たまたまテレビをつけたら「題名のない音楽会」でピアノコンクールについてやっていた。そこで気になったので、世界で最も権威あるピアノコンクールのショパンコンクールの入賞者を調べてみた。

 

ベースにしたのがwiki(英語版)の情報。6位内入賞者のみ集計し、国籍はwikiの情報に依拠している。二重国籍の場合は2つの国にそれぞれカウントしている。ソ連のカウントは悩んだが、表示に従いソ連でカウントした。というわけで、ウクライナ人ピアニスト等はソ連でカウントされている。そうしたところ下記である。数字間違ってたらごめんなさい。なお、コンクールによって入賞者の国籍は大きく異なるので、あくまでショパンコンクールに限った入賞者の傾向として読んでいただきたい。

 

【ショパン国際ピアノコンクール6位内入賞者ランキング(国籍別)】(1927~2015)
01位 ソ連:26人
02位 ポーランド:19人

03位 日本:10人
04位 米国:8人

05位 フランス:7人

06位 ロシア:6人
07位 中国:4人
08位 ハンガリー・イタリア・韓国:3人
11位 アルゼンチン・ブラジル・カナダ:2人
14位 英国・ドイツ・イラン・ブルガリア・オーストリア・リトアニア・ベネズエラ・ベトナム・台湾:1人

 

ソ連とロシアを合計すると32人になり、ずば抜けて多い。ロシアンピアニズムの巨大さがわかる。ポーランドのコンクールだから当たり前かもしれないが、ポーランドが2番目に多い。とはいえ、当初はポーランドとソ連からの参加者ばかりだったので、そこで人数を稼いでおり、直近の4大会だと1人しか入賞者を出していない。このソ連(ロシア)・ポーランドに次ぐのが、日本というから驚かされる。コンクールで使用されるピアノもスタインウェイに並び日本ブランドのヤマハ・カワイである。日本は何をやってもハイクオリティーで上位に食い込む。

 

米国は独自のピアニズムがないが、世界中から才能を集める自由の国の底力というところだろうか。米国に次ぐのが、コルトー・フランソワの系譜を持つフレンチピアニズムのヨーロッパの大国フランスである。次ぐのが中国で、1955年・1960年に中国は入賞者を出していたのが意外だった。しかし、「文化大革命」が起き、ピアニストは知識人として弾圧され、チャイニーズピアニズムは停滞したようだ。2000年に2名の入賞者(1人は優勝したユンディ・リ)を輩出し、復活を印象付けた。

 

1960~70年代にアルゼンチン・ブラジルで3人の受賞者を出したが、その後、南米は政変で社会は混乱し、経済も破綻したのでピアノどころではなくなったのか、以降は2000年にフリッター(第2位)を出したのみだ。意外なのが、ドイツ・イギリス・イタリア等の受賞者数の少なさだが、自国で名のあるコンクールがあるので、わざわざポーランドのコンクールなんか受けないということだろうか。韓国が2015年に優勝者を出して話題になったが、出生率1人を割り込むほどの超急激な少子化に加えて経済の見通しも悪いので、いまがピークだろう。

静岡県の久能山東照宮へ行ってきた。
 
1617年建立の徳川家康を祭る霊廟である。徳川の治世は、世界史的にも異例の300年近い平和をもたらし、「パクス・トクガワーナ」とも言われる。徳川幕府を開いた家康は岡崎(愛知県)に生まれるが、人質として今川家に送られて駿府(静岡県)で元服している。将軍を秀忠に譲った後、家康は駿府に移り、「駿府の大御所」として実権を握っていた。壮麗だった駿府城の天守閣は火事で焼失し現存していないのが残念だ。この徳川家康を神として祭ったのが「久能山東照宮」であり、「日光東照宮」とともに国宝に指定されている。日光東照宮の方が有名であり、規模も日光の方が大きいが、久能山も緑に囲まれて壮麗である。家康は死後、久能山に葬られているが、その後、日光に遺体を移動させたのか否かで論争がある。発掘調査は行われていないので、遺体は久能山か日光か判然としない。
 
