いろいろな考察が発生する前提の映画。ネット掲示板に投稿されミーム化した不気味な黄色いオフィス画像が、本作のベースとなっている。その画像は異世界であるというネット発の都市伝説となり、いつしかバックルームズというコンセプトに発展した。それをテーマに、ケイン・パーソンズという少年がショートムービーを作成し、それがネットで大ヒット。映画会社の目にとまり、本作の製作へとつながった。監督ケイン・パーソンズは弱冠21歳であるというから、ネット時代のアメリカンドリームである。

前置きが長くなったが、思ったより不気味であるが、想像よりは怖くなかった。バックルームズの中だけで話が完結するわけではないので、飽きずに観れるし、バックルームズとは何かという点についても様々な考察ができるように説明が入っており、考えながら視聴すると面白かった。頭空っぽにしてホラーを楽しむことを期待している人には向いていない。なお、クリーチャーの造形がどこか何かにしているなぁと思っていたのだが、監督のケイン・パーソンズは「進撃の巨人」ファンということで合点がいった。

バックルームズをどう考えるかは人によるし、公式の見解はないが、人々の心理や記憶が反映された空間である点は劇中で描かれている。そして、人間の精神世界ではなく、劇中で描かれるように、物理的に存在している空間なのである。時代設定はなぜ1990年なのだろうか?これらをどのように考察するのかが、本作の面白みだと思う。監督は理解は観客に委ねるとしているので、正解はない。

個人的に思うに、バックルームズは、その後、普及するインターネットネット空間のメタファーではないだろうかと思う。延々と続く空間は、ネット空間を思わせ、様々な部屋はウェブサイトのようである。そしてネット空間では、様々な人の負の内面も、その匿名性によって露になる。現実世界では良い人なのにネット上では誹謗中傷を書いているなんてよくある話だ。広大な空間で彷徨い、たまに怖いコンテンツに当たってしまう。まさに本作のようである。

本作の家具店はサンノゼの設定だが、IT企業が多いシリコンバレーなのも、90年以降に急激に発展するネット社会を想起させる。本作のバックルームズを、ただの精神世界として描くのではなく、物理的に存在するものとして描いたのは、現に存在するもの(つまり、インターネット)であると言いたかったのではないか。監督がそういっているわけではないので、私の個人的な考えである。

ネットミームであるバックルームズをインターネット空間に見立て、それに主人公たちの過去のトラウマなど心理的な要素も加えつつ、ホラータッチの映画と考えると、個人的にはすっきりと腹落ちする。それぞれの観方があるし、考察も千差万別だと思う。それが良く分からないからちょっと微妙という人もいるが、個人的には結構面白かった作品だった。

 

★ 3.9 / 5.0

世界中で大ヒットを記録しているクリストファー・ノーラン監督の最新作。もうめっちゃ面白かった。172分と3時間近いがほんと釘付けで長さが気にならない。全編IMAX仕様で撮影されているので、ぜひIMAXの映画館で観てほしい。私は日本最大のIMAXスクリーンである池袋にあるグランドシネマサンシャインで鑑賞したが、映像・音響含めて映画の世界への没入感が桁違いで大満足。なお、アメリカで空前の大ヒットらしいが、やっぱアメリカって歴史が浅いので、欧州の昔の古典とかに興味があるんだろうなと思う。

原作はホメーロスの作品とされ、古代ギリシアの二大叙事詩の一つである。トロイア戦争の終結後に、参戦していたイタケの王であるオデュッセウスが、家族の待つ故郷への帰還の旅を描いた作品。その中で様々な試練に立ち向かうというのが大きな流れである。原作は未読であるが、壮大な叙事詩を3時間の中にうまくまとめたなと思う。おまかけにちゃんと映画序盤の伏線が終盤で綺麗に回収されていくので、映画としての完成度が高い。

前提知識無しでも楽しめるかもしれないが、トロイの木馬、ゼウスの掟、アガメムノン、セイレーン、ポセイドンなどは知っているとより楽しめるだろう。それにしても原作は紀元前700年前後に成立したが、本作のトロイア戦争やオデュッセイアの帰還は紀元前1200年代中期である。その頃に、これだけ高度な文明があったのだと改めて驚かされる。映画終盤の文明は滅びてもまた興るという台詞が、歴史の反復性を想起させる。

それにしても、マット・デイモン、アン・ハサウェイ、シャーリーズ・セロンなど、俳優陣も豪華そのもの。ゼンデイヤの神秘的な雰囲気でははまり役。ロバート・パティンソンもいい味を出している。トム・ホランドも若々しくていいが、これから俳優としての円熟が楽しみだ。まだ3か月あるが、今年のベスト映画は本作で決まりだ!

