さて、前の記事の続きである。

 

ダナンで宿泊した「クラウン プラザ ダナン シティ センター by IHG」。まだ出来て数年なのでとても綺麗。これで1万円ちょっとなのでコスパは最強。観光地にも車なら数分で到着である。ただ周辺にめぼしい飲食店とかがないので、やはりヒルトンとかのほうが立地は良さそう。

 

ダナン大聖堂。ピンク色が特徴的だが、ホーチミンの「タンディン教会」も有名。インスタ映えスポットだが、逆光であまり映えず(;´∀`)

 

教会近くの「ハン市場」。偽物ブランドだらけ。ベトナムだと市場が観光スポットになっているが、個人的には微妙です・・・。

 

ハン河の夜景。大きな河で、河沿いには高層ビルもあり、ダナンの発展ぶりがうかがえる。

 

こちらは五行山。大理石でできた山なので「マーブルマウンテン」とも。上にはエレベーターでも上がれる。孫悟空が閉じ込められた場所としても解説されるが、実際はベトナムに来た記録はなく、西遊記の五行山は架空の山。五行山自体は、中国の五行思想に基づくので、それでそういった俗説が広まったようだ。

 

サーロイ塔。

 

 

 

リンウン寺。緑の瓦屋根と精巧な彫刻が素晴らしい。

 

五行山からの眺め。風が気持ちが良い。

 

五行山だが、古いこうした門などがあって、異世界感がすごい。

 

フィエンコ洞窟。一番大きな洞窟で空間も広いが、神秘的な空間である。

 

 

 

洞窟の上に穴が開いており、光が差し込んでくるのだが、これがまた美しい。

 

帰国当日のホテル周辺の雰囲気。特徴的なビルは市庁舎らしい。蓮の花をイメージしているらしい?。

 

帰りもANAのビジネスクラス。シャンパンを頂きながらランチを頂く。

ただ古い機体で、後ろのアメリカ人がCAさんにあれこれ文句を言ってました( ̄▽ ̄;)

 

いや、良い旅でした。次回はどこに行こうかな。ウィーン、ニューヨーク、ワシントンDCとか行きたいけど、円安なのでもう少し円高になるのを待たないと (;´∀`)それまでにまたマイルを貯めたいと思います。

この前、ベトナム中部のダナン・ホイアン・フエを観光してきた。特典航空券でビジネスクラスで空いていたのが、ベトナム路線ぐらいしかなかったのだが、古都フエはいつか行きたいと思っていたので良い機会だった。

 

さて、ビジネスクラスのお食事。中距離便ですので、そこまで豪華ではないのですが、広い座席で映画鑑賞しながら楽しむには十分過ぎますね。機内だとシャンパンとかも美味しいと感じないのだが、機内の低い気圧、乾燥、騒音などが味覚に影響を与えることが科学的に分かっている(LINK)。

 

フエは政府の中央直轄市で、ベトナム最後の統一王朝の阮朝(グエン朝)の王都だった。人口約130万人の中規模都市であるが、市の中心街には高層ビルもあり、写真のような小規模ながらショッピングモールもあって意外と都会だった。

 

image

世界遺産の順化皇城の正門。北京の紫禁城を模しているが、建築様式などにはフランスの影響なども強く出ている。やはり北京の紫禁城に比べると規模は小さいがそれでも広大である。1945年にベトナム八月革命が起こり、ベトナム史上最後の皇帝のバオダイ帝が退位し、皇城から去った。ベトナム戦争においてかなり損傷し、焼失した建物も多いが、ドイモイ政策以降に修復の機運が高まり、現在、本格的に修復・保全活動が行われている。いまでも修復作業中の建物が多くあり、15~20年ぐらいは修復に時間を要するとみられている。

 

建忠殿。カイディン帝のときに建てられたフランスとベトナムの折衷様式であるが、なんとも過剰装飾である。カイディン帝はフランスの意向で擁立された皇帝であり、フランスの影響が強く出ている。1946年にベトミンによって破壊され、これは近年になり復元されたもので、1階のみ公開されている。次の写真のカイディン帝廟もフランスの影響を受けている。

 

