スマホを見ただけなのに一人「えっ‼」と大声を上げて街の人ごみを少々ざわつかせた事があなたにはあるだろうか?それは11月6日の午後4時半、CNNの選挙速報を見てのこと。
そのとき私はトランプが2024年の大統領選で、勝利ラインとなる選挙人270まで残りわずか5~6人に迫っていることを知った。
そんなバカな、一体どうなってるんだ。CNNウェブでは、そんな私の疑問に答えるように7つの激戦州すべてでトランプが優勢に立つ図表が次々とポップアップされていった。
私は死刑宣告を受ける前の被告人のような気分になった。
死刑はほぼ確定。あとはいつ決まるかだ。それはとても長い時間だった。おそらく世界中の多くの人も、ほぼトラから確トラまでの5時間ほどの間に、現実から逃げ出したくなるような気分になっただろう。
私は選挙前にここで、カマラ・ハリスが圧勝すると堂々と書いた。独り言のようなブログ記事には、こういう時に恥をかかず、からかいリプももらわなくて済むという大きな利点がある。
一体、何が起こったのか…。数日がたち、私の予測を大きく狂わせた要因が見えてきた。
1:大統領選の争点から民主主義を排除したトランプの脅迫戦術
私は前回の大統領選レビューでアメリカの有権者の最大イシューは民主主義の保護であるとして、最後にはカマラ・ハリスが選ばれると予測した。
しかし実際はプーチンや習近平とほぼ同類の独裁者が選ばれることになった。日本のTV解説者や専門家の多くは、今回の大統領選では物価高が有権者の一番の関心ごとになったと口にした。私もその点は認める。
しかしアメリカの有権者の多くが理想を捨ててまで、生活の改善を望んだとは思わない。彼らがトランプ時代において民主主義の保護を第一に求めていることは、2年前の中間選挙における民主党の想定外の勝利で大きく示された。
ではなぜ今回、民主党は横暴な独裁者を前に完敗したのか。
それは民主主義の保護という理想が最初から失われた選挙だったからだ。つまりハリスとトランプ、どちらが勝っても民主主義は危機的な状況に陥るということだ。
2021年の1月6日、議会襲撃事件以来、トランプ信者はどんどん過激化した。トランプ自身は2024年の大統領選で負けた場合に敗北を認めるかどうかについて明確な答えを避けた。そうすることで信者に対して臨戦態勢を取らせ、他の有権者には自身に入れるように脅迫したのだ。
ハリスが勝てば内戦、トランプが勝てば独裁体制の強化。どちらにしても民主主義は地に落ちる。むしろ短期的には、トランプを勝たせておけば信者たちはハッピーで、とりあえず内戦のリスクは消える。特に無党派層にはそう思ってトランプに投票した人は少なくないだろう。
アメリカのような民主主義大国でも暴力で政治を覆そうとする動きが本格化すると、民主主義自体が選挙の争点から消し去られてしまう。私にはこの点が見えていなかった。
2:バイデン政権『倫理資本主義』の敗北
ハリスとトランプのどちらが勝っても国内が危機的な状況になるため、民主主義の保護が選挙の争点から外れた。そこで本来は2番目だった物価高が有権者の最大の関心ごととして繰り上がったのだ。
アメリカではこの4年間でも格差や貧困が解消されなかったため、トランプが有利な選挙土壌ができあがった。ただしその原因はバイデンの失政だけではせなく、トランプ指揮下の共和党の妨害によるものでもある。
バイデン最大の過ちはオバマと同じく
格差解消を主軸にした抜本的な経済改革を怠った事にある。
しかも2人とも大胆な改革案が通しやすい異常事態での
政権発足だったにも関わらず、できなかったのだ。
バイデンはパンデミックの最中、中間層の復活と公平な経済成長を掲げて政権をスタートさせた。貧困層にも目を配り、『アメリカ救済政策』の下で1人1万ドルと言われる史上最大の給付金を支給し、失業手当の拡充を実現させた。
しかしそれらは一時的な救済策であり、BI(ベーシックインカム)のような格差解消への制度設計には至っていない。
バイデンはマクロ経済を重視し、1兆ドル規模の『インフラ投資法案』などによりGDPや雇用を回復させた。つまり根本的には、公平さよりも成長を大きく優先した経済政策だった。
一方で、共和党もその動きに同調する。バイデン政権が出した大企業や富裕層への大型増税や低所得者への支援をふくむ『ビルト・バック・ベター』法案は、民主党議員の造反もあり共和党議員による反対で否決された。この経緯について詳しくは、CNNウェブ
続くウクライナ戦争で物価高に襲われ、さらにバイデン政権はウクライナ支持を貫くことで物価高をより悪化させる。インフレ抑制法で最小限に抑えたが、貧困や格差が拡大。バイデンは選挙戦から降りたが、副大統領のハリスが引き継ぐことで、政権の負の遺産は受け継がれた。
こうしてトランプが経済政策を大きな強みにできる選挙土壌が作られたのだ。
バイデン政権の経済失政は、近年、哲学者のマルクス・ガブリエルが提唱する『倫理資本主義』の敗北をも明示する。
成長神話にとりつかれた資本主義と国家の元では
いくら倫理を働かせても不公平は解消されないのだ。
CNNはトランプが選ばれたのではなく、国民が民主党の経済政策にNOを突きつけた大統領選だったと分析している。まさにその通りだ。
3:トランプが呼び起こすビッグブラザーの悪夢
トランプの栄華をもたらした最たる原因は、格差と貧困に対して最重要政策として取り組まなかったオバマとバイデンの大失政にある。
2人は合わせて12年間もアメリカの大統領職を任され
両方とも大恐慌とパンデミックという
