銀河漂流劇場ビリーとエド 第6.5話『たぶん、宇宙で2番目くらいに阿呆な旅』・③ | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第6.5話  ①、  ②、  ④(終)  

 

二日目、午前。

 地名が「オマン」で、そこに造られた国立公園だから“オマン国立公園”という、やましい
ことなど何も無い、きわめて真っ当な理屈と順序の下に名付けられたその場所は、元々が自然
保護区だったところに遊歩道を通して一般開放したもので、キャンプ場やハイキングコースは
もちろん、野外ステージといったレクリエーション施設なんかも整備されている一方で、地元
住民以外は入場料を支払う必要があったり、ガイドの同伴無しでの立ち入りが禁止された制限
区域があったり、あるいは利用規約や注意勧告を無視して悪天候の中でもBBQをおっ始める
ような迷惑で悪質極まりないDQNを警察と連携して排除するための段取りがついていたりと、
観光資源としての継続利用は、自然保護への動機を強化する形で結び付いていった。

 

 

 人間にとっての利便性や快適さを追求しつつ、自然環境への配慮を両立させた制度設計と、
それを支える利用者の高い民度(モラル)…“わかってない(わからない)”連中への毅然と
した対応が実現した心地良い空間を、ポニーテールなツアーガイドのお姉さんの丁寧な案内に
導かれ、ビリーたちはその空気感と共に大いに満喫することが出来た。

「…にしてもあんなに“キチガイ”連呼するとは思わなかったな」
『それは仕方無いでしょう。コチラの言葉では草花や植物全般を意味する単語が“キチ”で、
複数形は後ろに“ガイ”をくっつけるんですからね』

 ビリーたちが申し込んだ観光ツアーの中身は、自然公園が舞台であるから当然のように地理
案内や動植物の生態に関する説明が中心だった。
 ガイドのお姉さんのピョコピョコ揺れる魅力的なポニーテールをガン見しているうちはまだ
いいが、「あちらをご覧ください」と、お姉さんから目を逸らす度に切り替わるワケの分から
ない発音の中には“あの単語”が何度も紛れ込み、しかも何を言ってるのかワケが分からない
からこそ余計に耳がそれを拾ってしまうという、なんとも頭の痛い状況に加え、音声ボタンを
連打しながら洋画を観るようにガチャガチャとせわしなく言語設定が切り替わるものだから、
話の内容は半分ずつでしか理解出来なかった。

『向こうは勉強熱心ぐらいに捉えてくれたようですが、親切な人で助かりましたね、ホントに』
「勉強熱心でなけりゃあ同じコト何べんも聞いてくる正真正銘のキチガイ野郎だったろうな。
それにしてもだ、ロボ」
『何です?』
「お前はそれで楽しいのか?」

二日目、午後。

 現在、ビリーは後ろ前に被ったキャップの上からサングラスを額(ひたい)にかけ、ロボを
手のひらサイズに縮小したようなキーホルダーを右ポケットからぶら下げている。パッと見は
少々浮かれ気味の…というかチョイ悪(ワル)にかぶれ始めたオッサンのようなルックスだが、
伊達や酔狂でそんな恰好をしているわけではない。
 サングラスにはカメラと通信機を仕込み、そしてキーホルダーは送受信用レシーバーであり、
ホテルで待機中の“スーツケース”と情報を共有するために必要な装備なのだ。

『誰も字が読めないから私がこうやってサポートしようってことになったんじゃないですか、
私が楽しいかどうかはこの際重要な問題ではないでしょう』
「お前がそれで満足なら別にいいんだけどな」
『折角のお心遣いを無下にするようで申し訳ありませんがね、ビリーさん』
「…なんだよ」
『私は自分が考えた通りにやれればそれでいいんですよ。たとえどんな結果になろうともね』
「…お前も大概ハードボイルドだな」

 オマン国立公園の観光ツアーを昼前に終えたビリーたちは、その足で街へと繰り出していた。
事前に調べていたショッピングモールには、ご当地土産を取り揃えたアンテナショップだけで
なく、地元食材を使った地産地消コンセプトの食堂なんかもあったりして、いかにも観光客の
需要と地元振興への意図が丸出しで、「ここに来ればとりあえず間違いありませんよ」とでも
言わんばかりなのが、ディープでニッチな部分を求めるようなマニアには教科書通り過ぎて物
足りなくとも、初心者にとっては入門用として有り難かったりするのだ。

「つーか旅の中身ぐらいは普通に済ませたいんだけどな」

 ショッピングモールの食堂で昼食を済ませ、他の場所へ行かないことを条件に自由行動とし、
3人はモール内を各自散策することにした。ひと通り見終わって、買いたい物も特に無かった
ビリーは集合場所に決めておいた中央ホール脇のベンチに腰掛けて、2人を待つことにした。
 しばらくは人混みをボンヤリと眺めていたが、目つきの悪い男がガン飛ばしているのもどう
かと思い、今度はベンチに寄りかかって顔を上げた。注意してもしなくても、どこを向いても
行き交う人々の話し声が耳に入ってくるのは変わらないが、今のビリーには、それが向こうの
言葉で聞こえていた。

