Q:以下の文にある●●の部分に最も適切な語句、漢字2文字をあてはめ、その内容を把握してください。 | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

   
   title: “●●さ”欠乏症の人類。その1%  
   
   
ありゃりゃりゃ…。
パソコンにUSB接続してるプリンターの調子がヘンだよ。
まだ何回も使ってないんだけど
ノズルのクリーニングやってもマトモに印刷されない。
ホコリかぶらねぇようにクロスかけてあるんだけどねぇ。
何週間か電源いれたまま放置されてた。
ノズルの問題じゃねぇのか? 
わからん。
   
なんだかねぇ… 
DVDレコーダーもぶっ壊れてるよ。
子供が通う空手道場の昇格試験を収録したDVD-RAMディスク。
そこの関係の先生に借りて再生したんだけど
そのあとで、すべてのディスクが読み取り不能になっちまった。
なんでまた、そんな たいしたこともねぇようなビデオ記録を
今のところは高価なRAMディスクなんかに落としてんのか?
気が知れない。
メーカー(T社)に問い合わせたところ、
RAMディスクの規格によっては
そういう異変が起こることもあるらしく、
消費者の問い合わせは俺だけじゃないらしい。
そんなこと取扱説明書にはなかったんだけど
「市販のモノでクリーニングしてみて
ダメだったら、また連絡ください。」
そういうことらしい。
   
よくわかんねぇ世の中だな。
どっこも便利で快適じゃねぇじゃん。
なんか俺の遣い方がわるいわけ? 
   
とにかくだなぁ、俺の周りは電気モノが壊れやすい。
むかしっから。
とくに新品のヤツ? 
この数年でFAX付き電話は3台目だ。
ワープロなんて5台もある。
今はぜんぶ使い物にならん。
普通の電池で動く時計もスグに故障する。
軽トラックのラジオも新車で買って数ヶ月もしないうちにエンジンのノイズを拾って
マトモに電波をキャッチできない。
10年前のケータイも、ひっぱたくと直る始末。
どうして? 
家の周りに送電線なんてないし、変圧器もねぇよ。
なんか方位、方角がワルイのか? 
   
だいたいにおいて、REM状態のとき… 
まぁ、俺自身が深夜も起きてることが多く、
肝臓の血液の出し入れが全身の筋肉に対して不都合になるような生活してるので
脳に循環する血液量とか、ウトウトしてる状態の身体の中身…意識が
自然界の動きにマッチしてないのかも知んないけど
とにかく、静まり返った山の民家なのに
ウタタネ状態のときには鮮明に
どっかからラジオ放送のような音楽番組らしき音が聴こえてきたりする。
言語は、日本語のようだけど日本語でも韓国語でも中国語でもなく
今風に日本人のような、それなりに若い男女が喋ってたりする音なんだけど
流れてくる曲もオールディーズ50'sっぽいメロディとかジャズ、ソウル、ファンク、
軽快なカントリー、バラード。時には、シンフォニーだったり、オペラもあるし、
演歌のようなクサイのが聴こえてくることもあったり…。
それも今までに聴いたことのないような曲ばっかだ。
それでもなぁ、そっちの世界(?)ではヒット曲なのか流行り廃りなのか? 
ぜんぶマトモな演奏なんだよ。
鮮明に、アタマの周りで流れてる…というか、勝手に聴こえてくる。
数ヶ月前は、そういうことが毎日、毎晩あった。
最初は、2階で寝てて、下の部屋で爺さん婆さん(妻の両親)
深夜にテレビでも観てんのか? 
あるいは、俺の壊れたステレオが点いてんのか? 
家の外に誰かがクルマで来てて車内から漏れる、そういう音なのか? 
いろいろ想像してみたり、目を醒まして窓の外を見てみたりしたんだけど
そうじゃねぇんだよな。
時空間がちがうのか? 未来なのか過去なのか? 異次元なのか? 
そういうことでもなさそうなんだよな。
あくまで、俺の全身の筋肉の問題 で、
その筋肉に流れる血液の出し入れに関わる肝臓と思考能力の関係…。
して、精神状態がかなり安定しているときにも不安定なときにも、
そういうことには関係なく、トランス状態に陥ったときに聴こえてくる。
以前は、人の声以外の物音だったり、単音で繰り返される機械の音とか…
まぁな。…なにか耳元で、工事現場なのか、どっかで何かの製作所やアトリエで
何かが製造されてるような音とかな。
そういう昭和30年代~40年代の町の音? 
そんな感じが多かった。20代の頃は。
30代になって、人の声とかが頻繁に聴こえた。
最初は驚いたけど、べつにヤバかぁない。 
昼間の残響? 
はじめは、そんなふうにも解釈してたけど
最近のように様々な音楽が流れてくると、そういうわけには納得できない。
んまぁいい。そのうち判ってくる …ような気もする
   