カイディン帝廟。フエには帝廟がいくつかあるが最も有名なのがこちら。ミンマン帝廟、トゥドック帝廟も有名で、いずれも訪問したが、初期の皇帝は中国の影響を受けている一方で、王朝末期にはこうしたフランスの影響を受けており、フランスの激動の歴史を感じられる。

 

ティエンムー寺のトゥニャン塔。1601年に建立されたフエ最古の寺院。塔は、第3代皇帝のティエウチー帝のときに建てられた。大越国は儒教・仏教・道教を保護していたが、ベトナム南部のチャンパ王国は、ヒンドゥー教(特にシヴァ派)とイスラム教を受容しており、また、フランスの保護国になってからはキリスト教の影響も受けている。しかし、社会主義化されたことで現在では無宗教が9割近いそうだが、民間レベルでは宗教行事等も行われており、日本に似ているなと思う。

 

こちらはベトナム最後の皇帝のバオ・ダイ帝が暮らしていたアンディン宮殿。皇帝の色である黄色が印象的であるが、外観はフランス風である。バオ・ダイ帝はフランスに留学経験もあり、革命後はフランスに亡命し、フランスで亡くなった。数奇な運命である。

 

内部は完全にフランス風。調度品なども皇帝にふさわしいしつらえであるが、ただ冷房もなかった当時、こうした建築はベトナムの気候にあっていたのだろうかとちょっと疑問である。正直、ちょっと暑そうである。

 

こちらはホテルのスカイバーからの眺めなのである。高い建物がないが、王宮等があるため高層ビルなどの建設はかなり制限されているからだそうだ。私が泊まったホテルがVinpearl Hotel Hueであるが34階建てとなっている。

 

フエからホイアンに移動したのだが、まずはダナンへ移動。ベトナム鉄道で3時間の鉄道旅。Grabでもよかったが、鉄道にも興味があったので乗ってみた。たしか2000円ぐらい。老朽化しており、あまり快適とはいえないが、移動するだけであれば問題ない。個室があるけどどうする?と聞かれたが、別に不自由があったわけではないのでソフトシートの座席で過ごしていた。

 

ダナンから古い街並みが残るホイアンへ。ホイアンでランチ。バインミーの有名店で食事。観光客向けでこぎれいな店内で、フランスパンも食べやすい。それにしてもこちらのアメリカーノは本当に薄味ですね。

 

こちらはホイアンの来遠橋、通称が日本橋。当時、日本はホイアンと交易をしており、1000人ほどの日本人が住んでいたそうだ。2万ドン紙幣の絵柄としても採用されている有名なスポットである。橋だが中に入るのにはチケットが必要である。

 

ホイアンはランタンの街だけあって、ランタンがそこら中にかかっている。古い街並みが綺麗に保存されており、なんともエモイ。

 

夜はこんな感じでランタンが美しい。

 

なお、転覆が怖いので乗船せず。

「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026」へ行ってきた。毎年、有楽町・丸の内エリアでGWに開催されているクラシックの音楽祭である。正直、コロナ前はもっと大規模でブースももっと多くあり、また、池袋などでもコンサートがあったが、規模がやや縮小気味。人出も今年は去年より少ないが、やはりインフレ等の影響で外出を控える人が増えているんだろうか。

 

 

(聴いたコンサート)

 

■田園多き地から初登場!千葉交響楽団による力みなぎるベートーヴェン

ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 op.68「田園」

⇒ あまり交響曲を聴くことはないので良い機会だった。田園を想起させる牧歌的な曲調でとても美しい楽曲。

 

■名手たちによる“デュオ”協奏曲の自由な流れに身を任す

モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364
モーツァルト:2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365

⇒ モーツァルトの楽曲はやはり聞きやすい。デュオの協奏曲で、奏者の見事な掛け合いが心地よい。ピアニストはアンヌ・ケフェレックさんと、ガスパール・ドゥエンヌだったが、ガスパールさんはケフェレックさんの息子さんのようだ。

 

■行く川の流れは絶えずして。喜びの色彩とリズム溢れるコンチェルト&シンフォニー!

