銀河漂流劇場ビリーとエド 第6.5話『たぶん、宇宙で2番目くらいに阿呆な旅』・④(終) | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第6.5話  ①、  ②、  ③、  

 

三日目。

 宇宙船・シルバーアロー号御一行様の未開惑星観光ツアーも、今日が最終日。政治家先生の
裏金口座から旅費代わりにせしめたカネの残りは慈善事業や社会弱者への支援団体に寄付する
ことで、時の国家元首が「問題なし」とした使途不明金にキッチリ税務調査が入るようにして
完璧に事後処理を済ませ、あとはもう帰るだけ…だったのだが、ほんの少しだけ余裕が出来た。

 それというのも、行きがあまりに過酷だったために「帰りも徒歩は絶対にイヤだ」と全員の
意見が一致。かといって辺鄙な山奥にレンタカーを乗り捨てるわけにもいかない以上、ここは
タクシーを使うしかないだろうということで、ホテルのフロントを通じて貸し切りを1台手配
してもらうことにしたのだ。

Aさんの体験談

 その日は「一日貸し切りたい」っていう、家族連れのお客さんを乗せたんです。
 10歳と7歳ぐらいの姉弟(きょうだい)と、父親の3人家族で、
 お母さんは「急な用事で来れなくなった」って言ってました。

 「今日が最後だから、帰りの時間ギリギリまで色々見て回りたい」ってことで、
 最初に水族館。それから美術館にも行って、最後にほんの少しだけ、
 動物園にも寄ってったんです。かなりの強行軍でしたね。

 それから陽が沈む前に早めの夕食をとって、これでもう思い残すことは無いな、
 そろそろ帰るぞって、なったんですね。

 でもそこからがおかしかったんです。

 てっきり空港に行くのでなければ、近くの駅で降ろせばいいのかな、
 なんて考えていたんですが、空港はもちろん、駅を通り過ぎても知らん顔で、
 父親は「このまま真っすぐ行ってくれ」なんて言うんですが、行けば行くほど街灯は
 少なくなるわ、道はどんどん悪くなっていくわで段々不安になってきました。

 「一体どこへ帰るつもりなんだろう?」って。


(民明書房刊『怪談は、銀河を越えて』“タクシー業界編”の項より一部抜粋)

 

「しかしまぁ…アレですよね。私も色々あったから分かるんですが、今が人生のどん底の底だ、
なんて思っていても…それでも生きていれば、意外となんとかなったりするものなんですよね」

「……………………」

 タクシーの運転手は車を走らせながら、黒ぶち眼鏡の大きな眼をしきりに動かして、バック
ミラー越しにビリーたちの様子を伺っていた。どうやら未成年略取でなく、一家心中だと思わ
れているようだ。

 ビリーは、大きくため息を吐くと同時に思い出していた。そもそも“何故”、行きの時点で
タクシーを使わなかったのかということを。行きが過酷だったために、そのことが頭の中から
完全に抜け落ちてしまっていたのだ。

「あの…俺たちはそういうのじゃないんで、とにかく行けるとこまで行ってくれませんかね」
「この辺に、住んでるとかですか?でもそろそろ道がなくなってきて、これ以上はさすがに…」
「…そういえば暗くてよく分からんが、それくらい走ったのかな。ロボ、どうだ?」
「あとは歩いて1時間以内ですかね、ここまで来れれば上出来でしょう」
「あの、他に誰かいるんですか?」
「…あんたが気にすることじゃない。ここで降ろしてもらっていいかな」

 相変わらず怪しまれてはいるが、一応客なので、とりあえず言うことは聞いてくれるようだ。
ビリーは、両隣で眠りこけてしまった2人を揺すって起こし、停車した車内から外に出るよう
促した。トランクから“スーツケース”と、その他の荷物を引っ張り出した3人が辺りを見回
せば、車内灯の僅かな明かりとビームランプに照らされた、車の中と数メートル先の地面以外
には何も見えない真っ暗闇に、木々の間を通り抜ける風のさざめきだけが静かに流れていた。

 運転席の窓をノックして開けさせると、ビリーはダッシュボードの上に札束を置いた。ここ
まででそれなりに不審の目を向けていた運転手だったが、突然目の前に置かれた法外な金額に
驚くと同時に、いよいよ湧き上がってくる不安と恐怖の感情が、薄暗い車内灯でもハッキリと
分かるぐらい顔に出ていた。

「あの、こんなにいらないっていうか…もう先払いでもらってるので」
「迷惑料だと思ってくれりゃあいい。急に残高が増えると怪しまれるからタンス預金でな」
「いやあの…迷惑って、どういうことですか?このお金は、なんなんですか?」
「仕事でこんなトコまで付き合わされたのを迷惑だと思わないのは立派だが、これ以上誰かに
見られるわけにもいかないんでな、もう少しだけ面倒かけることになるんだよ。エド」
「まかせて」

