韓国の昨年の合計特殊出生率(女性1人が生涯に産むと期待される子どもの平均数)0.98人、出生児32万7000人は十分に衝撃的だ。少子化が一日二日の話ではないためそのまま通り過ぎてしまうかもしれないが、米朝首脳会談に劣らず韓国の未来を決める重要な懸案だとみなすべきだ。 -- 中央日報
 

人口動態は国家の衰亡を予測する一指標である。日本の少子化も問題だが、さらに上を行くのが韓国である。OECD加盟国で出生率が1人を下回るのは韓国だけであり、世界史的にみても史上初といって過言ではない異常な低水準である。

 

もともと朝鮮半島は寒冷な痩せた土地で食物があまり育たなかったので、人口規模は大きくなかった。McEvedy & Jones (1978) の推計によると、1850年時点で日本は3200万に対して、朝鮮半島はわずか900万だった。同年、フランス3600万人、ドイツ2700万人、イタリア2500万人、アメリカ合衆国2350万人、イギリス(イングランド・ウェールズ・スコットランド)2100万人だったから、日本の大きさが分かるだろう。日本統治により朝鮮半島は衛生および栄養状態が改善され、現在の約5100万人にまで増加した。韓国は日本からの莫大な支援を受けて経済発展し、GDPでみると現在では世界12位になった(ソース)。儒教文化の国ゆえ教育熱心で教育水準も高く、スポーツ・音楽などの大会・コンクールでも実績を上げてきている。しかし、韓国のピークはいまであり、これから急激に衰退が開始する。

 

教育熱心ゆえに大学入学は熾烈になり、教育コストが大幅に増加したため、多くの子供を持つことが出来ない。経済状態はあまりよくないので若者は結婚を忌避しており、婚姻数は減少の一途であり、少子化は止まらないだろう。人口減少は大幅な前倒しを余儀なくされ、2021年には人口減少が開始するが、出生数がさらに減ればさらに前倒しもありうる。2050年には4000万人にまで減ると予測されているが、これは少子化がこれ以上は悪化しないだろうという希望的観測に基づく予測であるが、これ以上悪化しない保証などどこにもない。

 

韓国は「中進国の罠」にはかからなかったが、結局、品質では日本には勝てず、安さで中国には勝てないという構図は変わっておらず、現代自動車などは売り上げが失速、サムスンも半導体事業が急失速で赤信号が点滅している。中国からはいまだに団体旅行制限がかかっているため観光業も低迷しており、中国人の旅行先として韓国は15位圏外になっている(日本は2位)。もともと特に独自の文化も技術もない小国には観るべきものもほとんどなく、また技術などを盗用して発展するには限界があったということである。

 

サードの配備問題以降、中国は韓国の冷遇を続けており、さらに日韓関係は戦後最悪に陥っており、日本は経済制裁を発動する一歩手前にきている。米国は韓国の親北政策に不信感を持っており、在韓米軍の撤退も視野に入れている。日本からのフッ化水素の輸出停止をされれば韓国の半導体は一巻の終わりであり、報復関税をかけられれば輸出立国の韓国には致命的だが、韓国のメディア等からは強気な見解が多いが、過剰な愛国教育で日・中に伍するという異常な錯覚に陥っているとしか思えない。

 

1997年の通貨危機に加えて、李明博政権でも通貨危機が起こりかけて日本が助けたが、日本は次は韓国を助けないだろう。韓国の暴走は止まらないのでこのまま日本が報復するまで突き進むと思われるが、そうした場合、連鎖的に韓国は通貨危機に陥る可能性がある。米国はアメリカ・ファーストになっており、日本も韓国疲れが蔓延しているので助けないだろう。そうした場合、中国が韓国に手を差し伸べて、韓国を隷属化におくのではないだろうか。結局、韓国は、大国間の緩衝地帯に過ぎないという地政学的な宿命を負っている。

 