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488
シューマン:交響曲第3番 変ホ長調 op.97「ライン」

⇒ モーツァルトのピアノコンチェルト第23番は私のお気に入り。ピアノはキム・セヒョンだが、ロン=ティボー国際コンクールの優勝者。若々しい音楽性が光る。シューマンの交響曲第3番は、ライン川の流れのように雄大さもあり、祝祭感と郷愁が同居した名曲だ。

 

■東欧の2つの協奏曲による、陰影細やかな世界を

アザラシヴィリ:チェロ協奏曲
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 op.21

⇒ ヴァージャ・アザラシヴィリのチェロ協奏曲は初めて聴いたのだが、アザラシヴィリは2024年に亡くなったジョージアの作曲家である。民族的で哀愁と情熱を感じる色彩豊かな作品だった。2曲目はショパンのピアノ協奏曲第2番だが、第2楽章の甘美な旋律が本当に美しい。

 

■厳しく音を錬磨した名匠による、ショパンの傑作小宇宙

ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 op.60
ショパン:24の前奏曲 op.28

⇒ 演奏者はアブデル・ラーマン・エル=バシャ。レバノン出身のピアニストでエリーザベト王妃国際コンクール優勝者。舟歌はショパンを代表する傑作の1つだが、ヴェネツィアの風情を湛えた名曲である。「24の前奏曲」は、マヨルカ島で完成した傑作。すべての長短調を網羅した前奏曲集であるが、曲の長短・難易度もバラバラで、一種の性格的小品集となっている。

 

■川辺での沈思

J.S.バッハ(ブゾーニ編):コラール前奏曲「来たれ異教徒の救い主よ」 BWV659a
J.S.バッハ(マルチェッロ原曲):協奏曲 ニ短調 BWV974から アダージョ
スカルラッティ:ソナタ ニ短調 K.32
J.S.バッハ(ヴィヴァルディ原曲):オルガン協奏曲 ニ短調 BWV596から ラルゴ
ショパン:夜想曲 ト短調 op.15-3
ヘンデル(ケンプ編):組曲第1番 変ロ長調 HWV434から メヌエット ト短調
ショパン:夜想曲 ト短調 op.37-1
J.S.バッハ(ヘス編):コラール「主よ、人の望みの喜びよ」BWV147
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻から 沈める寺
サティ:ジムノペディ第1番
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻から 雪の上の足跡
ドビュッシー:「ベルガマスク組曲」から 月の光
ショパン:子守歌 変ニ長調 op.57
ドビュッシー:「映像」第1集から 水の反映

⇒ 演奏者はアンヌ・ケフェレック。ミュンヘンコンクールの優勝者である。バロックからロマン派、印象派までの小品を並べており、川辺を散歩するように曲を聴いてほしいという意図で、曲間の拍手は控えてほしいとアナウンスがあった。プログラム構成が興味深い。冬の夜だろうか。教会がある街に流れる小川を歩くような情景が浮かぶ。フレンチピアニズムが光る真に見事な演奏だった。


■大洋の交響詩と、名ピアニストが奏でる大河のごときコンチェルト

シベリウス:交響詩「大洋の女神(波の精)」op.73
グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 op.16

⇒ シベリウスの交響詩は、米国人の実業家からの依頼により作曲された。ギリシャ神話をベースにした作品。フィン語の題名は「波の精たち」である。10分と短い曲であるが、シベリウスの繊細な感性が光る楽曲だった。グリーグの「ピアノ協奏曲 イ短調 」は非常に印象的に始まるグリーグの傑作。ピアノの演奏はショパンコンクール第4位入賞の小林愛実。

 

今年は時間の都合で講演は聴けず、また、マスタークラスがチケットの半券で入れなかったので拝聴できず。結局、コンサートだけ堪能して終わった。来年はマスタークラスや講演もバランスよく楽しみたい。来年のテーマはなんだろうか?来年の開催がいまから楽しみである。

前作公開から20年。「プラダを着た悪魔2」がようやく公開されたが、前作もそこまで古い作品のイメージがなかったので、時の流れの早さに驚いてしまう。20年も経ってるのになぜか出演陣は全く老けているように見えないのが凄い。フォックスがディズニーに買収されたこともあり、ディズニーよろしく、コンプライアンス重視の昨今の情勢を意識し、さらにポリコレ要素も取り入れている。全体的には面白かったが、やはり前作は、2006年公開だからこそ描けたものであり、映画にはその時にしか描けない時代性があるなと思う。”ボディ・ポジティブ”なんて当時のファッション業界では見向きもされていなかった。