 ビリーの脇から現れた愛くるしい男の子が、右手人差し指を運転手の額に軽く押し当てると、
黒ぶち眼鏡の壮年の男はガクリと崩れ落ちた。生命摂理を支配する、不死身究極生物の能力を
もってすれば、指先ひとつで相手をダウンさせるのは容易いことだった。

「ちょっとした世紀末救世主だな」
「どちらかというと“バルカンつかみ”ですよ。いくら船長でも人間をあんなバイオレンスに
吹っ飛ばすなんて出来るわけないんですからね、漫画じゃあるまいし」
「あんな人間爆弾にするのは僕には無理だよ」
「不死身究極生物もそこまで何でもありじゃないってか?」

「うん。でも全身の穴から体液が一気に噴き出るようにはできるよ」
「…それだけ出来りゃ十分だよ」

 バイオレンスは無理でもゴア表現ならお手のもの、ということらしい。とにかくエドワード
船長の手で“朝まで”安らかな眠りについた親切なタクシー運転手を、札束の間に挟んだ書き
置きと共にその場に残した。あとはもう、母船との合流地点まで歩くだけだ。ここまでずっと
スーツケースに扮してきたポンコツロボットがおもむろに立ち上がり、懐中電灯を埋め込んだ
ような両眼を懐中電灯のように光らせて、仲間たちを先導した。

「ハイ!というわけで1時間ひたすら歩いて辿り着いた場所がこちらになります」
「なんの料理番組だよ」

 辺鄙な山奥の森の中、行きとまったく同じ場所、見るべきものとて何も無く、何も見えない
闇の中。歩き疲れた子供を背負い、荷物と一緒に担いで歩いて1時間。子供はスッカリ夢の中、
迎えが来るまであと少し、ポンコツロボとの雑談が、2泊3日の旅のシメ。

「なんだか妙なポエムが割り込んできてますが、あとはもう母船に拾ってもらうのを待つだけ
ですね。お疲れ様でした」
「お疲れさん。今回はなんともアホな旅になっちまったな」
「色々と変な風に聞こえたアレですか?そういうことはお互い様だったりするものですよ」

「?どういうことだ?」

「二日目のショッピングモールで船長とアルルさんを呼び止めたときに、他のお客さんも反応
してたじゃないですか。後で調べて分かったことですが、あれは単に大声に反応したわけじゃ
なかったんですよ」
「…アイツらの名前が放送禁止用語にでも聞こえたってのか?」

「放送禁止かどうか知りませんが、こちらの言葉で“アルル”は『水虫』を意味するそうです」

「…女の子につけていい名前じゃあねーわな」
「あだ名にしたって『アパッチ野球軍』でも使わんでしょう」
「エドはどうだ?」

「水戸のご老公様です」

「…“こうもん”ね」
「ちなみにですが、こちらの言葉で“クン”は『舐める』という意味があるそうです。アルル
さんは船長のことをなんて呼んでましたっけ?」
「…ノーコメント。それで俺の名前は?どんな下ネタになってんだ?」

「何もありません」

「無いのかよ」
「色々と調べてみたんですが、上も下も特にコレといったものは何も。ビリー・クライテンは
普通にビリー・クライテンでした」
「喜んでいいのかどうかリアクションに困るトコだな。ロボは何て言うんだ?」

「巨根でした」

「…………………」
「分かりやすく噛み砕いて」
「言うな」

「…分かりやすく」
「言うな」

「……デカい」
「言うな」


「……………………」
「…………………………」

 互いに目を合わせることも出来ない真っ暗闇の中、2人のイマジネーションは既に、口笛が
似合う荒野の決闘の真っ只中にいた。

「………………………」
「………………………………」

 言葉の弾が相手を撃ち抜くのはどちらが早いか?クリント・イーストウッドに相応しいのは
どちらであるか?これは人間とロボットの意地とプライド、そしてクリント・イーストウッド
を懸けた互いの矜持がぶつかり合う、漢(バカ)と漢(バカ)の真剣勝負なのだ。

「…………………………!」
「………………………………………………!!」
「…デカチ」
「言うな!!」

 決闘を制したのはビリーだった。
 間もなく頭上から青白い光が降り注ぎ、ビリーたちは暗闇の舞台から引き戻された。

「…まったく。友達甲斐の無いヒトだ」
「恋人同士じゃねーのは確かだな、帰るぞ」

 青白い光は4人を包み込むようにますます強まり、やがて彼らの姿を完全に覆いつくした。
しばらくして発光が収まると、ビリーたち4人の姿は、荷物と共に完全に掻き消えていた。

 今回のオチ、「こーゆーことはお互い様」。

〈終わり〉

 

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