さて、ここ最近、書いている内容は
読者にとっては以前に増して一貫性のない断片的な内容に思えるかも知れないけど
実は長々と書いて つなげていないだけで
ある一つのテーマに従って書いている。過去に書いた未公開のモノもMIXしながらな。)
既に、その構成を見破っている読者の方も
もしかすると…いる・かも知れないけど、
ええっとねぇ、今年の2月15日以降…そのあたりから俺が書いてる内容を
今日までずっと読んでみると、コメント欄の内容も含め、
それはそれはもう、恐ろしいことを書いてる。自分で云うのもなんだけど。
んで、ここ最近は、
ひとつ、なにか大勢の人間とくに最近の日本の現代人の心にある問題の共通点を見つけると
そこへテーマをしぼって書いてる。
ある意味で、整理整頓。世の中の。人類の。
それを少しだけ速めてる…つもりでいる・・・・ということにしておこう。今は。
べつに、そんなことは誰にも視えなくてもいいし、
俺という人間の力だけでやっていることではない。たぶんな。)
だけど俺は常に、あるひとつの問題点…ある特定の課題の、
その解決の糸口をみつけるために、自分の周りにある物事を通して
今後の人類に必要なことは何か? ということの確認作業をやってる。
読む人には非常に難解どころか、くだらないかも知れない。
あまりに現実や常識から外れてるので
とくに俺が断言してる内容については・・・・・
   
ああ、やめた。
この話は今はどうでもいい。
通じないし、馬鹿げたことだ。
そんな一部の整理整頓が
人類の地球の遣い方を左右させるはずもない…よな。

   
んで、昨日の夜というか、さっき晩ゴハンを喰いながらNHKを観てやってると
日本映像芸術業界の母、大女優の中村玉緒さんが出てて
なにやら限界集落なる、広島県の、とある過疎化地域へ訪問して
そこで平均年齢65歳という地域の消滅を妨げるために
地元住民の方々が色々な工夫をして
自分が生まれ育ち、現在も生きて生活している場所が
この世から失われないように交流人口 を増やす努力をしている人たちの姿…
そういう一部、野外ロケ取材も兼ねたドキュメントな番組があった。…珍しく、NHKで。
結局、世継ぎや自分自分の家系の継承者とか
そういう地域の産業・商業、漁業・農業…の営みの中で
人間が生きて生活する場所の後継者、アトツギがいないことには
それはそこでもう終わってしまうだけなんだけど
その番組では、統計的に、限界集落という、
学者さんたちの捉え方に該当する地域が今の日本に2000箇所以上はあるという。
そして最近の政府は高齢化社会だの少子化だの、
そういう言葉だけで騒いでるような切実な問題を
タテマエとしては「抜本的な対策を講じるために…」とかなんとか言って
誰かが誰かに責任を負わせるような遠回りな行政…
そういう、“みせかけのマツリゴト”をやってはいる。
実際問題、地域格差だの生活格差だの誰が何を問題提起したところで
そういうことに直接的に関わっている人が今はもう国民の中に独りふたりではなく
今まで通りにはやっていけない医療や学校教育、
日本の宗教問題、経済社会の常識の崩れ落ち等がどうあろうとも
国民としては、働いてる人も、働いていない人も、働けない人も
「ほかにいなさそう」
なので仕方なく相手にしてるだけの政府の運営… 
そこに杜撰にも、表向きは清潔さを見繕っていたシステム。その崩壊をマノアタリにして
「果たして税金や年金とは何のためにあるものなのか?」
ということに真面目に疑問を抱いてる人も多くなってきた。
   