「ハナクソ~」
「&%%#プリケッツ”!?>)マジキチ<’&…」
「チンカスアナッポコシャブリヤガレ…!」

 空耳というヤツは、一度“そう”聞こえてしまうと直すのが難しい。しかも他が何を言って
いるのか分からないおかげで耳が余計に“その部分”を拾ってしまう。しかし彼(彼女)らは
差別発言や放送禁止用語を口走っているわけではなく、自分たちの言葉で日常会話をフツーに
こなしているだけに過ぎない。なんとも始末の悪い話である。

『とかなんとかやってる間にお2人が戻ってこられたようですよ』

 ロボの指摘を受け、体を起こしたビリーが辺りを見回すと、間もなく人ごみの中にいつもの
見慣れた顔を見つけることが出来た。両の腕に手提げの紙袋を通し、さらに段ボールの大きな
箱を抱えながらヨタヨタ歩く愛くるしい男の子と、その様子を心配そうに見守る見た目10歳
くらいの女の子は、距離が離れていたのもあってか、まだこちらに気付いていないようだった。

「エド!アルル!」

 ビリーは大きく声を張った。それに気付いた2人と、おそらく大声に反応しただけのその他
数名が、声の聞こえてきた方を振り向いた。ビリーがさらにベンチから立ち上がり手を振ると、
2人は歩みを早めて近付いてきた。

「ずいぶんと買い込んできたんだな船長。…俺も一緒についてった方がよかったか?」
「そんなに重くないから大丈夫だよ」

 視界を塞いでいた段ボール箱を片手でヒョイと取り上げ、その向こうから現れたエドワード
船長の頭を撫でてやる。愛くるしい男の子は、満面の笑顔でビリーの手の平に頭を擦り付けた。

「まぁ確かに大きさの割に軽いな、スナック菓子か?」
「うん。他にもレトルト食品とかいっぱい買ってきたけど、試食コーナーで食べて一番おいし
かったのがコレかな」

 エドワード船長が紙袋の中から取り出したレトルトのパッケージには、原形を留めないほど
グズグズに煮崩れた“何か”が、口の広い小さな深皿に盛られていた。

「パッケージの写真は…栃木のしもつかれになんか似てるな」
『地元民でも極端に好き嫌いが分かれることで有名なアレですな』

「煮込み料理で、ネゲロって言うんだって」

「…その名前で煮込み料理なのね」
「刺身でもどうかと思うがな。アルルは何を買ってきたんだ?」
「あたしは服とかいろいろ。子供用だからそんなにシャレたのは無かったけどね」
「アニメとか漫画のキャラがプリントされたヤツとかそういうのか?シャネルの子供服みたい

なのは無かったんだな。…あんまそういうの聞かないか」
「あってもブランドとかわかんないでしょ、宇宙人なんだから。それでこういうの買ったの」
「上下のセット売りか。これは民族衣装…か?柄とかがいかにもそれっぽいよな」
『そうですね。より合わせるのに失敗したみたいに所々太くなった糸で織ったようなすき間の
多い生地だとか、図形と線の繰り返しで模様を描いてるところなんかも「昔ながらのやり方で
作ってます」感が前面に出てますね。さすがに縫製は機械でやってるみたいですが』

「男の子用がニギで、女の子用がリッペ、だってさ」

「…ニギとリッペね」
『ふたつ合わせて?』
「言わねーよ。つーかお前らそんなんばっか探してたのか?」
「そういうビリーはどうなのよ」
「なんでネタを期待される流れになってんだよ、そうそう見つかるわけないだろ?…目ぼしい
モンも特に何も無かったから俺の方は収穫ナシだよ、ホテルに帰るぞ」

 明らかに不満そうな膨れっツラの2人を無視するようにビリーは踵を返し、足早にその場を
後にしてモールの出口へと向かった。エドワード船長とアルルの2人は、その後ろを少し距離を
空けてついていった。

『ビリーさん』
「…なんだ」
『ビリーさんの方は、本屋とか日用雑貨を中心に回ってたじゃないですか。色々あったのに、
何も買わなくてよかったんですか?』
「『シモネ大公戦記』シリーズか?それともカレンダーに書いてあったケン・ベン記念日か?
読めもしねーのにその場の勢いで爆買いしたって本棚の肥やしになるだけだろ。それに…」
『…それに?』
「ネタが弱いだろうが」
『そこを気にしてたんですか』

〈続く〉

 

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↓(旅先にて)その場の勢いで買って本棚の肥やしと化したもの(中身の評価は別問題)