「得手に帆を上げて」  -7ページ目

「行人」by 夏目漱石

漱石の後期三部作の二作目。前作の「彼岸過迄」同様、自我と現実の狭間で苦しむ人間について
書かれている。また次作の「こころ」にも繋がる作品になっており、文字通り三部作の真ん中の
作品に仕上がっている。

あらすじとしては、主人公・二郎の兄、一郎は「他人の心」を信じられなり、二郎と自分の妻・直の仲を疑う。そして直の貞操の調査を自分の弟に頼むに至るのだが、この辺りから一郎の孤独が段々と
深くなり、ついには血の繋がった実の親さえ信じられなくなる。一郎は心の拠り所を探しているけれど、現実生活のどこにも着地点を見つけられない。一郎の家族たちは、一郎に懐いていた妹のお重までも含め、それが窮屈で彼を腫れ物に触れるように扱うようになる。

精神的に不安定になった一郎を友人のHさんが旅に連れて行ってくれる。
二郎は旅行中の一郎の様子を逐一報告してくれるように、Hさんにお願いする。
Hさんは当初いかにも嫌がっていたが、道中長い手紙が二郎のもとに届く。
この手紙の内容が「行人」のハイライトで、明晰すぎる自意識と妥協を拒む姿勢によって
現実世界に居場所を見つけられない一郎の苦悩をHさんが手紙を通じて語っている。
この辺りのプロットは「こころ」に似ている。

さてこの手紙の中で克明に描かれる一郎の症状とはざっくり次のようなもの:

① 許容範囲が狭い

「兄さんは甲でも乙でも構わないという鈍なところがありません。
 必ず甲か乙かのどっちかでなくては承知できないのです。しかもその甲なら甲の形なり
 程度なり色合いなりが、ぴたりと兄さんの思う坪に嵌らなければ肯わないのです。」


② 心の拠り所として宗教を勧めるが、結局それも拒絶する

「死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入るか。僕の前途にはこの3つのものしかない」

「兄さんは神でも仏でも何でも自分以外に権威あるものを建立するのが嫌いなのです」

③ 思想の中での絶対性に依怙地になり、実生活での幸福を求める気にどうしてもなれない

「僕は明らかに絶対の境地を求めている。然し僕の世界観が明らかになればなるほど、
 絶対は僕と離れてしまう。要するに僕は図を開いて地理を調査する人だったのだ。
 それでいて脚絆を着けて山河を跋渉する実地の人と、同じ経験をしようと焦りぬいているのだ。僕は迂闊なのだ。僕は矛盾なのだ。然し迂闊と知り、矛盾と知りながら依然としてもがいている。」


自我と他人との共存を余儀なくされる実生活との間の苦しみが「行人」のテーマなので、
最後のHさんの手紙はそこにフォーカスされているのだが、結局じゃあどうすれば良いのか?
という答えとして漱石が用意したのが「夢中になれるものを見つける」だった(ように読める)。要は「頭で考えないで、心で感じろ」という事だろうか。



 行人 (新潮文庫)/新潮社

¥620
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「彼岸過迄」by 夏目漱石

漱石の後期三部作の第一作目にあたる。
本作では一応、敬太郎という主人公が見聞きした物語を幾つか紡ぎ合わせ、一つの小説に纏めたと
いう形を取っている。いわば「吾輩は猫である」と同じような建付けの小説だ。

ただやはりこの小説の主題は須永の内的性向と千代子との煮え切らない恋愛問題だろう。
要は積極的に迫ってくる千代子に対して、なかなか気持ちを受け止められない須永の図式が
ずっと続くのだが、須永はこう言う:

「僕に言わせると恐れないのが詩人の特色で、恐れるのが哲人の運命である。
 僕の思い切ったことの出来ずに愚図愚図しているのは、何より先に結果を考えて取越苦労を
 するからである。千代子が風の如く自由に振る舞うのは先の見えないほど強い感情が一度に
 胸に湧き出るからである。彼女は僕が知っている人間のうちで、最も恐れない一人である。
 だから恐れる僕を軽蔑するのである」