あのねぇ、選挙ってもんがあるんだけど、その選挙そのものも、
この国の中では、---- 生きるためには原料も材料もどんな資源も
他国から水を注いでもらわないと生きてはいけない盆栽国としての、
今の、“大日本盆栽帝国とりあえずは国連加盟国の一員の国家”では ----
 
以前のように親子代々受け継がれてきたようなコネや根回しとか
特定の財力や権力では、うまくゴマカシが利かなくなってきた。最早。
今、そういう世の中で、
「指導者って何?」ってことで 指導者とは何かの答え はコメント欄に明記。
一円からスタートした資本金と発起人委員会を経ても、その中心になる運営者、 
経営者とか先生、社長って呼ばれる人の質や器の問題の問い質し が重要になってきた。
今まで通りに、戦後日本の教育を重んじた常識の中で
「イイ大学を出て、それなりに社会に貢献しているらしきイイ企業へ就職できれば
己の将来や その人生の歩み方が安泰で安心…。」 
そういう、
左右、前後、上下の人達と同じようにやってりゃぁナントカなるような意識で
大勢の人が平和で民主的、基本的人権尊重の福祉もバラ色な生涯を送れるつもりでいた。
今まではな。
そしてそういう、ヘンに出来あがってろうとする時代なら
「右や左のダンナサマ、どうかお恵みくださいな」という惨めな暮らしも、
もう誰も送ることはないような兆しにあった。
ところがだ、モノは溢れて情報が氾濫する一方の世の中では
心が貧しくなって、歳をとるにつれ、
その心の容器である肉体がままならない人も多くなってきた。
んで、
今日、今さっき、…ああ、もう2007年の3月23日の午前0時をまわったので
昨日の晩のことなんだけど…
ハッキリと、今の日本の世の中。そこに住み飼いする最近の多くの現代日本人。
高齢化と少子化という、今はまだ日本民族滅亡の途中経過の段階にある、
大勢の現代日本国民が営む社会。そこに生きている人も、最近になって死んでしまった人も、
明日にも死にそうな状態でトロトロとした命の、なんとか虫の息で生きている老人も
“イジメ”という流行コトバに踊らされる社会で
自分の命をどうしようかと迷っている子供も、大人も、
その肉体が病気であろうとなかろうと、苦悩する心が今その肉体に
どのような影響を及ぼして、何を叫び喚いて何か訴えようとしてる者にしても
いま現在、そういう大勢の人間に
何が共通して欠落しているのか?
 
ここだ。
俺は俺自身で見えたよ。答えを出した。
それはすべてにおいて、“●●さ”だ。
この“●●さ”が、俺を含めて、今の時代の人間のほとんど、
その大勢の意識、生き方、生涯、人生の送り方の中にない。
当たり前の人間としては大きな欠落だ。
心身症なんてもんじゃねぇぞ。
そういう学者コトバは、もうどうだっていい。
精神世界用語を並べてみても、今の時代はもう誰の何も救われないんだ。
「かたち創られたあとになってからでは何を言っても遅い。」
ああ、この言い方は創った側からの言葉なので、あまり通じる人はいなかったな。
でも、「●●さがない」。
これは判りやすいではないか! 画期的! バッチリ、みんなの心にキャッチーだよな。
もしかすると、今この21世紀初頭の人類において、人種・国境・身分を超え、
その肉体にも心にも、あらゆる人間に欠落していることかも知れない。
感謝するとか奉仕や犠牲とか、ましてや権利とか何かの主義主張、思想なんてもんは
もうどうだっていいんだ。
そういう意味で、“かたち創られたあとになってからでは何を言っても遅い”。
問題は、いま自分が現実に肉体を持って生きてる上で
どこまで●●さがあるのか? 
ここんとこが大切だよ。どう? 
「どう?」って訊いてみても応えるヒトは少ない…というよりいないかも知れないけど
なんだかねぇ、どの人もどの人も、自分が知り得た風な知識で
なにか解ったフリをしてカッコつけて気取るように 俺もだよ。)
いろいろと言ってみてはいる。インターネット上に限らず。
そういうねぇ、酒のんで酔っ払って出来あがるよりも、ひでぇ出来あがり方? 
人間…というより、現代人の醜さ。ほんと、臭うほど醜いよ。きったなくって。
何日も風呂へ入ってないヒトでも、そこまで腐った心にはなんねぇんじゃねぇのか? 
というほど、単に脳味噌に余分に蓄積された知識が
脳味噌を基準に、その肉体を、精神を腐らせている。
すなわち●●さがない。
すべて、あらゆる問題において、この人間…じゃなくって、最近の現代人に
●●さの欠落がある。
おお、これだ! 今まさに、誰もが、●●さの欠落。ここに尽きる。
何の病気にしても、怪我をした自分の過ちを他人に擦りつけようとする無様さにしても。
誰かと自分を比較して妬んだり、…嫉みばかりか、怨んだり、…恨みばかりか、
憎んだり、蔑んだり、「アイツよりはマシだ」と想う醜さも。ヒガミも。
結婚できないことを自分以外の何かの所為に考える言い訳、言い逃れ、無責任さにしても。
男とか女とかを騙り、語ろうとする以前に
根本的に基本的な人間の創られ方について認められないほどの
医学や教育、宗教の思想や常識にしても。
自分他人、世間にある、あらゆるワダカマリやヤッカミも、
人々の心を蝕み、愛情に飢えさせるような煩わしさや苛み、シガラミも。 
そういう社会や職場の人間関係にも、夫婦間の勝手な思い込み、すれ違いにも。 
子供同士が大人同士のようになっちまってる得体の知れなさも…。 
な、あらゆる問題に、この●●さの欠落が共通してるだろ。
   