韓国が、徴用工問題で差し押さえの現金化を行えば日本は制裁に踏み切るとみられているが、韓国は教条主義の国であるから、このまま現金化につき進むだろう。教条主義の反日国家である小国韓国との関係は最大限に控えて、日本は親日的な東南アジアとの関係強化に努めた方がいいと思う。日本は、市場としての魅力もなく、技術力でも日本に劣り、観光地としても観るところのない韓国の相手をいつまでし続けるのだろうか。

以前集計していた国際音楽コンクールの入賞者の国籍別ランキングの続き。

 

【前回記事】

・ショパン国際ピアノコンクール ⇒ こちら

・エリザベート王妃国際音楽コンクール ⇒ こちら

 

ショパンコンクールでは日本は入賞者数ランキングで第3位、エリザベートでは第5位だった。結果を先に書くと、ロン=ティボーは第3位、リーズ第7位、チャイコフスキーコンクール第8位だった。世界的にみても日本人ピアニストは国際コンクールの上位入賞者の常連だ。

 

◆五大コンクールの入賞者数(国籍別)

・ロシア:184人(ソ連128人)
・アメリカ:89人
・フランス:85人

・日本:58人
・ポーランド:28人
・韓国:28人
・中国:26人
・イタリア:24人
・イギリス:22人
・ハンガリー:20人
・ブルガリア:19人
・ドイツ:18人

 

但し、イタリアのブゾーニ国際コンクール、スイスのジュネ―ヴ国際ピアノコンクール、アメリカのヴァンクライバーン国際ピアノコンクールなどの有力コンクールを加えれば、イタリア人、アメリカ人、スイス人のピアニストはもう少し入賞者が増えるだろう。これらのコンクールを加えなかったのは、単純にwikiに国籍情報が無くて集計できなかったためだ。公式サイトからデータを引っ張ってくれば集計できるが、個人でそこまでやる時間がない笑。年代別等でまとめたらさらに面白い分析ができるだろう。上記だとフランス人入賞者が多いが、半数はフランス開催のロンティボーの入賞者である。5大コンクールの開催国出身者が有利になっている点は強調しておきたい。あと、勝手に5大コンクールといっているが、別に定義があるわけではない。

 

国策で育成していたロシアや、移民大国のアメリカはやはり入賞者が多い。フランス勢も健闘しており、フレンチピアニズムの健在ぶりがうかがえる(単にフランスのコンクールのロンティボーの開催数が多いというのもあるが)。一方で、意外にも3B(ベートーヴェン・バッハ・ブラームス)を輩出したドイツ人の入賞が少なかったのが意外である。かつての覇権国のイギリスも驚くほどパッとしない。ブゾーニ・ミケランジェリを輩出したが、その後ビックネームを出していないイタリアだったが、最近は入賞者数がまた増えている。中国は文化大革命後の停滞を経て復活傾向である。入賞者も多いが、人口の母数も多いから当然だ。韓国も国策で育成しているので存在感を増している。韓国の場合、特に男の場合は、とりあえず何かしらのコンクールで入賞して徴兵を逃れたいという思いがあるので必死らしく、見境なく手当たり次第にコンクールを受けまくっており、1人でいくつものコンクールに入賞している - ただ超急激な少子化に直面しておりいまがピークだろう。小国ながらポーランド、ハンガリー、ブルガリアは入賞者が多い。ハンガリーはリストの祖国であり、リスト音楽院があることも影響しているだろう。ポーランドはショパンの祖国だ。ブルガリアが多い理由は知らないので、知っている方がいれば教えてほしい。

 

日本の入賞者数は非西欧圏という点も考えると異常な人数であるが、人口規模はイギリス・イタリアの2倍である点を考えると、そこまで多くはないのかもしれない。しかし、このコンクールの入賞者数はピアニズムの広がりを示していて興味深い。なぜヨーロッパでスペイン人ピアニストは少ないのか、南米ではクラシックピアノ演奏家が少ないのか、一方で非西欧圏の東アジア諸国はなぜクラシック音楽を愛するのか、等さまざまな思考を広げることが出来る。

 