理性は感情を抑えるためにあり、須永は常に頭(ヘッド)の命令に胸(ハート)を服従させてきた。
だから彼らは互いに惹かれあいながらも、関係は発展しない。

こうした意気地のない自我との葛藤はみんな経験したことがあるのではないか?
学生時代なんかは、恋愛の場合も、恋愛以外の場合も、理想や思索の世界と現実の折り合いを
うまく付けられず悩んだり、心の葛藤の繰り返しだと思う。
そして社会人になり、大人になって年を重ねても、こうした葛藤は続いていくことを僕は最近知った。
明治の時代、平成の時代。人間の心の在り方、動き、そうしたものはほとんど変わってない。

時代を超える普遍的なテーマを扱っているから古典なんだと思うが、それにしても漱石の筆力は凄い。
「彼岸過迄」はほとんど物理的な移動が無い。ローマの各遺跡を舞台に目まぐるしく展開が変わるダン・ブラウンの「天使と悪魔」と比べたら、ほぼ微動だにしないと言って良い。
「彼岸過迄」は300ページのほとんど全てを敬太郎や須永の感情描写で費やしている。
一人一人の登場人物の性格付けがしっかりとなされ、伏線がきっちりと引かれて、
そして一つ一つの心の些細な動きまで漱石の筆によって見事に描き出されている。
ここまで丁寧な人物・感情描写は漱石以外にはいない。久しぶりに漱石ワールドを堪能した。

彼岸過迄 (新潮文庫)/新潮社

¥578
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「獅子のごとく・小説 投資銀行日本人パートナー 」by 黒木亮

久しぶりの黒木亮。
今回の舞台は投資銀行で、ゴールドマン・サックスの持田昌典がモデルになった小説。
若手の頃の邦銀での生活、親の事業の失敗、ゴールドマン入社、そして数々のディールを
ものにしてマネジング・ディレクター、そしてパートナーへ成り上がっていく様は、見ていて楽しい。
ここら辺の躍動感はデビュー作の「トップレフト」に趣が似ている。

但し、終わりがいけない。
宿敵に負けてから集中力がなくなり、疲れを癒すためアメリカに狩猟に来て、
その最中に過去に解雇した人間(しかも文中で余り印象に残らない)に日本刀で殺される。
なんとも陳腐なエンディングでとても「トップレフト」どころではない。

「トップレフト」では本作と同じように主人公がディールに没頭し、勝つことに全てを捧げている。
本作の主人公と同じように最後は飛行機事故で亡くなる。
ただ愛する女と祖国への想いが絶妙なスパイスになり、物語に厚みを増していた。読み物として面白かった。
本作はディールの描写に関しては「トップレフト」と同じくらい面白かったし、外資系の派閥争いや
社内の人間関係の妙などある部分では優っていたと思う。ただ主人公の想いや宿命の敵への憎しみの伏線など、物語に必要な部分での深堀り出来ておらず、結局主人公は何を求めていたのか、よく分からないまま、
エンディングを迎える感じになり、かなり読後感が落ちてしまった感じがする。

服部真澄などにも言えるのだが、なかなかデビュー作を超えられない作家が最近多いような気がする。
黒木亮にも是非、「トップレフト」を超える作品を世に送り出してほしい。



獅子のごとく 小説 投資銀行日本人パートナー (100周年書き下ろし)/講談社

¥1,995
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「グーグル:ネット覇者の真実」by スティーブン・レヴィ

ちょっと遅きに失した感があるが、非常に評価が高かったので読んでみた。
検索エンジン、アドワード&アドセンス広告、Gmail, アンドロイドなど一通りの
Google製品の開発の経緯が詳しく描かれており、Googleに関して一通りの知識が得られる。

個人的に興味を引いたのは次の3点:

①事業提携による急成長

ベンチャー企業にとって大企業や急成長したベンチャーとの提携はすごく重要で、大きな成長の
チャンスである。Googleもご多分に漏れず、Yahoo!に検索エンジンを提供することになった。
その際にGoogleは提携の目的をライセンス料に求めず、他の事に求めたことが大きなポイント。

具体的にはYahoo!の検索結果のページにPowered by Googleと表示してもらう事により認知度upを劇的に進めたことと、従来よりはるかに多く得られるようになったユーザーとデータを検索行動の
分析に使い、データマイニングによる解析を行うことで、Googleの検索性能を更に高めたこと、の2点がある。

当然キャッシュ目的の提携もあるし、むしろそれが王道だと思うが、提携は色々な目的を満たすことが出来る。要は提携の目的を明確にすることで、その提携の成果を最大限に高めることが出来るという好例だと思う。皆、分かっていると言うが、実際に契約書に落とす段階になると、かなり総花的な内容になり、提携の目的を一言で言えなくなるケースが多いのを実感している人は多いのではないか。

②製品の性能向上に対する姿勢

ローンチ後も地道に性能向上に全神経を注ぐGoogleの姿勢はトヨタ自動車の「品質改善」と
全く同じ印象を持った。結局、プロダクトが良いと全てが好転し、プロダクトが悪いと
全部がダメになるというのはハードウェアやソフトウェアに関わらず、同じことだと再確認した。ただ日米で印象が違うのは、日本だと「歯を食いしばりながら改善」という精神論的な
イメージが強い改善活動だが、Googleの場合、知的好奇心でやっているという印象が強い。
ダニエル・ピンク風に言うと、モチベーション2.0の日本に対し、モチベーション3.0のGoogleという印象。

③コストに対する意識

売上至上主義に陥られがちなベンチャーだが、Googleの例はコスト意識の高さの重要性を
再確認させてくれる。例えば、データセンタのコスト削減のため、安いハードウェアを
調達し、自分で組み立てることや、サーバ間のデータ転送のコスト削減のため、データ転送の
課金制度の抜け穴(95%ルール)を悪用し、タダ同然の利用料しか払っていなかった事など、
企業活動の生の姿として面白い。他にも宿泊費をケチるため、安モーテルしか社員を宿泊させなかったことや、ファックス一台の購入に創業者二人とも噛みついたこと、一方で優秀なエンジニアの給与は惜しまない事など、メリハリの効いた金銭感覚はその他のベンチャーにとって参考になると思う。


総論として、非常によく取材されており読み物としても面白い。
個人的にはもっとラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、そしてエリック・シュミットの
二者間、三者間の人間関係の部分をもっとピックアップして欲しかった。
ベンチャーの場合、特に複数の創業者を抱える場合、ここら辺の毀誉褒貶がダイレクトに
結果に跳ね返ってくるような気がする。ここまで成功したのだから、信頼関係は深いと思うが、
常に良かったわけではないと思う。そうしたストレス、そしてそういう状況からどうやって
克服したか?など人間の感情にもっとフォーカスしてくれたら、更に面白くなったと思う。


グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ/阪急コミュニケーションズ

¥1,995
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「人を動かす、新たな3原則」by ダニエル・ピンク

「ハイ・コンセプト」「モチベーション3.0」に続く、ダニエル・ピンクの三作目。

今回の主題はセールス。とは言ってもよくある営業ノウハウ伝授の本ではない。
本書は売らない売込み、つまり「他人を説得し、影響を与え、納得させること」に主眼を置いている。
その背景として、起業文化や組織のフラット化が進み、看板で守られていたものが通用しなくなり
より個人の性格やスキルなど幅広い変化対応力(本書では弾力性と呼んでいる)が決め手となる時代が、
すぐそこまで来ていること、そしてそれは「誰もが自分を売り込む」時代の到来でもあること、
という著者の主張がある。そしてその時代に大事になると著者が思うスキルをいろいろ述べているのが
本書である。

