「フィラグリン遺伝子変異」の発見で、アトピー治療はどう変わったか? | 子肌育Blog アトピーに負けない生活。

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フィラグリン遺伝子変異


「フィラグリン遺伝子変異」の発見で、アトピー治療はどう変わったか?


こんにちは。橋本です。


2006年、「フィラグリン遺伝子」というものに、人によって変異(へんい:違い)がおきていると、皮膚の表皮、その一番外側の角層(かくそう)に異常がおきることが指摘されました。


これは、当時の皮膚科学にとって、大きな意味を持つニュースでした。


アトピー治療に関する研究を進める上でも、今も大きな影響を与えています。


 


遺伝子は、体を作る設計図


遺伝子というのは、設計図のようなものです。


この設計図に書かれた情報にしたがって、日々、体が作られ、皮膚も入れ替わっていくわけです。


新しい表皮細胞が生まれると同時に、古い角質細胞がアカとなってはがれ落ちていく、という感じで。


 


表皮細胞が4つの層をのぼっていく


表皮細胞は、表皮のいちばん底、基底層で生まれます。


そして、皮膚表面に向かって、


皮膚の表皮:4つの層(一番下の層~上の層まで)

基底層(きていそう)

  ↓

有棘層(ゆうきょくそう)

  ↓

顆粒層(かりゅうそう)

  ↓

角層(かくそう:角質層)


と4つの層を通過して、アカとなってはがれ落ちていく。


皮膚の再生サイクル


そのように皮膚の再生サイクルを、絶えず繰り返し動かすための設計図が、暗号のように小さな小さな遺伝子につまっているわけです。


 


フィラグリン、フィラグリン遺伝子ってなに?


表皮細胞が4つの層をのぼっていく途中。


2番目の層、有棘層(ゆうきょくそう)で、表皮細胞の中にプロフィラグリンという大きなタンパク質が生まれます。


「プロフィラグリン」というのは、「フィラグリンになる1つ前の段階」という意味でネーミングされています。


表皮細胞が、表皮の中をさらにのぼり続けていくうちに、1本のプロフィラグリンは、徐々にちぎれます。


その結果、10~12個ほどのフィラメント状(細い糸状)のフィラグリンという分子になります。


この様子、「フィラメント状のものが集合したタンパク質(filament-aggregating protein)」から、「フィラグリン(filaggrin)」と名づけられました。


フィラグリン


そして表皮細胞が角層にたどりつくと、角層細胞となり、角層内をさらに上層へとのぼっていく中で。


この「フィラグリン」というタンパク質は、アミノ酸にまで分解され、天然保湿因子(てんねんほしついんし:略して「NMF」)の生成へとつながり、細胞内に満たされます。


つまり、フィラグリンは、皮膚の保湿機能、バリア機能にかかわる天然保湿因子の供給源になっていると考えらるんですね。


こうして、正常な肌の再生サイクル(角化:かっか)が繰り返されることで、やわらかい肌、皮膚のバリア機能がキープできるわけですが。


この「プロフィラグリンフィラグリン天然保湿因子(NMF)」という一連の流れ。


最初のプロフィラグリンを生みだす設計図となっているのが、「フィラグリン遺伝子(FLG)」となるわけです。


 


フィラグリン遺伝子に変異があると何が問題なの?


では、フィラグリン遺伝子に変異(違い)がおきると、何が困るのか?


それは、フィラグリン遺伝子変異があることによって、プロフィラグリンが不完全な状態で作られたり、あきらかに減少してしまうことに問題があります。


こうなると、正常な肌の再生サイクルがうまく回らなくなり、それが皮膚の保湿力の低下、バリア機能の低下といったことにつながることが考えられるわけです。


バリア機能が低下した皮膚には、外からの刺激、アレルゲンがカンタンに侵入できるようになるので、アトピーの症状もおこしやすくなる。


つまり、フィラグリン遺伝子変異が、アトピー発症の原因のひとつである、と考えられるわけです。


 


日本人のアトピー患者の3割弱にかかわる


先天的遺伝性(うまれつき)でおこる病気に尋常性魚鱗癬(じんじょうせいぎょりんせん)という病気があります。


この皮膚障害は、患者の肌の再生サイクル(角化:かっか)を通常の7~10倍にさせるといわれ、皮膚が激しく乾燥し、肌表面が硬い鱗(うろこ)におおわれたようになります。