ロン=ティボー国際コンクール

フランス:47人
ソ連:33

日本:28人

米国:12人
韓国:9人
ロシア・ブルガリア:8人
中国・ロシア:7人
ポーランド・ハンガリー・イタリア:6人
チェコスロヴァキア・イギリス・オーストリア:4人
トルコ・ドイツ:3人
キューバ・アルゼンチン・オランダ・ルーマニア:2人
フィリピン・エクアドル・スウェーデン・チェコ・ウクライナ・ラトビア・レバノン・エジプト・ベルギー・ブラジル・スペイン・ポルトガル・ギリシャ・イギリス領インド:1人

 

日本人多過ぎワロタ。やっぱり日本人はフランスが好きなんだと思う。フランスの華やかで美しい文化への憧れは異常に強く、「パリ症候群」なんて言葉も生まれるぐらいだから。ショパンコンクールも日本で人気だが、ショパンのスラヴ的な哀愁が日本人の感性にあっているんだと思う。エリザベートでも日本人入賞者が多かったが、ベルギー南部はフランス語圏である。

 

リーズ国際ピアノコンクール

米国:16人
ソ連:9人
フランス:9人
イギリス・ロシア:8人
イタリア:7人
中国・
日本:6人
韓国:5人
ドイツ:4人
ブラジル・NZ・ハンガリー:3人
カナダ・ウクライナ:2人
台湾・ナイジェリア・ポルトガル・セルビアモンテネグロ・ブルガリア・フィンランド・ウズベキスタン・香港・ラトビア・スイス・スペイン・イスラエル・ルーマニア・アルメニア:1人

 

米国が一番大賀、ソ連とロシアを足すと17人で最多だ。米露が強い。次いでフランス、イギリス、イタリアが続く。意外なのが日本と中国の入賞者数が一緒で、すぐ下に韓国が迫っている。日本の音楽関係の留学先でたしかにイギリスは聞かないので、イギリスのコンクールを受けたいという人がそもそも少ないのだろう。イギリスはかつての覇権国だが、意外にもあまり作曲家で有名な人はおらずせいぜいヘンデル(実は出稼ぎにきたドイツ人)ぐらいだろうか。

 

チャイコフスキーコンクール(ピアノ部門)

ソ連:37人
ロシア:19人
米国:17人
フランス:9人
イギリス:6人
中国・韓国:5人
ウクライナ・ドイツ・ブルガリア・
日本:3人
ベルギー:2人
ベラルーシ・キューバ・ハンガリー・ブラジル・リトアニア・フィリピン・NZ・カナダ:1人

 

入賞者は、ソ連・ロシアが圧倒的に多い。もともとソ連の文化水準の高さをアピールするためのコンクールだから当然だが。そんなコンクールの初代の入賞者は実はアメリカ人のヴァン・クライバーンだったのは有名だ。意外なのが日本人入賞者の少なさだ。日本はピアノ部門で優勝者(上原彩子)を出しているが入賞者はわずか3人にとどまる。しかし、他の部門(ヴァイオリン・声楽・チェロ)もあわせると日本人入賞者数は20人。フランス15人、ドイツ・中国14人、イギリス8人、韓国7人となり、順位はかなり入れ替わる。これは開催時期の問題だったり(開催時期が同じ場合より入賞しやすいコンクールに流れる)、課題曲の問題もあろう。

 

 

 

 

民俗学者が書いた神道の入門書。入門書とは銘打ってるが、古文の引用が多く、語の解釈など学術のようで、とても入門書とは思えない。

 

著者によれば神道とは、「器」や「乗り物」のようなものなのだという。その中身や乗っている者は、時代によって変容してきた。古代の神道とは、「稲の王」たる天皇の新嘗祭等を中心とする祭祀だった。これが時代を経て、陰陽道・道教・仏教・儒教を取り込みながら変容し、近代には立憲君主制と接合し「国家神道」となった。敗戦で人工的な国家神道は崩壊したものの、日本という島国に古来からある融通無碍な「神道」は消えることはない。

 