ダニエル・ピンクらしく、色々なデータを駆使して自説を主張していくところは面白く読めたのだが、全体として本書は「ハイ・コンセプト」の時のような高揚感もなく、今一つ読後感が悪かった。


人を動かす、新たな3原則 売らないセールスで、誰もが成功する!/講談社

¥1,785
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「オバマと中国」 by ジェフリー・ベーダ―

著者のベーダ―氏はオバマ政権下で2009年から2011年までNSCのアジア担当上級部長として
米国のアジア政策立案に深く関与した人物であり、本書は離職直後の回顧録となっている。
ちなみに原題は「An Insider's Account of America's Asia Strategy」で、その名の通り
中国のみならず、米国のアジア政策全般を扱っている。

オバマ政権の対アジア政策は大きく次のように纏められる。

①米国の外交政策においてアジア・太平洋地域が最も重要な地域である。
 過去数十年にわたって、富、力、勢力が欧州からアジアにシフトしてきた。この地域は
 二十一世紀における経済的、政治的、そして安全保障上の決定事項において世界の中心になりつつある。

②世界的に見てもっとも主要な戦略的発展を遂げているのは中国であり、あらゆる観点から見て
 中国が一世代のうちに世界で二番目に影響力を持つ国家へと発展することは確実である。

③地に足のついた対中政策は三つの柱から成り立つ

 1)中国の隆興、影響力の増大、または正当な役割の増加は歓迎する
 2)中国の隆興は国際的な常識と法に則らなければならない
 3)中国の隆興が地域を破滅させるのではなく、安定させる方向に進むよう環境を整える

④米国のカギとなる同盟国、すなわち日本、韓国、豪州は地域の平和と安定の枠組みを維持する
 上において決定的に重要である。

本書の多くは中国との折衝(例えば胡錦濤の米国訪問の事前準備や北朝鮮問題の対応など)に
費やされているが、日本に関する記述もかなり多い。時期的には民主党政権と被っているのだが、
永らく自民党政権との間に蜜月関係を築いてきた米国から見て、鳩山政権の対米政策は相当軋轢を生んだようだ。特に問題となった点として、アジア地域の主要国で構成される「東アジア共同体」から米国を外すべく動いたことを挙げている。これは米国の対アジア政策の核心であり、ここら辺の憤懣やるかたないやり取りを克明に描いている。ただ全般的に日本に対してはアジア戦略のパートナーとして高い信頼を寄せている様子が窺え、
特に対中政策の際に日米が歩調を合わせて対処していくことを強く望んでいる事が述べられている。

一方中国に対しては、道中かなりネガティブな折衝や短期的な不満がありつつも、長期的な
米中関係に関してかなり楽観視している様子が窺える。中国の一党独裁は今後長く続くであろうと予想しながらも、米中関係は民主主義 vs 共産主義といった一軸での対立関係にはならず、
より多元的で開放的な関係に発展していくだろう、と予想している。
 
立場上、出版にあたってホワイトハウスによる記述内容の相当チェックが行われたようだが、
その分、本書はオバマ政権公認の対アジア政策ともいえる。また一つ一つの外交問題のやり取り、米国がどういう風に考え、どう対応していったのかなどの実務担当者の貴重な生の声が詰め込まれていて、参考になる。

オバマと中国: 米国政府の内部からみたアジア政策/東京大学出版会

¥2,625
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「中国 危うい超大国」 by スーザン L. シャーク

著者はアメリカを代表する中国政治の専門家。元は学者だが、実務経験も豊富で
1997年から2000年まで国務次官補代理としてクリントン政権の対中政策を統括した。

その著者が今後益々大国化してくる中国を主に3つの視点から分析している。
1つ目は日本と中国との関係、2つ目が台湾の独立問題、そして3つ目がアメリカの付き合い方。

この3つの問題の根底にある問題点、つまり今日の国際社会にとって一番大きな中国の脅威は
経済力でも軍事力でもなく、中国の「国内的な脆弱さ」だという事。
つまり30年近く市場志向の改革開放路線を続けてきたことで、中国社会は大きく変貌し、
共産党の支配力が弱まり、有事の際に国民の暴走を抑えられなくなる可能性が高くなってきた、
という事を指摘している。

