ジョコビッチ王国の決定的な終焉~2023年ウィンブルドン男子決勝 | ユマケン's take

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Period Piece

 

 アルカラスがジョコビッチを倒した2023年ウィンブルドン男子決勝はこの一言に尽きる。1つの大きな時代にピリオドが打たれた歴史の一幕だった。

 それはアルカラスが、フェデラー・ジョコビッチ・ナダル・マレーのBig4以外の選手として、21年ぶりにウィンブルドンを制したことにも表れている。

 1つの時代が完全に終わったのだろうか。いや、BIG4最後の灯であるジョコビッチはまだ今後もグランドスラムを勝てるポテンシャルを持っている。

 

 ただ、この一戦は明らかに偉大な王者の最盛期、その王国の終わりを決定づけた一戦だった。歴史的なウィンブルドンファイナルを振り返ろう。

 

 



1:フェデラー2大記録の大いなる重圧



 

セットカウントはアルカラス―ジョコビッチの「3-2」。
{1-6, 7-6 (8-6), 6-1, 3-6, 6-4}

4時間42分の大熱戦だった。

 

  ファイナル前の1番の勝負ポイント、決勝までのプレイタイムはアルカラス:15時間38分、ジョコビッチ:15時間29分とほぼ同じで、体力面ではイーブンだった。

 僕が見るに、この一戦はアルカラスの強さが勝敗を決したのではない。これは根本的にジョコビッチが自分自身に負けた試合、つまりアルカラスが倒したのは最盛期のジョコではなかったのだ。

 

 

ジョコビッチの根本的な敗因は2つある。

1つはウィンブルドン5連覇・8勝目という

フェデラーの2大記録に並ぶ

重圧に負けたこと。

もう1つは加齢による体力の衰えだ。

 

 

 試合後、ジョコビッチが語ったよう、具体的な敗因は第2セットのタイブレークの2連続の凡ミスだった。

 

 (6-5)になり、あと1ポイントでジョコビッチが第2セットを取る状況で、彼は2つ続けて凡ミスし(6-8)で逆にセットを奪われた。

 ここはほぼ間違いなく、フェデラーの重圧によるものだろう。第2セットを奪えばジョコビッチは2セット連取で勝利に大きく近づく。偉大な記録を前にすればグランドスラムの最多優勝者でも足がすくむのだ。

 

 実際2年前、ジョコビッチは年間グランドスラムという歴史的な偉業がかかった全米OPの決勝でも信じられない凡ミスをして自滅した。

 またこのタイブレークでは、ジョコビッチがタイムバイオレーション、サーブ時の遅延警告を取られたことも響いたはずだ。

 

 戦略家の王者はサーブ前に人一倍、頭の中で次のプレーを組み立てる。その貴重な時間を奪われることで、偉業への重圧がさらに高まった可能性がある。

 




2:計13回のデュースが奪った王者の体力


 フェデラーの重圧の後は、加齢による体力不足から要所でジョコビッチはミスを犯した。

 

 ファイナルセットとなる第5セット目、1-0でジョコビッチはブレークポイントを握る。そこで、いつものように長期ラリーを続け、最後はネットに出てドライブボレーで仕留めようとした。

 だが、そこでネットに引っかける信じられない痛恨ミスを犯した。ここは偉業への重圧ではなく、それまでの疲労の蓄積からくる凡ミスだったことが考えられる。

 ポイントは第3セット、13回のデュースの果てにアルカラスにキープされたゲームにある。

 

 1ゲームで28分も続いたこの大激戦を落としたことで、ジョコビッチは体力的に大きなダメージを負った。

 

 こういった疲労の蓄積が、第5セットのブレークポイントでの彼の大きなミスにつながったと言える。結局アルカラスはサーブをキープし、その後ブレークしてウィンブルドンの頂点に駆け上がった。




3:まだ未知数のアルカラス



 

 ジョコビッチは試合後、アルカラスが自分とナダルとフェデラーの3人を足したクローンのような選手だと言って大いに称えた。ジョコの両手打ちのバックハンドとスライディング技術、ナダルの闘争心とディフェンス力を持っていると言う。

 ただフェデラーとの共通点については何も語っていないのでも分かるよう(^^♪、これは若者を激励するリップサービスに違いない。

 

 

繰り返すが、アルカラスは

最盛期のジョコビッチを倒したワケではない。

彼はグランドスラム決勝で

5時間戦えるほどの体力がなくなった

晩年のレジェンドを打ち負かしたのである。

 

 

 2008年、ウィンブルドン決勝ではナダルがフェデラーを破った。フェデラーにはウィンブルドン6連覇の大偉業の重圧がかかっていたとはいえ、ナダルは最盛期の王者を倒したのだ。

 

 最盛期同士の偉大な選手が戦った時、歴史的な名勝負は生まれる。2023年ウィンブルドン男子決勝は、それに当たらないものだった。

 

  もちろんスペインの新星にも強みはある。王者に気後れしない闘争心と共に、ドロップショットとロブショットの巧さが光る。

 

 特にラリーの中で見せた何本もの適格なドロップは、ベテラン王者のスタミナを容赦なく奪っていった。

 アルカラスにはズベレフ・メドベージェフ・チチパスといったラインよりは上に行けるファンダメンタルな能力が備わっている。ジョコビッチもアルカラスはベースがしっかりしているので、どのグランドスラムでも結果を出せる力があると認めている。

 しかし今のところでは、アルカラスがジョコ・フェデラー・ナダルに並ぶような歴史的なプレイヤーになれるかどうかは分からない。

 

 彼はたまたまBIG4の時代の終わりに、若くしてテニスコートで立ち会えたラッキーな選手だった。時がたてば、そうなってしまう可能性も少なからずあるだろう。





4:ジョコビッチはまだ眠らない





 ジョコビッチはこのまま消えてゆくのだろうか。彼の驚異的な体力やまだ36歳という年齢を考えれば、それはほぼありえない。

 

ただ、年間グランドスラムを狙えるような

快進撃は完全に終わったと言える。

それは新たなスター誕生によるものではなく、

第一に加齢による自身の衰えがもたらしたものだ。

 

 

 僕は、ジョコビッチが少なくとも後2つはグランドスラムのタイトルを獲ると思っている。来年のパリ五輪で金メダルを獲ることだって夢ではない。

 冒頭に2023年ウィンブルドン男子決勝戦は「Period Piece」、時代を変える一戦だと書いた。それはアルカラスがBIG4のように次の時代を作るという意味ではない。

 

 

それはジョコビッチがもうこれ以上、

テニス史に刻まれる名勝負を

見せられなくなるだろうという意味だ。

 

 

 2012全豪でのナダルとの決勝、2019ウィンブルドンでのフェデラーとの決勝、2021全仏でのチチパスとの決勝。このような名勝負は、もう2度と見れないということだ。

 2023年ウィンブルドン男子決勝は、歴史を変える一戦になったが、歴史的な名勝負ではなかった。

 

 それは本質的にこの15年、世界のテニスを牽引し続けたジョコビッチの王国が黄昏どきを迎えた哀しい一戦だった。

 僕もここで約15年、勝手気ままにテニスの名試合のレビューを書き続けてきた。だが最も敬愛するジョコビッチが最盛期を終えた今、僕も書き終えるときを迎えたのかもしれない。

 ただローソクの最後の灯のごとくジョコがまた名勝負を見せたり、彼のように想像力と知性と野生の本能を刺激する新星が現れればまた、何かここで書くだろう。

 

 僕のこれまでのテニス・エッセイを一度でも読んでくださった皆様、とりあえずはそのときまでさようなら。■