Die letzt Tauschung -2ページ目

Die letzt Tauschung

役者を目指すあきこがお送りする、日常。

桜の咲く季節、空は鼠色であることが多い。

青空を背景に桜を見るのもいいが、鼠色を背に映る桜というのもまた良いものだ。

大学にある桜の木はほぼ満開になっていた。

ここ最近降る雨にも負けず、桜色が校内に広がっている。


金曜日、私の通う大学では新入生対象のクラブやサークルの勧誘をメインとした

新入生歓迎式のようなものがある。

昨年私はこれを体験する立場だったが、今年からは提供する立場になる。


立場というのは、ちょっとした期間で変わってしまうものだ。


入学式、自分が新入生であったのに、1年経つと次に入ってくる新入生の先輩となっている。

卒業式、自分は送り出す立場であったのに、数年経つと自らが卒業生となっている。


これは勿論、学生に限ったことではない。


これから先、私はどんな立場で、どんな人々を迎え、どんな人々を送るのだろうか。

考えれば考えるほど、わくわくするような、不安になるような。






取り敢えず今は桜が全て散ってしまうその前に、お花見をしたいなあなどと思っているのだが。

場所によっては満開となっている桜。

東京でもちらほらと咲き始めている。

私は自宅と大学の行き来がメインになっているので、

桜を見るといえば大学校内にある桜と、

自宅近くの小さな公園の桜くらいだろうか。

少し足を伸ばせば桜祭りをやっている場所があるらしいが、

いかんせん、出不精なので、よし行くぞ!という気にあまりなれない。

少しきっかけがあれば出かけるのだろうけれど。



日本の桜開花の基本は確か靖国神社だった。

私が通う大学の本部(というか3年から通うキャンパス)がすぐ近くにある。

現在は千葉県にあるキャンパスに通っているが、

たまに九段下キャンパスに行く機会があった。

今年に入ってからはまだ行っていない。



最後に行ったのはたしか昨年の秋頃だったと思う。

九段下の方で作家や評論家が大学の教授と対談のようなものをする、

といった内容のもので、私は友人と2人で向かった。

早めに着いたので昼食をとってから

神社や仏閣が好きな友人と共に靖国神社へと足を向けた。

自衛隊らしき人々がラッパの練習をしていたり、

どこかのお嬢様・おぼっちゃま学校の子供たちが親と一緒に集まっていたり、

老夫婦が並んで大きな銀杏の並木道を歩いていたりと、

靖国神社の敷地内は忙しなく人や車が行きかう通りとは違う、ゆったりとした時間が流れていた。


銀杏の葉が落ち黄色い絨毯となった石畳を行く。

そこだけ空間が切り取られたかのように静かで心地よい。

肌寒さが地下鉄に揺られぼんやりとしていた意識をハッキリさせる。


境内に入る前に手水

鳥居をくぐり、本殿前へ。

中では何か儀式が行われていた。

お参りを済ませおみくじを引く。


……中吉


い、いいのだ。いつものことだ。

ここは年始に期待しておこう。

(因みに、2010年一番最初のおみくじは大吉であった。

 そのおみくじは今、財布の中にある)



その後講演を聴講し、都内をぶらぶらすることになった。






桜の季節、1度は九段下に足を運んでみようか。

久々の更新。

生きていた。死んでいない。(それはそうか)