建築様式は「権現造」であるが、久能山東照宮が最古と言われる。本殿と拝殿の2棟をつないで一体とし、その間に「石の間」と呼ばれる一段低い建物を設けている様式である。久能山東照宮は、黒漆塗・赤漆塗で美しく仕上げられ、随所に彫刻を配し、そして要所に錺金具を用いて、玲瓏さと荘厳さをまとっている。徳川の繁栄と日本の建築技術の高さを伝える名建築である。日本には、各地に壮麗な寺院・神社が残っているが、当時の国の豊かさを物語る。
 
久能山東照宮は、緑に囲まれて非常に気持ちが良い。駿河湾を望めるが、湾になっているので、海は素晴らしく穏やかだ。静岡は富士山が望めるという風光明媚な土地に加え、温暖な気候であり、明治時代の勲功・財界人はこぞって別荘をかまえていたという。明治天皇は沼津御用邸で育ち(建物は現存、御用邸は廃止され沼津市に移管)、陸軍大将だった大山巌公爵は沼津に別荘(現存せず)、川崎財閥の川崎正蔵は興津に別荘、井上馨公爵は興津に長寿荘(現存せず)、清華家の西園寺公望公爵は興津に坐漁荘(愛知県の明治村に移設)、警視総監等を歴任した田中光顕伯爵は蒲原に青山荘(現存)を持っていた。
 
高度成長期に静岡はホンダ・スズキ・ヤマハ・河合など大企業の工場が乱立し、工業地帯になったが、明治期は静岡はリゾート地だったのだ。高度成長期には交通網が発達し、和歌山・宮崎などがリゾートとして有名になりハネムーンの人気旅行先だったというと意外だろうか。現在はグアム・タイ・ベトナム・フィリピンなどのビーチリゾートが有名だが、これは空の交通網の発達と軌を一にする。リゾート地の興亡には、交通網の発達による人間の活動範囲の拡大が関わっており、非常に興味深い(思うに「観光学」はこれから成長性がある学問分野だと思う)。
 
カナダに留学してから、日本への関心が高まっている。歴史好きからすると、直截にいってカナダは面白みに欠けた。歴史の重層性があまりなく面白みがあまりない - 要は英仏の植民地争奪戦(先住民族の土地を横取り合戦)で英国が勝利したというだけだ(ただし先住民族の痕跡は、博物館で観られ興味深い。先住民族の芸術家によるカナディアンアートもユニークな色使いやデッサンは素晴らしいものがある。)。今後は日本についてもっと勉強し、日本各地を訪れたい。日本神話の舞台である宮崎や島根、明治維新の勲功の出身地の九州、魅力的な祭りのある東北・四国など、訪れるべき場所は多い。日本美術は独特で、建築は壮麗、文学は一千年以上の歴史があり、茶道・華道にも哲学があり、各地に残る祭りは魅力に溢れ、食文化は驚くべきほど豊かであるが、どれも表層的ではなく奥深く、ハイからサブカルまで日本文化は爛熟を謳歌している。カナダで日本に興味があるメキシコ人に「日本は学ぶのが大変」と言われたが、歴史が長く、また国力があり豊かで、人口規模もそれなりに大きかったから当然だ。今後の課題は、日本文化をどう分かりやすく伝えていくかだろう。
 
※ 不適切な箇所を修正いたしました。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第91回 アカデミー作品賞は、「グリーンブック」だった。白人ドライバー・リックと、黒人ピアニスト・シャーリーの南部への演奏旅行を描いた実話ベースの映画である。正直、本作が受賞するのは、”悪い意味”でハリウッドっぽい。

 

グリーンブックは1月にカナダで鑑賞済みだったが、映画サイトFilmaksにレビューを書いていたので見直したところ、当方の評価は「3.2 / 5.0」だった。「良い話ではあるが、ド定番の展開ゆえに次になにが起きるのか読めてしまう。そして演出が限りなくチープで、観てて恥ずかしい箇所も。全体的にありきたりで、期待はずれ。ご都合主義のアメリカ映画よろしく、(脚色上仕方がないが)主人公の遺族からは事実と違うと抗議も受けている。」と書いている。