日本人は古来より豊かな自然に神を見出し、それに畏敬の念を抱き、崇拝してきた。中国より稲作が伝わり農業が盛んになると古代国家が数多成立した。その諸国を束ねた王朝こそが大和朝廷であり、その王の中の王こそが天皇だった。天皇は、豊作を祈願するなど神祇をも司り、そうした時代にゆるやかに成立したのが神道である。ゆえに、神道は教祖もいないし、聖典もなく、教義もなく、いつ成立したのかも明確には分からないし、当初は社殿すらなかった。それでも生き残れたのは日本が平和だったからだ。特に布教する必要もなく、日本で遍く、なんとなく信仰されていたものが、神道という名が与えられたことで宗教としての形を持ったのだ。

 

こうした宗教感覚は、外国人には理解しがたい。大陸では血を血で洗う戦乱が繰り返され、国や宗教は興っては滅んだ。ササン朝の国教ゾロアスター教は王朝とともに勢力を失い、ウイグルで牟羽可汗のときに寵愛を受けたマニ教も現在では極一部に信者がいるだけだ。キリスト教は、間引きが多かった当時に否認・中絶を禁止したのでキリスト教徒の人口は増加し、ローマ帝国内でその勢力が無視できなくなったことで国教化され、その後、欧州へと広がり根を下ろし、植民地政策と相まって世界に拡散した。キリスト教の現在の繁栄を、「神の摂理」と呼ぶのか、「歴史の偶然」と呼ぶのか、「人口政策の成功」というのかは人それぞれだろう。しかし、長期的スパンでみれば、キリスト教の覇権もそろそろ終わりだ。世界第2位の経済大国中国は基本的には非宗教国であり、世界3位の経済大国日本にはキリスト教徒は1%しかいないし、多くの人は無宗教と答える。近く世界最大の人口大国になるインドの8割はヒンドゥー教徒だ。2100年にはイスラム教が世界最大の宗教になると予測されている。宗教は、一神教の信徒が考えるほど、普遍的ではないし、絶対的でもない。

 

筆者は最後に僧侶で歌人だった西行の歌を引用する- なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる 。この歌の意味するところは、仏教の僧侶ゆえに神道に詳しくない西行が伊勢神宮を訪れ、その神々しさに涙をこぼしたという情景である。日本人は、よくわからないが、なんとなく新年には神社いってお参りし、受験・就職・出産では神様に祈願する。この緩さこそが、日本的だ。平和な島国だった日本は、民族的・文化的同質性も高いので、「言挙げ」する必要もなかった。今後も神道は、日本列島に日本人がいる限り、なんとなく存続し続けるだろう。

 

 

アブダビ・ルーブルに行ったとき、日本美術の展示がそこそこあったのを覚えている。日本は極東にありながら、遠く離れたオランダ・ポルトガルをはじめヨーロッパと交易を行っていた。蒔絵・漆器・磁器などの日本美術品は欧州で人気を集め、珍重されていた。日本がどのような国がまだ知られていなかった当時、日本はその見事な物品により美しい一端をのぞかせる”神秘の国”だった。こうした一方的なイメージは幻滅することも多いが、日本の場合は違い、本格的な貿易の開始によりさらに関心を集め、日本の物品は欧州に大量に輸出されたのだった。それは芸術家も手にし、「ジャポニスム」という流行をつくりだした。ジャポニスムは、19世紀に隆盛するが、しかし、20世紀初頭になると衰退し、西欧文明が非西欧を席巻し、国際化・普遍化すると、その大きな潮流にジャポニズムも溶け込んでいったという。ジャポニスムに限らず、様々な流行物は、ピークの後は、その本来の輪郭を喪失して、大きな文化のうねりに飲み込まれていく。しかし、現在のアートにおいての諸概念の根底に、ジャポニズムはたしかに存在している。本書は、こうしたジャポニスムの流行と沈静化、また、西欧美術への影響と、現在起きようとしている”ネオ・ジャポニスム”までを鮮やかに映し出す。ブリヂストン美術館副館長を歴任した美術史家(現在、昭和音大教授)が執筆した、ジャポニスム論の良書だ。

 