ただ1度、原因不明の高熱を出して1週間ほど寝込んだことがあったか。

大学で昼食をとっていると、胸のあたりが何とも言い難い痛みに襲われた。

その後それはおさまることはなく、サークルへ参加している途中には顔が真っ赤になっていた。


まずい


そう思い早退し夜間救急へ。

丁度新型インフルエンザが流行していたのでインフルエンザの検査を受けることになった。

インフルエンザではなかった。

一体何なのか……

私は風邪をひくとき、まず喉が痛くなる。

これをどうにか回避すれば風邪へと発展することはない。

だが、今回の病状は初めてだった。

胸(気管支あたりか)が痛くなり、熱が出る。

熱が下がったと思うと今度は息をするのも嫌になるような酷い咳。

寝ても座っても、何をしていても苦しい。

レントゲンを撮ったが肺に何の異常もなく、原因不明。


……それから数カ月たったのだが、いまだに高熱や咳などの原因はわかっていない。


そういえば、口の周りと唇が異常なまでに荒れたこともあった。

唇は膿み、口の周りはがさがさになった。

痛いような痒いような、一言では表わせない感覚が襲う。

皮膚もやっているという女医さんに診察してもらったが、原因不明。

自分なりに色々原因を考えてみた。

……そういえば、サワードリンクを摂取し始めてからこうなったような……

寝る前に、白湯に酢と蜂蜜を入れたものを飲む、というものだ。

酢は料理に使っていたものを使用していたので問題はないだろう。

となると、原因は1つ。

蜂蜜、だ。

原産国は日本のお隣り、中華人民共和国。


ああ、そうか


1人納得した。

もう使うまい。

8分の7は残っているが、もう使うまい。

実際、使わなくなってから荒れはなくなったのだ。

これしか原因が思いつかない。

さらば蜂蜜。今度使うときは日本産のものを買おう。




もうすっかり春だ。

桜の季節ももうすぐそこ。

つい先月、赤い悪魔を手に入れた。


……要は世間をにぎわす任天堂DSiだ。

カラーはレッド。7月に出たばかりの新色である。

つやつやの赤色は、どこか縁日のりんご飴の、あの毒々しいまでに鮮やかな赤を髣髴とさせる。

私はそれに透明なケースを装着し、傷からその体を守っている。


今回の購入が、DSシリーズ初めての購入だった。

私の任天堂歴は、ポケットモンスター金・銀隆盛期を境に一度終わっていた。

その後登場した携帯機に、私は然程心惹かれなかったからだ。


私はそれから、ソニーに浮気した。

(……といっても、任天堂が本命だったわけではないのだが)

名作と名高いファイナルファンタジー7にはじまり、12まで(10除く)をプレイした。

そして、国民的RPGドラゴンクエストにも手を出す。

8に心酔し、無口な主人公と赤い聖堂騎士、人情家な盗賊とおいろけたっぷりな魔法使いに惚れこんだ。


そして、2009年7月11日


ドラゴンクエスト最新作が、任天堂DSで発売された。

8の世界にどっぷりと浸かっていた私は「買わないだろうな」と思っていた。

テレビの大画面から、小さな画面への大移動に追い付けない、と。


しかし、私の手元の赤い悪魔には、女神の果実がしっかりと差し込まれている。








すれちがい通信は、本当に都会向けの機能である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%AA%E7%A9%BA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85



524人のうち、520人が亡くなった、最悪の事故。
今日で24年経つ。

墜落時の衝撃は1人あたり980t、広島の原子爆弾の爆心地付近で1人あたりが受けた衝撃の28倍に相当するそうだ。
その衝撃は、2人の体が1つにめりこませるように合体させられたり、
歌手の坂本九さんは胴体だけ、機長は歯が5本ついた下顎だけが発見されたことからも想像できるほどの凄まじさ。

中には遺体さえも確認できなかった犠牲者もいたそうだ。

墜落直後は生存者が多くいたらしいが、米軍が救助に向かおうと日本政府に打診したものの、(これには諸説あるが、現在の政治を見ている限り私は)どうやらメンツのために助けはいらないとその意思を断った(のだと思う)。


この飛行機に、私の父が搭乗する予定だったらしい。
しかし、祖父が直前に東京から地元へのチケットがとれたため、その飛行機に乗らず、今無事に生きて、母と出会い私がいる。