 

ハリウッドよろしくストーリーは単純明快で観やすいので、大衆受けは良いのかもしれないが、作品賞を取るにしては、ストーリーはあまりにも軽いし、深みがない。あきりたりなラストの限りなく安っぽいカタルシスはなんともハリウッドぽい。映画中に黒人差別の描写もあるが、黒人の人種差別をコミカルに描き過ぎていて、不快にすら感じる。昨今の黒人差別をテーマにした作品は(「それでも夜は明ける」「デトロイト」「ザ・バース・オブ・ア・ネイション」等)、あまりにもアメリカの白人が行った黒人への蛮行を露骨に描き過ぎており、白人受けは悪かったので、その反動で、こうした作品が生まれるのも分からなくはない。

 

映画を観ると、”昔の差別は酷かったね、でもこの映画みたいに白人と黒人は分かり合えるね”という楽観的なメッセージを読み取れるが、現実はそうはなっておらず、現状でも差別は深刻だ。だいたい脚本を書いたニックもSNSで人種差別発言をして批判されているし、主人公を演じたモーテンセンも黒人差別用語を使って謝罪しているが、これらは黒人差別問題が根深いことの証左であろう。同じく黒人差別を描き作品賞にノミネートされていた「ブラック・クランズマン」の監督スパイク・リーは、本作の作品賞受賞に激怒して退席しようとしたというが、他にも本作の作品賞受賞への批判は多い。

 

肝心の主人公2人の関係性は創作だし、黒人ピアニスト・シャーリーは黒人社会からは離れていたように描かれるがこれは誤りで、「うその交響曲」だと遺族から批判を受けている。ここらへんは脚色上ご愛嬌かもしれないが、正直、映画としてもそんなに完成度は高くない。設定・演出が非常にありがちで安っぽい。酒場で「木枯らしのエチュード」を弾いてリックがシャーリーの天才性に気が付くというシーン、雨の中でシャーリーが苦悩を打ち明けるシーン、ライトにシャーリーがニックを訪れるシーン等は、既視感たっぷりだし、観てて恥ずかしい。黒人問題を抜きにしても、作品賞に値するのかといえば疑問である。

 

アカデミー賞は、会員のほとんどが白人で、また「白いオスカー」というほどに、白人受賞者だらけで批判を受けていた。しかし、黒人をテーマにしつつ、白人がヒーロー的に描かれる本作を受賞させたことは、”黒人テーマの作品を選んであげたよ”という偽善にすら感じられる。過剰なポリティカリーコレクトだという批判もあるが、そうであれば、潔く白人がメインの映画を選べば良かったのではないかと感じる。ただ何も考えずにポケーっとみるには悪い映画ではない。

というわけで、ベルギーの後はオランダ・アムステルダムに移動です。
 
◆アムステルダム
オランダの憲法上の首都です。実際の首都機能はデン・ハーグに集中している。オランダはかつては大国だったが次々に植民地の領土を失い、現在では人口1600万人の小国になっている。しかし、一人当たり所得は世界的に高い富裕国である。ベルギー、オランダ、ルクセンブルクの3か国をあわせて「ベネルクス」というが、3か国合計しても北海道ほどの面積で、人口は東京・神奈川・千葉を合計したぐらいしかない。コンパクトにまとまっているので、周遊するには良いエリアである。アムステルダム都市圏人口は230万人規模で、札幌都市圏とほぼ同じである。
 
アムステルダム中央駅。レンガ造りが美しい。目の前に運河があるが、アムステルダムは中央駅を中心に放射状に運河が広がる運河の街なのである。s

 

教会も見飽きたしと思ったが一応訪問した駅前の聖ニコラス教会。

ベルギーの華麗な教会と違って、こちらは重厚で荘厳。思わずじっくりと観てしまった。

 