本作では、ここ20年におけるファッション業界・メディア業界の激変(メディアの衰退、雑誌のネット配信化、モデルのAI化、ラグジュアリーブランドの強大化など)も描写されている。そうした時代の流れにミランダも抗えるわけではない。彼女も雇われている側に過ぎないのだ。伝説的なファッション誌も、経営者の意向によって左右されてしまう。コーポレートガバナンスの観点で自由勝手で横柄な行動もできないし、予算だって簡単にカットされてしまう。

 

前作では、ファッションはある種、魔法のように描かれていたように思う。ナイジェルの台詞で「And what they did, what they created was greater than art because you live your life in it. (AI翻訳:そして彼らが成し遂げたこと、彼らが創り出したものは、芸術を超えるものだった。なぜなら、人はその中で人生を生きるからだ。)」というものがあり、映画のファッションの捉え方を端的に示している。

それが本作では、広告主の意向やコーポレートガバナンス、財務状態だとか、冷徹な企業論理に翻弄されてしまう。20年の時代の変化の結果仕方がないのだが、ミランダのまとっていた威光やファッションが持つ魔法がはぎとられてしまい、資本主義の論理が押し寄せてくる。当然、製作陣もそれを意識しており、劇中で、ある大富豪の男性は、未来は待ってくれない、まるで「ポンペイの溶岩」のように押し寄せてくるのだとという。我々はそれを受け入れるだけだと。

ここら辺の描写が前作ファンにはちょっと受け入れられないのかもしれないが、実際に起きている冷酷な現実である。日本でも歴史ある有名誌が廃刊になったりすることは珍しくない。予算カットでメディアの特集はどんどんチープになっていっている。映画なので本作ではハッピーエンドになって良かったのではあるが。

それにしてもレディ・ガガが登場して驚いた。本人役で歌まで披露。さらにドナテラ・ヴェルサーチ、ナオミ・キャンベルなどもカメオ出演しているので、見逃せない。新キャラではインド系英国人のシモーヌ・アシュリーが非常に目を引く。アジア人のジン・チャオの描写がアジア人差別という批判もあったが、主人公のアンディーも白人だが眉毛をいじられ、新しいアシスタントは太めの白人だったりと、風刺に満ちているので、そこまで気にならなかった。

なお、主人公が肩掛けしている黒いレザーバッグはNY発のCOACHのもので、終盤の伏線にもなっている。保守的なファッションのミランダが、タッセル(糸や紐を房状に束ねた装飾品)付きのジャケットを着ているのが気になったが、ドリス ヴァン ノッテンのもの。なぜこんなジャケット着ているのかと思って検索したら、前作でミランダがセルリアンブルーについてモノローグを語った際に着ていたコインが付いたジャケットへの対比であり、社員食堂での保守的なスーツのコンサルタント達との対比になっているようだ。細かい描写を上げればキリがないが、ミランダの仮面を被ってるシーンがあるが、メルビン・ソコルスキーとツィッギーの写真へのオマージュだろう。

ただ描き方で違和感だったのが、エコノミークラスに乗るシーン。ホテルは豪華なところに泊まっているのになんで飛行機はエコノミークラス?ミランダなら自己負担でアップグレードすればいいのに。高価な衣装もあるのに専用車もNGなんてあり得ない。

細々と書いたが、素晴らしい映像と音楽で十分に楽しめると思う。華やかな業界を、昨今の社会情勢変化をうまく取り入れて、地に足のついた作品として描いていて、20年ぶりに続編を製作した価値があると思う。GWで大混雑だったので、もう少ししたら落ち着いて観なおしたいと思う。

 

なお、「109シネマズプレミアム新宿」で観たのだが、本作の映画仕様になっていてなかなか見ごたえがあるので、オススメ。ただGWなこともあり、大混雑で、上映に間に合わず、飲み物を受け取れなかった ( ̄▽ ̄;)
 

image

赤いハイヒールをあしらったフラワーアレンジメント

 

モエ・エ・シャンドンのシャンパンタワー。

 

映画「ツイッギー」を観てきたのだが、その中で1960年代のモデルスクールは上流階級出身の令嬢が多かったというシーンがあり、興味を持った。もちろん、成り上がりも多いのだが、たしかに言われてみると、上流階級出身のモデルは多い。ちなみに、ツイッギーは労働者階級出身で、その点も当時としては珍しかったようだ。