ジャポニスムというと、個人的にはゴッホがすぐに出てくる。日本人はゴッホが好きだが、ゴッホも日本の浮世絵が好きで、日本の浮世絵を模写していたことは有名だ。他にもモネ、マネ、ドガ。ゴーギャン、セザンヌ等が、日本絵画の影響を受けているという。クリムトはエロティックで艶やかな絵を書いたが、これは日本の官能的な春画や金箔を多用した琳派の影響である。当時の売れっ子作曲家のプッチーニは長崎を舞台にした「蝶々夫人」、マスカーニは江戸を舞台にした歌劇「イリス」を、ストラヴィンスキーは和歌・俳句に影響を受けて「3つの日本の抒情詩」を、ホルストは「日本組曲」を作曲し、ドビュッシーは、交響詩「海」の楽譜の表紙に歌川広重の「神奈川沖浪裏」が用いた。フェルメールの「地理学者」に描かれた男性は、日本の着物を着ているなど、西洋美術の中に日本の痕跡をみつけることは容易である。そして、日本の着物は、ファッションデザイナーの巨匠ポール・ポワレに影響を与え、ゆったりとした洋服を生んだという。建築界においても、モダン建築三巨匠のフランク・ロイド・ライトは、日本建築に影響を受けて設計を行った。誠に日本文化の影響力の多様さには、驚かされる。

 

日本絵画は、色彩や、特殊な遠近法、大胆な画面の構図・画面の唐突な切断、「線」の強調など、多様な影響を西洋絵画に与えたという。個人的には興味深いのは「黒」の表現だ。従来の西洋絵画では明暗法が用いられ、黒は色とみなされていなかったという。しかし、日本の漆黒の漆器は、黒という色の可能性を西洋絵画に示したのだ。そして、日本画は”線”を重視するが、これは筆と墨によってまず輪郭を描くことにより発達した技法だという。そして、意外なのが欧州では、日本の物品は装飾的だと考えられていたようだ。そうというのも、日本は輸出用に、欧州人好みに華麗な装飾を施したものをわざわざ作っていたそうだ(日本人は昔から商売上手だ)。だから、水墨画に見出されるような本来的な日本的な美的感覚とは全く異なるものが日本的として当時認識されていたという。

 

しかし、20世紀初頭にモダンアートが流行ると、装飾的な日本美術ではなく、より純朴なアフリカンアートが注目を集めた。また日本美術は西洋美術と同等なほどに高額化したことで、辛亥革命等で混乱していた中国美術が安価になったことで、日本の美術の代替としてシノワズリが再び興隆したのだという。また、1890年代までは日本は異国の神秘的な高度な文明国程度のイメージだったが、日清戦争・日露戦争に日本が勝利したことで、日本の強大な軍事力に注目が集まっていった。日露戦争の様子はフランスの新聞等でも詳細に伝えられていたという。1853年のペリー来航で日本は米国に抗う軍事力を持たなかったが、50年も経たない1901年には、日本の軍艦量は20万トンで、当時の覇権国英国17万トン、大強国ロシア12万トン、大陸欧州の大国フランス8万トンを上回る軍事力を誇っていた。かつて「芸者」「浮世絵」「着物」などといっていた日本の雅なイメージは吹き飛び、極東にある超強国の日本がそこに現れたのだった。しかし、ロシアの脅威におびえていた東欧・トルコでは、日露戦争の勝利により、ジャポニスムが流行したという。

 

興味深いのは今日の「ネオ・ジャポニスム」である。20世紀前半に日本は列強国と肩を並べる大国に躍進し、敗戦後は、今度は経済大国として世界第2位に長らく君臨した。高度経済成長時、日本人は「エコノミックアニマル」と揶揄されたが、バブル崩壊により、そのイメージも急速に弱まった。いまは日本のゲーム、アニメ、日本食などが世界に広がっている。北野武・是枝裕和などの日本映画は海外でも評価が高く、村上春樹・よしもとばなな等の日本文学が海外で人気を集め、坂本龍一・久石譲などの作曲家も知名度が高まっており、草間彌生・村上隆などのアーティストは個展を各国で開催している。2018年には来日観光客数は3000万人を突破し、海外の日本への関心の高さがうかがえる。今日の日本人気は、「ネオ・ジャポニスム」といっていいだろう。しかし、著者は、それらは、ネットの即時性のために、日本という輪郭を失い、ボーダレスな今日において無国籍化し、かつてのジャポニスムよりも早くに終焉するのではないかと指摘している。