そしてこの国内問題の解決策として愛国心を喚起し、目先の国内問題から外交問題に目をそらす
ことが常態化した。特に毛沢東や鄧小平といった建国の元勲たちの後の世代の指導者たちは
自分たちの支持基盤が盤石ではなかったため、ナショナリズムを政治道具として使った。

この最たる例が江沢民の反日教育である。しかしこの事は2つの「好まざる事象」を生み出す。
1つは反日が転じて、世論が健全な外交活動を許さなくなったこと。ちょっとした譲歩でも
弱腰外交と糾弾されるため、指導層は柔軟な対応が出来なくなってしまったという事。
この事は国内世論の圧力にさらされた中国政府が引っ込みがつかなり、大惨事につながり得る
軍事行動に走らせてしまうリスクに繋がる。
2つ目が、この中国の反日教育は、日本の軍事力と活動範囲を広げるようになってしまった事。
日本の昨今の憲法改正の動き(特に9条改正)は広い意味で、中国の攻撃的な姿勢に対する
カウンターレスポンスである、と述べている。この辺りの著者の考察はかなり興味深い。

似たような構造、つまり愛国心による過激な行動が長期的に中国を袋小路に追い込んでしまった事は、
対米国、対台湾にも当て嵌まる。今後の中国リスクへの対応は直接的な外交的な視点のみならず、
中国国内の事情も勘案して対応する必要がある、という事を著者は強調している。

450ページとボリュームがあるが、著者の主張が明快で、文章構成もシンプルで読みやすくなっているため、
割とスラスラ読める。また日中関係を相当スポットライトを当てているため、
アメリカの政策担当者から見た日中関係の生の声として、本書は新鮮な視点を投じてくれる。



中国危うい超大国/日本放送出版協会

¥2,625
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「日中関係の基本構造」 by 家近亮子

本書は現在の日中関係が他国よりも摩擦を起こしやすい原因は突き詰めていくと
台湾問題と歴史認識問題の2つの問題に収斂すると主張している。
例えば、領土問題やODA問題などのその他の問題は結局この2つの問題に端を発していたり、
そこに帰結したり、また単独では表面化しない、という性質を持っている。

台湾問題

中国が最も恐れることは日米が連合して台湾独立をバックアップするという事であり、
日米防衛協力のためのガイドラインの中で周辺有事に台湾を含むかどうかに中国は神経を尖らせていた。
台湾問題は日清戦争に遡り、日中間に存在する問題であり、本書でも時系列に沿って
台湾問題が語られている。

歴史認識問題

この問題は1982年の教科書改訂まで両国間では表面化されてこなかった。
蒋介石、毛沢東とも日本の戦争責任を軍人に限定している。
特に鄧小平は日本からの経済援助と技術移転を強く望んでいたため、歴史問題を意図的に
封じ込めていた。こうした姿勢が一部の日本の政治家に「歴史問題は決着済み」との認識を
持たせるに至り、そのような風潮が靖国神社へのA級戦犯の合祀が行われた。


この2つの問題は1972年の日中国交回復において一応決着している問題である。
しかし両国が摩擦を起こすたびにこの問題が表面化、もしくはこの問題に関連付けられて
新たな問題が持ち上がる。これはこの問題が今もなお未決着だからであり、
これらの問題が両国関係の基本構造と化していく過程を、特に影響度の大きい9つの
歴史事項を抽出し、結び付けて分析をしている。


1.日中の「ウエスタン・インパクト」受容の違い

両国とも長い鎖国期があったにも拘らず、日本は長崎港に入港する中国&オランダ商人に対して
長崎奉行に海外の情報を報告する義務を課した。この報告をまとめたのが「風説書」である。
支配層が前近代的で世界の情報に疎くアヘン戦争の失敗を招いた清朝に比して、鎖国しながらも
情報収集に熱心で、風説書を編纂し続けたことは重大な違いを生んだ。