 

例えば、2023年に亡くなったジェーン・バーキンは、エルメスのアイコニックな鞄の”バーキン”の由来にもなっているが、女優・歌手としてもモデルとしても活躍した。彼女の出たバーキン家はレース業で財を成して政治家も輩出した准男爵家である。また、2020年に50歳で亡くなってしまったがステラ・テナント。カール・ラガーフェルドのミューズとして、シャネルのモデルとして有名になった。父方の祖父がグレンコナー男爵、母方の祖父はデヴォンシャー公爵という両親から貴族の血をひいている。同じくカール・ラガーフェルドのミューズだったイネス・ド・ラ・フレサンジュは、父親がフランスの名門貴族で伯爵である。

 

存命のモデルをみてみても、例えば、カーラ・デルヴィーニュは、モデルとしても歌手・女優としても活躍しているが、父方の曾祖父がグリーンウッド子爵であり、貴族の血筋である。レディ・キティ・スペンサーは、ドルチェ&ガッバーナのモデルとしてランウェイを歩き、南アフリカの大富豪と結婚したが、ダイアナ妃の姪にあたる。父親はスペンサー伯爵であり、Ladyの称号を持っている。

 

レディ・キティは王族の親戚に過ぎないが、王族のモデルもおり、レディ・アメリア・ウィンザーがいる。ジョージ5世の玄孫であり、父親はセント・アンドルーズ伯爵ジョージ・ウィンザーであり、彼女自身は王位継承順位が第44位という英国王族である。男性だと、デンマークのヨアキム王子の息子のモンペザ伯爵ニコライ閣下(元王子)とモンペザ伯爵フェリックス閣下(元王子)もモデルとしてランウェイを歩いた。ちなみに、元王子としているのはマルグレーテ女王が王族縮小のために王子の称号をはく奪したためで、現在はモンペザ伯爵閣下である。動画の人物はニコライ閣下。

 

イタリア・ギリシャ等は、すでに王政廃止しているが、名家の末裔もモデルとして活躍している。例えば、マリア=オリンピア王女。ギリシャのパウロス元王太子の令嬢で、ギリシャ王国最後の国王コンスタンティノス2世の孫にあたり王女の称号を持っている。ギリシャは1974年に王制を廃止しているものの、デンマーク王家との血縁関係もある(エリザベス女王と結婚したフィリップ王配もギリシャ王子だった)。ヴィットーリア・ディ・サヴォイア王女もモデルとして活躍しているが、イタリアの旧王家・サヴォイア家の末裔で、曾祖父がイタリア最後の国王ウンベルト2世である。イタリア貴族ボロメオ家出身のベアトリーチェ・ボロメオもモデルだったが、モナコ公国の公子であるピエール・カシラギと結婚しモナコ公家の一員となっている。その他、カロリーナ王女キアラ王女がモデルとして活躍しているが、父親がシチリア・ブルボン王家ならびに両シチリア王国の王位継承権者である。次の動画は、ベアトリーチェ・ボロメオ公子夫人。

 

他にも王族・貴族ではないが、財界人の子女などもモデル界には数多い。なぜだろうか?単純にモデルになるには美容やオーディション参加のコスト等を負担できる必要があるし、自前で宝飾品を用意する場合もあるため、お金がないとモデルになれないという事情もある。また、モデルは成功確率が低く、長く活動できず、収入も浮き沈みがあるが、上流階級であればそうした金銭的な問題はない。加えて、上流階級の子女としても、露出していた方が様々な出会いがあるので、結婚相手探しにも良いという事情もあるだろうし、別に自身がビジネスを展開している場合、その宣伝にもなる。それにやはり財力・家柄が良いほど、容姿・教育水準等が良い人と結婚するわけであり、栄養状態も良いので、体格・容姿も一般人より良い人が多いという背景もありそうだ。ブランド側も階級がより上の人が来てくれた方が箔が付くというもであり、様々な利害関係が一致しているのだろう。ただ現在では家柄等に関係なくモデルになっている人も大勢おり、モデルになる人の家柄が良い傾向があるという統計的な根拠はないのであしからず。