 

本書を読んで思うのは、日本の文化力の高さである。非西洋国で、ここまで多方面で文化的な影響力を誇った国は数える程度しかあるまい。ネオ・ジャポニスムがいつまで続くのかは分からない。著者はネットによる早期終焉を予感しているが、結局、日本にとって代わる国があれば、日本の影響力は持続するだろうと個人的には思う。結局、日本を凌駕するほどの総合的な文化力を持つ国はほとんどないのが実際だ。例えば映画ではボリウッドのように分野ごとに影響力を増す国はあろうが、それは大きな潮流になるかといえば疑問である。そうというのも、南米諸国・東南アジア・アフリカなどは列強諸国に蹂躙され、また中国・カンボジアなど旧共産国は知識階級の抹殺により、文化の蓄積が破壊され、文明・文化が断絶してしまった。それらの国に魅力がないとか、文化がないといっているわけではない。しかし、大きな潮流を生み出せるほどの独自の文化性、歴史の重層性、文化的推進力があるかといえば、そうした国は数少ない。日本はこれからも、高度な文化水準を持ちつつ、ユーラシア大陸の端っこで、大国としての自覚もないままノホホンと生きていくのだろうと思う。これは日本人が意図してそうなるのではなく、地政学的な恩恵による必然なのだ。

前回の記事でショパンコンクールの入賞者の国籍を調べたが、今回はショパンコンクールに並ぶ「エリザベート王妃国際音楽コンクール」のピアノ部門の入賞者を国籍別でランキング化。ちなみに、ショパンコンクール・エリザベートコンクール・チャイコフスキーコンクールで「三大コンクール」なんて言ったりする場合がある。ベルギー・ブリュッセルで開催されている。前回同様、wikiの情報に依拠している。なお、前身のミケランジェリを輩出した「イザイコンクール」も含めている。集計にミスがあればコメントをいただきたい。

 

【エリザベート王妃国際音楽コンクール入賞者ランキング(国籍別)】(1938~2016)

01位  アメリカ:36人
02位  ソ連:23人
03位  フランス・ベルギー:13人

05位  日本:11人
06位  イタリア・ロシア:8人
08位  ドイツ・ハンガリー・ブルガリア:7人
11位  オーストリア・韓国:6人
13位  中国・チェコ・イスラエル:4人
16位  カナダ・ポーランド・イギリス:3人
19位  オランダ・ブラジル・レバノン・スイス:2人
23位 クロアチア・アルゼンチン・台湾・ベネズエラ・トルコ・スペイン・ウルグアイ・フィンランド:1人

 

ショパンコンクールではアメリカは4位だが、エリザベートでは入賞者数で堂々の1位だ。ソ連とロシアを合計しても31人なので、アメリカがダントツの1位だ。やはり開催国のベルギーも多い。パリからブリュッセルは鉄道で1.5時間で近いので(おまけにベルギーはフランス語が通じる)、フランスからの出場者が多いのか、フランスの入賞者も多い。これに次ぐのがヨーロッパから遠く離れた極東にある日本というから驚かされる。

 

ショパンコンクールではポーランドがソ連と争っていたが、エリザベートだとポーランド人入賞者は3人にとどまっているところをみると、やはり自国贔屓なところがあるんじゃないかと思う。エリザベートではイタリア・ドイツの入賞者が多いが、やはりイギリス・スペインはふるわない。ブルガリア・ハンガリーが意外に多いのだが、何か理由があるのだろうか。レバノン・イスラエル・トルコなど中東の入賞者もそこそこ入賞しており、中東・東欧に配慮したような国籍バランスに見える(若干の配慮があるという噂もなくはない)。コンクールにはやはりそれぞれ傾向がある物である。

 

余裕があれば、チャイコフスキーコンクール、リーズ、ジュネーブ、ロンティボーも近く集計したい。