抑鬱亭日乗 -12ページ目

抑鬱亭日乗

複数の精神疾患を抱える者の独言を忌憚なく収録する
傾いた視線からこの世はどのように見えるのか

 知らない電話番号の着信があった。

 小生に不動産投資等を勧誘したいのだろう。

 パソコンで電話番号を検索すると、某地方銀行の番号であることが判明した。

 

 小生の銀行口座に何かあったのだろうか。

 マネーロンダリングに使われてしまったのか。

 不自然な出金があったのか。

 悪いことばかり連想してしまう。

 折り返し電話するが、「午後3時を過ぎている・・・」との音声案内が流れて拒否される。

 

 数日後、あの番号から電話がかかってきた。

 小生の預金口座になにかあったのか。 

 心臓の鼓動が急に速くなる。

 

 銀行「○○さんの携帯電話でしょうか?」

 小生「どちら様でしょうか」(まずは名をなのれ)

 銀行「○○銀行○○支店の○○と申します」

 小生「どのような要件でしょうか」(ビビりながらも冷静なフリをする)

 銀行「普通預金の金利が低いので、保険やNISAで資産運用しませんか?」

 小生「オカネに関心がありませんので断ります」

 

 某銀行は小生の預金口座の残高をみて投資を勧誘した。

 多額の残高があるわけではないが、コイツからカネを取れるかもしれないと企んだらしい。

 小生は金融商品に投資しない。

 僅かなカネのためにそれに見合わないリスクが付いて回る。

 小生は別の方法で投資している。

 それは決して枯れることのない泉を生みだす。

 1950年代、1960年代、1970年代のCMが好きである。

 暇を見つけては視聴する。

 なぜ小生はこれらのCMに魅了されるのだろうか。

 

 当時のCMは現在のCMよりナレーションが多い。

 それは表現豊かで端々で知性を感じる。

 

 松下電器の冷蔵庫のCMが面白い。

 「ナショナルの電気冷蔵庫はお台所のスーパーマーケットです」。

 近年、冷蔵庫のCMを見ないような気がするが、このような表現はできないだろう。

 「大容量で大きな野菜室、瞬間冷凍も」程度であろう。

 

 現在のCMでは商品の値段を示さないことが多い。

 ヨドバシやビックカメラ等が仕入れて、自由に値段を付けて売るためであると推察される。

 当時のCMではその値段を知ることができる。

 上記の松下の冷蔵庫は「62,000円」だったようだ。

 その値段で近くのナショナルショップにて販売されていたのだろう。

 

 今日もYouTubeで古いCMを視聴している。

 

 懐かしCM集1950年代~60年代 - YouTube

 

 60年代~70年代家電CM集 - YouTube

 先日、ICOCAを購入した。

 ICOCAとはJR西日本が発行するICカード乗車券である。

 小生はこれまで頑なにICOCAの購入を拒否し続けた。

 

 理由は単純明快である。

 ICOCAの購入時に500円がJR西日本に巻き上げられる。

 その500円が惜しいのだ。

 物価が高騰すると、貨幣の価値は下落する。

 物価が上昇すると現在の500円は過去の500円よりも価値が下がる。

 学部生の頃からインフレターゲット政策で軽いインフレが起こることを予想していた。

 

 しかし、予想外の事象が発生した。

 切符購入の際、小生はあらかじめ小銭を出して券売機に並ぶ。

 だが、ICOCAを持たない高齢者は券売機に来てから上を見上げて切符を購入する傾向にある。

 小生はそれで電車に乗り遅れた。

 

 改札口で多くの機械がIC専用になってしまった。

 改札口から出るには、乗車券を通す機械でないと出られない。時間がかかる。

 近年、なぜか数台の券売機が「利用停止」と表示され、切符の購入にストレスと感じるようになった。

 ICOCAを浸透させるJR西日本の陰謀であろうか。

 

 このようにして小生はICOCAを購入せざるを得なくなった。

 2005年頃、電視台のCMで仲間由紀恵が登場した。

 「ICOCAで行こか、タッチしてイッコカ」を頑なに拒み続けたが、ついにJR西日本に屈した。

 

 そのCMはここから。

 ICOCAイコカ CM JR西日本ICカード - YouTube

 最近。「親ガチャ」という言葉を覚えた。

 生まれる子供は親やその生育環境を選べないことを意味するようだ。

 なるほど、確かにそうだ。

 生まれる子供は親を選べない。

 

 小生の生育環境は悪いものではなかった。

 もうこの世を去った、愛情深い4人の祖父母。

 小生と意見が対立しない両親。

 大学院への進学まで許された経済的環境。

 今、いくつか列挙したが、良い境遇である。

 

 しかし、これが苦悩を産む。

 小生はこのような環境にいたにも関わらず、無能である。

 コミュニケーション能力の欠如、低水準の知能、物覚えの悪さ等。

 恵まれた環境で育てば、それなりの人物になるように思うが、現実は厳しい。

 小生はこれを「自分ガチャ」と呼ぶ。

 

 考察する対象を自己の外に向けるのが「親ガチャ」であるが、徹底して内に向けるのが「自分ガチャ」である。

 それなりの環境にいたにもかかわらず、人並みの能力を得ることができなかった。

 無能を打破すべく、最大限の努力を重ねるがなかなか実らない。

 いつまで続くのかわからない精神疾患。

 落ちまくる国家試験。

 

 考えていると憂鬱になってきた。

 「自分ガチャ」の追究は自己の破滅に繋がりそうだ。

 2021年が終わり、2022年を迎えました。

 皆様、新年あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 

 毎年、年初に誓いを立てますが、95%が途中棄権か失敗に終わります。

 軽々しく誓ってはならないのかもしれません。

 物事が続かない様子を「三日坊主」と表現しますが、小生は「一日坊主」です。

 

 元日にブログ更新を予定していましたが、本日3日になってしまいました。

 この二日間、小生は何をしていたのでしょうか。

 怠惰な生活を満喫していました。

 自分でも嫌になります。

 

 明日から、仕事始め。

 あと2日、休みたいなぁ。