抑鬱亭日乗 -13ページ目

抑鬱亭日乗

複数の精神疾患を抱える者の独言を忌憚なく収録する
傾いた視線からこの世はどのように見えるのか

 小生は空を飛んでいる。

 行きたい方向を見て、全身に力を入れる。

 その瞬間、空を飛ぶ速度が上がる。

 

 小生はたまにその夢を観る。

 当たり前であるが、小生は空を飛んだことは一度もない。

 空の飛び方などわかるはずがない。

 飛行機に数回乗った程度である。

 

 夢の中では自由に上昇、下降が可能である。

 それに伴う身体的な感覚はどこからくるのだろうか。

 現実では経験しえないことを夢の中ではできてしまう。

 不思議である。

 

 人間の脳に関する研究が進むと、このような疑問を解く日が来るかもしれない。

 だが、まだ人間の脳は解明できていないことが多いらしい。

 自分の頭蓋骨に収納されている脳は謎だらけである。

 

 

 夢についてまだ疑問がある。

 

 過去に観た夢の続きが徐々に進んでくる夢をみる。

 夢の詳細に立ち入らないが、何者かに課題を出される。

 時間指定はされないが、その夢をみるたびに話が展開する。

 

 夢の中で出された課題を解決しようとするが、目覚めると忘れている。

 夢でしか課題を思い出せない。現実では課題に取り組めない。

 このような状態がしばらく続く。

 

 課題について報告せねばならぬが、何もできていない状態で夢が展開する。

 夢の中で焦燥感が生じる。

 しかし、どうにもできない。

 報告の時期が迫って来る。

 夢の中で緊張感が全身をみなぎる。

 ある日、夢の中でその日を迎える。

 

 徐々にストーリーが展開する夢をみる小生の脳のどの部分にそれは起因するのか。

 現実には見たことがない場所、人物、出された課題。

 睡眠中に脳内の情報が整理されると聞くが、小生は戸惑うことが多い。

 夢に関する疑問点が多く、脳内の情報は余計に散らかってしまう。

 夢の中で何度も訪れた家がある。

 現実には存在しないが、夢の中では存在する。

 自分の家ではないが、住人のように出入りする。

 そこにいるのは誰なのか知らないが、知っているような気がする。

 

 昨晩、茶を吞み過ぎたらしい。

 睡眠中、強い尿意を催している。

 夢の中でその家の便所へ向かい、放尿を試みる。

 

 だが、その便所の床に無数の黒いモノが動いている。

 大きなヒルのような生物である。

 それが足元に這いずり回っている。

 放尿を中止し、急いで便所から脱出する。

 

 無から有は作り出せない。

 ということは、人の見る夢は過去にどこかで観たものでしか構成できないように考えられる。

 見たことのない場面は夢には出て来ないはずである。

 

 夢で見たヒルのような無数の生物が這いずり回る場面は現実に観たことはない。

 そのような発想をしたことがないため、イメージすら浮かべたことはない。

 脳が自主的に創造した場面を夢の中でみたということだろうか。

 

 人が夢を見る原理はある程度解明されているようだが、その全てを明らかにはできていないように思う。

 このような身近な現象でも、未だ解明できていないことがある。

 人の脳とは不思議なモノである。

 

 小生の住む田舎でも明らかに人出が増えている。

 大型観光バスが次々とやって来る。

 駅で電車を待つ御仁も増えてきた。

 これに外国人を加えるとコロナ前の日常に戻る。

 

 COVIDー19の新規患者数が劇的に減った。

 なぜだろう。

 専門家も首をひねっている。

 「ウィルスのコピーミス」というよくわからない説が有力である。

 

 経済活動の活発化を狙い、政府は外国人の入国制限を緩和しようとしている。

 COVIDー19を持ち込まなければ問題は生じないが、症状のない感染者が入国することは十分に考えられる。

 それが徐々に広がり、やがてCOVIDー19の第6波を迎えるだろう。

 年末年始辺りに勃発しそうな気がする。

 

 COVIDー19の流行がおさまったので、大学の図書館利用カードの更新を終えた。

 原則は年度末までに手続きが必要である。

 だが、長期にわたり、卒業生の図書館利用が禁じられていた。

 職務上の必要性により、たまに図書館で論文をコピーして読むことがある。

 ようやくかつての生活に戻りつつある。

 著名な作家が逝去した。

 作家と尼僧を兼務する瀬戸内寂聴である。

 享年99歳。

 大往生である。

 

 瀬戸内寂聴の顔を見ると、亡き祖母を思い出す。

 表情がよく似ていた。

 笑った顔が瓜二つのようであった。

 

 知っている御仁が次々とこの世を去る。

 生まれてきたら、必ず死ぬ。

 当たり前のことだが、これを受け入れられないことがある。

 

 瀬戸内寂聴はその一人である。