 

★ 4.6 / 5.0

 

 

実在した「総力戦研究所」を描いた2025年8月に放送のNHKスペシャル「シミュレーション 昭和16年夏の敗戦」のドラマパートに約40分の追加シーンを加えたのが本作である。、猪瀬直樹氏のノンフィクション「昭和16年夏の敗戦」を原案として創作されている。

エリートたちが日米開戦のシミュレーションを行い、開戦は無謀だと研究結果を内閣に報告していたのに戦争は始まってしまった。そんな日米開戦の戦前のエリートたちのシミュレーションの様子を描いたのが本作である。開戦後、シミュレーションの通り戦局は動き、敗戦に至った。シミュレーション外なのは二度の原爆投下による大量虐殺の被害だった。

賛否両論であるが、当時を考える意味でも、悪くない作品だと思う。少々演劇地味てるのが気になるが、もともとNHKスペシャルのドラマを拡張したものなので致し方なし。

個人的にはなかなか興味深く鑑賞できた。開戦について、好戦的な軍部に悩む東条英機の苦悩や、当時、戦争を煽り立てていた新聞と好戦的な大衆なども描かれており、いかに複雑な情勢だったのかが描かれている。しかし、結局、本作では開戦を「空気」(もともと指摘したのは山本七平)で処理しようとしている。物語上致し方がないものの、もう少し合理的な説明があったほうが良かった。

それにしても、撮影地にもなっている当時の洋風建築が良いなと思った。撮影地は、龍谷大学大宮本館、神戸大学六甲台本館、旧乾邸などだそうだ。

ちなみに、 初代所長である飯村穣中将は、劇中では悪役のように描かれているが、実際は、自由闊達な議論を尊重した人望の厚い人物だったそうで、直孫の飯村豊氏(元駐フランス大使)は、描かれ方が酷いとのことで、提訴している。「総力戦研究所の真実 ――歴史の法廷に立つNHK」という反論本も出しているので、あくまで映画はフィクションとして観るべきである。物語上、悪役は必要であり、また、陸軍の暴走として描きたかった思惑が垣間見える。

そして、歴史に「IF(もしも)」はないが、もし日本が開戦に踏み切っていなかったらどうなっていたのだろう?禁輸措置が緩和されていればいいが、もしかしたら禁輸措置が継続して、日本は資源が枯渇して、弱体化している中で欧米の植民地のようになっていたのかもしれない。それでも戦争の被害よりはマシなのだろうか。東南アジアはどうなったのだろう?欧米の植民地のままだったかもしれない。開戦の被害は現実だが、開戦しなかったらアジアがどうなっていたのかにも思いを馳せなければならない。人種差別が酷かった当時である。今の感覚で当時は語りえない。

 

★ 3.8 / 5.0

全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)が主催し、真夏の風物詩として半世紀の歩みを重ねてきたピティナ・ピアノコンペティションの最上位にあたる特級のファイナルの審査が8月21日、サントリーホール 大ホールで行われ、西山響貴(にしやま・ひびき/24歳)がグランプリに選ばれた。ファイナルの来場者の投票による聴衆賞、YouTubeライブ配信の視聴者による投票によって決まるオンライン聴衆賞は、いずれも沢田蒼梧が受賞した。

 

ピティナ・ピアノコンペティションの特級の結果が出たが、グランプリは西山響貴(東京大文学部卒業・桐朋学園大学院在学)。銀賞は山﨑 夢叶(東京芸大在学)、銅賞・聴衆賞・オンライン聴衆賞は沢田 蒼梧(名古屋大医学部医学科卒業)だった。入賞者のうち学部が音大なのは銀賞の山﨑氏のみだった。グランプリの西山氏は東京大学文学部、沢田氏は名古屋大医学部卒の医者である。

 

最近は非音大系のピアニストが散見される。ショパンコンクールの三次予選まで出場したセミファイナリストでありユーチューバー・ピアニストの角野隼斗は、開成から東京大工学部卒業後に東京大情報理工学系研究科を修了している。また、米国を代表するヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの2025年の優勝者はアリスト・シャムであるが、ハーバード大学で経済学の学士号を取得している(ニューイングランド音楽院音楽修士号)。2015年のショパンコンクールの第5位入賞者のイーケ・トニー・ヤンも経済学部卒である。

 