この事故を忘れてはいけないし、知らなくてはいけないと私は思う。

この日、多くの人々が旅立ってしまったことを。


「晴れは、気持ちが軽く明るくさわやかな気分で


 雨は、気持ちが重く暗くすっきりしない気分だ」


そう、大人から教わった子供は、大きくなってからもそう考える。



「ハレハ、キモチガカルクアカルクサワヤカナキブンデ

 

 クモリハ、キモチガオモククラクスッキリシナイキブンダ」



しかし、



「晴れは、気持ちが重く暗くすっきりしない気分で


 雨は、気持ちが軽く明るくさわやかな気分だ」


と教えられたら、そう、考えるだろう。







深夜、十数年前、社会現象を巻き起こしたアニメの再放送で、上記のような言葉(こんなに長くない。ほんの少しの単語だった)が流れた。

私は「確かにそうだな」と思った。

必ずしも、教えられたことだけに固執するわけではないだろうが、一里言える。

私たち人間はその殆どがまず親から世界を教わる。

空は青い

海も青い

朝焼けは赤い

夕暮れも赤い

葉は緑

芝生も緑

そしてそれをただ一つの真実だと信じ、生きていく。

考え方一つで変わる、脆弱な真実。








東京の空は曇っている。


これを、「憂鬱だ」と考えるのか、「素晴らしい」と考えるのかは、気持ちのあり方なのだ。

強い圧迫感。


これは、眠気。


珈琲ゼリー三個分のカフェインをもってしても、覚めぬまどろみ。








久々の更新だ。

実は、大学で新型インフルエンザが発生した。

それが原因で学校自体が休みとなり、1週間自宅にいた。

しかも、テスト寸前にも等しい時期での出来事。

案の定、当初予定されていたであろう講義日程や試験日程は狂い、試験期間や講義最終日に予定されていたテストが夏休み明けに引き伸ばされるものも出てきた。

私は、筆記・論述試験が4つ。そしてレポートが3本ある。

人によって筆記・論述試験のみの者、レポートが6本ある上に筆記・論述試験も待ち構えているものなど様々だ。

私はまだ楽な方、なのかもしれないが、レポートにほとほと困っている。

メディア関連1本、宗教関連1本、古典芸能関連1本の計3本なのだが、古典芸能関連の(使えそうな)関係資料が、他の物に比べて著しく少ないのだ。

因みに、メディア関連には資料を2冊、宗教関連には資料を4冊、それぞれ図書館から借りてきた。

古典芸能関連、これは1冊しか手元にない。

だからと言って自宅近くに図書館のような施設は今のところ確認できず、大学の図書館に通おうにも片道1時間は軽くかかる。

しかも、その図書館に資料がないのだから行っても意味がないというものだ。

それに私はパソコンでレポートを作る予定である。

キーを打つ音がうるさいと定評のある私がカタカタカタカタと静寂に包まれた図書館で高らかにキーボードを打ち鳴らせば、それはもう酷く顰蹙を買うに違いない。

それがゆっくりとしたものならまだいいだろう。

私の場合、まあ、早い方だと思われる。

一応日本語ワープロ検定で2級と3級を保持しているので。

そこらの大学生と比べたら、だが。

それが図書館でカタカタと音を鳴らす様子を思い浮かべていただきたい。

きっと殺意が芽生えるだろう。私なら殴りかかるかもしれない。おとといきやがれ、と。

だから私は自重する。控えるのだ。うーん、日本人。

しかしこのままでは古典芸能関連のレポートを書くことができない。

落語についてやろうと考えているのだが……。

落語は好きなので、ここは古本屋で何か良い資料を自費で購入しようか。

それとも、講義のノートやプリントでどうにかするか……


なんにせよ、まずは基礎の基礎を書きださないとオハナシにならないのだが。








指先を動かしていたら目が少しさめた。


まどろみ、しばらく さようなら。

ポップスター マイケル・ジャクソンが急逝した。50歳。

あまりにも早すぎる死だ。

一部ではイギリス公演の余興ではないか、スリラーをもじっているのではないかと言われているが、