2. 福沢諭吉の「脱亜論」

日本は前項の風説書から基本的な対外認識を培い、「優れた西洋と遅れたアジア」という
構図が生まれた。これを知的体系化したのが福沢諭吉の「脱亜論」という事になる。
ただ個人的には、この論理がアジア侵略を正当化し、ひいては大東亜共栄圏の理論的根拠になったという説には同意しない。それこそレーニンに誤用されたマルクスやヒトラーに悪用された
ニーチェのようなものだと思うので。

3. 日清戦争

日清戦争は下関条約をもって台湾を割譲し、現代まで続く台湾問題の起点となった。

4.大日本帝国憲法と欽定憲法大綱

1.に通じる両国間の比較として憲法を分析している。曲がりなりにも議会に立法権を認めた
明治憲法に比して、清朝が1908年に発行した欽定憲法大綱は政策決定権を皇帝一人に独占させ、
国民の自由を制限する権利も与えられていた。中国が明治政府のような立憲君主制による
近代化に失敗した要因の一つにその憲法の違いがあった。

5.対華二十一カ条の要求

政治的立場や階級を超えて中国人全体に影響を与えた国家的危機だった。
その危機意識が中国共産党を生み出す機運を醸成し、中国革命を新たなステージに導いた。
「抗日」が中国革命の最大の目的となった。日中関係だけでなく、日本自身にとっても
二十一か条は最大の災禍になった。

6.日中戦争

慰安婦、南京大虐殺など現在の歴史認識問題の争点を多く生み出した戦争。

7.蒋介石の「以徳報怨の演説」

この演説で蒋介石は日本の戦争責任を軍閥に限定し、人民に求めなかった事が
毛沢東から鄧小平に至るまでの中国の基本姿勢の起点になった。
この考え方は1952年の日華平和条約による賠償請求権の自発的放棄に結びつくが、
この背景には蒋介石の共産主義への恐れがあった。もし日本が更に弱体化すれば
共産主義が増長し、ドミノ現象によりアジア全体に広がること、それはすなわち
中国共産党との戦いにも影響を与えることを蒋介石は恐れ、戦争賠償責任権の放棄を
考えるようになっていく。

8. 中華人民共和国の成立と「日華平和条約」

サンフランシスコ講和条約後の日本政府の大きな課題として、対戦国であった中国との
講和条約をどちらの政府と締結するか、があった。ここに冷戦構造の中の台湾問題の発生する。
つまり日本は米国の意向に沿った形で台湾の中華民国との講和を締結した。
そして前述のように賠償請求権が放棄され、日本の中国との戦後処理は一応決着を見る。

9. 日中国交回復

1972年ニクソンの訪中により、日本も中国との国交を方向にかじを切った。
同年の田中首相の訪中により国交が回復されるが、周恩来との首脳会談における最大の
争点は台湾問題あった。「復交三原則」①中華人民共和国が唯一の合法政府、②台湾は
中国の不可分の領土、③日華平和条約の廃棄を中国は提示してきた。
中国にとって台湾問題、国交の回復は最重要課題であり、その代償として賠償責任権を
中華人民共和国も日中共同声明の中で放棄した。



参院選の自民圧勝を受けて、恐らく日本は今後保守化していくと思うし、日中関係も間違いなく、この影響を受けるだろうと思う。その中で誤った方向に向かないように知識武装しておく必要がある。新聞やニュースなどで現在の状況を斜め読みしているだけだと、そもそも論として何故日中関係(日韓も併せて)はこんなにギクシャクしているのか?という問いに答えられない。
本書はそんな根本的な問いへの原因分析をを歴史を鑑みることにより整理した形で提示してくれる。日中関係の入門書的な良書だと思う。