これがダム広場。ここにダムを築いたことから、アムステルダムの街はスタートしたそうです。

 

こちら王宮だそうです。立派だけど、なんか黒ずんでてなんか質素で簡素な印象を受ける。

 

「アンネの日記」で有名なアンネ・フランクの像です。肝心の隠れ家はチケットが売り切れで入れずw

チケットは最低でも1週間前に申し込まないと売り切れるそうです。

 

意味もなくウロウロしていたら「飾り窓」エリアに入っちゃったのですが(駅出て左手全体が「飾り窓」エリアらしい)、観光客っぽい人が多く、女性やカップルで来ている人もチラホラ。アムステルダムは買春も麻薬とかも合法なんですよね。あと、どうでもいいんですが、やはり地盤が弱いこともあって、建物が傾いてる笑。地震がないので問題ないみたいですが、中に住んでる人は大丈夫なんでしょうか笑。

 

スキポール空港のラウンジで一息。ハイネケンはドイツではなくオランダのビールなのですが、こちらのラウンジでは飲み放題。あと、トマトのスープとかも美味しかったです。ラウンジの軽食はありがたいですよね。

 

◆ アブダビ

 

エティハド航空だったので、アラブ首長国連邦(7つの首長国から成る連邦)の首都のアブダビで乗り換え。ドバイが経済の中心なら、アブダビは政治の中心となっています。1年を通して晴天だそうです。連邦全体で人口1000万人程度の小国ですが、産油国として国際的な影響力を持っています。

 

空港からお目当てのルーブル・アブダビへの移動。無料バスがあるのですが、それにしても遠い、遠い・・・。バスでおよそ1時間。しかし、窓から見える景色が面白い。ずーっと乾燥した大地が広がっていて、遠くにアブダビの中心街(摩天楼)がみえます。観光に最近力を入れているらしく、フェラーリミュージアムとかいろいろテーマパークもありましたが、今回はスルー。意外だったのが( ← 失礼 )、アブダビの人は基本的に親切。やる気はあんまないけど(人がいないからせかせかする必要性がない)、ゆったりいろいろ教えてくれたし、とっても丁寧。基本的に英語も通じます。

 

というわけで、到着。これがルーブル・アブダビ。ルーブル美術館のアブダビ支店ですね。グッゲンハイム美術館も建設予定らしいのですが、まだ完成してないです。

 

かの有名なナポレオンの絵画もアブダビに移動させられてました。結構有名な絵画もあって、見どころが多いです。日本美術の展示もちょいちょいあって日本美術の奥深さにも触れることが出来ました。地下に子供向けの漫画のスペース?もあって、なんか日本の影響が感じられました。結構広くて最低1.5~2時間ぐらいはかかりますね。

 

なによりこの美術館に来たかったのはこれこれ!「光の雨」を観たかったんです!ジャン・ヌーヴェルというフランスの建築家によるデザインです。半野外になっているのですが、この日は、そんなに暑くなくて、吹き抜ける風がなんとも心地よかった。

 

イスラムのアラベスク模様にインスピレーションを得たそうです。この美術館はカフェもあるし、オーシャンビューも望めて最高の美術館です。

 

「シェイク・ザイード・グランド・モスク」に移動。ルーブルからさらにバスで1時間。さすが国土が広いだけあって遠い・・・。

見えてきたモスクをみて思わず”でけぇぇぇ”と声が漏れてしまいそうになった。こんな巨大建築は見たことがないです。

 

大きすぎてはいらないのでパノラマ撮影。白亜のモスクはまるでディズニーのアラジンの城みたい。本当にビックリするぐらいの規模です。観光客ももちろんOKで、スタッフもいて誘導などもちゃんとしていました。

 

これが内部です。内部は信者さん専用みたいでした。5万人が一斉に入れるというから驚き。

シャンデリアも世界最大級だそうです。内部は美しく、オイルマネーすげぇぇぇと声に出しそうでした。

 

というわけで、カナダ留学後に立ち寄った国々のレポートでした。

 