2025年のショパンコンクールのセミファイナリストで、2023年のショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位入賞者のピオトル・パヴラクは数学の天才でもあり、国際数学オリンピックにポーランド代表で銅メダルを獲得し、グダニスク大学で数学を学び、修士号まで取得している。キット・アームストロングは、名ピアニストのアルフレッド・ブレンデルの弟子だが、9歳でユタ州立大に通い始め、20歳でパリ第6大学から数学修士号を取得。アンドレイ・コロベイニコフはロシアのピアニストだが、17歳で大学を卒業し法学士号を取得し、ピアニストとしての活動と並行して法学研究も行っている。

 

多才なピアニストをみていると、理系に秀でている人が多いように思う(なお、現代経済学もほとんど数学)。これは音楽が数学の一種だからだろうか。要は音の高さ(周波数)やリズムの比率などは、多くの要素が数学的な秩序に基づいているのである。数学的な知性が高い場合、音楽の理解が早いので、あとは運指などのトレーニングでピアノは弾けるようになるのではないかと思う。つまり、数学的知能と音楽的才能は一定の相関性があるのだと思うが、学術研究だと一般知能Gとの関係等で、様々な議論があるようだ。音楽演奏も脳の機能である以上、やはり知能の呪縛の中にあるようだ。しかし、そういうと音楽は数理モデルで説明可能だが、音楽の持つ不思議な叙情感や精神性はなんだろうか。私は理知性や合理性から締め出されたゴーストなのだと思う。しかし、音楽をそれたらしめるのはそのゴーストなのだとも思うのである。

国連総会は4日、従来の世界地図を、アフリカ大陸の大きさをより正確に反映したものに置き換える決議案を採択した。西アフリカのトーゴが提案し、アフリカ連合(AU)加盟国が支持した「コレクト・ザ・マップ(地図を修正せよ)」決議案は、フランスやイギリス、日本を含む164カ国の賛成を得て可決された。反対票を投じたのはアメリカのみで、棄権は6カ国だった。この決議に法的拘束力はないものの、世界中の機関が使用する地図に変更が生じることになる。16世紀以来、広く使われてきたメルカトル図法では、アフリカ大陸がグリーンランドとほぼ同じ大きさであるかのように描かれているが、実際にはアフリカ大陸はグリーンランドの14倍の大きさだ。ー BBC

 

アフリカのトーゴが提案した、「コレクト・ザ・マップ(地図を修正せよ)」という決議案が可決したそうだ。よく見かけるメルカトル図法の世界地図は、緯度と経度が直角に交わるように描かれているため、船の進行方向を正確に知ることができるが、面積が非常に不正確なのである。地球は球体なので、それを長方形の地図にする際に、赤道付近の国が実際よりも小さく描かれ、北極・南極に近い国が大きく描かれているのだ。

 

その結果、アフリカは実際より小さく描かれ、グリーンランドやロシア・カナダなどは拡大して描かれている。結果的にアフリカ大陸は小さいと誤認されており、経済や投資等の際に、過小評価につながっているという。そこでトーゴは、面積が正しく表示されるイコールアース図法の使用を提案しているのだ。

 

実際、国をメルカトル図のマップ上で移動させられる「The True Size Of...」というサイトがある、実際に動かしてみると、いかに不公平かがわかる。

 

メルカトル図法のマップだと、異様にロシアが大きいように見えてしまう。アフリカよりも大きいように見える。しかし、ロシアの面積は約1,710万平方キロメートルで、アフリカ大陸の面積は約3,037万平方キロメートルであり、アフリカ大陸はロシアの2倍近い。ロシアを赤道上に移動させると、いかにロシアが拡大されて表示されているかがわかるだろう。こうしたマップ上の見え方が、ロシアの大国意識の一助になっており、逆にアフリカを過小評価する要因となっているといわれれば、その通りだと思う。


ちなみに、アフリカ大陸を北米に持ってくると、アフリカがいかに縮小されていたかがわかるだろう。

 

小さな島国と自虐的に表現する日本も、北欧の上に持ってくると、引き延ばされる非常に巨大な島国のようになる。もし日本が下記のような位置にあったら、小さな島国と自虐する人はいないだろう。一般人は地図の性質について細かい理解はしていないので、こうした見え方が認識に影響を与えるのである。

 

Chat GPTにイコールアース図法の世界地図をつくってもらったが(正確性は検証していない)、日本を中心にすると下記の通りだ。ただ面積は正しいのだと思うが、欧州のように小国が乱立しているエリアは見やすいとは言えないので、位置確認だと、やはりメルカトル図法のほうがみやすいなと思う。一長一短なので、併記して表示する等がいいのではないかと思う。しかし、イコールアース図法でみてみると、ヨーロッパは小さな地域に過ぎないことがわかり、この小さな地域が世界中を植民地化したという事実に、改めて驚きを覚える。