日中関係の基本構造―2つの問題点・9つの決定事項/晃洋書房

¥2,520
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「精霊流し」by さだまさし

「茨の木」に続き、僕にとってさだまさしの2冊目。
最近中国の歴代の指導者に関連する本が立て続けで、若干食傷気味になっていたので、
気分転換を兼ねて読んでみた。

やはり良かった。「精霊流し」で描かれる世界には「造反有理」も「革命無罪」もなく、
人の優しさに溢れている。中華料理でギトギトになった胃を、和食の爽やかな食感が癒してくれた、そんな感じ。

さだまさし、というと「詩の人」というイメージが強く、彼の書く詩は視点が優しく、
感情表現が巧みで、日本語が美しい。例えば「親父の一番ながい日」や「案山子」などは
さだまさしの詩の力がダイレクトに伝わってくる曲だと思う。

本作はさだまさしの自伝的な小説なのだが、人とのかかわり方、過去&未来、
無くしたもの、友人や家族、さだまさしがその人生で関わりを持った接点を描く中で
この詩の力を存分に感じられる。幾つか印象に残った箇所を引く:

「おそらくあの船で送られる御霊は、うまれてすぐか、あるいは生まれる前に亡くなった
 子供の御霊だろう。あれほど小さい船にするのは、長い人生を懸命に生きて死んだ人に
 対する慮りだ。だが本当は長短も軽重もない。生命は生命だ。担いでいるのは
 おそらくその子の両親と母親に違いない。そしてその子を最も愛した人たちが
 たった二人で心を込めて送る、その船の重さにそっと両手を合わせた」

「(古びた写真)叔母の節子にとって、もちろんこれを撮った雅人(父)一家にとっても
 最も裕福で安穏な時代だったろうか。永遠に続くかと思えるような幸福感は
 こういう一瞬をもって象徴され、たとえばこうして画面に定着され、または記憶に
 刻まれ、しかしすぐに消えていく。生きる一瞬を切り取った写真には、じつはそういう
 ものが写っているものなのだ」


この本は詩の力によって、人のソフトスポットを刺激し、あの頃に誘ってくれる。
疲れた時に、この本を読んで癒されるのも良いと思う。



精霊流し (幻冬舎文庫)/幻冬舎

¥680
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「鄧小平秘録 上・下」 by 伊藤正

毛沢東、周恩来が共産主義を軸に中華人民共和国の礎を築いたが、それは巨大な歪みを
伴うものだった。そしてそれを一気に修正し、現在の中国の経済成長への道のりを切り開いた
のが鄧小平だった。その鄧小平の歩みを辿ったのが本書。

章建ては、

1章 天安門事件

自由化の高まり、鄧小平の腹心だった改革派の胡耀邦&趙紫陽の失脚、
元老の復活と天安門事件の意思決定まで時系列に追っている

2章 南巡講話

保守派の台頭と改革派との勢力争い、そして鄧小平による経済発展の決意表明まで。

3章 文化大革命

毛沢東の文化大革命と鄧小平の失脚

4章 毛沢東の死後

四人組の逮捕、鄧小平の復権、そして華国鋒主席の追い落としによる、鄧小平の権力奪取。
毛沢東思想からの脱却の試みまでカバー

5章 長老たちの暗闘

経済発展のための米中接近、鄧小平の外交手腕、毛沢東と文革の評価まで

6章 先冨論の遺産

鄧小平後の中国、経済発展の光と影、政治と経済体制の矛盾(一党独裁と自由経済)まで


著者は100冊を超える文献を参照しており、史実に沿った資料としては価値が高いと
思うが如何せん面白くない。これは鄧小平という人物にフォーカスをしておらず、
鄧小平の周りに起きた出来事を客観的に述べるというスタイルを取っているからだと思う。
(まあだから資料としては価値があるのだろうが)



鄧小平秘録 上 (文春文庫)/文藝春秋

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鄧小平秘録 下 (文春文庫)/文藝春秋

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