かれ)、詔(の)りたまひし命(みこと)の隨(まにま)に、須佐之男命の御所(みもと)に参到(まゐいた)れば、其の女(むすめ)須勢理毘売(すせりびめ)出で見て、目合(まぐはひ)為(し)て、相婚(あ)ひたまひて、還り入りて、其の父に白(まを)ししく、「甚(いと)麗しき神来ましつ。」とまをしき。爾に其の大神出で見て、「此は葦原色許男(あしはらしこを)と謂ふぞ。」と告(の)りたまひて、即ち喚び入れて、其の蛇(へみ)の室(むろや)に寝しめたまひき。是(ここ)に其の妻須勢理毘売命、蛇の比礼(ひれ)を其の夫(ひこぢ)に授けて云(の)りたまひけらく、「其の蛇咋(く)はむとせば、此の比礼を三たび挙(ふ)りて打ち撥(はら)ひたまへ。」とのりたまひき。故、教の如(ごと)せしかば、蛇自ら静まりき。故、平(やす)く寝て出でたまひき。亦来る日の夜は、呉公(むかで)と蜂との室に入れたまひしを、且(また)呉公蜂の比礼を授けて、先の如教へたまひき。故、平く出でたまひき。亦鳴鏑(なりかぶら)を大野の中に射入れて、其の矢を採らしめたまひき。故、其の野に入りし時、即ち火を以ちて其の野を廻(もとほ)し焼きき。是に出でむ所を知らざる間に、鼠来て云ひけらく、「内は富良富良(ほらほら)外は須夫須夫(すぶすぶ)。」といひき。如此(かく)言へる故に、其処(そこ)を蹈(ふ)みしかば、落ちて隠り入りし間に火は焼け過ぎき。爾(ここ)に其の鼠、其の鳴鏑を咋ひ持ちて、出で来て奉りき。其の矢の羽は、其の鼠の子等(こども)皆喫ひつ。
・木國―紀伊の国
・違へ遣りき―八十神を避けて遣った。
・矢刺し乞ふ―弓に矢をつがえて、オオムジを出せと所望する時。
・目合―目と目を見合わせて、意を通じること。
・蛇の比礼―蛇を払う呪力をもったひれ。ひれは婦人が肩にかけた布。
・鳴鏑―矢尻の近くに鏑をつけた矢。鏑に穴が開いていて矢が飛ぶ時に音が鳴る。
・内は富良富良外は須夫須夫―内は洞穴。外はすぼんで狭くなっている。
■現代語訳
これを見て八十神はまた大穴牟遅神を欺いて山に連れて行き、木に切り込みを入れて、楔を打ち立てておいたその中に入るやいなや、その楔を抜き取って打ち殺してしまった。
そしてまた御祖の命は泣きながら探すと、見つける事ができ、すぐその木を折って救い出し治療しました。その子に「お前がここにいるといつか八十神に滅ぼされてしまいます。」といい、すぐに紀伊国の大屋毘古(おほやびこの)神の御所に八十神を避けて遣わしました。
八十神はこれを追跡し御所に着くと、弓に矢をつがえて大穴牟遅神を渡すよう求めました。大屋毘古神は木の股の間からこっそり大穴牟遅神を逃がし、「須佐之男命がいらっしゃる根の堅州国に向いなさい。必ず大神がなんとかしてくださるでしょう。」といって聞かせました。
大穴牟遅神はその言葉に従い、須佐之男命の御所に参上すると、その娘須勢理毘売(が出て見ると目と目で通じ合ってしまい、結婚することにしました。須勢理毘売は帰って父に、「たいへん麗しき神が来ました。」と話しました。大神は出て見ると、「こいつは葦原色許男というのだぞ。」と仰せになって、すぐ呼び入れて、蛇の部屋に寝させてしまった。その妻の須勢理毘売命は蛇のひれを夫に渡して、「蛇が喰おうとしてきたらこのひれを三回振って打ち払ってください。」といった。教えの通りにすると、蛇は静かになったのでゆっくり寝て出てくることが出来ました。
次の日の夜は、むかでと蜂との部屋に入れられたが、須勢理毘売命がまたむかでと蜂のひれを渡して、前のように教えたので容易く出て来れた。
今度は鳴鏑の矢を大野の中に射入れて、その矢を取ってこさせようとした。葦原色許男がその野に入ると、すぐ火を放って周りをぐるっと焼きました。そしてどこから逃げれば良いのか解らなくなった時、鼠が来て、「内は富良富良外は須夫須夫(内は洞穴。外はすぼんで狭くなっている)。」といいました。そう言われたので、そこを踏み締めると、穴に落ちてそこに隠れて入っている間に火は焼け過ぎてしまった。またその鼠は鳴鏑の矢をくわえて持ってきてくれた。矢の羽を鼠の子供がかじって遊んでいました。