んで、たとえば、ここまでの話を、こんなに丁寧ではないけど
さっき俺は、自分の口で妻に伝えてみた。
子供が横で一人、遊んでいる部屋の中で。珈琲を落としながら。
するってぇと、俺の妻も、それなりに博学なのか何なのか? 
詩人の谷川先生の、
「●●さは究極の心の…」追究だったか発展?、展望?だか何だか…
そういう戯けた受け答えで、まったく他人の知識でしか、
先行して想い浮かばないようなアタマに出来あがっちまってる。
そうじゃぁねぇだろ。
自分が今ここに生きていて、確かに自分の眼で見えたことを俺は云ってるんだ。
どこから谷川先生が出てくんのか? 
目の前に その人がいるわけじゃねぇじゃねぇかよ。
ああ? 
ああ、確かに戦後日本文学界の偉大なる詩人、谷川先生にしても、
宮沢賢治さんにしても、釈迦やキリストであろうとも
それなりに何かを伝えようとして、
そん時ばかりは『本』にしたり、説法を口から吐き出す時間に熱を入れたり、
どっかその辺の学者先生にしても
適当にギャラが用意される講演会後援会?やセミナー会場で
それなりに自分の言いたいことを言ってきた世の中だったかも知れない。
今までは。
でもそこには、あらゆる面で、聞く側、受け取る側の心の中の、
“●●さの欠落”は視えてなかった。
もしも、そうした指導者らしき人達に、それが視えていたなら、
今の世の中が、こんなになっちまうこともなかった。
   
よし、この図星の部分については、今後の俺の課題でもある。
この、“●●さの欠落”という、俺の発見が、
今後これからの世の中に、どう関わってゆくのか? 
やったね。
“Mind Resolve”の展開も、なんとか、ようやくここまで来たよ。
完成なんてありえない人間の人生において。
結論や答えが出せなかったはずの人類の在り方について。
…いや、そういう言い方も、今はここで、やめにしとこう。
もっともっと発展的にピュアな状態でいいじゃないか! 
どこまでも透き通るような気持ちで。
   
