相手を受け入れることと迎合すること
インフルエンザになりました…一週間引きこもっていましたが、(注:『母親的引きこもり』であり、幼稚園送迎、買い物、子どもの勉強の面倒などやることは多々...)ようやく再始動。昨日は天気も良く、さわやかな場所で勉強したい気分になったので病後にも優しい海辺のホテルのラウンジへ。冬休みから、まだ途中になってしまっている本いくつか。佐々木先生のこれは、あちこちに、おおおお~っ!と感じ入るフレーズが散りばめられた良書。(ブックオフで100円で買ったのですが、永久保存版!)ASD児に、特定の音が苦手な子どもがいることは、どんな本にもありますが、なぜ苦手なのか、に触れたのは今までなかった。『その音の意味がわからないからです。あるものがなにを表しているか抽象することが難しいのです。』そーか!!!!目からウロコぽろぽろ。また、視覚的に提示する技術に長けている点から『優れた教師ほど静かだ』。これもね、頷きまくり。(ちなみに私はよくしゃべり、声でかいです…反省)あと子どもの意見を学習に取り入れること、『もうやりたくない』『もう少しやりたい』という意見も聞くことで、本人が自己モニターする力が育つ。というような内容にも、はっとしました。子どもがやりたくない!なんて言い出したら、『ここまではちゃんとやりなさい!』とか、言ってませんか。はい、私は言ってます。そーか。自己モニター力か!確かに!ここは勇気を持って、受け入れるのがよいんですね。担任なんかだと、そこで他児童との絡みもあり、なかなか、君はここまででいいよ、とは言いにくい。でも、あえて本人の意見を入れる場面を作る工夫は必要かもしれない。特別支援の個別指導でも、全部こちらでやること決めるより、ある程度決めておいて、『今日は、強気コース(苦手チャレンジ)と弱気コース(得意なところ)どっちにする?』と本人に聞くとはじめは、『弱気コースでー』っていう子もやってるうちに『超強気コースでやる!』とか言い出すときがある。魔の二歳児育児でも、『選ばせる』ワザがイヤイヤ期を乗り越えるtip。同じね。相手を受け入れることと迎合すること違う。受け入れるのは、気持ち。こちらは変わらない。迎合するのは、形だけ。こちらを変えて。教育は、相手を受け入れてはじめて始めることができるということ。病み上がりのアタマにスコーンっ!と入る言葉でした。