2025年の、愛おしいプロセス
なんと11ヶ月ぶりのブログでありおそらく今年最後の投稿この1年、ブログもインスタも更新していなかった!手帳に毎日の記録を書くこと、心のゆらぎやなどなどをノートに書くこと、これはやっていたのだけど、自分だけが見られる場所で出てくる言葉だけを書きたいという気持ちだったので、誰かの目線が入る場所で文章を綴ることに心が向かない1年だったなぁ。先日、この1年のノートをざーっと見返す機会があったのだけど、すごーーく心が癒される感覚になった。自分のこと家族のことそのほかのこといろーーーーんなことがあったなぁいろーーーーんなゆらぎや喜びがあったなぁ1年前の12月に、「子どもの育ちに関わることがもっとしたーい」「現場に出たーい」と書いてあってこの1年の間に、職場が学校現場になり、保育士試験にトライし、子育て支援員の講座が終了し、近所のフリースクールでボランティアを始めた。いろんな出会いが、あったなぁあと、「何かを成し遂げる自分に価値がある」とか「早く、正解を出すことが良いことだ」とか、そういう「信念」があることに改めて気付いたなぁ(根強いな〜)それは無意識の、前提のようなもの持っていると苦しくなることがある、思い込み心のゆらぎを見て、体の感覚を感じて、それを言葉にして書いてみる自分が自分にかけている言葉に気付いていく書き換えていく「ゆっくりでいい分からないままでもいいゆらいだままでいいしそのままでいい」「もう十分にここにある」「何を選んでも私は幸せである」体が緩んで力が湧いてくる方へ少しずつ、気付いたときにできる範囲で、書き換えていったんだなぁノートに残された歩みを見返しながら、そんなことを思った。そして自分のこと、何のフィルターもかけずにそのまま見てあげたいこれはなかなか難しいことだと感じているけれど。知らず知らずに「こうなってほしいな」というフィルターをかけていることがある(それは子どもにも言える)そのままそのままありのままの自分を結果ではなく「プロセス」をしっかり見てあげたい私はこう思ってる私はこう感じてる以上!マルこれだけでもう十分じゃあないかまた書きます