ひとつには、今の俺にとって…。
俺がどうしてここまで、
原種・原型をとどめることなく品種改良された季節野菜や雑種犬のように、 
今日まで様々に好き勝手に枝別れしてきた、あらゆる宗教や思想を毛嫌いして、
たかだか数十年の日本の戦後教育が練りあげただけの社会常識を敵に回すほど
自分が自分として人間であることの追究を惜しまないでいられるのか? 
ある人とある人と…そういう何人かの出逢いの中で
「いや、まてよ、それは なんかヘンじゃねぇのか?」
という気持ちを常に互いの言葉の意味や解釈に確認しようとする心構えがある。
この確認作業はねぇ、ホントに過酷なもんだ。
今の自分自身をすべて
「おい、ほんとに これでいいのかよ!」
てな具合で全面的に自分で自分を否定するほど、
今日までの自分の成長を確認しなきゃなんない。
んで、たとえば名前をあげてしまうと、
もうそれは特定の範囲でしかなくなってしまうように想われることもあるんだけど
今の俺は幾つかの音楽や歌によって軌道修正されることも多い。
名前なんてどうだっていい。その楽曲がどんな形で世の中に発表されていようと
そういうことは問題ではない。ヒット曲だとか、ノスタルジー漂う懐メロだの、
『オールディーズNow&前』だの、流行り廃りだとか、
刺激が欲しい連中らの“聞き流し欲求不満BGM”ではないわけ。
そういうのは最近のカラオケとか着メロにも腐るほどあっても
俺が選んで聴いている音楽 とはちがう。わりぃけど。
言葉に並べて云うなら、
常にその歌が、その楽曲が、瞬間的に
丸いたくさんの石を連射、連発してくる…という感じの、
そういう凄まじいエネルギーを持った音や声の強弱の組み合わせ。
その細かい鉄球のような、限りなく球体のいろんな色の石。
…なにか楽器を演奏できるひとのうち、楽譜を読める人にとって、
 それは、美しく羅列する“音符”という、
 メロディやリズムのきらめき…ということになるのでしょうか
?) 

単に、テクニックとかクリエイティヴではなく
クオリティ高いセンス、バランス、タイミングだ。
…ありゃぁ、カタカナで言うとヘンテコリンだな。
もうねぇ、それが心に被さった汚れを剥いでゆくわけ。
わかる? 
スゲェ勢いでぶつけてくるよ。無数に。
バンバン剥がされる。逃げようもない。自分から聴いてるんだからな。
   
んまぁ、それはそれで、そのヒトの価値観の問題と捉えるだけの人もいると思うけど
いま俺が書いてることは、そういうことでもない。
人が一人、この世に生きているその生涯の中で、
それに巡り逢える人 が何人いるかどうか。
あまりにも、本物がどれで何なのかが判らないほど
ホンモノに似せたニセモノやマガイモノ、ジブタレなのが多い世間で
自分の中にあるホンモノの部分を
自分でどこまで認め、見つけることができて、それを逐一確認できるかどうか? 
そういう世界だよ、今度の4月1日も 。おそらく。
ときには恐いこともある。だけど、●●に聴いてみりゃぁいいだけのこった。
必ず、“聴く”という行為に、演奏する側が応え、響く打撃がある。
ああ? 大丈夫。
どんなに打撃されても、ズタズタに成ることはない。前向きなんだからな。常に。
…もっとも、演奏する側は聴く側には想像もつかないほどの
能力の限界(?)のようなモノと闘っておられるのかも知れませんが。
   
たとえば、そういう音楽ってもんが
“●●さの欠落”に気づかせてくれた…くれている瞬間もあるわけ。俺の中には。
その他もろもろ。稲作にしても、酒づくりにしても。杜氏さんの不思議な元気パワーにしても。
昨日の婆さん にしても。かつて、俺を助けてくれた小さな心 にしてもな。
よかったねぇ! いっぱいあって。
こんな野郎が結婚もできて、子供までいる
夢や奇跡じゃねぇぞ、現実だ。
   
よしっと。ここで自分と俺を比べるなよ。 …まずいないと思うけど。)
それではもう、そこでお終いになっちまう。
人間は本来、誰もが一日一日ごとに
その生きて、生かされている期間、その短い間だけ
肉体を持って自由に堂々と生きていられるはずのうちは
前向きに魂を成長させているはずなんだ。
その取り決めは、ずっと変わらない、変えられないはずだった。
…べつに今、彼氏や彼女がいなくたっていいよ。
子供が産めない身体とか心の問題とか、環境の問題とか、
自分以外の人間のうち、とくに親の老後の心配が大変な人だとか…
自分と他人の区別。自分の命と他人の命の区別は
●●さの欠落によって、重症なほど混線した心と肉体のバランスの不具合になっちまう。
その●●さの欠落が
いったいどこから始まったのか? 
やったのは、やってるのはすべて自分だ。
俺がこうして、どんなに噛み砕いた云い方で何を書いてても
結局は自分で気づかなきゃ楽にはならない。
世の中には、自分以外のことでは、たとえ、
あきらめざるおえないことが色々あったとしても
自分自身のことについては、あきらめる心配や不安とか、
仕方なく保留にしたり投げ出したりすることはねぇんだよ。
●●さがないばっかりに、遠回りや勝手な要望とか要求、権利の主張とかが出てきてしまう。
もう、そういうのとはオサラバしねぇと、
世の中は益々、嘘で塗り固められて、人が生きる場所じゃなくなっちゃうよ。
 