やはり事前に思っていたのと行ってみるのとでは全然違いますね。イスタンブールは思ったよりモダンな都市で、治安もよく、ヨーロッパ・中東・アジアの雰囲気がミックスされててよかったし、ベルギーはすごい綺麗な街だけど、混雑しておらず、まったりしてて人も親切で好きだった。アムステルダムは個人的に行ってみたい都市だったけど、行ってみると意外と好きじゃなかった - 混雑してるし、都市景観は重々しいし、都会的で人は冷たい。アブダビは想像以上に素晴らしいところだった。行ってみると意外と良い国はたくさんあるので、好き嫌いせずにとりあえず行ってみることが大切だなと思った。トランジットは意外な国にいけるので楽しい。イスタンブール・アブダビはぜひトランジットで何度でも訪れたい。でも、やはり欧米は遠いな。当面はアジアを中心に回りたい。長期休暇がとれれば中欧とか、メキシカンの友達が多いのでメキシコにいってみたい。

というわけでベルギー2日目の記録。
 
エリアでみるとブリュッセル・エリアが最大都市だが、都市単体でみるとアントワープが最大都市。といっても、50万人規模なので、日本に比べると人口密度も低く、ゴミゴミしていない。この2都市に次ぐ第3位の都市が、ヘントである。
 
◆ヘント
 

ヘントのビール。メニューとかがフランス語・オランダ語なので分からない笑。やはり海外に行くと思うのは、日本人が思うより言語というのは多様で、特にフランス語・スペイン語は国際語であるという点である。日本だとバイリンガルはすごいというイメージだが、ヨーロッパだと言語が似ていることもあるが、3~4か国語話せるのはザラである。

 

聖バーフ大聖堂。前にあるのは「ファン・アイク兄弟」。建築がなんとも立派です。いまでは小さな街という感じですが、中世では西ヨーロッパでパリに次ぐ大都市と言われたこともあるそうです。

 

 

 

石造りの見事な建築がかつての繁栄を物語っています。

 

 

宮殿・・・ではなくて、郵便局だった建物。現在はホテルとして利用されているらしい。

 

 

運河があり、毛織物をこちらの運河から輸出していたのでしょう。

 

 

フランドル伯の城です。堅牢な建築です。バイキングが河を上ってきたときに、街を守るためにつくられたため、装飾性がない、堅牢な外観になっています。。

 

 

天気が良いので運河沿いにみんな出てきて、日向ぼっこしています。大学があるので、学生も多いです。非常にほのぼのした雰囲気。ビールを片手に団欒している風景がみられます。日本にもこういう場所があればいいのに。

 

 

聖ミカエル橋から観たヘント。ベストショットですね。

 

◆アントウェルペン

 

というわけで、アントウェルペンに移動。いきなりこの豪華な駅舎に目を奪われますね。世界で最も美しい駅舎と言われています。

 

 

 

なんか大きな手。アント・ウェルペンは”手を投げる”という意味があって、伝説によると、通行料を払わないと手を切る巨人がいたそうで、彼をローマの戦士が巨人をやっつけたので、それが語源になっているそうです。

 

 

「フランダースの犬」の像です。布団被って寝てますね。イギリスの小説がベースで、現地ではあまり知られていなかったものの、日本人観光客が、やたらとフランダースの犬について質問するので、観光として設置されたらしい。

 

 

 

 

聖母大聖堂です。ネロが物語の中でなくなった場所です。

 

 

ネロが観たがっていたルーベンス作「キリスト降架」。

 

街の中心部から観た大聖堂。やはり大きくて立派ですね。
 
いやー、ベルギーがこんなに良いところだとは。ビールは美味しいし、治安も良いし、街並みも美しい。おまけに物価もそこまで高くない。パリみたいな大都市もいいけど、ゴミゴミしてる。欧米は大都市を嫌うというけど、なんかわかる。ヨーロッパでは、あと、スペインと中欧いきたい。人生は長いから、徐々に行きたいところを潰していこう。