銀河漂流劇場ビリーとエド 第6.5話『たぶん、宇宙で2番目くらいに阿呆な旅』・② | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第6.5話  ①、  ③、  ④(終)  

 

 “どこに行っても言葉が通じる”物語的ご都合への扱いは、作品によってまちまちである。

 そもそも何を話してるのか分からなければ、それこそ話にならないのだから「言わない約束」
として納得してもらうのは簡単だが、それを物語上でこじつける場合があるのは作品としての
作り込みだとか優劣の差によるものではなく、「どこに焦点を当てるか?」という取捨選択の
問題である。物語的ご都合には、作品のテイストを決定付ける何らかの意図や思惑が含まれて
いるものなのだ。

 宇宙共通語が使えない、未開惑星を訪れることになった今回の旅でビリーたちは、アルルの
超能力を頼ることにした。お互いの話す言葉が自分たちの母語に変換されて聞こえるという、
空と海の狭間にある異世界のようなテレパシー能力の発動条件はズバリ“相手を見る”こと。

 

 

「ハナクソ、タベンナ」

 フロントでのチェックインを済ませ、部屋に向かおうとしたビリーが、ひと足先に“スーツ
ケース”を運んでいったベルボーイの背中に顔を向けた瞬間のことだった。

「…?」

 穏やかな女性の声で、自分の耳に飛び込んで来た発言に驚いたビリーが受付嬢の方に視線を
戻すと、妙齢の女性が愛らしい笑みを浮かべ、カウンターテーブルの向こうに佇んでいるだけ
だった。

「よいご旅行を、お楽しみください」
「…あ、あぁどうも。これから楽しみですよね」

 ぎこちない作り笑顔で応えることしか出来なかった。事前の説明では「(アルルが)死ぬか
解除しない限り射程距離無限大で永続的に発動する」とのことだったが、どうやら目を逸らす
だけでも一時的にオフになってしまうようだ。この日は結局、ここまで来るのに苦労したのも
あってか3人ともヘトヘトに疲れ果てていたようで、部屋に着いた途端にバタンキューと眠り
込んでしまった。

 目が覚めたのは夜の9時過ぎ。小腹が空いてはいたがどこかへ食べに行くのも億劫な3人は、
道々買い込んでいたおやつとつまみを腹に入れ、備え付けの冷蔵庫に入っていた飲み物で流し
込み、シャワーを浴びたら明日に備えとっとと寝ることにした。

「ビリーさん、ビリーさん」

 その日の深夜。催して目が覚めてしまったビリーを、暗がりから呼び止める声がした。

「…スーツケースが何の用だ?トイレに行きたいンだがな」
「今は誰も見ていませんよ、すぐに済みます」
「…何の用だ?」
「親子連れの設定とはいえ、一緒の部屋で良かったんですか?ペイチャンネルとか」
「そういうときはどうするか知ってるか?」
「?どうするんです?」

「決まってるだろう。…歯ァ食いしばって寝るだけだ」

「…あほの坂田も随分とハードボイルドになったものですね」

 カッコ悪い男のやせ我慢をカッコつけて描くのが、ハードボイルドの特徴である。
 こうして、夜は更けていった。


二日目、朝。

 ぐっすり眠って元気を取り戻した3人は、朝食を食べに1階のレストランまで下りてきた。 
昨晩はロクに食べていなかったので、全員腹ペコだった。

「バイキングにして正解だったな、メニュー表を見なくて済む」
「もう取ってきていいんだよね?」
「色んなのを少しずつな、エド。俺は違うのを取るから、先に行ってくるといい」

 今回のアルルの能力は、相手を見ていなければ発動しないから電話は使えない。翻訳が作用
するのもあくまで“相手の話す言葉”に限定されているため、字を読むことも出来ない。今の
ビリーたちは最低限、自分たちの名前だけ書けるよう練習してきたに過ぎないのだ。

「サラダばっか取ってきたんだな、アルル」
「最初はこんなもんでしょ」
「少しずつにしないと、後でもっと食いたくなっても入らなくなるぞ、エド」
「だって美味しそうだったんだもん」

 何かの卵らしき“何か”を茹でたもの、野菜らしき“何か”の植物を炒めたもの、薄切り肉
らしき“何か”をカリカリになるまで焼いたもの。この星の食文化における、おそらく主食と
思われる“何か”の加工品を、おそらくオーブンのような調理器具で満遍無く熱を加えて焼き
上げたもの…字も読めない宇宙人には味も中身も全くの未知数だったが、宇宙進出を果たして
いないまでもそれなりに文明の発展した星であるため、調理にはそれなりに手がかかっている
ように見えた。

 

 

 ゴキブリの天ぷらを平然と喰らうような連中にそれをためらう理由は無かったが、それでも
未知の料理であることに変わりは無く、ちょっとした闇鍋気分で食べ始めた3人のテーブルに
人影が近付いてきた。

「ちょっと、いいかしら?」

 明るい色合いの服装をラフに着こなした出で立ちにピンと伸びた背筋がアクティブな印象を
受ける、いかにも「人生楽しんでます」といった感じの、元気そうな老婦人だった。

「?何か?」
「こちらの男の子の、置き忘れじゃないかしら?」

 老婦人が両手に持っていたグラスとエドワード船長をビリーが交互に指差すと、愛くるしい
男の子は大きく頷いた。

「…そうみたいですね、どうもわざわざすいません」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」

 老婦人はグラスを3人のテーブルに置くと、すぐ隣のテーブルに腰かけた。そしてまだ残っ
ていた食事を頬張りながら、ビリーたちに話しかけてきた。

「ご家族で来られたのかしら。お母さんは?」
「あぁ…仕事が忙しくって…ね。一緒に来れなくなっちゃったんですよ」
「そうなんですか。お父さん1人で子供2人を面倒見るなんて、大変ですよね?」
「いやいや、どっちも素直ないい子たちですよ」
「お子さんたちのお名前は?なんて言うのかしら?」
「お姉さんの方がアルルで、こっちのジュース置き忘れたのは、エドって言います」

「…外国から、いらしたんですか?言葉、お上手ですね」
「まぁ…練習してきましたから。ヒアリングだけなんですがね」

「そうだったんですね。それで、この後のご予定は?」
「とりあえず近くの自然公園に観光ツアーがあるって聞いたんで、申し込んでみようかと」
「オマン国立公園かしら?あそこは地元の人も、ハイキングによく来たりするんですよ」
「そう…なんですか」
「それじゃ私はこれで。良いご旅行を」

 食事を平らげた老婦人は席を立ち、3人に軽く手を振ってさよならをすると、レストランを
後にした。

「「「……………………」」」

「……オマン国立公園だってさ、ビリー」
「そうだな、エド」
「…オマン国立こうえんだってさ、アルルさん」
「そうね、エドくん」
「…おまん」
「ちゃんと漢字とカタカナも使って話そうな、エド」

 どうやら固有名詞は翻訳のしようが無いのか、そのまま聞こえてしまうようだ。昨日の受付
嬢の場合は相手の母語がそのまま聞こえただけだが、自分たちのそれと合わさるパターンまで
用意されていたようだ。

「ハナクソ~」

 少しでも目を離すと途端にコレだ。この先いったい、何度聞かされることになるのだろう?
3人(主にビリー)は、なんだか先が思いやられた。

〈続く〉

 

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