ああ、なんだか今日はまた、いっぱい書いたね。
でも少子化と高齢化という今はまだ、ある結末の途中経過ってのは、
こういうことだ。あらゆる人の人生の、人間としての●●さの欠落。
一年か2年前の、つい昨日、以前の俺なら、
そこで、「ザマァミロっ!」としか云わなかったかも知れない。
最近は、なんとかして、たとえば、とある日の歌…とある幾つかの歌を通じて…
♪ガンバレみんなGOOD歯をくいしばれ、生きるということに…(略) 
の、「ぐっと歯を食いしばれ」の部分が、その声の質や歌い方そのものの優しさによって
どうしても、「Good Luck !」と云ってるように聴こえてしまうように、あるいは、
♪どれくらい苦しめば、どれくらい血を流したら 
 この夢は満たされるだろう、この道は癒されるだろう…
(略) 
の、「癒される」の部分が、昨日までの巷の流行りコトバにあったような、
「癒し系」などという軽々しさが まったく感じられない真実でしかないように、
それらの打撃によって、
俺の心にガードを固めていた生きるために必要以上のモノは削ぎ落とされてゆく。
そしてもう、「ありがとうございます!」とか
「またいつかどこかで逢いましょう!」とか
そういう言葉さえも必要なくなってしまうほど、今の俺には明るい未来が視えてきてしまう。
この感覚、この意識。それが、たとえわずかな灯火であっても
人類に失わせてはいけない道標。
●●さの欠落の破壊。Freedomへの道。解放運動の真髄。
いや、そういう言葉にも当て嵌まりません。
完成などありえないので。
   
おっと、話がだいぶ個人的になってきた。修正、修正。 (習性?) 
   
今日は、昨日は、蔵元の仕事で、
純米吟醸・無調整無濾過原種という酒の瓶詰めの仕事を手伝いながらも
幾つかアタマに浮かんできた内容で
花粉症 とかのアレルギー鼻炎とか風邪による鼻詰まり、鼻を垂れる…などの症状を
いかにしてクスリには頼らずに自分で治すことができるか? 
ということを仕事の合間の休憩時間にもずっと…
そういうことを懇切丁寧に書いて表わす義務に迫られていた。
いたんだけど、まだ書いてない。
そのうち書く…と思う。たぶん。
それはもう、
「世界の耳鼻咽喉科は看板を降ろす準備を整えてください!」
というほどの、世の中の常識の整理整頓…のつもりで
鼻づまりや鼻炎などで困ってる人が、「読んだだけで鼻が通る」というくらい…
そういうのを書こうと思ってる。
いや、期待しないでくれ。…つっても、今がそういう時期 なので
今ここでスグに必要な人が多いかも知れないけど。
ちょっと待っててくれ。
4月の半ば以降には、この、部分的に戦後社会の諸症状を改善するための構想も
なんとか形になるようにしたい…と思う。
んまぁ、その通りに、
人間の身体を部品の組み合わせのように診て扱う現代医学に
大きく何か変化が訪れるわけもない…かも知れないけど
どこにもないことは、なるべく早めに公開した方が
今後の世の中のため…ではなくって
鼻づまり以外にも世の中をスッキリさせることにもつながってゆく。たぶんな。
そのためには俺が、
もうちょっと●●になんねぇとだな。
なにを恐れることもなく。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
A: 文中の、「●●さの欠乏」等の、●●の部分にあてはまる言葉、語句。
        その答え  
             http://ameblo.jp/badlife/entry-10028762163.html