私はそれを信じたい。


今でもマイケル・ジャクソンは、どこかで生きているのではないか。


そう、思うのだ。

特にマイケル・ジャクソンのファンであった、というわけではない(彼の曲にはどこか惹かれるものがあったのは事実だが)。

そして彼の音楽にさほど触れていない世代も、彼の死には酷く驚いている。

それだけ マイケル・ジャクソン という存在は大きなものだったのだろう。


しかしそれには近年の「奇行」も一因しているかもしれない。

窓から子供をぶら下げる、少年に性的暴行をしたとの疑い…………

私自身は、ぶら下げる行為に関しては、彼自身が自分の子供をファン等に見せたかった、という純粋な思いからきたものなのではないかと思う。

決して許されることではないが、彼を子供時代から知るというある人物がニュースでこのようなことを話していた。


「僕に近づいてくる大人は、何もかもむしり取ろうとする」


そう、マイケルが話した、と。

幼少期に父親からの暴力があったり、ジャクソン5として大人社会で生きていたことは、彼の人格形成に大きな影響を与えたのだろうと思うのだ。


それゆえに、彼は大人になることをやめてしまったのではないか?


「純粋」な思いからマイケルと対面を願う子供たちと触れ合う。

それらは決していかがわしさをもたず、彼自身も子供となって、一緒に遊ぶ。

ただそれだけを思い、千代田区ほどの広大な土地に夢の楽園を作り上げたのではないだろうか。




……何を言いたいのかわかりかねる支離滅裂な内容だが……




マイケル・ジャクソンは、いつまでも我々の心の中で歌を歌いダンスをしている。

彼の存在が消滅するわけではない。

どうか安らかに。

とろり


とろり


とろり





とろけるような意識


体を横たえたなら、きっと瞼はすぐに落ちてしまうのだろう


心地よい倦怠感


私は指先をキーボードから離し、魔王に身を委ねよう


(今も魔王は私を手招きしている)


意識を手放し、私は眠りにつく


また忙しい1日が始まろうとしている





とろり


とろり


とろり




私は魔王の手を取る


私を、夢の世界へ連れてゆく、その手を

提出する小説を朝必死になって追い込みようやく書き上げ、

急いで印刷した。








大学に到着し、掲示板を確認すると

「休講のお知らせ 6月16日 小説――― ○○ ○先生」








信じられない。あと1時間は家でのんびりできたものを……

自宅を出るのが中途半端な時間になるので朝と昼がごちゃまぜになった食事をとるはめになるのに。

どうして、何故、連絡が今日になったのか!

他の講義は1ヶ月前や数週間前などかなり余裕をもって連絡しているというのに何なのだドタキャンとは。

(他の講義がドタキャンになったこともあるが……)

突然の事に時間を持て余した私は、次の講義までの90分以上を食堂で珈琲片手に過ごした。

異常なまでに襲いくる睡魔と、魔王と戦うためにカフェインを……と思ったのだが、効果なし。

完全に落ちるまでとはいかないが、ぼやーっとしてしまった。



放課後はサークル見学の予定だったが、紹介してくれる友人が見当たらなかったので帰宅。

それ以前に連絡を入れてはいたのだが、バスに乗ってから連絡がきたのでどの道断念せざるを得なかった。

また近いうちに見学をさせてもらおうと思う。













今週の土日は大学の1回目の文化祭だ。

高校とは違う。まったくわくわくする感じがない。

サークルに所属していないせいもある……というかそれが原因だろう。

すでに所属している友人が「ポスターどうしようか~」と喋っているのを見ると、一抹の寂しさを感じるものだ。

今週の文化祭は、土曜は午後からのみ参加できるが、日曜はアルバイトの研修のため不参加。

来週の土日は……アルバイトの日程次第だ、と思う。




サークルに所属して、更にサークルを自ら作る野望は尽きることはない。