経済を大きく変えられる千載一遇のチャンス
に政権を発足させた。
それでも格差と貧困を長期的に生み出さない
経済の構造改革ができなかったのだ。
これがトランプの栄華の土壌となった。
オバマにはその意思さえなく、バイデンは取り組もうとしたがマクロ経済の復興を優先したため十分にはできなかった。2人とも経済の成長神話にとりつかれた古いタイプの政治家だったというワケだ。
2024年の大統領選での民主党の完敗はハリスのせいではない。ガラスの天井も予備選を勝ち抜いてないことも準備期間が短かったことも関係ない。オバマとバイデンの12年の貧困置き去り失敗にほとんどの原因があるのだ。
選挙後、そのオバマはXに以下のような声明文を投稿した。全文はこちら
民主主義の世界では、自分の考えがいつも通るわけではないという認識の下、平和的な権力移譲を認めなくてはならない。
合衆国憲法の原則や民主主義の規範が守られる限り、(トランプ政権下でも)さまざまな問題は解決するだろう。深く対立する人にも誠実さと品位を持って接しよう。
オバマは自身も認めるようハワイアンならではの楽観主義を備えている。
声明文で示された、彼の寛容な道徳観は、最低限の敬意を他者に与えられる人に対してのみ当てはまる。トランプとその信者とその権力に群がる者たちは、欲望に突き動かされ自分の価値観を人に押し付けることに執着する。
そこには敬意も共感もなく、ただ力による支配があるだけだ。
戦争が必要悪になるのは、いつも世の権力構造の中心にこういう狂人がいるためだ。
トランプ政権下ではますます貧困と格差が広がるだろう。
大胆な規制緩和により中小企業や低所得者が搾取されやすくなる一方、富裕層や大企業は大型減税の恩恵を受ける。2016年のトランプ第一次政権時のこうした経済政策は、イーロン・マスクの元でより強力に進められるはずだ。
それでも多くのトランプ信者たちは自分たちの首を絞める大統領を選んだことに気づかない。何らかのフェイクニュースや陰謀論を信じて、自らの不遇をまたリベラル政治家のせいにするだろう。
トランプは司法に介入して合衆国憲法を無力化し
自身の暴走の歯止めをなくすことにも力を注ぐだろう。
大統領になったことで彼は自身にかけられた数々の起訴を取り下げさせることに成功した。次に1月6日の連邦議会への襲撃犯たちに恩赦を与え釈放させるだろう。
司法への越権行為はこうした大統領特権に留まらない。大統領選の結果を覆そうとしたときや自身への検察の捜査を妨害しようとしたときのように司法省や行政府に圧力をかけるだろう。そうやって民主主義の根幹を壊し、権威主義にどんどん近づいた末に、何が待っているのか。
最悪のケースでは、今、日本で公開されている映画
『シビル・ウォー』のような内戦が起こるだろう。
カルト宗教化したトランプの共和党はずっと継承されてゆくことが考えられる。それは民主主義の元で克服できるものではない。もはや力で叩くしかないというのが現実だ。その民主的革命が失敗すれば、小説『1984』のビッグブラザー国家のような悪夢が待っているだろう。
4:資本=ネーション=国家という悪夢のサイクルを閉ざす脱成長
哲学者・柄谷行人は『資本_ネーション_国家』という堂々巡りの世界観を提唱する。
資本主義の暴走で格差が拡大し、人々の国家への怒りが頂点に達した時、独裁者がナショナリズムを掲げる。分断が戦争を呼び、国家が復活。そして戦後復興のためにまた資本主義が立ち上がるのだ。歴史はまた、この回路の終局を迎えようとしているのだろうか。
私はこうなった最大の転換点を
2009年にオバマ政権が行った
金融業界への大規模な救済策に見る。
パンデミック時のバイデンと同じくオバマも大恐慌という国家的な異常事態の際に政権を発足させたにも関わらず、抜本的な経済改革を怠ったのだ。引いてはこれが格差拡大を招き、トランプというバケモノを生み出す最も大きな要因になった。
回想録『約束の地』の中、オバマは金融業界への大規模救済について正しかったかどうかは分からないと自戒をこめて書いている。有能な経済評論家が、金融資本主義のシステムを抜本的に変革する千載一隅のチャンスだったと指摘したことについて、彼も半ばそれを認めている。
当時は大恐慌であるばかりか、民主党は大胆な政策が通しやすい大統領・上下両院の3つを抑えたトリプルブルーの絶頂期だった。
回想録でオバマは、大胆な改革をすればリーマンショック後にアメリカにあふれた困窮者たちをさらに苦しめることになると書いている。金融業界を救済しなければ、多くのアメリカ国民が1930年代のような惨状に陥るのだ。
オバマはそうした弁解の元、自らが改革者ではなく保守だと認めている。彼は短期的なスパンではアメリカ国民を窮地から救った。
しかし長い目で見れば格差拡大をもたらす資本主義を復活させ、5年、10年後に困窮者を先送りして貧困を長期化させたのだ。
『約束の地』は紙の本でもKindleでも千ページを超える大著だが、格差是正については27章の中で1つもメインテーマにはなっていなく、まとまった考えも書かれていない。オバマもまた、経済成長神話を信じる、保守の1人だったのだ。
私は経済の『脱成長』を支持する1人で、それが根本的には政治による制度改革でしか果たせないものだと考えている。しかしアメリカと世界は、大恐慌、パンデミックという改革のための千載一隅のチャンスをつぶしてしまった。
次なるチャンスは戦争になるのだろうか。その先にまた資本が復活するのかどうかはまだ誰にも分からない。■