2006年、ヨーロッパ人の尋常性魚鱗癬家系において、フィラグリン遺伝子(FLG)に遺伝子変異が発見された 1)


このことが、「フィラグリン遺伝子変異」の研究のスタートになりました。


ここから次々と、フィラグリン遺伝子変異についての解析(かいせき)が進められることとなります。


日本人でも、尋常性魚鱗癬家系、そしてアトピー患者を対象として、フィラグリン遺伝子変異が解析されました。


そうすると、7つの日本人固有のフィラグリン遺伝子変異が見つかり、アトピー患者の27%以上にも、この部分に変異があることがわかったんですね 2, 3, 4, 5)


さらに、現在も新たに1つの遺伝子が日本人固有のフィラグリン遺伝子変異として報告されているので、この先、患者と医師による研究協力が進めば、また新たな報告が続く可能性もあります。


つまり、少なく見積もっても、日本人のアトピー患者の3割弱は、フィラグリン遺伝子変異が、発症にかかわっている可能性が考えられるわけです。


フィラグリン遺伝子変異:日本人のアトピー患者


 


オーダーメイドのような治療


フィラグリン遺伝子変異。


それによるプロフィラグリンの不具合、不足によって、正常に皮膚の再生サイクルが進まなくなる。


さらにそれによって、皮膚のバリア機能が低下し、肌に侵入しやすくなった刺激、アレルゲンがアトピーをおこす。


こういうケースが、日本人アトピー患者の3割弱におきているかもしれない。


そうわかったことで、皮膚のバリア機能をサポートしてあげるような治療の意味。


つまり、保湿剤などによる、ていねいなスキンケアの重要性が、病態生理学(病気のメカニズムを解明する学問)の面からも証明されつつあるわけです。


ただし、保湿剤のみに過剰に期待しすぎては、治療に対する大きな失望をうむことにもつながります。


たとえ、フィラグリン遺伝子変異がアトピーの発症にかかわるとしても、アトピー治療のかじ取りには、三本柱のバランス感覚が重要なのは変わりません。


それでもなお、この研究の活用がさらに期待されるのは、フィラグリン遺伝子の診断による、治療方法の個別化。


たとえば、フィラグリン遺伝子変異がたしかめられれば、それに見合った治療をするとか。


プロフィラグリンの不具合、不足をおぎなうような治療方法が開発されれば、オーダーメイドのような治療ができるわけなんですね。


 


 


 


関連記事:

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参考文献:

1) Smith FJD, Irvine AD, Terron-Kwiatkowski A, Sandilands A, Campbell LE, Zhao Y, Liao H, Evans AT, Goudie DR, Lewis-Jones S, Arseculeratne G, Munro CS, Sergeant A, O'Regan G, Bale SJ, Compton JG, DiGiovanna JJ, Presland RB, Fleckman P, McLean WH. Loss-of-function mutations in the gene encoding filaggrin cause ichthyosis vulgaris. Nat Genet, 38: 337-342, 2006.

2) Nomura T, Sandilands A, Akiyama M, Sakai K, Ota M, Sugiura H, Yamamoto K, Sato H, Smith FJD, McLean WHI, Shimizu H. Unique mutations in the filaggrin gene in Japanese patients with ichthyosis vulgaris and atopic dermatitis. J Allergy Clin Immunol 119: 434-440, 2007.

3) Nomura T, Akiyama M, Sandilands A, Nemoto-Hasebe I, Sakai K, Nagasaki A, Ota M, Hata H, Evans AT, Palmer CAN, Shimizu H, McLean WHI. Specific filaggrin mutations cause ichthyosis vulgaris and are significantly associated with atopic dermatitis in Japan. J Invest Dermatol 128:1436-1441, 2008.

4) Nomura T, Akiyama M, Sandilands A, Nemoto-Hasebe I, Sakai K, Nagasaki A, Palmer CNA, Smith FJD, McLean WHI, Shimizu H. Prevalent and rare mutations in the gene encoding filaggrin in Japanese patients with ichthyosis vulgaris and atopic dermatitis. J Invest Dermatol 129: 1302-1305, 2009.

5) Nemoto-Hasebe I, Akiyama M, Nomura T, Sandilands A, McLean WHI, Shimizu H. FLG mutation p.Lys4021X in the C-terminal imperfect filaggrin repeat in Japanese atopic eczema patients. Br J Dermatol 161: 1387-1390, 2009.